百聞は一見に如かず。ただし目で見た物が全部真実とも限らない。
石畳の床の円形の広場
ジュピターはあぐらをかき、目を閉じている
「………」
静かだ
虫の声一つしない
秋の夜の様な涼しい風だけを感じる
不意に風が揺らぐ
ジュピターは右手をあげ、斜め右後ろから迫って来た拳を受ける
パシンと言う乾いた音が、開戦の合図だった
ジュピターはすぐさま回し蹴りを繰り出す
攻撃者ゼルはジャンプでそれを回避したが、着地する寸前にジュピターの左ストレートを腹に食らう
「ふごふ!?」
吹っ飛ぶゼル
ジュピターはそのまま座った姿勢からバク転で立ち上がり、ゼルと向き合う
「っちち…背中に目でもついてんのかよ」
ゼルはよろよろと立ち上がる
「あったら便利なんだけどね」
昔は本当にあった
無数の機械獣との視覚共有がいかに優れた能力だったかは、失って初めて気付いた
「てやあああ!」
ゼルは走って間合いを詰め、ジュピターに拳を繰り出す
乾いた打撃音の連続
拳は全てジュピターの手で受けられていた
ゼルは時折蹴りを繰り出すが、ジュピターはそれを軽く身を反らしてかわす
ジュピターの視界がほんの少しだけ明るくなる
シータの光線だ
「っと」
ジュピターは地面を蹴って横跳びで回避し、光線が彼女の数ミリ横を通過する
ゼルは光線を高跳びの要領でまたぎ、ジュピターに向けて飛び蹴りを繰り出す
ジュピターはゼルの足首を掴むと、そのまま地面に叩き付けた
光線が止んだ瞬間、その向こうから剣を構えたアザミが駆け出す
ジュピターは彼女に向けて、捕まれたままのゼルを掲げる
「な!?」
刃が止まらない
あと数センチでゼルが真っ二つになるという所で、ジュピターは親指と人差し指でつまんでその刀を受け止めた
ジュピターの見る視界が再び明るくなる
「まじか」
ジュピターはゼルを投げ飛ばしアザミに蹴りを入れて吹っ飛ばすと、自分は斜め横に跳躍した
再び光線が通過する
「流石に放置できないか」
「ひう!?すすすすみません!」
ジュピターは着地早々シータの元に駆け出す
銀の光が走り、ジュピターの前に立ち塞がったのはアザミ
「させぬ!」
刀が振り下ろされるが、ジュピターはアザミの懐に潜り込んで攻撃をかわし、彼女を突破した
「な!?」
アザミが振り返る頃にはもう、ジュピターはシータの首に指で触れていた
暫しの沈黙
「だーまた負けたー!」
ゼルは面白く無さそうに地面に寝転がる
アザミも神妙な面持ちで刀を収め、シータは数歩後退した後にしりもちをついて倒れた
「ど…どうなってるのぉ…?」
シータは不思議そうにしている
強者は多々居たが、一切のスキルを使う事無く自分達を圧倒する者など、今まで会った事も無かった
「連携は完成してるから、あとは個人の技量を伸ばしてった方が良いかもね。ふわぁ…あたしはもう寝る…」
そう言い残し、ジュピターはあくびをしながら焚火の元に歩いて行きそのまま就寝した
12時間後
空は一切変わらぬ夜だったがジュピターは目を覚ました
「う…」
「うぐ…私とした事が…」
ゼルとアザミのうめき声
(襲撃でもあったのかな?)
