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未年

中学3年生、15歳の天音雫です。


何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです。

「渚冬様、起きて下さい。

今日でもう、牢生活は終わりです。」


優しくそう呼びかけられて、渚冬の意識は夢から浮上した。


鉄格子越し、目の前に、羊の耳がと角が生えた女が体育座りしていた。


「…………へ?」


寝起きで頭が回っていないのもあるが、思わず渚冬は聞き返した。


「釈放です。未年の執行人の結が言うんですから、間違いのないことですよ?」


おっとりとした喋り方はあまり執行人らしくないというか。


いや、失礼かもしれないが。


「菜月、さんは……」


1年という任期を自らの意思で延長し、昨日まで毎日牢を訪れてくれた巳年の執行人の名を挙げる。


「今日を持って完全に、延長分も終了ということになりました。

結が説得しましたが、最終的に菜月さんも納得してたので大丈夫だと思いますよ?」


「そう、ですか」


「…………2年間、辛かったですよね」


「……………」


何も、言えなかった。


確かに辛かった。


しかしそれは牢で生活することの辛さではない。


自分がしたことを毎日思い出し、家族に会えず、夕星の容態の回復も聞けずに過ごしたその歳月が辛かったのだ。


そして、それらを招いたのは渚冬であり、他の誰も悪くない。


ただ、唯一、許せない。


渚冬の頭にくる京の顔がよぎる。


何が、したかったのか。


渚冬はいまいちそれを掴めていない。


母親に、花を、と思ったあの時の自分の能天気さを今の渚冬は自嘲する。


どんな治療師にかかっても治らないと言われているのに、そんな花一つで治るわけがないと気づくべきだったのだ。


(馬鹿だったなぁ)


今思えばその一言で片付けられてしまう、あの日。


自分は母親を直せるかもしれないと漠然とした希望を抱いていた。


結果、すべてを、失うことになってしまった。


自らの手で、凍らせてしまった。


2年前のあの日、自分は菜月に永遠に牢で生きることを宣告された。


あの時自分は少し驚いた。


命が奪われたとしてもおかしくないと、そう、思っていたから。


でも実際は違った。


”生きる“ことは死ぬことよりも遥かに辛い。


そう感じる生活を、2年間送った。


永遠の中のたったの2年間。


罪を償うにはあまりに短期間過ぎる。


一体、どういうことだろうか。


「湊様が、直談判しにきましてね」


渚冬の疑問を汲み取ったのか、未年の執行人、結が立ち上がり、牢の鍵を開けながら話し始めた。


「出さないと、牢も時雨夜もメチャメチャにしてやるで!って」


それは、直談判………ではなく単なる脅しではないだろうか。


だが、弟がそれほど必死になってくれていたことに胸を打たれる。


「それと、事実の解明が進みましてね、」


「事実の解明ーーーー?」


「はい。2年前までは渚冬さんそのものが、氷鬼であると思われていましたが、様々な調査の結果、違うことが立証されました。」


扉を潜り抜け密かに驚く。


もう氷鬼のレッテルは剥がれるものではないだろうと諦めていたのだ。


「まぁ、本物の氷鬼は今では時雨夜に野放しになってますけどね。

あぁ、それと、あの日、渚冬さんが、星彩の魔女をすぐに氷漬けにして時雨夜全域が莫大な被害を免れたことも大きいんですよ。」


「………星彩の魔女は、そんなに危ない存在なんですか…?」


「勿論ですよ。危なくないものはわざわざ封印なんてしませんからね〜」


狼車の中で夕星が語った過去の惨劇が思い出される。あの話は、本当なのだろう。


「さて、これで、牢からは開放ですね。湊さんとの約束どおりです」


ですがーー、と、結は悲しそうな顔をした。


「自由に時雨夜にいることは、今の渚冬さんには、残念ながら、まだ、できません」


「今度は別の牢に、入るんですか?」


「牢ーーではなく”玲瓏“という場所、に行きます。」


玲瓏、は確か、罪神や悪神などが罪を償うための場所、だったはずだ。


あまり日常的に聞く単語ではないため渚冬の記憶も朧気だった。


「湊は、このことをーー?」


明日会いに来る、と意気込んでいた弟を思い出す。


結は顔をうつむかせた。


拳を握る。


「知らない、です」


渚冬は一人納得した。


湊が知れば恐らく許さなかっただろう。


湊には釈放と伝えておき、事実としては自分は玲瓏行きなのだ。


これは湊に隠し通さねば湊が暴れてしまう。


「釈放、ではあるのですが、渚冬さんは、正確には現在追放の身にあります」


「追、放………」


その言葉が舌の上で重みを帯びる。


それはつまり、この世界にいられないということ。


この世界に居場所がないということ。


この世界にいることが、許されないということ。


「そうだよな」


あんなにすべてを凍らせた。


親友をも氷漬けにした。


そして、まだその意識が、戻っていない。


それならば渚冬は神殺し同然だ。


「ーーーー騙すような真似をして、ごめんなさい」


「そんな、謝ることじゃないですよ。全部、僕がやってしまったことなので」


「でもあなたは本意じゃないですよね………

何の慰めにもならないことは承知です。ですが、結はこの決定に納得しきれず、執行人という立場を利用し抗議を続けています」


涙が零れそうな瞳で渚冬を見つめる未年の執行人、結。


「そんな、大丈夫ですよ、

僕自身、追放に納得してますから」


「どうして……

なぜ、そんなに淡々としていられるんですか?追放が嫌ではないのですか?牢の生活が苦しくなかったのですか?皆に忌み嫌われることを苦痛と思わないのですか?」 


矢継ぎ早に浴びせられる質問。


しかし、渚冬は笑って答えた。


「だって、僕は長男ですから」



“守ってやれよ、長男”


夕星が、凍る前、最後に残した言葉はそれだった。

渚冬は長男だ。


昨日、湊が訪ねてきてくれたことでそれを深く実感できた。


自分には愛する家族がいる。


そして、湊の様子を見るに、恐らく、

ーーーー渚冬の事を、忌み嫌っていない。


その事実だけで、生きていける。


死よりも生のほうが辛くないと思える人生にできる。


渚冬はそんな自信があった。


「1日」


「………はい?」


「1日だけ、猶予があります」


突然の猶予判決に渚冬は虚をつかれた。


「え、でも僕は追放なのでは……」


「いくら追放の身でも、このまま玲瓏行きにさせる訳には行きません。2年間、牢に閉じ込められたままで、やりたいこともあるでしょう?」


「………良いんですか?」


渚冬を1日、野放しにしてしまっても。


「あなたは悪意ある人でないことを私は知っています。だから、」


結は耐えきれず涙をこぼす。


頬へと伝っていく。


「丸一日間、あなたは完全に自由の身です。好きなことを好きなようにしてください。

…………玲瓏行きは結も、菜月様も爾月様も、本当は、納得していません」


「……ありがとう、ございます」


「当然のことです。

おかしいんですよ、渚冬さんが玲瓏行きなんて。どうして………」


頭を下げた渚冬に結は首を振り、目をそらした。


………夕星の、祖母もこんな思いをしたんだろうか。


一瞬、そんな事を思う。


「明日の同じ時刻、ここで待ち合わせしましょう」


気付けば結はもう背を向け歩きだしていた。


まるで、これ以上涙を見せまいとするかのように。


「どうか、良い1日を」


祈るような声に押され、渚冬は歩き出す。


結とは逆方向、自分の家がある場所へと。


1日、何でもできるのなら、渚冬にはどうしてもやりたいことがある。


決意を強く抱き、渚冬は歩き続けた。












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