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どんな花が咲くかなんて、種からじゃ想像しかできない

アンツールの片隅に現れた中規模ダンジョン

二人が初めて出会ったのは、そんなダンジョンの真ん中だった


「………」


空になったボス部屋の前

疲れ果てたアザミは、壁に背を付け座り込んでいた


(…こんな事、何になる…)


いくら敵を倒しても、手に入るのはその日をぎりぎり生きられる程度のコインだけ

いくらアイテムを手に入れても、自分には使い道の無いガラクタばかり


「…もう良い…」


明ける夜など無いように

きっとこの先の未来が明るむ事も無いのだろう


とうとう絶望したアザミは、たまたま手に入った毒カプセルを手の中で転がす

今の彼女にはもう、ゲームを続ける意志など無い


「おい」


気の強そうな少女の声が、アザミの後ろ髪をひいた


「お前、近接火力だろ?降りるくれーならちょっと手伝ってくれよ」


それが二人の始まりだった


「うちが前線張る!アザミ姐は中距離から決めにかかってくれ!」


超接近火力の格闘家と、近中距離主体の剣士

二人の相性は、たまたまにしては凄く良かった


「へぇ。アザミ姐も孤児だったんだ。うちとお揃いだな!」

「今だアザミ姐!あのバビューンって奴やれ!」

「アザミ姐うちと同い年だったのかよ!?一体何食ってりゃそんなでかくなれるんだよ!」

「クソッ…人攫いしといて何がコミュニティだよ…アザミ姐、こんなとこぜってー逃げ出してやろうな」

「生きる意味が無いなんて言うなよ。うちらが此処までやってこれたのは、アザミ姐のお陰なんだからさ!」


アザミにとってゼルは、人生で初めての親友であり、生きる意味そのものでもあった




「…ザミ…姐…もう良い…」


ゼルはアザミの足元に倒れている

全身に重傷を負い、特に両手足と口がめちゃくちゃに損傷していた


ゼルを押さえ込んだまま人狼達が凶暴化した

それはそれは惨たらしかった


アザミの周囲には無数の人狼の骸が散乱し、黒い煙をあげ霧散している最中だった

だが今のアザミにとって、そんな勝利に意味など無かった


“グルル…”

“グルルグアア…”


闇の向こうから、凶暴化した人狼が次々と姿を現す


人狼と戦っている間に、ゼルは苦しみながら死ぬだろう

戦う前にゼルを楽にしてやる事もできる

だがその場合、もはやアザミの戦う意味は失われてしまう


「頼む…うちを切ってくれ…」


「………」


アザミはゼルを背に、人狼共の前に立ち塞がる


「…アザミ…姐…」


「全て、守りきれなかった私の責任だ。ゼルが攫われた事も、重傷を負った事も」


アザミが剣を掲げると、存在しない筈の朧月が天に現れた


「…それでも私は、お主を斬れぬ。済まない…ゼル…」


「け…嬉しいような迷惑なような…だな…良いぜ、最後まで見ててやるよ…」


「本当に…済まない…基剣流(きけんりゅう)朧剣舞(おぼろけんぶ)!」




目に赤い光を湛えた獣共が、一斉にジュピター達に向かってくる


「ひぅ!ど…どうしようジュピターさん!」


恐れを成したシータは、ジュピターの背に隠れる

恐怖と冷気で震えていた


「デストリックを仕込んでたなんて。往生際が悪いね」


ジュピターが再び拳を握ると、後輪のランプが一つだけ、更に強い光を放つ


浄世神渡(じょうせしんど)


拳を地面に振り下ろす

閃光を放っていたランプが弾けるように閃光を放つと同時に、ジュピターの立つ地面を中心に円形の大洪水が発生した


“グオオオオオオオオ!”

“グオアアアアアア!?”


異獣達は廃墟と共に、清らかな濁流に押し流される


「きゃああああああああ!」


余りの光景にシータは絶叫するが、ジュピターは彼女の頭をそっと撫でる


「大丈夫。どんな大渦でも、中心はいつも安全だから。




「はあああああ!」


アザミは斬った

目の前の敵をひたすらに斬り続けた


その剣に、意味があると信じて


まるで終わらぬ闇夜の様に、敵は無数に沸き続ける


アザミは次第に傷付いていき、その剣筋からも疲れが滲み出てくる


一瞬、彼女の集中に緩みが生じた


“グオオオオオ!”


