近世以前の建物あるある。耐火性能が終わってる
オーメントピアには無数の役職がある
当然、役になる為の条件も様々で、中には特殊なアイテムや儀式が必要な物もある
スピリットシリーズはその代表だ
魔力無しで魔法ダメージを扱える特異な性質の半面、就任に生贄を要求すると言う大変厳しい条件が課せられている
しかも、生贄は自ら志願した者しかなれず、儀式後もその骸は丁重に保管されなければならない
「…此処は…」
精神的に疲弊しきった様子のアイレーアが、幾時か振りに目を開ける
最初に見たものは、虫まみれの天井
そして次に、
「おはよう。白雪姫」
忘れもしない
あの日アンツールの蛮族と一緒に居た地味女
「…ひぇ!?」
アイレーアはすぐに殴りかかろうとしたが、あいにく手足がまだ無かった
「あ…貴女…一体どうして此処に…」
「お向かいさんが導いてくれたわ」
「は…はぁ?」
「早速だけど、君には幾つか聞きたい事が…」
不意に、ジュピターの元に無線連絡が入る
「どしたのシータ」
『あ…あの…ファミリーカンパニーの幹部だって人が…』
「はい?」
『わ!ちょっと!檻から出』
『お前が首謀者か!?言え、何が望みだ!金か?情報か?用意してやるから何でも言え!その代わり、今直ぐ俺を解放しろ!』
無線が切れる
「………」
ジュピターはため息を吐くと、アイレーアの四肢も再生した後に地面に下ろしてやった
「やんなっちゃうね、ホント」
ジュピターはそう言い残すと、一人地下室を出ようとする
「ま…待ちなさい!」
「?」
「答えなさい!此処へはどうやって入ってきたの?どうして騎士が追ってこないの!?先程の治療が恩なんて思っていないわよ!そもそもわたくしが終身刑に処されたのは、貴女のせいでパラゴンゲームに失敗したからよ!」
「どうやって入ってきた?王宮に誰もいなかったからそのまま来た
騎士が居ない理由?全員倒したから
君の身の上に関しては…まあ、ドンマイ」
「騎士を倒したですって!?何を適当な事を…」
ジュピターはアイテムインベントリを開き、彼らのドロップアイテムを近くの檻の中に全部出す
鎧、剣、証明書、勲章、その他諸々
「あ…そんな…」
ジュピターは立ち去ろうとして、目の前に先程の黒いネグリジェの少女が立ち塞がっているのを見つける
瞬きの瞬間に消えたので、先程の事がなければ、ただの目の錯覚と片付けてしまえる程度の現象だった
「そう言えばさ。あの檻の中のって、もしかして…」
「…わたくしの妹よ。自分がどうなるとも知らずに、あっさりわたくしの為に死んでくれましたの」
アイレーアは自分の掌を見つめる
手が、揺らめく蒼炎に包まれる
ほのかの暖かく、まるで誰かに手を握られている様だった
「あの子は凄くおバカでしたの。お医者様曰く、生まれつきの頭の病気だって。それで王室は、どうせ役に立たないならせめて何かに"活用"しようとなって…」
「グレーランドの文明にしては随分と合理的なんだね」
「合理なわけあるものですか!あんな残酷な事…」
「理にかなってるよ。そのままでいても邪魔でしかない人から利益を生み出せるなら、その方が絶対良い」
「貴女!本気で言っているんですの!?」
「もしかして…君は妹さんの事が好きだったの?」
「当たり前ですわよ!たった一人の大切な妹、大切に思わない訳ないでしょう!」
「スピリットモンクを受け入れたのに?」
「な…!?」
「昇華には本人の同意が必要不可欠。君がスピリットモンクを拒んでいれば、当然生贄なんて発生しない」
「それは、あの時は周りに人が…」
「ふーん。つまり君は、権力に屈して妹を喰ったんだ!」
「違…」
否定しようとして、アイレーアは言葉に詰まった
何故なら、その通りだったからだ
「…ええ…そうよ…」
アイレーアは膝から崩れ落ちる
