鳥がバサバサと飛び立った下には、きっと敵兵が潜んでいる。獣が騒いでいるのは敵の奇襲の前兆。粉塵の舞っているのは敵の進軍だ
ロランは黒塗りの高級車の後部座席に乗り込むと、煙草を一本ふかす
「南方支部に頼むよ」
運転手は車を発進させる
今日は道も空いており、ダンジョンや魔物で進路が塞がれているような事も無い
窓を開け、タバコの吸い殻を外に投げ捨てた時だった
「ん?」
後方から、何か巨大な物が迫ってきている
それが這い寄る大蛇だと気付くのに、そう時間は掛からなかった
「スピードを上げろセバス!背後から魔物が!」
「かしこまりました!!
運転手はアクセルを目一杯踏み、車を急加速させる
ロランはその間に電話をかけ、救援を要請する
「俺だ!レイド級の魔物に追われてる!俺の手には負えない!」
『解った!直ぐに戦闘チームを向かわせる!』
大蛇の直径は道よりも大きく、しかし鋼の鱗がしなる事で建物や道には傷一つ入らない
「鋼…?クソ、もう勘付かれたのか!」
全世界に庵札失敗を晒された挙句、ノーブルスとの繋がりすら割れた暗部のまぬけ供と違って、ロランは自分の身バレに繋がるような物は持っていない
おまけに、死亡してもコイン、アイテムロスト以外の何のリスクも無い第二次役職
(逃げ切れなかったら大人しく殺されるのも手か…いやだめだ、あの女が裏切るかも知れん中、しばらく行動を起こせないのは流石にまずい!)
不意に、遠方から飛来したロケットランチャー弾が鋼の蛇に直撃する
「おお!間に合ったのか!」
既に、道路を塞ぐように戦線が構築されていた
「ロラン書記官殿!お急ぎ下さい!」
戦線がロランの車の為に道を作り、彼をこの戦場から逃す
車の通貨を確認したや否や、ノーブルスはすぐさま戦闘態勢に入った
「鋼の大蛇…コトリンの手先か」
「かなりの資源がかけられている筈だ。ここで破壊して、奴の戦闘力を少しでも削ぐぞ!」
「ふぅ…ここまで来れば、もう支部は目と鼻のさ…」
その瞬間、 ロランを乗せた車は、進路を遮る様に開かれた磁界門の中に突っ込んでいってしまった
加速のし過ぎが仇となった
捕獲を終えたコトリンは、出来るだけ人目に付かない路地裏を歩いていた
「すみません」
不意に、コトリンは声を掛けられる
「何ですか。ナンパならお断りですよ」
声の主は、ダンジョンドロップ限定の黒色鎧で身を固めた剣士だった
「この辺りで、コトリンと言うプレイヤーを見かけませんでしたか?」
「コトリンってあの、たまにCMとかで見かける配信者ですか?ごめんなさい、知らないです。見かけたら絶対覚えてるはずなんですけどね」
コトリンはすっとぼける
「そうですか…もし見かけましたら、髑髏と愉快な仲間達が探していたと伝えて頂けると幸いです。お時間取らせ申し訳ございませんでした。では」
男はそう言い残し、再び路地裏迷宮の中に姿を消した
(髑髏と愉快な仲間達?一時はノーブルスと並ぶとすら言われてた最大手ギルドが、私に何の用だろう。それに、こんな人気のない場所で聞き込みって言うのも少し不自然。でもまあ…)
コトリンは窓から廃墟に飛び込んで隠れ、周囲を再三確認してから携帯を取り出す
髑髏と愉快な仲間達の電話番号は、何度もCMをやったので覚えていた
『はい。こちら、髑髏と愉快な仲間達です』
「もっしも〜し!うちだよ!コトリンだよ!」
『いたずら電話でしたら切らせて頂きます』
「うぇ?違」
電話は切られた
「…何だよ…人がわざわざ電話かけてやったのに…」
コトリンは不機嫌になった
(ああ…何もかも上手くいかない…ほんと嫌になる…て言うか、私に連絡したかったらDMで良いでしょ…)
コトリンはそう思い、SNSを開こうとした
(…あれ?)
