正しい友人というものは、あなたが間違っているときに味方してくれる者のこと。正しいときには誰だって味方をしてくれるのだから
月の無い夜
地味姿に戻ったコトリンは、いつもの廃港に来ていた
「お?」
今日は珍しく、いつもの老人以外の先客が居た
修道服に身を包んだ美しい女性が、ただぼうっと海を眺めていた
(…今日は帰ろうかな)
コトリンがそう思った矢先だった
女性は一歩、また一歩と海の方へと歩いて行く
(おっと?)
女性があと一歩で海に落ちると言う所で、コトリンは意を決した
「こんな夜中に海水浴ですか?」
驚いた女性は、その場で踏みとどまった
「…すみません…どこかよそに行きますね…」
女性は消え入りそうな声でそう呟くと、そそくさとコトリンの横を通り過ぎる
「あの」
コトリンは女性を呼び止める
「せっかくなので、話し相手になってくれませんか?」
「………」
女性はその場を行ったり来たりしながら暫し悩んだ後、コトリンの要望に応じる事にした
波止場に2人、並んで座る
コトリンは釣り糸を垂らし、女性はただ海を見つめる
「ねえ君、名前は?」
「ケラ…」
「ケラはどうしてこんな事を?」
「………」
「そっか。なら良いよ」
静かな時が過ぎて行く
「…あの…」
「どうしたの?」
「あ…貴女は…貴女の…な…名前は…?」
「コトリン」
「へ!?」
驚いたケラは海に落ちそうになったが、コトリンが彼女の手を掴んで引き戻した
「ほ…本物…ですか…?」
コトリンはがばりと立ち上がる
「そーだよー!うちこそがオーメントピアで一番の人気者、コトリンだよ!」
「本物だ…!」
「…はぁ…」
コトリンは疲れ切った様子でどっかりと座る
「やっぱり疲れちゃうなぁ…これ」
「え…?」
通常、ファンの前で素を晒すのは、有名人としては御法度
しかしコトリンは勇気を振り絞り、本当の自分のままケラと向き合う事にした
「ねえケラ。今見た事、ネットとかに上げちゃったりする?」
「いえいえそんなまさか!」
「そっか。良かった」
コトリンは竿をあげてみる
釣り針からはとうの昔にエサが取られており、アタリなんて来る筈も無かった
コトリンは「ふっ」と笑いながら釣竿をしまうと、ケラの隣にただ座る
「昔は凄く楽しかった。みんなが私の事を見てくれてさ、人気者になれた気がしたんだ」
コトリンは星も無い夜空を見上げる
「でも、ある時から気付いたんだ。みんなが見てるのは私じゃ無くて、コトリンなんだって。いつからかコトリンのイメージを崩さない様に毎日を生きる様になってね、今日だって衣装が無いって理由だけで、私を利用しようとした悪党とも戦えなかった」
コトリンはそのまま、割れたコンクリートの地面に寝そべる
「私、もう疲れちゃった」
「コトリンさん…」
ケラも、コトリンの隣に寝転がる
「…わたくし、貴女に殺されました」
「あら?」
「ギルド対抗戦の日に。もっとも、機械の多頭龍の蹂躙に巻き込まれただけなので、コトリンさんは覚えていないと思いますけど」
「…なんかごめん」
「良いんですよ。あの時は、お互い合意の上で戦っていたんですから」
ケラは、コトリンに顔が見えない様に寝返りをうつ
「…でもわたくし達、あれで破産したんです」
「………」
「仲間だと思ってた方々が次々と喧嘩を始めて、復興どころじゃ無くなって、きーたん団は解散しました。…わたくしは、人間がもっと綺麗な物だと思っていたんです」
「そんな事は無いよ。人はいつだって、嘘と欺瞞で出来た分厚い鎧を着こんでる。私だってそう」
「ええ。わたくし、解散の日になって初めてそれを知ったんです。天地がひっくり返った感覚…とでも言うのでしょうか」
「だから"ゲームから降りようと"?」
この世界において、ゲームから降りる手段はたった一つだけある
ゲームを辞める意志を抱いた状態での死亡
この条件を満たす事で、対象者は二度と復活しなくなる
「…旦那に裏切られたんです。対抗戦に負けた日に、簡素な置手紙と共に姿を消してしまったんです。戦えない女に興味は無いって」
