6分の1のハズレを引いた。今日は厄日だわ~!
人が死んだと言うのに、騒ぎが起こる気配も無い
此処ではごく普通の日常だった
「ひぃ!?人が…人が死にましたわ!」
「落ち着いて」
今度は背後から針が飛んできたが、路地裏の陰からせり出して来たタマスの刃によって弾かれる
前方からの針も、ジュピターの前に現れた刃に止められる
「不意打ちに失敗した時点でもう」
闇の中から、二人の前後にそれぞれ一体ずつタマスが現れる
二体とも、首を跳ね飛ばされた暗殺者を抱えていた
「彼らの負けだから」
タマスの媒体は闇そのもの
闇の中に潜むという事は、彼等の懐に入るのと同義だった
暗殺者を地面に落とし、タマス達は再び闇に散る
「刺客が来たって事は当たりだね。化身」
ジュピターは後輪を展開する
輪に付いている六つのLEDは全て黒色に点灯していた
ピンクだった髪は漆黒に染まり、目はタマスと同じ赤い光を帯びる
「影帳・夜天乃眼」
LEDが一つ、弾ける様に輝いた後消灯する
ジュピターを中心に蠢く闇が広がって行き、そこから人、犬、鴉、鼠、様々な姿のタマスが溢れ出てくる
だがそれらには通常の物の様な外装は無く、靄や霧の様な霊体であった
「ひいいい!何ですの!?何なんですのこれええええ!」
「騒がないで。ただ監視の目を敷いただけだから」
発生した全てのタマスが外界に放たれると同時に、ジュピターの化身も解除される
後輪のランプも元の色に戻る
今回消灯したのは赤色のランプ
「…あ。やべ」
次の瞬間、ジュピターは顔面を蒼白させた
「どうしたんですの!?早速何か…」
「六分の一を引いちゃった」
「はい?」
一方
阿国では
「情報は提供したぞ!早く帰せ!」
「話が違うじゃ無いかこのアバズレが!」
「もう良い…お前の首を跳ね飛ばして、東国に速達で郵送してやるからな!」
「お…お主ら、もう少し落ち着いて…」
アザミが激詰めされていた
足は相変わらず氷にくっつき身動きが取れない
次の瞬間だった
地鳴りと共に空と大地がその色を変えて行き、煉獄だった場所は、森林公園の真ん中に姿を変えた
「お?」
「何だ?また別な場所か?」
「いや違う!外だ!俺達解放されたんだ!」
ジュピターが約束を果たしたのだと思い、アザミはほっと胸を撫でおろす
彼女の目の前に居た攻略部隊達はすっかり彼女への興味を失い解散する
人気が無くなったのを見計らうと、アザミは剣を持ち、ものすごく頑張って氷を砕いて脱出した
「…ひくちっ!」
服は確かゼルが持ってた筈
そんな事を思い出し、アザミは地下鉄があったであろう方角へ向け歩き出した
「おー。こうやって転送すんのか。まるで世界そのものが創り替わってるみてーだ」
赤から黒に染まっていく空を見上げながら、ゼルはビルの屋上で着替えていた
先程までは辺りで一番高い神社跡の屋根の上だった場所だ
「…」
ふとゼルは、今自分が着ようとしてたジャケットに注意が向く
コトリンに憧れ、アンツールのゴミ山から自作した普段着
コトリンの真似事に興じる自分を見て、ジュピターは何を思ったのだろうか
「…これもコトリンが望んだ事だ。うちが気にする必要は無い」
ゼルはそう自分に言い聞かせ、いつもの服に袖を通した
阿国が解除された
その現象の異常性に唯一気付けたのはシータだった
「はれ?」
ジュピターは確かに、人質はまだとっておくと言っていた
そもそもジュピターの仕事が終わった時の合流地点は阿国の中だった筈だ
「もしかしてこれって緊急事態!?」
シータは、ジュピターはまだしも、ゼルやアザミまで半分存在を忘れているであろう、いつも肩に乗せている白い小竜の鼻先をとんとんと叩く
"クゥ?"