確認してみたが、二人は筋肉痛で寝込んでるだけだった
「おめーは良いよなシータ…戦うのにフィジカル必要ねーもん…
「こらゼル…そんな事を言ってはいけないよ…」
「ごごごめんなさいぃ!棒立ちして魔法撃ってるだけでごめんなさいぃ!」
挑んできたのは向こうだし、たった10戦しかしてない
ジュピターは呆れつつも、これは良い機会だとも思った
「ねえシータ。君達が前いたコミュニティ?ってとこに行ってみたいんだけど」
「ええ?だめですよ危ないですよ!」
「そうだぜ!あそこはめっちゃやばいとこなんだぞ!」
「お世辞にも良い場所とは言えぬ。危険だ」
「君達がそう言っても説得力が…」
「「「…」」」
シータは徐に杖をかざす
「市街地をずっと南に下った先にある体育館。そこがシータ達の居たコミュニティです」
「ありがと。それじゃあ行ってくるよ。一応ここには戻って来る予定だけど、別に待ってなくても良いよ」
ジュピターはシータの頭をぽんぽんと撫でた後、早速出発しようとする
「待て!」
ゼルの声だ
「?」
「せめて、何をするつもりなのかだけ教えてくれ」
「うーん…」
ジュピターは振り返り、少しいたずらっぽく笑う
「ジャーナル回」
無人の市街地が続き、本当にこの道で合っているのか不安になって来た頃
遠巻きから響く重低音が、ゴールが近い事をジュピターに伝えた
ライブ会場の様な照明が暗い夜空に放たれている
そこに近付いて行くと、次第に人々の喧騒も聞こえてくるようになった
シータの言う通り、そこは巨大体育館だった
敷地内には巨大プールが据えられ、建物自体も相当数の改造が施されている
ジュピターが建物に入って行こうとした時だった
「止まれ」
ポロシャツジャージズボン姿の男に止められた
「お前の様なメンバーは知らないし、ボスは今外出中だから客人もあり得ない。ニュータウンに何の用だ。余所者」
「ニュータウン?ああ、ごめんなさい。てっきりダンジョンかと思ったわ」
ジュピターは"ニュータウン"を後にしようとする
「それじゃ」
「…ん?」
男は立ち去ろうとするジュピターの肩を掴み、無理矢理振り返させる
「?」
「ほう。その辺の地味女かと思ったが、こいつは中々」
男は、ジュピターの頭からつま先までを舐め回すように吟味する
「??」
「お前だったらボスも気に入るだろう。決まりだ、お前は今日からニュータウンの仲間だ。拒否権はねえ。良いな?」
強引に手をひかれ、ジュピターはニュータウンに連れ込まれた
喧騒
喧騒
喧騒
ここの人々は、ジュピターの目には随分と楽しそうに見えた
「食べ物。寝床。情報。良いアイテム。すぐヤれる男。そしてハッピーデイ。ここには何だってある」
「ハッピーデイ?」
男はとある方向を指差す
ビキニ姿の金髪ポニーテイルの若い女性が、持っていたパンバスケットから折り畳まれた紙を取り出し、ひらひらと見せびらかしている
それを見つけた人々は女性に群がり、次々に女性にコインを振り込んではその紙を受け取る
高額を出した物には、代わりに注射器に入ったオイルを渡していた
少し離れた場所では、人々は一心不乱に紙を開き、中のクリーム色の粉末を鼻から吸引している
吸引機を使っている者も居る
「1グラムあればハッピーデイ。どんな悩みも後悔も、たちまち消え去るる魔法の万能薬さ」
「ふぅん」
ここはアンツール
危険薬物を違法とする法律がそもそも存在しなかった
「ニュータウンはお前を歓迎するぜ。ねーちゃん」
持つが故に沢山の物を背負い自由が失われたメトロポリスと、秩序も何も無いが故にどこまでも自由なアンツールは、ジュピターの目には対照的に写った
疲れている事を伝えると、ジュピターは就寝室と呼ばれる場所に案内された
そこは体育マットが敷かれただけの第四体育館だったが、地べたよりは遥かにマシである
「…………」
ただ、そこはとても寝付ける環境では無かった
全方位そこら中で、人目もはばからず男女が
(シンプルに、うるさい!)
5分も耐えられずジュピターは就寝室から逃げ去り、その日はプールの脇に据えられていたビーチチェアで眠った
体育マットよりも更に寝心地が良かった
ジュピターは鳴り響くラッパの音に叩き起こされた
ニュータウンの入り口から、武装したプレイヤーが続々と入ってきている
人々が歓声をあげながら出迎えているので、襲撃ではなさそうだ
「攻略部隊だ!」
「攻略部隊の帰還だー!」
そうして始まったのは、攻略部隊がダンジョンや魔物から手に入れた様々なアイテムの即売会
食料は勿論、生活必需品や装備品、合成素材等等
ただ遊んで暮らしているだけの人々にとっても、ダンジョンドロップアイテムは魅力的だった
(自分で取りに行けばいいのに…)
ジュピターはそんな事を思った
攻略部隊が持ち帰ったのはアイテムだけでは無かった
ここから少し離れた場所でクロハチの物と思われる異獣の死骸が大量に発見され、ほどなくしてクロハチ本人も発見されたらしい
フィールドモンスターに負ける事はまず無いので、クロハチは他のプレイヤーに倒されたのだろうと言う推測が建てられた
「やばい相手にナンパしてぶっ殺されたとか?」
「そんなんでPKするかよ普通」
「するでしょ~。あのルックスで迫られてきたら私だって殺したくなるもん」
なんかの組織に始末された
略奪者の集団に襲われた
超高難度のフィールドダンジョンに巻き込まれた等等
憶測こそ様々立ったが、混乱などは起こらなかった
明確な秩序など存在しないこの場所では、リーダーと言う概念も形骸化していた
「この場合ってリーダー変わんのかな?」
「一応、上の組織とのパイプは要るし変わるんじゃないの?」
ニュータウンの新リーダーを決めるPVP大会が開かれる
それは、ニュータウンに来てジュピターが初めて興味を持った話題だった