「グスッ…貴女の言う通りね。こんなにも矮小なわたくしを、ちゃんと戦える様に強化できたんですもの。やっぱりこれが…グスッ、あの子が一番の役に立てる事だったのかも知れませんわね…」
「違う違う。そうじゃないよ」
「何が違うんですの…全部…」
地下牢に騎士が突入してくる
ジュピターが戦った者達とは、装備も雰囲気もまるで違っていた
「あたしが思うに、邪魔者は君の事だよ」
「…え?」
ジュピターは廊下を進むが、ある地点で見えない壁に阻まれゴンッと頭をぶつけた
「…不愉快だね。凄く」
見えない壁をこんこんと叩く
はりぼての様な質感だが、物理エネルギーを受け付けている様子が無い
「はぁ…面倒臭い」
ジュピターは下を指差し、気怠そうに「阿国流刑」と宣言する
地震と地鳴りが鳴り響き、チェニコフ城が丸々阿国に送還された
見えない壁は、火にくべた紙の様に直ぐに焼き消えた
「それじゃ、行こっか」
アイレーアの手を惹き、ジュピターは焼け落ちていく城から脱出する
脱出した頃にはもう、城は火だるまになっていた
「な…何なんですのこれは!?貴女のスキルは一体…」
狼狽するアイレーア
だがジュピターは、それを気にも留めていない
「門鬼。門鬼は居る?」
ジュピターが少し声を張ると、廃墟化した寺社の中から一匹の小鬼が現れた
神社の神主の格好で、キツネザル程の大きさしか無く、長い尻尾の先には鍵を持っている
"キー!キキ―!"
「シータの元までお願い」
"キキ―!"
ジュピターの目の前の地面から、小さな鳥居がせり出してくる
門鬼が鳥居の中に鍵を差し込むと、鳥居の内側に渦巻く黒煙が現れた
ジュピターはアイレーアを連れたまま、煙の中に飛び込んでいった
「あ!ジュピターさん!」
門の向こう
出迎えたのはシータだった
「そちらの方は?」
「アイレーア。あたしの四人目の彼女だよ」
「か!?」
「初めまして、アイレーアさん。シータはシータって言います!」
「何を言っているんですの!?わたくしには許嫁が…」
「それでシータ、最高幹部って言うのは?」
ジュピターが質問すると、シータは自身の足元に視線を落とした
そこには、焼けた大地の上で気持ちよさそうに眠るオークション司会者の男の姿があった
「あーね。なんか聞けた?」
「それが…」
シータは震える手でジュピターにメモを渡す
「?」
「情報をくれたら解放してあげるって言ったら、アジトの場所とか構成員とか、ありとあらゆるものをとんでもない速さでぺらぺら話し始めて、それでシータ、怖くなっちゃって…」
シータは申し訳なさそうに自分の杖を見る
メモには、ジュピターが欲しかった情報が一片残らず書かれていた
「確かに。ここまで清々しいと逆に怖くなっちゃうよね」
「あ…あの、この人はどうするんですか?」
「開放するよ」
門鬼が再び門を開く
向こうからは、現世の涼しい風が吹いてきていた
「約束は守るよ。どんな相手でもね」
「他の方々はどうします?」
「まだとっとく。多分だけど、今後絶対利用価値が出てくるだろうからね」
現世への門を潜った先は、アンツールにある巨大なアーケードだった
怪しい看板がぎらぎら輝き、辺りには料理と酒と煙草とドラッグの匂いが立ち込めている
ジュピターは、抱えていた司会者の男を水たまりの上に落とす
彼女の背後には、警戒心むき出しのアイレーアもいる
「うわっぷ!?ななな何だ!?…は!お前は!」
男は周囲を見回す
そこはもう煉獄では無く、いつも見慣れたスラムだった
「おお…解放してくれたんだな!」
「まだよ」
暗闇の中から、タマスがちらりと顔を出す
闇を媒体に何処へでも現れるタマスと、日の登らないアンツールは実に相性が良かった
「保身のために仲間を売るような薄情者が、あたしたちを裏切らないとも限らない。暫くはあたし達と一緒に行動してもらうよ」
「そんな事する訳無いだろ?だって俺は、カンパニーをぶっ潰」
男の台詞が途切れる
次の瞬間、首筋に毒針を受けた男は倒れそのまま絶命した




