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書き出しシリーズ

元女ですが、転生したら王子だったので継承権は放棄します!

例えば生まれ変わったとして。


とてつもなく大きな力を神様から与えられて勇者になったり、誰からも愛される聖女様になったり。


はたまた、現代の疲れを癒せるもふもふに囲まれたスローライフを満喫したり、シナリオに負けず運命を切り開く悪役令嬢になったり。


転生って、そんな第2の人生を楽しむお話だったと思うんですよ。


「こんなのってないよぉ…」


情けない声は綺麗なソプラノ。鏡に映る子供は白い肌にさくら色のほっぺたがもちもちしてておいしそう。大きな空色の瞳は不安げに揺れて、金色のまつげにふちどられてる。さらさらの金髪は天使のわっかが二重でできるくらいうるうるちゅるちゅる。


容姿に恵まれた今世のわたし、とっても可愛い。おもわず自画自賛が漏れちゃいます。ただ問題は、


「うう…、やっぱりついてる…」


ちら、と覗いたズボンのなか。脚の間に見慣れないモノがこんにちわしている。はい。どうやら今世のわたしは男の子になってしまったようです。


「アレックス様、イリアス様がお呼びです。」


「うん、いまいくね。」


幼さの残る鏡の中の男の子(わたし)はアレックス。年は10歳で、家族構成は父様と母様。他に兄さま1人と姉さまが3人。


扉の外から声を掛けてくるのはわたしの乳母だ。なんと今世のわたしは王族で、今代の王様はわたしの兄さまなのです。つまりわたしは王弟という…。


「失礼いたします、陛下。」


「いらっしゃい、アレックス。」


兄さまの執務室、促されて入れば女神様のように美しい男性に微笑みで出迎えられて、ちょっとクラっときちゃいます。はい、わたしの兄さまです。父様母様の美麗遺伝子がとてもお仕事をした、麗しの陛下です。


「楽にして。なにか私に話があるそうだね?」


書類をジェラルド(兄さまの側近)に渡しながら、向かいのソファに腰掛ける兄さまは所作が美しすぎて絵画みたい。…いけない、このままだと兄さまへの賛美で日が暮れちゃう。


「はい、えっと、お時間をとっていただきありがとうございます。」


「ふふ、アレックスは作法の授業も優秀だって、講師が褒めていたけれど本当だね。」


「ありがとうございます。これからも精進してまいります。」


あわわ、突然兄さまから褒められて武士みたいなお返事しちゃった!落ち着けわたし、今日こそ兄さまにお話ししなくちゃ。


「さて、ここからは兄弟2人の会話だから、堅苦しいのは止めてアレックスの話が聞きたいな?」


紅茶とお茶菓子が並べられて、侍女達がさがって少し。緊張で震える身体に気合いを入れます。


「わ、わたし…っ!わたしの王位継承権を放棄させてください!」


力みすぎて裏返った声。羞恥でのたうち回りたいのを唇を噛んで耐えていると、カチャ、とカップの置かれた音がした。


「うーん、なんでそう思ったか、教えて貰えるかな?」


恐る恐る顔を上げた先に、困り顔の兄さまが居て。優しい声とその表情はわたしを気遣って下さっているものだと、わかるくらいわたしは普段から兄さまによくしていただいているのです。


そんな兄さまを困らせてしまうのではという申し訳なさに、じわ、と涙が溢れて、わたしは


「わ、わたしはっ!兄さまが大好きです!ほんとうです!」


兄さまは子供の頃からハイスペック王子だったらしい。神様から授かった頭脳を持ってして傲らず、誰にでも優しい。国民からの支持があついのが、なによりの証拠。そんな兄さまは愛妻家で、側室も作らず息子であるレオニス一人で十分だと公言してる。レオニスもそんな期待に応えるように優秀で、王妃であるマリアンナ様に似た勤勉と優しさも持ち合わせた完璧王子なのです。


「わたしは、特別な頭脳も、補って足る勤勉さもない。持っているのは王族の色だといわれた金の髪と瞳くらいで…っ。王族として国民や家臣たちの期待に応えられない自分が情けないと思うのに、レオニスに嫉妬すら感じない、厚顔な自分が恥ずかしい…っ!」


いつからだったろう。共に遊んで笑っていたレオニスが、勉学のために待ち合わせに来なくなったのは。それからだっただろうか。王弟派・王子派という言葉が耳をかすめるようになったのは。レオニスに会えない日は段々と増えていって、それでも城内で目が合えば笑顔を向けてくれる。心を置いてくれる。感じたのは、うれしさと、焦燥。


「兄さまも、マリアンナ様も、レオニスだってみんなわたしに優しく接してくれるのに、わたしには返せるものが何もないのです…っ」


わたしには一体、何ができるのでしょうか。この平凡な頭は、何の役に立つというのでしょう。優秀な者はレオニスにつき、厳しい視線でわたしを見ます。わたしに甘い言葉を囁く大人たちは、泥のようにわたしを足元から沈めていきます。このまま飲み込まれれば、きっと彼らの望む王色のお人形として、玉座に飾られてしまう。そうなる前に、


「僕は、そうは思いません。」


「…え?」


兄さまの甘く低い声とは違う、子供の声。涙でにじむ視界に、赤い髪と紫の目の少年。レオニス。


「立ち聞きはマナーが悪いよ?」


「申し訳ありません父上。ですが、アレックスが思いつめた顔で執務室に入ったのが見えたので。」


兄さまに軽くたしなめられても、反省の色が見えないレオニスと目が合った。少し痛そうな顔のレオニスの雰囲気がいつもと違って、怒っている、ような…?


