長男の仮面
中学3年生15歳の天音雫です。
何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです。
振り返り渚冬は声を失った。
いつからか、音もなく、そこに立っていたのは夕星だった。
ーーーーしかも、何故か湯気の立っているバケツを持って。
思わずバケツへと視線がそれそうになる渚冬を夕星は真っ直ぐな瞳で、渚冬の心を見透かすように見つめていた。
その視線が怖くて、渚冬はあえて明るい声で、
「やぁ、夕星。丁度今、ーーー」
「何だよ、その髪色」
「湊の無事をーーーって、え?」
「俺、青髪のほうが好きだった
何で黒に染めたんだよ」
開口一番、子どものような口調で渚冬の髪色に不満を零す夕星に、渚冬は笑った。
夕星は、変わっていない。
きっと、昨日の久遠書架のことは夢かなにかだと思ってくれたのだろう。そう、安心しきっていた。
「湊が、無事に戻ったら、青に戻すよ?安全祈願のために、染めたんだ」
何食わぬ笑顔で、通常の日常を、変わりない平和さを、再現した。つもり、だった。
「渚冬。お前、何か隠してるだろ」
しかしそれは長年の友である夕星には通じなかった。
「ーーーー別に何も?」
「嘘つけ。じゃあ何で墨で髪染めてんだよ」
普通ちゃんとした染髪剤で染めるだろ、と眉根を寄せて言い返す夕星の感の鋭さに、背中に冷や汗が、伝うのを感じた。
まさか気づかれるとは思わなかった。
「お前、昨日、何があった?久遠書架で、何があった?」
「ーーーー何も?」
「隠してもバレんだぞ長男。弟騙せたからって俺も騙せると思うなよ。俺の目は節穴じゃねえからな」
続けざまに、渚冬の本心を、隠し事を暴くように連ねられる言の葉の刃に渚冬はたじろいだ。
何とかうまく誤魔化そう、そんな渚冬の思いは次の夕星の言葉で砕けた。
「お前がその気ならなーーーーーこうしてやる!!」
「え」
威勢の良い声と共に振りかぶられるバケツ、そして、
バッシャーン!!
滝のようにお湯を浴びた。冷たくはない。全く。
さすが湯気が立っていただけはある。
しかし、問題はそこではない。
そこではなくーーーーー、
「ーーーーーは」
昨夜無理矢理墨で染めた髪。
お湯のせいでその墨は全て洗い流され、その下の髪の色があらわになっていた。
それは、湊が、夕星が、好きだと言ってくれた青髪ではなく、雪のように白い、純白の、色なき色に染まった髪だった。
「ーーーんで」
びしょびしょに濡れたまま渚冬は声を震わせた。
「何、で」
隠しておけると思っていた。”ずっと“は無理でも、せめて、湊が帰って来るまでの半年間、全力を尽くして隠し通そうと思っていたのに。
渚冬は肩の力を抜いた。バレてしまったのなら仕方ない。
ーーーーーもう、時雨夜で生きるのは諦めるしかないのだ。
「は? 何でって、おまえ、今、そういったのかよ」
「え」
全て諦めた渚冬の耳に、無感情な声が響く。
刹那、
「お前さ?!いやお前な?!
いいか、よく聞け!!
