冬の名を持つ神
中学3年生15歳の天音雫です。
何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです。
渚冬兄!!」
その声が、今まで聞いたどの言葉よりも鋭利に渚冬の心を抉る。
「湊様、落ち着いてーーっ!これは、っ……!」
やっとのことで湊の前腕を掴み、そのまま眼の前に広がる光景に目を失う。
菜月の兄、湊の同伴者として共に人間界へ向かっていた執行人の爾月は眼の前に広がる銀世界に声を失った。
湊は掴まれた腕を乱暴に振り切り、拘束された渚冬へと駆け寄る。
「渚冬兄、渚冬兄!何が、何があったの……?!」
周りの神々は、渚冬のそばに膝立ちになって問いかける湊を見て口々に呟く。
「まぁ、あの子ーーどうして?」
「きっと兄弟なんだろう」
「渚冬って言った?あの稲荷家の?」
「でも稲荷家は代々水の権能じゃーーー」
「よくわかんないけど、呪われてるのよ。きっと、氷鬼になったのよ!名前に”冬“が入ってるもの!」
…………違う。
渚冬はその言葉に心の内で否定した。
冬が入ってるのは、渚冬が冬に生まれたからだ。
冬生まれの渚冬にこの名前をつけてくれたのは最愛の母上だった。
だから、この名前を、汚されたくない。
しかし、文字通りすべてを氷漬けにした渚冬にそんなことを思う資格など持ち得なかった。
渚冬の脳裏に、久遠書架で、ついで紫乃宮で出会った本物の氷鬼ーー京の笑みが蘇る。
命を奪われるよりも辛い。
京は、最初から、これが目的だったのか。
「違う!!渚冬兄はーーー、渚兄は冬に生まれたからでっ!!」
湊もそれを知っているから、必死に訴える。
でも、湊は知らない。この悲劇を招いたのが他ならぬ渚冬自身であることを。
だから、庇う。渚冬を。兄を。
「湊、ーーーーもう、やめて……」
このままでは湊まで、嫌われてしまう。
忌まわしき存在にされてしまう。
守ると、誓ったのに。
「悪く、思わないで下さい」
どこからか響く鈴の音。
渚冬を縛る光の縄を手に、顔を歪めてこちらに一歩一歩歩み寄ってくるのは菜月だった。
「僕はこれを一番恐れていました。あなたの白髪を一瞬見たあの時から」
「やめて下さい、なぜ縛るんですか?!
渚兄は何もしてません!!拘束を解いてくださいっ!!」
「できません」
苦しさからか、罪悪感からか、その目元が涙で光っている。
「申し訳ありません。
執行人の、“役目”ですので」
渚冬はひたすら凍って白くなった地面を見つめた。
もう何も視界に入れたくなかった。
もう何も、聞きたくなかった。
もう何も、感じたくなかった。
「あなたを牢送りにします」
菜月は、渚冬の目の前にしゃがみこむ。
「夕星様はーーーー、最善を尽くします」
渚冬の双眸から、一粒涙が伝った。
「嫌だ、何でですかっ…!渚兄はーーーーーー」
「行きましょう。」
湊の反論の声を無視し、菜月は渚冬を立たせる。
そして、牢へと連れて行こう一歩踏み出したその時、湊が菜月の着物の袖を掴んだ。
「どうして………?」
それはありとあらゆる事柄全てに対しての問だった。
どうしてこの場所が雪景色なのか。
どうして渚冬は凍った少年を抱き泣いていたのか。
どうして目の前に氷漬けになった少女がいるのか。
どうして渚冬の髪色が白になっているのか。
どうして渚冬が周りの神から忌み嫌われるような視線を向けられているのか。
どうして渚冬が拘束され、牢送りににならなければいけないのか。
どうして、どうして、どうして。
その瞳が揺れる。涙で歪む。
菜月はその目を見ることができず俯いた。
「兄上に、聞いて下さい」
「っ…!」
「湊様。辛いのは分かりますがいけませんよ」
少し離れたところでことの成り行きを静観していた爾月が出番とばかりに、菜月と共にどこかへ去っていく兄を追おうとする湊を押さえた。
淡々とした口調、しかし、弟と同様に、その目には苦しさが滲んでいた。
「私と共に、人間界へ、行かなければなりませんから。……分かってくださいますね?」
そうしないと、あなたは傷つくことになりますから。
爾月は、そこまでは、言えなかった。
例えそれが事実だったとしても。
爾月の中の何かが、その言葉を発するのを躊躇わせた。
「嫌ですっ…!牢送りで渚兄が何されるかわからないまま人間界に行けるわけっ…!」
「………行かなければならないのです」
「離、して下さいっ…!」
「私は菜月の兄として、そして執行人として、あなたを今ここで離すわけにはいかないのです」
どこまでも冷たい口調、しかし眉を下げ痛切な表情が浮かぶ。
「渚兄っ……、!」
泣きそうなその声に、渚冬は思わず足を止めた。
まだ進んで数歩。
もう振り返らないと己の心に強く決めていたのに、すぐにそれをやぶってしまうのは悪い長男だろうか。
でも、振り返る。
「湊」
拘束されたまま。
真っ直ぐ、湊の目を見つめる。
「僕のことは心配しないで、人間界での修行、頑張ってきて。これは、全部、僕のせいだから、しょうがないんだ」
「嫌だ……っ、」
「ーーーー守れなくて、ごめん」
否定を重ねる湊にそう言いのこし、再び菜月と共に歩きはじめる。
周りにいた神々は、渚冬を遠ざけるように、渚冬の通る場所から離れていく。
後ろからはただ、
「違いますっ!!渚兄は、そんなこと、するはずないっ……!誤解ですっ…、何かの間違いなんだ!!お願い、連れて行かないで!!」
「渚兄っ………!」
慟哭する湊の声が響き続けていた。