「父上、僕はアレックスの王位継承権放棄に反対です。」


「え?!」


突然の宣言に頭がついていかない。そんなわたしを置き去りに、ぼすんと乱暴な音を立ててレオニスが隣に座った。少し揺れて傾いた先、久しぶりの友人は、わたしよりも視線が高い。


「理由を聞いても?」


「僕は王族であることに誇りを持っています。それは生まれた時から父上や母上からあり方を説かれ、そうあるべきだと思って日々を過ごしてきたからです。父上の人徳により得られた人材も、自分の未熟さでは本来手に入れられなかったものでしょう。」


「そうだね。」


微笑んで紅茶をたしなむ兄さまとレオニスの温度差が可視化できる気がしてきました。


「アレックス。」


「な、なに?レオニス」


「僕は、自分から次期国王として教育を受けたことは一度もない。そうするものだと思っているから、こなしているだけだ。…お前と違って」


「…ぅえっ!?」


え?え?どういうことでしょうか。レオニスから感じる苛立ちは、噓を言っているようには聞こえません。


「僕は、アレックスが国民が安心できる王族になろうと勉学に励んでいたことも、家臣が誇れるようにと日々皆に声をかけていたことも知っている。それに、こうやって家族や民を思って泣くやつが、王の器じゃないなんて言わせない。」


アレックスの手ではらわれた、涙の粒。それがゆっくり落ちていくように、アレックスの言葉がわたしの中に落ちていきました。


「アレックス、それからレオニス。私からも、謝らせてほしい。泣いてしまうほど、追い詰めてしまってすまなかった。」


「わたし、は、」


のどが渇く。声が震える。わたしを覗き込む兄さまの表情真剣で。ぼやける視界が生み出しているのは、喜びでしょうか。


「兄さまは、わたしの誇りで…、レオニスだって、接し方に悩むわたしにいつも優しくしてくれて…、っわたしは、みんなが好きです。大好きだから、わたしもみんなが誇れるわたしになりたくて…っ。」


でも、それは簡単なことではありませんでした。努力を怠らない天才の背中というものは、どうしてこんなにも遠いのでしょうか。わたしの中の甘えが、わたしにささやきます。仕方がない。だって彼らは特別だから。それが世界の望んだあり方。自らの絶望も嫉妬も羨望も、そう作られてる彼らにかなうわけがない。


「わたしは、わたしが恥ずかしい…っ!自分で越えなければいけない壁を、乗り越えられない自分を一瞬でもレオニスの所為にして!意気地のない自分が、不甲斐なくて情けなくて、でもっ!」


不出来な自分を認めることは苦しくて、申し訳なさに押しつぶされそうでした。わたしの選択はきっと世界を変えるでしょう。それでもわたしは、背筋を伸ばす誇りある友人を見てきたから。


「でも、わたしは…、レオニスが継いだ国に生きたいと、思ってしまった。レオニスが作る未来にいたいと、だから、」


だんだんと萎む声が、自分の自信のなさを表します。不安になってちら、と見やったレオニスが、


「…ちょっと、まって、」


「…え?」


顔を赤くして唸っているのを見るまでは。…え、なん、どうしたんですかレオニス?大混乱なわたしと唸るレオニスに、ぽん、と兄さまが手をたたきます。


「なるほど、二人の気持ちはわかった。」


「え、え?」


にこにこと優しい笑顔の兄さまが、わたしとレオニスをぽんぽんと優しく撫でました。


「じゃあまずは、私の可愛い弟と息子に、要らぬ世話を焼く者たちと話し合いをしよう。大丈夫、ここからは大人の仕事だからね。」


パチンとウィンクを飛ばす兄さまは、宝物のようにそっと、わたし達を抱きしめてくれました。


「まだ十歳の君達が、この国の未来を真剣に考えてくれて、国王としてうれしく思うよ。ありがとう。」


じんわりと染み渡る兄さまの暖かさと言葉に、心の絡み合っていた部分を解いていきます。そのまま泣き疲れて眠ってしまったわたしが、王弟派の解体を知ったのは目覚めて直ぐ。それから、なぜか王子派の者たちも、レオニスが解散させたそうで。


「俺が国を作るから、アレックスは俺が間違っていたとき、止めてくれ。」


「…うん。一緒に、頑張るね!」


そんな子供の約束が、果たされるのはまだもうしばらく先のこと。

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