闘いは最後の5分間にある
「はああああああああ!」
きーたんの赤熱した大剣が振るわれる
「てえええええい!」
ジョイント部分から炎と黒煙を吹き出すコトリンの刃龍も
“ガン!…ドガアアアアアアアアアアア!”
二刀がぶつかり合った時、熱と炎を伴った大爆発が起こった
一瞬、二人の視界は爆炎によって遮られる
「今です!」
「はああああああああああ!!!」
ネンドーとクラブマンの二人が、斜め上上空から降りかかってくる
クラブマンは、両手に銃を持っていた
「お」
コトリンのテリトリーの中に、敵全員が入ってきた
それ即ち、コトリンの勝利を意味していた
磁界門から、巨大な機械ゴリラの上半身だけが召喚される
“屠猿”の燃え盛る拳が、コトリンに気を取られすぎた三人に向けて、振り下ろされた
地鳴り
大地は砕け、炎が吹き出す
三人の敵が木っ端微塵になって吹き飛ばされていく姿を、コトリンは屠猿の肩の上から眺めていた
「タイマンしようと思ったんだけどなぁ」
ーーーーーー
ケルきーモニターvsコトリンスレ
12021.ワロス
12022.やりやがった!マジでやりやがったよあいつ!
12023.なぁにこれぇ
12024.マジかよわいも第四次役職なるわなんかオススメある?
12025.比較的リスク軽めなのはデーモン。見た目めっちゃ変わるけど純朴なスタッツ強化だから扱い易い。最も、デーモンになるために必要な条件揃えれるくらい強いならそもそも転職する必要無いんだけどねw
12026.待てまだ判断は早い。コトリンはまだケルきーの雑兵8000人を相手にしないといけない
12027.およそ人間業では無い
12028.トンデモ財力とひたすら戦う事を回避し続けたコトリンにしか出来ない業
12029.何この虚無感。俺達は今まで進む道を間違えてたって事か?
12030.第四次役職は挑戦の道。力と共に責任ものしかかる。進むかどうかはマジで個人の判断
12031.色んな意味でカロリー高かったな今回の試合。
12032.まだ終わってねーってのwwwwwwww
ーーーーーー
「そう。まだ終わってないよ」
九つの首を持つ機械の蛇龍、“多頭崩壊乃大蛇”が、ケルきーの雑兵達を蹴散らしていく様を、コトリンは地べたに座って眺めていた
「残り500人か。呆気ないね」
先の幹部戦で使った機械獣達が全て、コトリンの背後で磁界門の中に消えていく
損傷こそしたものの全機無事で、それは彼女の完全勝利を意味していた
「残り10人…」
コトリンは時折スマホを開いては、戦場に残った人間の数を調べている
「2人。1人はうち、もう1人は…」
大蛇の首が一つ、また一つと切り落とされていく
ついには胴体を縦に両断され、多頭崩壊乃大蛇は破壊された
「まず」
崩壊する大蛇の方から、有翼の剣士が飛来してくる
白と金のフルプレートに、6枚の純白の翼、手にはルーン文字が刻まれた金色の大剣
戦士はコトリンの前に降り立つと、ぺこりとお辞儀をする
「ども。きーたん団参謀のるすわんって言います。配信いっつも見てます」
「こんにちわ〜るすわん。君強いね〜」
「うっす。一応第四次役職、“神兵”やってるんで」
コトリンはファンサしつつ、崩れ行く大蛇の方を見る
大蛇そのものは破壊されたが、メインコアが納められている真ん中の頭は無事
コトリンはほっと胸を撫で下ろし、るすわんと向き合う
「いやしかし、まっさかコトリンさんも第四次だったなんて驚きっす」
「へー、居るとこにはいるもんだねぇ。…って事は…」
「とりあえず、一回戦ってみても良いっすか?ダメそうだったら自分降参するんで」
「んじゃ、その代わりうちもー…」
「はい。もちろん自分も降参を受け入れるっす」
「おっけー!」
コトリンはバックステップで距離をとる
るすわんは魔法陣を展開し、そこから2本目の剣を取り出す
「っす!いつでも大丈夫っす!」
「んじゃ、君には特別に、うちの自信作を見せてあげよう!」
磁界門が開く
現れたのは、炎と煙を纏った鋼鉄のティラノサウルス
恐皇
「…っし、やってやるっす!」
るすわんは剣を構えて飛び立つ
恐皇が煙と炎のブレスを放つが、るすわんは巧みな飛行技術でそれをかわす
「やああああ!」
るすわんが斬りかかる
恐皇は後ろに飛んでかわしながら、背中から無数のミサイルを発射する
「のあああ!?」
るすわんは攻勢を中断し、再び回避に徹する
