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バカな…美少女は全員ネームドキャラな筈…!

チェニコフ王国の国境の森は無敵だ

歴戦のパーティでもしりごみするレベルの魔物が無数に自生し、その複雑怪奇な地形は森に入る者を惑わせ、魔物の餌食になるまで閉じ込める

魔物の生育状況を調査する巡回騎士ですら、決められたルートを一歩でも外れれば二度と帰ってはこれない

敵国ですら森に入るのは避け、王国の南に聳える険しい山脈を抜けてやってくる


(地形のこの不自然な凹凸、昔は大きな建物があったのかな)


ジュピターは携帯の地図と身体能力を頼りに、そんな森を10分で抜け、ついでに目の前に現れた高い壁も難なくよじ登り、チェニコフの街に侵入した


中世建築の数々

様々な見た目の、然し一様に安物の服を着て街を行く住民達


そこはまさしく、タイムスリップか異世界転生した主人公が最初に見るであろう文明の姿そのものだった


「ん?おい今、壁の外の人が出てこなかったか?」

「ばかおっしゃい。騎士様が使う森の出口はもっと向こうよ。それに、この壁を登れる人間が居るものですか」


村人たちがそんな噂話をする


不意に、無数の蹄の音が聞こえてくる

黒と灰の鎧に身を包んだ無数のフルプレートの騎士達が、ジュピターを"出迎え"にやって来たのだ


先頭騎は、グレーのショートボブが目を惹く女騎士

他の者よりも装備が軽装で、群体の中ではかなり目立っていた


「チェニコフ王家の名において、貴様を領土侵犯により逮捕する!無駄な抵抗は辞め、我々と来てもらおう」


いきなり襲い掛かってこないあたり、一応政府は機能しているのか

ジュピターはそんな事を考えながら周囲を見回す


「貴様!聞いているのか!」


「広いとこに行かない?ここだと一般人が巻き込まれてしまいそう」


ジュピターのその一言で、女騎士は彼女の意図を理解した


「…ついてこい」


「あい」




そこは、巨大な大理石の柱が一定間隔で並べられた部屋だった

天井と壁は遠すぎて見えない


部屋の真ん中で、女騎士はジュピターと向かい合う

女騎士の背後には、騎士団が隊列を組んでいる


「貴様は何者だ。目的は何だ」


女騎士は問う


「あたしに勝ったら教えてあげる」


ジュピターの後頭部に後輪が展開する


「良かろう」


女騎士が抜剣すると、それは変形し大槍となった

背後の騎士も隊長に習い武器をとる


「卑怯とは言うまいな。これは貴様が望んだ戦いだ」


「勿論」


後輪は現在、赤色のランプが点灯している


「降魔・芽蝕邪無元君(がるじゃなげんくん)


ジュピターが上を指差すと、新たに紫色のランプが点灯する


其れは虚空より現れた、紫色の生ける稲妻である

空電の形でジュピターの周囲を駆け巡るその様は一見すればただの現象の様に見えるが、時々ヘラジカや狼、ジャガーやハゲワシなどの動物の姿に変わる

一度に複数の動物の姿をとる事もあった


(見た事の無い魔法だ。生成、いや使役獣か?あの後輪が役職によるものなのかアイテムなのかも分からない。だが…!)


女騎士は進撃を開始する

仲間もそれに続く


「異能頼りは接近戦に弱い!」


女騎士は槍を突く

相手は棒立ち、完全に捉えた

少なくとも彼女とその仲間達はそう思っていた


手応えが無い


「…は?」


槍はジュピターの耳先の、最初から欠けていたほんの数ミリの切れ込みを通過していた

ジュピターはただ、頭を少し傾けただけだった


数ミリ秒後に今度は馬と衝突しそうになるが、ジュピターはしゃがんで馬の股下に身を滑らせやり過ごす

後続の騎士達も、人ごみをかき分ける要領で攻撃と馬をかわし、最後尾の馬の尻を叩いて暴れさせて軍隊を一瞬撹乱する


雷槍(らいそう)


ジュピターが、親指と人差し指で円を作る在日輪印の掌印を結ぶと、ガルジャナはその中に飛び込み、ビームとして射出された


女騎士は槍で地面を突き飛翔したが、残りの馬や騎士は皆消し飛んだ

ビームに巻き込まれた柱は抉れるように円形に欠け、その断面は黒く焼けついていた


「!?」


女騎士は着地し、コンマ1秒で齎された惨状に絶句する

周囲に飛散した電磁が再収束し、ガルジャナが再形成される


「…ちぃ!」


女騎士の槍が剣に変形する


「我が国に何の用だこの化け物が!」


「勝ったら教えるって言ってるのに」


「スティールスラッシュ!」


銀色の斬撃がジュピターに向けて飛来する

が、彼女はそれを軽く身を傾けたり数歩横に移動したりするだけで全て回避する


ジュピターにガルジャナが纏わりつき、彼女は紫色の光を帯びる


雷速(らいそく)