「………」
そんな奴の為に死ぬことなんて無い
コトリンはそんな台詞をぐっと飲みこんだ
赤の他人が、誰かへの愛を推し量る事なんてできない
「…わたくしは貴女とは違う。誰にも必要とされないわたくしに、もう生きる価値は無いんです」
ケラは立ち上がる
「最後に誰かとお話しできて楽しかったです。ありがとうございます、コトリンさん。では」
「ねえ」
「?」
「私と友達にならない?」
「え?」
「私、ギルドを作ろうと思うんだよね。本物の私を知ってる人たちだけのギルド。前入ってたのが解散しちゃってね。君ヒーラーでしょ?ぜひうちに欲しいなぁ」
「いえいえ、わたくしなんかがそんな…」
「その装備、ダンジョンドロップ限定でしょ?こないだ全てのアイテムを失ったばっかりなのに。それを見つけるのに、この短期間で一体どれだけ頑張ったのか…私には想像もつかないよ」
「いえいえ。この程度、コトリンさんの努力に比べれば…」
「君は凄い。これはお世辞でも、励ましでもない」
コトリンは上体をあげる
「それとも私が養ってあげようか?君が一人で生きてける様になるまで、私が手伝ってあげる」
「それは申し訳無さすぎます!どう見ても年下なのに…」
「だったら私の仲間になってよ」
ケラの元に、ギルドの勧誘が来る
「えええええ?」
「私じゃだめ?」
「いえ別にそんな事は…あ」
「じゃあ決まりだね」
かくしてコトリンは、自ら主催するギルド『ことりんているず』の最初のメンバーを手に入れた
ギルドの名前は、コトリンがその場で決めた
次の日の昼下がり
大通りにて
ケラは街路樹の下のベンチに、そわそわした様子で座っていた
(どうしましょう…約束の時間より1時間も早く来てしまいました…)
ケラのそんな心配は、杞憂に終わる事になる
「ごめんごめん。待った?」
「え?」
ケラの元に、地味姿のコトリンがやって来たのだ
「い…いえ!わたくしも今来た所です!」
「そっか。良かった」
「???」
何一つ不具合無く事が進む事に違和感を覚えつつも、ケラはコトリンと共に最初の店に行った
「こちら、天上寂滅級超獄辛焼きうどんです!」
コトリンの前には、およそこの世の物とは思えない、黒い瘴気を漂わせ煮え立つうどん
ケラの前には、至って普通な超巨大杏仁豆腐
(この店ほんとに何でもあるな…)
コトリンはそんな事を思いながら、何食わぬ顔で劇物指定焼うどんをすする
「甘いものが好きなの?」
「へ!?いやあのこれは、まあはい…その、嗜む程度には…」
次に訪れたのは古着屋
初期装備とシスター衣装しか持っていないケラの為に、コトリンが提案したものだ
「これとか似合うんじゃない?ケラ、スタイル良いし」
「いえいえそんな、わたくしには派手すぎますよ!」
「良いから良いから。私のファッションセンスを信じて」
かくしてケラは、コトリンによって小一時間程改造された
桃色のロングスカート
シャツの上から着るのは、ゆったりとしたベージュのコート
流れる様な金髪に、明るい鳶色の瞳
「凄い。似合ってる似合ってる」
「そ…そうですか…?」
「ケラはもっと自信持って良いと思う。凄く綺麗でかわいいんだから」
「コトリンさんに言われると…何だか照れちゃいますね」
「よし、じゃあ次行こっか」
その後二人は日が暮れるまで買い物を楽しんだ
夜
コトリンもケラも、家には帰らなかった
「着いた。此処だよ」
二人が出会った港のある廃村にある、村で一番大きな建物
そこには掠れた文字で、市民文化ホールと書いてあった
「ここは…?」
「いつかなんかに使えると思ってさ。風化する前にこの建物を買い取っておいたんだよ」
大量に買い込んだ物を運ぶ機械獣と共に、二人はホールに入って行く
「昔は避難所として使われてたみたいだから、色々揃ってるんだ。キッチンにシャワールーム、持て余す程の大量のスペース。まあ、自然災害を克服した今の人類にはもう必要無いんだけどね」
長い廊下
コトリンが適当に壁を叩くとそこがどんでん返し、隠されていた棚が現れた