「お願いカドル、力を貸して!」
"キャウ!"
小竜カドルはシータの片から飛び立つと、空中で光を放ち巨大で荘厳な竜へ変身する
"グガアアアアアウ!"
シータはカドルの背に飛び乗る
カドルは大きな翼を羽ばたかせ、月の無い夜空へと飛び立った
「入滅悟白涅槃阿鼻荼羅超克餃子3人前」
「わたくしは…その、普通の食べ物を頂きますわ」
「毎度あり!」
快活な挨拶と共に、スキンヘッドに鉢巻を巻いた店主が白煙の中に消えて行く
ここは、メトロポリスに住んでいた頃のジュピター行きつけのレストラン、の支店だった
二人は今、カウンター席に座り料理ができるのを待っている
店には二人の他に、店主と酔いつぶれたまま机に突っ伏して眠っている中年男性だけがいる
「あの…緊急事態だった筈では…」
「うん。とても緊急事態。だから心が落ち着く物を食べながら頭を整理しようと思って」
アイレーアの元には熱々の鍋料理が、ジュピターには目が染みる様な瘴気を漂わせる大振りな黒色の餃子の盛り合わせがやって来た
ジュピターは舌なめずりすると、餃子にたっぷりの唐辛子粉をかけてから食べ始める
眠っていた酔っ払いが餃子から放たれた劇物級の辛気に咳き込み、目を真っ赤にしながら慌てて店を飛び出した
「君は平気なんだ」
「あの檻の中と比べたらどうって事無いですわ。それより、そろそろ教えてくださいまし。貴女の目的は何なんですの?」
「………」
ジュピターは箸を握り、背後に向けて振る
鼻から脳までを突き刺された暗殺者は、不可視の衣を帯びたまま倒れた
「オーメントピアを終わらせる」
「…ぷふっ」
アイレーアは盛大に笑い始めた
「あっはっはっはっは!ひーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!何なんですの!?中二病!?思春期は本当に仕方無いですわねー!」
「む…。あたしを馬鹿にできるのも今の内だからね」
食事を終えたジュピターは、アイレーアを連れて何の迷いも無く地下街を進む
タマスによって、この街の地形情報は水たまりの位置まで全て把握できていた
次にやって来たのは、建物に挟まる様にして違法建築された小屋
小屋の前には、酔いつぶれていびきをかいている男が一人
「あ?何だお前ら」
「物を買いたい」
「付いて来な」
小屋の中は見た目の数百倍の広さを誇り、地下街中から集められたガラクタ達が並んでいた
「それにしても、良くここが分かったな」
「此処を出て行く奴はみんなコインが少なくて物持ちが良かった」
「成程。物騒なお嬢さんなこった」
ジュピターはアイレーアを連れて古着コーナーにやって来る
主に、行き倒れからはぎ取られた物で全体的に状態は良かった
「あら、貴女も見た目には気を遣うのね」
「前衛じゃ無いから防御力とかは必要無いんだけど、ボロボロの服じゃ、着てても気分が悪いからね。…お、掘り出し物発見」
服を漁り出し、ジュピターはその場で着替えを始める
「ちょ、ちょっと!向こうに更衣室があるでしょう!」
「???」
マジで何言ってんだこの子
ジュピターはそんな台詞をぐっとこらえ、アイレーアの指示に従った
チャックが開いた薄手の灰色のパーカー
中は黒色の小さなビキニ
足は黒いニーハイ。ジュピターはニーハイが好きである
「どうかな」
「な…何ですのその破廉恥な格好は…」
「誤通電対策。この型のを使う時は、専用のインナーを着なきゃいけないんだけど、生憎見つからなくてね。ていうか裸の君に言われたくないよ」
「…へ?」
ジュピターが腕を挙げると、パーカーは彼女の意図を察した様に、袖に現在時刻を表示した
