贖罪
中学3年生、15歳の天音雫です。
何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです。
「ここが玲瓏………
思ってたのとちょっと違ったな」
玲瓏は、渚冬が想像していた大きな牢獄とはかなりかけ離れた外見の場所だった。
大きな町を1部切り取って持ってきて、その町の真ん中に鳥居を建てたような、そんな感じだ。
たくさんの家が建っているのに、渚冬以外の神の姿は見当たらない。
先程、結に案内されてここに辿り着き、しばらく周辺を探索していたが、不思議な場所、という印象だった。
渚冬が今まで閉じ込められていた牢とはだいぶ主旨が違うらしい。
紅く塗られた鳥居の方へ近づこうと一歩踏み出し、
渚冬は息を呑んだ。
誰もいなかったはずの鳥居の前に、一瞬で誰かが現れたのだ。
それが渚冬と同じ”罪人“なのか、別の年の執行人なのか、はたまた別の誰かなのか。
ここからでは遠すぎて分からない。
その時、
「おーい、こっちこっちー」
「へっ?!」
鳥居の前にいる人物が手招きして大声を出し、思わず肩が跳ねる。
「話したいことがあるんだー!」
「あっ、あ、い、今、行きます」
警戒心MAXで鳥居の方へ走りよる。
鳥居にゆったりともたれかかるようにして立っていたのは渚冬の見知らぬ大人の男だった。
「え……っと、」
「君が渚冬君かな?うんうんそうみたいだね、君に会えて嬉しいよ!」
にこにこと笑う男に渚冬もこわばる顔に無理矢理作り笑いを浮かべる。
「あは、お会いできて、嬉しい、です………」
「俺の名前は祐介だ。33歳、君と同じく、無情なことにこの時雨夜を追放された身だ!よろしくな、渚冬君!」
…………何故、僕の名前を知ってるんですか。
そして、こんなに陽気で明るそうなあなたは一体何をしでかしたんですか。
そんな問いを無理矢理喉の奥に押し込む。
「ご存知かもしれませんが、僕は渚冬です。追放の身なりーーー」
「いやー、しかしこんなに小さい子を玲瓏送りにするなんて信じられないな。俺みたいなオジサンならわかるけど」
不満そうに腕組みをする男ーー祐介。
………本当にこの男は罪人なのだろうか。
とてもそうには見えない。
「時雨夜ってさぁ」
「は、はい」
とりあえず相槌を打つ。
「古臭い慣習とか変な偏見とか多いよなぁ……
そんな偏見のせいで渚冬君が玲瓏送りとかさぁ、俺は許しがたいなぁ。
初めて聞いたときびっくりしすぎて夜しか眠れなかったぜ?」
「は、はぁ……」
「………笑って良いんだぞ?」
不安そうにこちらを覗き込む祐介。
そして、束の間の沈黙。
「渚冬君。……俺と一緒に人間界にいかないか?」
「………えっ?」
「えっ」
何故この流れでそう来るのか。
予想外の言葉に思わず渚冬は固まる。
ニンゲンカイニイカナイカイ?
それは、一体、
「俺、実はな、時雨夜の掟破ったせいで追放されてるんだよな」
「掟……」
時雨夜には、人間界とうまく折り合いをつけるため掟という大切な決まりのようなものが存在する。
しかし、掟自体は確か5条しかなかったはず。
一体祐介はどの掟を破ったのか。
渚冬の心を読んだかのように祐介が口を開く。
「俺な、向こうに行った時に人間に恋しちまったんだよ。いわゆる一目惚れってやつさ。
んで、惚れて、付き合って、結婚して、子供作って……さっきちょっと時雨夜に顔出しに来た時に捕まって即玲瓏送りにされた」
「…………」
絶句、した。
掟第一条。
人間に恋をするべからず。
掟第二条。
人間と婚約するべからず。
掟第三条。
人間との間に子を作るべからず。
5条中3条破り、つまりトリプルコンボだ。
凄まじい。
「少し破っただけで玲瓏送りだぜ?