『現在、《マスターコール:インターネット途絶》が発動されています
大変ご迷惑をお掛けしますが、効果終了まで今暫くお待ち下さい
残り 00:22:24』
「は?」
ノーブルス本部
「見つかったか?」
副リーダー、ベルゲスは神妙な面持ちで部下に聞いた
「総力を挙げて捜索しておりますが、文字通り影も形も…」
ベルゲスは携帯を見る
遮断時間は、残り22時間を切ろうとしていた
部屋に別の者が入ってくる
名は、書記官ジルド
「ベルゲス殿。報告があります」
「機械の大蛇を取り逃がしたんだろう」
「…はい。総力を持って破壊に当たりましたが、我々の火力系アイテムを受けるだけ受けてから時空の歪みへと消えて行きました」
「ッチ…してやられたという訳か」
ベルゲスは額に手を当て考え込む
「…奴には三つの武器がある。機械獣、高い潜伏能力、そして最大の武器はインターネットそのものだ。このうちインターネットは、2500兆コインという大金を消費して24時間封じる事に成功した。逆に言えば、この24時間と言う猶予が終われば我々の状況は一気に不利になる。もう一日凍結を買えるコインなど我がギルドには無い」
「はぁ…」
書記官がため息を吐く
「よくもまあこんな大ごとになったものですね」
「クソッ…暗部がしくじらなければこんな事には…ネット配信に暗殺失敗を晒す暗殺者があるか!」
ベルゲスは思い切り机を叩く
「ネットの遮断が裏目に出たのか…?いや、このまま放置すればノーブルスの権威は地の底に落ちていた。こうするしか無かった…」
「お言葉ですが副リーダー殿。我々がこうして手をこまねいている間に、向こうは早速一手うってきたようです」
書記官は窓の外を指差す
「何?」
建物の外に、ロランを乗せていたはずの車が止まっていた
車内からは、今までぎゅうぎゅうに詰められていた無数の機械ネズミが、我先にと放たれている最中だった
(ネットは使えない。私に会いたいって言う、髑髏と愉快な仲間達?とも連絡が付かない。出来ることと言ったら、このフリーズタイムを利用してノーブルスを洗う事くらい…だよね)
今回喧嘩を売ってきたのは政府そのもの
法律を気にする必要など無い
コトリンは先程の廃墟に潜伏したまま、無数の巡視者が提供する数多の情報を脳内で整理していた
今回の騒動を示唆する様な、様々な会話や物的証拠
片っ端から記録し、インターネットが復旧した瞬間全てを解き放つ
これでノーブルスは終わりだ
(まさか、私以外にも色んな人を手にかけていたなんて。しかもどれもトップランカーばかり)
どんなに硬い金庫の中も、中で磁界門を形成すれば関係無い
巡視者の見た物は全て映像記録として残る
コンマ1秒でも視界に入れる事が出来ればもう情報奪取完了
流石のノーブルスでも、ネズミ大の大きさしか無い無数の諜報員の全てに対処する事は不可能
戦闘員が本格的に対処しようとした頃にはもう、ネズミ達は一匹残らず磁界の中に消えていた
(これで、ネットの封印が解消された瞬間に私のエクストラウィンだね)
十二分過ぎる証拠を手にしたコトリンは、安心感と三徹明けの疲労から、そのまま廃墟の中で眠りこけてしまった
ことりんているず本部の応接間にて
二人の男が、磁界門から伸びる大腕に握りしめられ拘束されていた
「ぐ…離せこのデカブツが!」
ロランはしきりにもがくが、怪獣すらも一撃で屠る腕力には敵わない
「ああ…どうしてこんな事に…」
一方、運転手のセバスはただただ悲観に暮れていた
そんな二人の居る部屋に、女が一人入ってくる
ケラだ
「あ…?お前、ケラか?丁度良かった。今すぐこの腕を何とかしてくれ!」
ロランの言葉には応じず、ケラはただ二人を見上げるだけだ
「何してる!早くしろ!」
怒鳴りだすロラン
今のケラには、屠猿の捜査権限を一時的にコトリンから貸与されていた
解放するも握り潰すもケラの思うままなのだ
「………」
ケラが左手を開くジェスチャーをすると、ただの運転手でしか無かったセバスは解放された
「ええ!?」
「行って」
「もしや、コトリンの正体は貴女…」
「早く行って下さい」
ケラの抑揚の無い冷たい声に慄いたセバスは、そのまま逃げる様に部屋を後にした
「コトリンも随分とお人好しなんだな。一度自分を裏切った奴をまだ信じるなんて」
「…あの人は、天邪鬼なところがあります。信じていると言いつつも、彼女は今もこうして、わたくしを試しているのです」
ケラは、ロランを握る拳を少し緩める
「どうか正直にお答えください。ロラン様。ロラン様はわたくしを、心より愛してくれた事はございしたでしょうか」
「………当たり前じゃ無いか。お前と別れた後も、俺はお前を忘れた事なんて無い。敢えて引き剥がしたのは、弱いお前を強くするためだったんだ」
「…そうですか」
ケラは、ロランの拘束を解いた
屠猿の両腕は、そのまま磁界の中へと消えていった
「ありがとう。お前なら分かってくれると信じていたよ」
ロランはそう言い残すと、一人応接間を出て行こうとする
「…またわたくしを、置いていかれるのですね」
「何?」
「利用するだけ利用して、用済みになったらポイですか!貴方はいつもそう!」
「当たり前だろう。自分がただの愛人とも知らずに、本当に能天気な奴だ」
「あ…!?」
「お前はいつもそうだ。いつも誰かに従うだけで、自分では何も判断しない、何も行動しない!どうせ今も、ただコトリンに利用されているだけなんだろう!」
「…ええ、そうね」
ロランはドアノブを回すが、ドアは開かない
「だったらこれは、わたくしの意思」
ロランの真上に磁界門が開き、屠猿の掌が突き出されていた
「…それで良い。ケラ」
ロランは潰された
坂DOOONは超大型ギルド、“髑髏と愉快な仲間達”の新米剣士
ギルドでは現在、総力を以ってある任務が行われている
ノーブルスの監視を逃れつつ。ノーブルスより先にコトリンを見つけ出す事
(こっちめちゃくちゃ不利じゃん)
なので必然的に、人気の無い場所での捜索と言う非効率極りない作業になる
「流石にもう自分の家からは離れたか?」
坂DOOONが捜索場所を変えようかと検討した時
「動くな」
後頭部に銃口を突きつけられた
「振り返らずに答えろ。お前、所属はどこだ」
「…いえません」
銃口が降ろされる
「?」
「少なくともノーブルスでは無さそうだな」
坂DOOONは振り向く
「貴方は確か、コトリンと一緒に戦ってた…」
「クラブマンだ。よろしくな」
不意に、路地の外から人の声が聞こえてくる
「おい、今そこで何か音しなかったか?」
「俺も聞いた。行ってみよう」
ノーブルスが二人に気付いたのだ
「話は後だ。付いて来い」
クラブマンはそう言って、ある廃墟へと向かって行った