見た目では分からないが、ニーハイはウェアラブル端末パーカーの発電機兼バッテリーの役割を果たしている
「何世代か前の旧式とは言え、あたしの端末との互換性があるのはラッ」
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!」
「!?!?!?!?!?」
アイレーアは、先程までジュピターの居た更衣室に隠れた
「い…いいいいつからですの!?」
「ずっとだよ。檻から助けた時から」
「きゃああああああああああ!!!どどどどうして言ってくれなかったんですのおおおおお!」
「いや…何食わぬ顔でいたから、てっきりチェニコフ王国の王族は裸族なのかと」
「そんなわけないでしょおおおおおお!!!」
「ええ…?」
仕方無いので、ジュピターはアイレーアの服も見繕ってやった
平仮名で『みさき』と書かれた体操着
ブルマ
運動靴
以上
それが、ジュピターがとても適当に選んだアイレーアの装備だった
「見た事の無い様式の服ですわね。まあ、アンツールにある物全てが見た事のない物でしたが」
「前線で敵を殴り飛ばす係の君にぴったり」
「ふぅん。ま、今のわたくしは貴女を信じる事しかできないんですけどね」
チェニコフ王国の騎士から強奪したコインで支払いを済ませ、二人は店を後にした
「あ、流れ星」
店を出た直後、アイレーアはふとそんな事を呟く
その瞬間、先程までうとうとしていたジュピターの脳神経が全て連結し、コンマ1秒でこの場合の最適解を弾き出した
ジュピターはアイレーアを抱きかかえると全速力で走り、頑強な建物の路地に飛び込み、自分たちを巨鳥型タマスで包んだ
「何なんですのいきなり!」
それと同時に、二人の元にも轟音と振動がやって来た
闇の中においてのタマスの破壊不能属性が無ければ、今頃二人も木っ端微塵になっていただろう
振動が止み、二人を包んでいたタマスは闇に散る
外の景色は、先程までとはまるで別物になっていた
建物は軒並み倒壊し、それの墜落地点を中心に巨大なクレーターが出来ている
その地下街の住人はぶつくさと文句を言いながら、武器を手に爆心地へと向かっている
「い…隕石ですの!?」
「分からない。でもこれだけの騒ぎが起こって何もなしなんて事も無いと思う。行くよ」
クレーターの中心には、既にボロボロになった光を放つ巨大な白竜が倒れていた
まだ息があるようで、あちこちでは誰があれを仕留めるかでもみあいになっている
"…グ…グル…"
「わあ!大きなドラゴン!さぞ豪華なアイテムが…」
「………」
「ジュピター?」
ジュピターは、神妙な面持ちで白竜を見つめている
彼女の頭は今、既視感から来る違和感で一杯だった
「そう言えば似てますわよね。あのドラゴン」
「何に?」
「さっき出会った魔法使いの少女の肩に乗っていた小竜ですわ」
「!」
次の瞬間、ジュピターは単身でドラゴンの前まで駆け、群衆の前に立ち塞がった
「おい!抜け駆けするんじゃねえ!そりゃ俺の獲物だ!」
「いいや違うね!それは俺んだ!」
「あれはわたしの物よ!そもそも、あんたらみたいな素悪短小野郎共の攻撃力じゃあれ倒せないでしょ!」
「んだとこのアバズレぇ!」
「もういい!邪魔する奴は全員ぶっ殺してやる!」
ジュピターの乱入がきっかけで乱闘が始まった
(先ずはこの場を治めないと)
「降魔…」
不意に、空から青い炎の塊が降り注ぐ
青い炎はアンツールの荒くれ者共に着弾すると、打撃的な衝撃で彼らを吹っ飛ばしてのした
「貴女も意外と現金なのですわね!ジュピター!」
アイレーアが、ジュピターの前に着地する
その拳と右半身は青い炎に巻かれていた
「集団戦のイメージトレーニングは毎日欠かさず行ってましてよ!」