紫の軌跡を描き、ジュピターは亜高速で女騎士の背後に移動する

常人の目から見ればそれは瞬間移動にしか見えない


「…は…?」


「一次…いや、二次役職って所ね」


ジュピターから分離したガルジャナが飛び出し、女騎士の上で円を描き廻る蛇を形成する


「何で…こんな、一方的な…」


「こんな事になるんだったら、市街地で戦っても問題無かったかな」


「…やがって…」


落雷

だが、女騎士は剣を宙に放り投げ避雷した


「舐めやがってこのメトロポリス人があああああ!」


「お?」


女は帯電したままの剣をキャッチし、そのままジュピターに切り掛かる

力任せに振るっている様に見えて、その剣筋は確固たる技術に裏打ちされた精確な物だった


なので、ジュピターからしてみればむしろとてもかわしやすかった


「そんなに弱者を踏みにじるのは楽しいか!?そんなに我々を馬鹿にするのは楽しいか!?」


「何を…」


「我らが正義を、舐めるなあああああ!」


女騎士が剣を大きく振るうと、帯電した斬撃が発生した

ジュピターは僅かに体を逸らすして斬撃をかわし、ついでに宿っていたガルジャナも取り戻す


(うーん…まだアグニとこの子は上手くコントロールできない…派手な事するにはまだ練習が要るかな)


ジュピターの右手にガルジャナが宿り、彼女はそのままその腕を女騎士の胴体に叩き付ける

鎧が凹み、次いで紫色の光を伴った爆発が起こる


女騎士は進路上の柱を破壊しながら吹っ飛んでいき、そのまま見えなくなった

磁力反発を利用したスーパーノックバックである


「…おや?」


手の湿り気を感じ、ジュピターは拳に視線を落とす

さっきの拳が思いのほか刺さった様で、手には色々な生体組織がこべり付いていた


「………弱くね?」


美少女は強いと言う固定概念に対し、ジュピターは若干の疑念を抱いた

彼女はどうやらただのモブだった様だ




大聖堂跡地を後にしたジュピターは、軽やかな足取りで城らしき場所を目指していた


チェニコフ王国の住人たちは、見慣れぬ格好のジュピターを好奇の目で見る


(やっぱり人前に出るのは苦手だな。早く帰りたい)


突如、背後から沢山の叫び声が聞こえる


「ま"て"…」


ジュピターを呼び止めるざらついた声

振り返るとそこには、壊れかけの剣を杖代わりにしてやっと立つ女騎士が居た

既に胴体の大部分がめちゃくちゃになっており、その様はさながら


「ゾンビじゃん」


「あああああああああ!」


剣を構え、女騎士はよたよたと走る

ジュピターは女騎士の方を向き、佇む


「あああああああああ!」


女騎士は剣を振り上げそのまま力尽き倒れた

血だまりが広がり、ジュピターの元には攻撃では無くコインとアイテムがやって来た


「良いね。これで美味しい物でも食べようか」




ジュピターはさも当然の様に城の敷地に入って行く


「…な、なんだ貴様!止まれ!」


「いやなのだ」


落雷

城の衛兵は一撃で黒焦げになった


(攻撃力が高いし、技に柔軟性もある。頑張って練習して、メインウェポンこれにしようかな)


ジュピターは自身の周囲を飛び回る雷のタカを目で追いながらふとそんな事を思った


使用人は既に城の何処にも見当たらない

遠巻きから慌ただしい足音が聞こえる事から、避難の真っ最中らしい事が伺えた


そんな中だった

ジュピターが廊下を歩いて居ると、黒いネグリジェを着た少女と出くわした

金髪に赤い瞳

熊のぬいぐるみを抱きしめ、顔や手足には青あざがあった


少女はジュピターの顔を見るなり表情をぱあと明るくする


「お客さん?」


「不法侵入者だよ」


「お客さん!」


少女はぬいぐるみを捨てると、ジュピターの手をとった


「お姉ちゃんに見せてあげる!」


ひ弱な力でジュピターの手をひこうとする少女


(どう見ても衛兵や使用人じゃない。てことはこの城の住人?それにしては随分と酷い扱いを受けてるみたいだ。避難に置いてかれてるなんて)