ひどくないか?」
「それは……駄目ですよ……
僕が言えたことじゃないですけど………」
「だから俺はもう完全に人間界に身を置くことにした。こんな場所二度と帰ってこないぞ。」
「そ、それが良いかもしれませんね………」
人間界に家庭があり、この世界に未練がないのならそれも一つの手だ。
無論、時雨夜を捨て人間界で生きることなど、前代未聞の大事件のため、時雨夜では散々に言われるだろうが。
「そこでだ。
渚冬君に提案がある」
「……提案、ですか」
人差し指を立てる祐介に渚冬は首を傾げる。
「渚冬君も一緒に人間界で暮らさないかい?」
「……え」
一瞬、思考が停止、しかしすぐに頭が回転する。
「僕にさらに罪を重ねろと?!」
「まさか!そんなつもりで言ったんじゃないさ」
「じゃあ一体どういうつもりですか?!」
思わず声を荒げる。
これ以上罪を重ねれば、湊に、凜に、桜に、さらに悪影響を及ぼしかねない。
ーー桜は、間に合ったと、うまく行っていると、信じているが。
うまく行っていなかったときのことも考えて行動しなければならない。
家族にこれ以上迷惑がかかるような真似はできない。
自分をもう悪しき存在にしたくない。
そんな渚冬の固い決意は祐介がポツリと呟いた言葉で揺らいだ。
「人間界に行って、俺が住む街を神の神主として守ってほしいんだ」
「どういう、ことですか」
「人間界は神主が守らないと邪神が来る。さらに季節ごとの守護者も必要だ。その二役がいなければその街の安全をは軟弱なものになる。」
「………人間界って随分守る役目が必要とされるんですね……」
「そうなんだよ。だから、頼むよ。」
思わずといった口調で呟いた渚冬に祐介は手を合わせて頭を下げた。
「俺は戻ってきてすぐ捕まってここに囚われて小一時間ってとこだ。向こうでは散歩に行ったって嘘ついた俺のことを家族が待ってる。一刻も早く戻らなきゃいけない。でも、」
でも、と消え入りそうな声で紡ぐ。
「でも、俺はたったさっき、特別緊急なとき以外、権能を使えないように強制的に誓いを立てさせられた。今までは俺が守るって意気込んでたけど、守れない。守れなくなっちまったんだ」
その声には怒りよりも悲しみや心配、不安が滲んでいた。いや、勿論怒りも感じるが。
「お願いします、俺の街の神主に、守護神に、なって下さい」
……この人は、きっと根はいい人なんだろう。
ようやく渚冬はそれに気付いた。
最近は疑心暗鬼になりすぎていて他の神の心を疑い続けていた。
しかし、この人の本質は疑いようもなく善だった。
掟を破ったと聞いてはじめは驚き警戒した。
しかしその内容が全3条の恋愛関係なら事情は少し違う。
勿論破ったことには変わりない。
しかし、それはこの神にとっては結果でしかない。
掟破りは、この人が人間への恋情を止められなかった末に起こった結果に過ぎないのだ。
顎に手をやり思案する渚冬に、
「頼むうぅぅぅぅぅ!!
俺と一緒にこんな窮屈な世界から遠ざからないかっ?!」
「お、落ち着いてくださいってば」
ついには土下座までしだした祐介に渚冬は苦笑した。
それほど、家族が大切で、守りたいのだろう。
それは、渚冬にもよく分かる。
よく分かるからこそ、この提案を即決できない。
渚冬は、その大切な、守りたい家族がここ(時雨夜)にあるのだから。
人間界に行けば、もし、桜に、湊に、凜に、何かあったときに守れないかもしれない。
そう考えて、渚冬は自嘲の笑みを浮かべた。
今まで家族のことを傷つけたのは自分ではないか。
”守る“なんてどの口が言えたんだ?
今だって、渚冬が公の前で家族に近寄ればきっと家族ごと忌み嫌われる。
いや、そうしなくてももう忌み嫌われているかもしれない。
それならば。
家族から離れることが一番家族を守れるのではないか。
何も言わず人間界へ行き、帰ってこなければ。
母上も、湊も、渚冬のことを忘れるか、呆れて見放すかするだろう。
ーーーーそうなれば。
家族は、守られる。
「分かりました。行きますね。
神主っていうのと、守護神っていうのになれば良いんですね?」
祐介は、バッと顔を上げて涙を流し、
「本当か?!一生恩に着るよ!!本当に本当に本当にありがとう!」
「いえ、家族を守りたい気持ちが十分に伝わってーーーーぐえっ」
「感謝してもしきれないよ…
俺の神代がいくらあっても足りないよ……」
「く、苦しいです……」
抱きついてきた祐介に息も絶え絶えになりながら、ふと感じた疑問を口にした。
「というか、勝手に玲瓏から逃げて人間界に行って良いんですか?」
「勿論さ。駄目ならこの鳥居から人間界に行けるようにするはずがないだろ?」
「………あ、これですか?!
え、この鳥居って人間界に繫がってるんですか?!」
抱きついたまま鳥居を指差す祐介に驚愕の声が漏れた。
祐介が平然と寄りかかっていたあの鳥居が人間界に繋がっているとは。
人間界に繫がる場所は都にあるあの一箇所しかないと思っていたし、実際そう聞いていた。
しかし、こんな場所にもう一つあるなんて。
「ひどいだろ?好きな時に好きなように人間界に行けるってことは、ここからさっさと出てけって言ってるようなもんだよな」
「そういう意図、ですか」
やけに納得する。
さすが”追放“と呼ばれるだけある。
文字通り時雨夜から追い出すための手段が兼ね備えられている玲瓏は流石だ。
「よし、じゃあこれから神主として、また守護神としてよろしく頼むな、渚冬君」
手が差し出される。
「俺達の住む街を、お願いします」
「ーーーー全力を尽くします」
手を握り返す。強く、強く。
誰かを救い誰かを守ることで自分の、犯した罪を少しでも償う。
その間に、家族のみんなに自分のことを忘れてもらう。
(ごめん、夕星)
心のなかで親友に謝罪しながら祐介と共に鳥居を潜り抜ける。
(でも絶対なんとかしてみせるから)
強い覚悟と決意を胸に渚冬は人間界へと渡った。