だが、今度は回避しきれずに一発当たってしまった
「うおあ!?」
墜落するるすわん
そこに、恐皇の牙が襲いかかる
「背に腹は変えられない…飛刃の奇跡!」
るすわんが剣を振るうと、光り輝く斬撃が飛ぶ
斬撃が恐皇の頭に当たると、恐皇は怯んで後退する
「火力も耐久もたけー!絶対タイマンじゃ無理な奴じゃん!」
るすわんは迷っていた
手持ちの“信心”全てを使えば、きっとこの化け物に勝てる
しかし、そうまでして守りたい財産、得たい物は、コトリンの先には無かった
恐皇が再びブレスを貯める
「やっぱ降参っす!こないだミスって死んじゃったのが響いちゃったっすねー」
恐皇が空に向かってブレスを放つ
それはまるで、勝利を知らせる狼煙のようだった
ーーーーーー
《祝》コトリンがマジで一人勝ちした件wwwww
395.長い間リソース溜め込んでた第四次役職には勝てないってことか
396.最後の方で破壊されたデカブツ、あれは一朝一夕で作れる様な代物じゃ無いから、コトリンも一応損害は被ってるんよな
397.死んだら終わりって気持ちで戦場に立つのはどんな気持ちなんだろう
398.わいらには想像もつかない程のプレッシャーだろうよ
399.大いなる力には大いなる責任ってか
400.わいも鋼獣創造者やが、一回死んでからまたまともに戦える様になるまで10年は掛かった。5年くらい鉄くず拾い続けてた時はマジで発狂しそうになった
401.おまいら目に焼き付けとけ。コトリンたやの出陣は多分、歴史的に見ても貴重な出来事や
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何の変哲も無い、安アパートの一室
「よーお前らー!元気かー?」
ーーーーーー
おつーーーーーーー!
コトリンの姉貴マジパネえっす!
おつぴ
おつおーつ!
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3ギルド分の資産をほぼ全て手に入れた(るすわんの手持ちの資産は半分だけ貰った)コトリンは、約束通り配信を再開した
「はああ疲れたああああ」
ーーーーーー
どした
クソデカ溜息助かる
《チド:500コイン》
お疲れ
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「あーごめんごめん。久々に本気で戦ったからさぁ。なんて言うの、ビクトリーダウンってやつ?」
コトリンは、机に置いてあったペットボトルを開け、中の白色の飲料を飲み干す
ーーーーーー
案件かと思ったらただのホワイトレーションドリンクだった
ホワレドリンクごくごくASMR助かる
まぢおつかれ
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「ふぅ…ごめんごめん。今日は早めに落ちよっかな」
コトリンは空きペットボトルをノールックで背後のゴミ箱に捨てると、ゲーミングチェアに座り直した
「聞きたいんだけどさぁ。今のうち、どう思う?」
ーーーーーー
かっこいい
好き
大好き
ただのちゃらんぽらんだと思ったら普通に強くてびっくりした
ーーーーーー
「ありがとねみんな。そう言ってくれて嬉しいよ」
恐る恐る、コトリンは同接数に目をやる
いつもよりとても多かった
「うちはずっと不安だったんだ。うちが戦う姿を見せちゃったら、みんなと距離ができちゃうんじゃ無いかなって。」
ーーーーーー
そんな事ないよ
街歩くだけで巨万の富稼ぐ天上人がなんか言ってら( ^ω^ )ブッフォwwwwwwww
今更じゃない?
むしろ顔良いだけの普通の人じゃ無くて安心したまである
敵が全く湧かないダンジョン配信見るたびに、「ああ何かテイムしてんだな」とはずっと思ってた。
第四次役職の生活にはめっちゃ興味ある
ビルド?工作?配信とか普通に需要ありそう
そんな程度じゃわいら古参は離れんぜよwwwww
あのメカヤマタノオロチ普通に強くて泣いたし死んだしギルド解散になった
ーーーーーー
「お前らぁ…本当にありがとう!うち元気貰っちゃったよ!」
その日コトリンは、いつもより長く配信をした
同接数は最後まで伸びた
「んじゃお前らーまた明日会おうなー!」
ーーーーーー
ばいびー
乙〜
おつおーつ
《てててて:1000コイン》
またなー!