ジュピターは少女に従う事にした


「お姉ちゃん、喜んでくれるかな?」


少女は右足を引きずっている

折れているのに手当てが為されていないのだ


「こっちだよ!カドル君!」


「カドル君?それって誰?」


「知らないよ。カドル君ってだぁれ?」


絶妙に会話が成立しない


「うええええええん!」


突然泣き出したかと思えば


「………」


突如ぴったりと止まり


「あれ?あなただあれ?」


ジュピターにそんな事を聞く


(可哀そうに。きっと病気のせいでいじめられてるんだ。こんなに可愛いのに)


少女は同じところをぐるぐる回ったり、あとこちよりみちしたりしながらジュピターをガイドする

その間に、避難の音は聞こえてこなくなった


「こっちだよ!」


少女はジュピターを重厚な鉄扉の前に立たせると、ヘアピンでそのドアのカギを解いて開ける


(すご)


扉の向こうは地下へと続いている

少女はジュピターの手をひいて階段を降りようとしたが、こけて一番下まで転落していった


「大丈夫!?」


ジュピターは慌てて階段を駆け下りる

湿った石の階段は凄く滑りやすかった


階段の下は地下牢だった

細めの一本道があり、その両脇に岩壁を掘り抜いて作った小さな牢屋がある

松明の光だけで照らされているので、少し薄暗かった


「こっちこっち!」


身体中に擦り傷を負い、頭からは血を流していたが、少女は構わず元気な声でジュピターを導く


(こんな所にお姉ちゃんが居るの…?きっとこの国の重役だろうと思ったけど、アテが外れたかな)


抜け出す算段を考えている間に、ジュピターはその檻の前に辿り着く


「うっぷ…!?」


気絶しそうな程の腐乱臭が襲う

その牢屋にだけ無数の虫がたかっていて、床も壁も天井も虫だらけだった


「お姉ちゃん!知らない人連れてきたよ!」


返事は無い

ゼンマイ仕掛けが駆動する音だけが鳴っている


牢獄の中にある物を見て、ジュピターは唖然とした


それは別な少女だった

両手足を切り落とされ、天井から鎖で首を吊られ、眼孔含めた全ての顔の穴にチューブが突き刺さっている

あちこちに薄汚れた点滴が立っていて、色とりどりの謎の液体を流し込んでいる

少女は常に藻掻いており、その身じろぎによってゼンマイが巻かれ、それを生命維持装置の動力源にしているらしい


「…ナニコレ」


「アイレーアお姉ちゃん!起きてよ!」


アイレーア

ジュピターにはその名に聞き覚えがあった


ドラゴンアイランドで、よく分からない人海戦術をとってジュピターを困惑させたスピリットモンクのお嬢様

沢山の迷えるプレイヤーを手玉にとり、最後は自分だけ得をしようとしてた不徳者

もしあと数秒着替えが遅れてたら、ジュピターは彼女に敗北するところだった


「ふっ。(あわ)れ」


事情は良く知らないが、卑怯者が酷い目に遭っているのを見るのはとても心地が良かった


ジュピターは不敵な笑みで暫くそれを眺めた後、一人地上に戻ろうとする


「どうして?どうして起きてくれないの?お姉ちゃん!ねえってば!お姉ちゃん!うう…うわあああああああああん!」


「………」


足取りが重くなる

もしも出会った場所がPVPでなければ、違った第一印象になったのだろうか


(アイレーア・チェニコフ四世。もしかすれば、一応はえらい奴なのかもしれない)


ジュピターは踵を返すと、後輪を展開し黒のランプを点灯させる


「降魔・侘魔匆公々(たますこうこう)


闇が凝縮され、現れたのは一体の人型ロボット

それは黒いフルプレートを纏った骸骨の兵士を模して造られており、目や胴体やジョイント部分からは赤い光が漏れている

タマスは右腕を大きな刃に変形させ、檻を破壊する


「ダメだよ!これに触ったら怒られちゃう!」


「ここにはもう君を怒る人は居ないよ」


タマスはアイレーアと壁や天井を接続しているチューブも鎖も、合計二振りで全て切断する

断面からは紫や緑などの毒々しい色のどろっとした栄養液がこぼれ、虫たちが一斉にそれにたかる


落ちてきたアイレーアを受け止めると、それをジュピターに手渡しタマス自身は闇へと帰った


次いでジュピターは武覇神君を召喚すると、アイレーアを治療した

抵抗されない様に、手足を戻すのはまだにした


「あ…ああ…うう……ん?」


少しして、アイレーアは意識を取り戻す


「ほら、君のお姉ちゃんが目を覚まし…」


ジュピターは少女を探すが見つからない

あったのは、アイレーアの向かいの檻の中で、座ったまま等の昔にミイラになった少女の骸だけだった

彼女は擦り切れた黒いネグリジェを着ていた


「…はい?????」

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