棚には、夥しい量の保存食が置かれている
コトリンはそこからクラッカー缶を一つ取り、摘まみ始める
ふとケラが横を見ると、開いた扉から第二体育館の中が見えた
散乱する無数のパーツ、作りかけの機械獣、ダンジョン内でしか手に入らないレアアイテムもそこら中に散らばっている
(ここで造ってるんだ…)
暫しホールを歩き、二人は研修生用の宿泊スペースに辿り着く
「暫くはここで暮らしなよ。ケラみたいな美人さんが路上生活してるとこなんて、私見たくないからさ」
「本当に何から何まで…ありがとうございます…!」
「ケラはもうことりんているずのメンバーで、此処はその本拠地。何も遠慮することなんて無いよ」
家は徒歩圏内にあったが、その日はコトリンも文化ホールで寝た
街を歩くキソゴンゾウの前に現れたのは、美しい少女だった
白パーカーにショートパンツ、スニーカーと言う簡素な服装のその少女は、ただすれ違っただけで、ゴンゾウの心を一瞬で奪い去ってしまった
ノーブルス本拠地、秩序の塔
会議室
ノーブルスでは、月に一度の定例会議が行われていた
スクリーンの前で、議長の青年が演説する
「我々は常に頂点でなければならない。これは、貴殿ら同士諸君も知っての通りだ。常に最強であり続ける為に、我々は日々過酷な鍛錬に耐え抜いているのだ」
青年は、少し大げさ気味にがっかりしたジェスチャーをする
「しかし、パラゴンの戒律により定められたこの世界で頂点に君臨し続けるのは、容易い事では無い。時には、世間一般的に見て、卑怯と評価される手段をとらねばならない場合もある」
モニターが切り替わり、数名のプレイヤーの写真が映し出される
PVPランキング2位、バルドラゴ
PVPランキング6位、えるもんて
PVEランキング1位、フリーダムドクロ@髑髏と愉快な仲間達
ランキング対象外、コトリン
「今宵もまた、我々の力に迫る四次役職の強者達が現れてしまった。四次役職の、青天井に能力が伸び続ける性質上仕方の無い事ではあるのだが、これを放置すれば、いずれは我々の敷く秩序の綻びとなるであろう」
会議室の隅で昼間の出会いの余韻に浸っていたキソゴンゾウは、モニターが変わった瞬間に息を呑む
それを議長は見逃さない
「どうした、ゴンゾウよ」
「何故、全てのランキングから外れているコトリンの名前があるのでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれた。
コトリンはその行動を以って、我々に潜在的驚異の可能性を示してくれたのだ。
今まで我々は、ランキングでの名前の有無によって“間引き”を定めていた。だが、対抗戦で発揮した彼女の能力は、我々の想定を遥かに超えた物だった。無尽の財力を持つ彼女は今、恐らくオーメントピアの歴史上でも類を見ない速度で増長するプレイヤーとなっている。
確かに戦闘能力面だけ見れば、本来ならば処理対象にはならない。だが今彼女を放置すれば、いずれ必ずノーブルスにとって最強の敵となるであろう」
ノーブルスは最強でなければならない
その理念の元、彼らは時折トッププレイヤーを秘密裏に始末する
間引かれる対象の殆どが第四次役職な為、はらから見れば第四次は死にやすい役に見えてしまう
こうして、無限に力を付けられる第四時役職への人気を意図的に落としつつ、秩序を脅かしうるプレイヤーも排除できる
“間引き”は彼らにとって、大変合理的な活動だった
「ま…待って下さい。コトリンが死んだとなれば、世間は大変な騒ぎになります!」
「容疑者が3ギルド分も作れるのだ。それに、死によって奪われるのは彼女のコインとアイテムと能力だけ。彼女なら直ぐに持ち直す。…それともお前は、仕事に私情を持ち込むつもりか?」
「いえ、そう言う訳では…」
「ならば宜しい。作業は今日より暗部によって順次開始される。諸君らは間引き対象を見つけた際は、随時暗部に報告してくれ。以上、解散」
定例会議は終了し、メンバーも続々と立ち去って行く
キソゴンゾウは一人、会議室に残ってうずくまった