お前のせいで雨には打たれるし、焔水晶は割れるし、謎の馬鹿でかい揺れには襲われるし、意識はぶっ飛ぶしーーーー」
渚冬の肩をむんずと掴んで物凄い剣幕でまくしたてる夕星に渚冬は目を白黒させた。
「お前のせいで踏んだり蹴ったり踏まれたり蹴られたりだったんだぞ?!事情話すまでお前のこと火で炙ってやるぞ?!」
あまりの気迫と実行されれば冗談では済まされない脅し、そして、
「俺ら親友だろ?!例え俺が踏んだり蹴ったりな目に合わなかったとしても話せよ!!ぜってー口割らないって約束するから!!」
「夕、星……」
真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな心。
渚冬を思う夕星の優しさの塊のその心に、負けた。
肩を掴まれたまま、渚冬は頭を垂れた。
「……僕にはもう、居場所がないんだ。ここにいちゃ、いけないんだ」
「は?どういうーーー」
言葉を遮るようにして、渚冬は掌に水の球体をうかべ、
ーーーー瞬時にそれが凍る。渚冬の周りの空気が一気に凍てつき、理解が追いつかず言葉を失っている夕星に、すべての終わりを覚悟したその時、
「何だよそういうことかよ心配して損したぞこの野郎!!」
「?!」
掴んだ渚冬の肩を前後に激しく揺すって、渚冬の平衡感覚を狂わせる。
「お前、そんなことなら隠すなよ!!お前がそんなこの世の終わりみたいな顔して隠してるから、寿命があと3日しかないとかかと思っただろ!!」
「う、え?」
雑音と化した疑問の声を漏らしつつ夕星の言葉の真意を探ろうとする。
“そんなこと”なはずがない。
夕星はわかってないのだ。何も、理解がーー、
「氷鬼にお前の髪色と権能が変えられたことくらい俺にとっちゃ何の問題もねぇわ!!」
「ーーっ!?」
氷鬼、その単語が夕星の口から出てきたことに渚冬は戦慄した。
見抜かれていたのだ。あの日、久遠書架で何があったのかを。
知っていたうえで、あえて、そんな風に、
「でも、俺にとっては問題なくてもここで暮らす上では問題アリアリだよな。とりあえず髪染めるか。あ、墨じゃなくてちゃんとした染めるやつでな。折角白っていう色入りやすい髪色になったんだから、黒じゃない色にしろよ!俺とおそろいの緋色はどうだ?!良くね?!」
早口にまくしたてる夕星の言の葉一つ一つが、渚冬の鼓膜を震わせ、心に響き、ーーーー
「どう、しよう」
「ーーーーえ?」
何がだよ、と怪訝そうな顔をして聞き返す夕星の顔を見ることなんて出来ず、うつむいたまま、声を、肩を、息を震わせる。
「僕、約束したのに。湊がに、桜と、母上のこと、守るって。なのに、それなのに……っ!」
「ーーーーーーーー」
「こんなっ……、ここにいられない姿と権能に、なってっ……!」
「ーーーーーーーー」
「夕星、どうしよう?僕、これから、どうしたらいいの………っ?」
「ほら、泣くなって。大丈夫だから。な?」
気丈に振る舞う長男としての仮面が剥がれ泣きじゃくる渚冬の頭を夕星は乱暴にワシャワシャと撫でる。
「ほら、折角お湯も滴るいい男なのに、泣いてたら勿体ないぞ?」
「っ……うっ、ううっ……、」
うつむきうめき声をあげる渚冬、その頭に、白髪を隠すようにバスタオルがかけられる。
涙が、渚冬の頬を伝い、地面に落ちる途中で凍る。
いくつもいくつも、氷の結晶が、悲痛の結晶が流れ落ちる。
「な?大丈夫だから。一緒に考えようぜ?これからのこと。」
無理矢理渚冬の頭をぐいっと持ち上げ目線を合わせさせる。
「諦めんのは早いから、な?」
にぱっといつもと変わらぬ太陽のような笑みを浮かべる夕星は、やっぱり渚冬には持ち得ない何かを持っているような気がして。
あんなにいつもはおちゃらけてるのにいざとなったときには自分より強い芯のような揺るがない何かがあるような気がして。
自分が背伸びしても届かないであろう何かを持っている、ような、そんな気が、何となく、した。
ーーーーーー普段は到底そうは思えないが。
迷子になって半泣きしている夕星や権能が使いこなせず拗ねる夕星の顔、欲しかったものが手に入ったのだと赤ちゃんのように無邪気な笑みを浮かべる夕星の顔が浮かんでは消え、渚冬は思わず泣きながら笑いしそうになってしまう。
一度スイッチが入れば夕星は頼りがいのある存在になるのだ。
長い付き合いで渚冬はそれを知っていた。
元執行人の祖母の英才教育を受けて育てられているだけある。
バスタオルからは太陽のような優しい穏やかな香りがして渚冬の涙腺を余計に脆くさせる。
静かに涙を流しながらバスタオルで髪を拭かれる渚冬、まるで自分の弟かのような優しい眼差しで渚冬を包む夕星、暖かな友情の風景にーーーー




