第5話 助けることができる命
交差点を中心に人だかりができている。
人だかりは、ある一点を見つめて騒いでいる者、電話をかけている者やスマホで撮影している者がいて、その場で何かがあったのだと、すぐ分かる。
『マスター。あの人だかりの中心に、怪我をした母子がいます。急いでください。』
イブに言われ、少しためらう。
人目が有りすぎるからだ。
『今のこの世界で、マスターのみあの男の子を助けることができます。助けたことでマスターの存在が認知されます。中には今後、自分や家族を助けて欲しいとか、他にも悪意ある者が近づいてくるかもしれません。マスターの魔力にも限りがありますので、その全てを救うことは不可能です。』
確かにな。
今まで存在すらしておらず、有り得ない力だとしても悪用を考えたり、中には何で自分は助けてくれないんだという人も出てくるだろう。
終いには僕が悪いと言われたり。
イブの言うとおり、全てを救うことができないなら、僕の身近な人や助けたいと思った人を助ける!
自分勝手と言われても良い。
何もしてない者に、いくら言われようが構わない。
次第に、金ピカの全身鎧を着た、見るからに怪しい格好をした僕を見て周囲が騒ぎだす。
「何だあれ?コスプレ?」
「何かの撮影か?」
「勇ちゃん!しっかりして!誰か、助けてください!」
人だかりの中心で、女の人の声がする。
どうやら怪我をした母子の母親のようだ。
しかし、人だかりで近づきにくいな。
転移で近づくか。
僕は、もう一度転移をし人だかりの中心に入る。
「なっ!?急に現れたぞ?」
「恐いわ!誰か警察呼んで!」
事故があったんだから、もう既に警察に通報されているだろう。
スマホで撮影している者がいるし、早めに切り上げよう。
目の前には頭から血を流している、幼稚園くらいの男の子が横たわり、その男の子を抱えるようにして母親らしき女性が座り込んでいる。
女性にも怪我がありそうだな。
「どうして!?何でこんなことに。誰か!神様!」
女性は周りが見えていないのか、僕に気づいていないようだ。
僕は一歩を踏み出し、母子に向けて片手をかざす。
回復魔法(極)で母子の怪我を完治させることをイメージする。
そうすると、僕や母子が淡い光に包まれた。
『成功です。マスター。母子ともに完治しました。男の子も間もなく目を覚ますでしょう。』
良かった。上手くいったみたいだ。
この時点で、やっと母親が俺の存在に気づいたようだ。
困惑しているのか、男の子と俺を交互に見ている。
「あ、あのっ!」
「あなたが何かしてくださったんでしょうか?」
母親が尋ねてくる。
男の子も気がついたようで、僕を見て目を輝かせる。
「うわぁ。ヒーロー?格好良い!」
母親、男の子が矢継ぎ早に声をかけてくる。
正体を隠したいから、できるだけ声を出したくないな。
僕は一つ頷くと、男の子の頭を優しく撫で、手を離してから転移を試みる。
母子の怪我が治った以上、さっさとこの場を離れよう。
イブ、会社のトイレに人はいるか?
『大丈夫です。マスター。今なら誰もいません。』
それなら大丈夫か。
そう思い、僕は会社のトイレを思い浮かべ転移した。
「消えた!?どこに行ったんだ?あの金色の鎧を着たやつ。」
「何なの?光ったり、姿が消えたり。あの親子の怪我も治ってるみたいよ?」
周りにいた人だかりが、また騒ぎ出す。
騒ぎの中心にいた男の子が、人だかりに対し、
「ヒーローだよ!金色のヒーロー!僕やママを助けてくれたんだ!」
この出来事をきっかけに、徐々に地球でも『黄金の騎士』が広まっていくことになる。
会社のトイレに転移をすると、すぐにオリハルコンの鎧をアイテムボックスに収納する。
トイレの鏡を見て、異常がないことを確認した。
「ふう。何とかなったか。あの男の子は本当に大丈夫だよな?イブ?」
『はい。あの男の子は死亡するところをマスターが救ったのです。もう大丈夫です。』
良かった。
他に上手くやる方法があったかもしれないけど、正体がバレなければ今後にも支障はないだろう。
安堵し、ついでにトイレを済ませてからトイレを出る。
「トイレから戻った?翔。」
僕に話しかけてきたのは、またしても同期の一太だ。
こいつは、休日出勤とはいえ暇なのか?
「ああ。今戻った。」
「なあ、翔。これ見てくれよ。本当かな?さっき話してた会社近くの事故現場だよね?」
「一太、お前休日出勤とはいえ、スマホばっかり見るなよ。」
まあ良いから、と一太が僕にスマホを見せてくる。
そこには、誰かが撮影したものだろう、さっきの交通事故が映っていた。
母子の顔や怪我の状態は、映らないように配慮しているようだが、代わりに金ピカの鎧を着た不審者がいた。つまり僕だ。
一連の様子が映っており、最後に姿が消えるところまでだ。
その後に消えた鎧を探し、あちこち映したあとに映像が終わる。
何も知らない状態で、こんな映像を見せられたら「何だこれ?」と思うだろうな。
「一太。こんな光ったり消えたりあるわけ無いだろう?合成とかじゃないか?」
そんなわけ無いと、僕は軽く流す。
しかし、一太はなおも食い下がり、
「まあね。でもこの事故。本当にさっきなんだよね。こんなに早く合成できないでしょ?」
うぐっ。こいつ一太のくせにするどいな。
変にこの話題を続けるとボロが出そうだ。
話を変えよう。
「それより一太。早く帰るためにも、さっさと仕事を片付けようぜ。僕は早く帰りたい。」
「そうか?邪魔してごめん。じゃあ少し真面目に仕事をしますかね。」
そう言って一太が自分の席に戻っていく。
ため息をつき、仕事を終わらせるべく僕も席についた。