《ダームンストレン:ことりんくらぶ入会!》
推します
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配信を切り、カメラを布で隠し、スピーカーも抜き、別端末できちんと配信が切れている事も確認し、コトリンはようやく席を立つ
「ふぅ…」
夕暮れも済み、外には夜の帳が一枚づつ降りている
コトリンの目からはみるみるうちに光が消え、顔に張り付いていた笑みも剥がれる
コトリンはそのまま風呂に入った
衣装を脱ぎ、戦場の土埃をシャワーで洗い流し、浴槽に身を沈める
「………」
バスルームから出たコトリンは、本当の普段着に着替える
ショートパンツ、白シャツ、白いパーカー
玄関でフードを被り、最低限の荷物が入ったナップザックを背負い、スニーカーも地味な黒色の物を履き、コトリンは薄明かりの外に出た
とぼとぼと歩くこの姿のコトリンは、恐ろしく影が薄い
オッドアイの奥には暗黒が沈殿し、顔は本来の人柄を表す冷たい無表情
「はー…」
今にも自殺してしまいそうな程の負のオーラを漂わせながら、コトリンは海辺に向かった
今は使われていない港
コトリンは波止場に座り、ナップザックから折りたたみ式の釣竿を取り出し、きちんとエサを付けて海に垂らした
少しすると、コトリンの隣に一人の老人がやって来た
「釣れてるかい?」
「はい。やっぱりこの時間帯が一番ですね」
老人はそれを聞くと、コトリンから少し離れた隣に座り、釣り糸を垂らした
「狙いは?」
「素材になるような魚が手に入ったら良いなと思ってます」
アタリがあったので、コトリンは釣り糸をあげる
釣れたのは、ありふれた食用の魚
コトリンが軽く手を触れると、魚は釣り糸の先から消え去り、彼女のアイテムインベントリの中に入って行った
少しして、老人も魚を釣り上げた
額に電球が付いていて、鉄の外骨格を持ち、時々ビリリと放電する、およそ生物では無い何か
「おや…これは君にあげた方が良いかね」
「良いですよ。別に。それはお爺さんの成果ですから」
「わしがこれを持っていても仕方ない」
老人の竿から魚ロボが消える
コトリンのスマホに、譲渡の通知が来た
「お金払います」
「いいんじゃよ。わしはもう十分持っておる」
「そうですか」
静かな時間が続く
「お前さん。今日はいつも以上に辛そうじゃな」
「…そう見えますか?」
「ああ」
「………」
コトリンは竿をあげる
すごく小ぶりな魚だったので、彼女はそれを離してやった
「…私はきっと、もう何もしたく無いんだと思います。お爺さんと同じ。生きる為に必要な物は、もう全部稼ぎ切ってしまいましたから」
「ほぅ」
「小さい頃は本当にお金が無くて、お金さえあれば幸せが買えると思ってました。だから頑張って、偽の私を作り上げて、お金を沢山手に入れました」
コトリンの竿にアタリが来たが、彼女はもう竿を動かそうとはしなかった
「今日もお金を沢山手に入れました。でもふと考えた時に、使い道が全く思いつかなかったんです。なのに…幸せになれた訳でも無い。私…もう…何の為に生きれば良いか分からなくなっちゃって…」
「視聴者の為…じゃダメなのかい?」
「私からしてみればそれは綺麗事です。どんなに沢山の人が付いてきても、彼らが愛しているのは偽物の私。お金はくれても、幸せまではくれません」
「………」
老人は、大きな食用魚を釣り上げる
「お金が全てじゃ無いのかもしれないと思って、ギルドってのに入ってみたんです。もしかしたら、お金じゃ買えない友情とか、愛とか、そういうのに触れられるんじゃないかって。でも結局そこでもカネカネカネ。とうとう私のお金が原因で、三つも滅んでしまいました」
「お前さんはどうして配信者になったんだい?」
「おしゃべりが得意だったので、それをお金に変えれないかと思ったんです。それだけ」
「…何となくじゃが、お前さんが幸せになれない原因が解ったやも知れん」
「?」
「今のお前さんに必要なのは、金でも、視聴者でも無い。本当のお前さんを受け入れてくれる誰かじゃ」
「そんなの居るわけ無い!私なんて…嘘と機械を操る事しか能の無いただの根暗。こんな私が…受け入れられる訳…」
「少なくともわしは、CMで見るコトリンよりも今のお前さんの方が好感が持てる」
「…え…?」
「お前さんは本当は、何もせずただ静かに暮らしたいだけなんじゃろ?それがお前さんの思う幸せなら、わしはそれを肯定する。誰かが決めた“模範的な人生”に従う必要なぞ無い」
その日の夕食を確保した老人は立ち上がる
「本当の自分を曝け出すのは勇気が要る事じゃ。後悔する事になるやもしれん。じゃが、一つだけ覚えておいて欲しい。本当のお前さんを受け入れてくれる誰かは必ずおる。たまたま同じ釣り場を選んだわしですらそうだったんじゃからな」
老人はそう言い残し、港を立ち去った
「本当の…私…」
コトリンは次の日の早朝、暫くは兵力増強に専念したいと言う理由をでっち上げ、一ヶ月ほどの長期休暇を取ることを発表した