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もしも君達が肩書きに見合う人間なら、すぐに助かると思うよ

かつて地下鉄だったそこは、今ではファミリーカンパニーの大規模な貿易所となっていた

赤い非常灯で照らされた鉄道の壁際には無数の檻が並べられ、グレーランドの貴族たちが暗視レンズ片手に商品を品定めしている


商品の殆どは、グレーランドの辺境の村で暮らしていた少女達

ここにいる時点で、彼女たちは人生の大半を金持ちの玩具として棒に振る事を決定付けられてしまっている


「グスッ…ひっく…ママ…パパ…」


アンデラもその中の一人

彼女の暮らしていた村は、ある日突然現れた無国籍の騎士団に焼かれた


抹消転生のエンチャントが付いた武器で殺された両親は、もう二度とアンデラを思い出す事は無い

今の彼女にできるのはただ、檻の中で縮こまって泣きながら、加虐趣味の無い主人に買われる事を祈る事だけだ


「どうして…どうして…」


アンデラが嘆いていると、隣の檻が内側からがんがんと蹴られた


「るっさくて寝れないんだけど…」


「あ…ご…ごめんなさい…」


隣人からは甘ったるい、ハッピーデイのきついにおいがしてきていた

盛られた訳では無さそうだ


「随分と…気楽なんですね…」


アンデラがぼそりと呟く


「ん?」


「もう終わりだって言うのに…ここには絶望しかないって言うのに…」


「…ふ」


隣人は、ふかしていた紙の筒を捨てる


「君はそれで良いの?」


「…え…?」


「オーメントピアに生まれ出でたからには、君もプレイヤーなんだよ。好きに生きなくてどうすんのさ」


「おーめんとぴあ…?ぷれいやー…?」


アンデラは、この隣人が薬物でおかしくなっている事を確信する


「…まあ良いや。ゲームする気が無いなら、ただ黙ってあたしのプレイを見ててよ」


下見会が終わり、商品達が続々と駅のホームに運び込まれる


「さあさあ皆様お待ちかね!今宵も四方より集められた珠玉の品々が目白押し!早い者勝ちですよ!」


オークションが始まった

人権を焼き捨てられた少女達が、今宵も次々と売り飛ばされていく


アンデラを買い取ったのは、いやらしい顔つきをした肉の乗った中年、どこにでもいる普通のグレーランド貴族

大した値段は付かなかった


「お待たせ致しました!今回の目玉商品!身長165cm、桃髪、オッドアイ!処女!むし歯無し!」


会場が色めき立つ


「二億!二億五千万!おっと、飛んで四億コインが出ました!」


彼らにとって重要なのは肉体情報のみ

人格など、問題があればスキルやアイテムで後から書き換えればいいだけだ


「大金だね。あたしも幾らか貰いたいもんだよ」


「ふん。よくそんな達観できるもんだ」


司会との軽いやり取りの後、"目玉商品"は眼前の闇に視線を落とす

商品があるホーム側は明るく、客の居る線路側は証明が破壊され暗くなっている

プライバシー保護の為の仕掛けだ


「おっと、七億コイン!そろそろパラゴンコール一回分に届きそうです!」


客は自らの端末で司会に対し金額を提示し続ける


「とうとう10億コインを突破しました!凄い事ですよ!この少女には、一日の日の光よりも価値があると言う事です!」


その時だった

司会者の元に、目を疑う金額が表示される


「0コイン?誤操作でしょうか?」


送り主は自身の足元にある檻の中

商品そのものからだった


「何をしているんです?」


「あたしの身体はあたしのもの。どうしてコインを払わなきゃいけないのだろうか」


「端末は全部取り上げろと言ったのに…まあ良い、続けましょう!」


阿国流刑(あぐにるけい)


商品はぼそりと呟いた


次の瞬間、地下鉄全体が振動を始める


「何だ!?」

「魔物か!?地震か!?誰かのスキルか!?」


「皆さまご安心を!本会場の場所は徹底的な隠匿セキュリティにより外部へ露呈するする事はまずありえません!檻の中に居る者はスキルを発動させる事ができませんし、仮に魔物の襲撃だとしても、地下鉄全体に配備されたファミリーカンパニーの警備団が…」


一人の警団が、大慌てで会場に入って来る


「た…たた、大変です!外が!」




火の様な赤い空

橙色の風は炎そのもの

大地も赤く焼けついている

周囲には燃え盛る鎧や武器で武装した鬼や悪魔、炎を操るもののけ達が跋扈している

街の外は完全な異界になっており、辺りには鳥居やしでが巻かれた柱、廃墟化した寺社仏閣が乱立しているが、植物は一本たりとも見当たらない

遥か遠方に天をも穿つ程の巨大な祠があり、僅かに開いた扉の奥には眠れる阿国大君が見えた


地下鉄はそれが存在する区域ごと、この阿国(あぐに)に転移させられた


「な…んだ…これは…!?」


どこを確認しても、説明やクリア条件の解説が無い

つまり、大規模ダンジョンに巻き込まれた訳では無いということ


護衛と共に外を確認した司会は、すぐさま地下鉄に戻り、"心当たり"の元へと走った


「お前だな!?一体何をした!」


「確かに檻の中じゃスキルは使えない。じゃあ」


通気口から水が溢れ出てきて、すぐさまウンディーネの形を成した


「あらかじめ檻の外にスキルを置いてれば良い」


ウンディーネ、もとい在我聖君は氷の槍を形成して投擲し、ジュピターのいる檻の鍵を吹き飛ばした


『:)』


「ご苦労様。あとはあたしに任せて」


『;)』


在我の身体が蒼い光と共に消える

ジュピターは気怠そうに身を起こすと、消臭スプレーでハッピーデイの香りを消した。


「それにしてもまさか、アザミに調香の趣味があったなんて」


彼女手製のハッピーデイの香りの香水は効果てきめんで、ヤク中の浮浪者と言う第一印象をカンパニーのメンバーに一瞬で与えられた

お陰で、今の今まで全く警戒される事無く、オークションに出品される事に成功した


燃え盛る巨大な骸骨が、アリの巣でも開くかのように大地をえぐり取り、地下鉄を天の下に露にした


オークションに参加していたグレーランドの重役達が、護衛共々パニックで泣き叫ぶ


「ひいいいい!?」


真っ先に逃げ出したのは司会

大急ぎで線路側に飛び降り、隣町行きの路線を走って辿り、道を遮る赤熱する岩壁を前に跪く


一方ホームでは、先程まで司会が立っていた場所に今はジュピターが居る


「お…おおおお前!わしを誰と心得る!」


「知らない。わかんない。だって、あなたがグレーランドでどんなに偉くても、あたしにもアンツールにも関係無いもの」


「ひぃ!?お前はわしらをどうするつもりで…」


「人質」


ジュピターの背後に大きな磁界門が開かれる


「待って!こんな煉獄に私達を置いてくつもりなの!?」


「貴女達もプレイヤーでしょ?生きたかったら自分で生き延びて。それに安心して、ここは確かに危険だから、ガイド役を用意したわ」


ジュピターはそれだけ言い残すと、現実世界へと戻って行った


「生き延びろって…」


状況がパニックから絶望に転じた事で、貴族や護衛や警備団達は一応の落ち着きを取り戻した


とある貴族の護衛兵が、商品の檻を開け始めた

自身の主人が買った物の次は、隣にあった別な者が買った檻も


「な…こら!貴様!何をしておる!」


「見ての通りここは煉獄。閉じ込められた人間は50名弱。今はとにかく人手が必要です。それが例え奴隷でもです」


「ぐぅ…」


護衛兵の名前はザフ

ほどんどの護衛兵がまともな戦闘経験の無い中、ザフは多数のダンジョン踏破経験を持つ、この中ではもっともまともなプレイヤーである


「良いですか。彼女の言う通り、ここでは地位も国籍も関係ありません。生き延びるのに必要なのは、理性と協力です。商品…いえ、貴女がた方々も、その憎悪は今しがた抑え、現状の打破にご協力ください」


ザフは貴族や奴隷たちを必死になだめながら、同じくらい必死に状況を分析していた


(あの感じ…この現実を完全なゲームとして捉えるあの価値観は、間違いなくメトロポリス人の特徴だ。どうしてこんな場所に?いや、今はそんな事どうでも良い。

彼女は我々を人質…いや、プレイヤーと呼んだ。つまり庇護する気は無いが殺す気も無いという事。つまり、生き延びる手段は用意されているという事だ)


見るからに危険で、しかし必ずどこかに答がある

これはゲームだ

そう気づいた瞬間、ザフの頭の中には次から次へと、今すべき事が浮かんできた


「では先ずは外の調査を行います。理想を言えば、近接戦闘員、タンク、魔法使いかアーチャー、治癒士の編成が望ましいのですが…」


最初に手を挙げたのは、豪勢なローブに身を包んだ長髪、茶髭の男


「ジルジッド共和国財務大臣ベイゴール伯爵だ。水魔法を使える」


「あ…あたし…ヒールならできる…」


「こう見えても、俺はファミリーカンパニーの壁と呼ばれた男だ」


「皆様…ありがとうございます。では決まりですね。彼女が言ってたガイドと言うのも気になりますが、とにもかくにも先ずはマッピングからです」


かくして、ジュピターによって幽閉された55人のプレイヤー達は、阿国での過酷なサバイバルに臨むこととなった

彼らの国が、ジュピターの要求を呑むまでの間




「後は頼んだよ。みんな」


ジュピターは廃ビルの屋上に座り、グレーランドの日の出を拝んでいた

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