次の瞬間にはもう、人狼の爪が振るわれている最中だった

それと同時に、人狼の背後から水が押し寄せてきている


「な…しまっ」


突然の情報過多に思考が追いつかず、アザミは反応が遅れた

目を閉じ、来たる激痛に耐えようとする


結氷


「………?」


アザミが目を開けると、そこには攻撃姿勢のまま凍結した人狼が居た

先程の濁流は、全ての敵を飲み込んだ瞬間で凍結した


ザーズザーと、誰かがスケートを滑る様な音がする

シータを背負ったジュピターが、氷を滑ってアザミ達と合流した


「ごめんね。待…」


次の瞬間、ジュピターは瀕死のゼルを視界に収める


ジュピターはシータを下ろすと、再び後光を展開する

だが六つあるランプの内、紫のものが転倒しなかった


「良かった。白はかわしてた。降魔・武覇神君ぶはしんくん


現れたのは、金色の鎧に身を包み、雲滝が如く白ヒゲを蓄えた、光り輝く老将の姿をした存在

右手には大槌を握っている


武覇神君はゼルの下まで歩いて行くと、左手で印を結ぶ


ゼルも神君の物と同じ光に包まれ、その傷は瞬く間に回復していった


「…あ?うちは復活したのか?」


ゼルが目を覚ますと同時に、神君は幽霊か霧の様に消えていった


「ゼル!」


目を覚ましたゼルを、アザミが抱きすくめる


「のわ!?」


「済まない…君が本当に死んでしまっていたらと思うと…」


「つまり、うちが助かる可能性を最初から期待してたって事か?」


「敵を殲滅した後シータの元に連れて行こうとしたのだが…」


アザミはジュピターの方を見る

ジュピターは、気絶しているシータをお姫様抱っこであやしていた


「その必要も無かった様だ」


「たく…お前っていっつもそうだよな。普段は堅実なのに、いざって時にはうちら以上に無鉄砲だ。だけど、」


ゼルはアザミの頭をぽんぽんと撫でる


「好きだぜ。お前のそういうとこ」




「何やってる!早く撃てよ!」

「おいシータ!さっさと俺の傷を治せ!」

「撃てって!早く撃てっつってんだよ!」


闇の中、声が反響する

ゼルたちと出会う前の、"仲間"の声


「シータ…テメェ…許さねえからな…」


シータの足元に伏した仲間が、恨めしそうに呟く

明らかに実力不釣り合いのダンジョンに行き、ボスに倒された

それだけの話だ


「お前がもっと早く回復してれば…もっと沢山攻撃してれば…」

「俺達が時間稼いでる間…お前何やってたんだよ…」

「クソッ…シータのせいだ…全部…お前の…!」


勝利はチームのお陰

敗北はヒーラーのせい

そんな事実無根のステレオタイプが、アンツールでは未だに幅を利かせていた


「ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


その時のシータには、仲間を置いてボス部屋を後にする以外の選択肢は無かった


「ごめんなざっ」


目を伏せダンジョンを逃げ回っていただけのシータは、人にぶつかった

その反動で水たまりに転んでしまった事を不運と捉えるべきか、


「お主、ヒーラーか?頼む…ゼルを、どうか私の相棒を助けてやってくれ!」


ぶつかった相手がゼルを抱えたアザミだった事を幸運と捉えるべきか


偶然の巡り合わせで出会った三人は、格上ダンジョンを編成の完成度で踏破する事に成功した


「おめーのお陰で助かったぜー!なあアザミ!」

「うむ。ポーションが切れて途方に暮れていたところに巡り合うなど、きっと何かの縁に違いない。どうだろうシータ殿よ。私達の仲間になってはくれないか?」


アザミとゼルは、攻療折衷のシータと相性が良かった

ゼルは耐久が高く、アザミはその機動力からまず被弾しない

治療対象をゼルに絞れる上、二人はシータが魔法攻撃を放つ時間を十二分に稼げるだけの技量があった


高火力低耐久の三人をひたすら介護し続けていた前とは大違いだった


「人が撃てない?あーね。あるあるだよ」

「私も昔は、人を斬るのが怖かった」

「そうそう。うちもな、子供の頃は身の程知らずのロリコン暴漢共をボコボコに…じゃなかった、虫も殺せないいたいけな乙女だったんだぜ。ま、そのうち撃てるようになる日も来るさ。ここはアンツールだからな。機会なんて幾らでもある」


ゼルの予言は本当だった


震える手で杖を構えた

相手は下着姿の小太り中年ハゲ男

そして、恐怖と憎悪の対象


不思議と、人に杖を向けた時に感じる罪悪感はいつもよりも弱かった

積年の恨みだろうか、それともジュピターと言う絶対的強者の後ろに居ると言う安心感だろうか

何でも良かった


杖先はがたがたとぶれていたが、運良くクロハチの胴体を魔法攻撃で貫くことに成功した

それが、シータにとっての人生最初のプレイヤーキルだった


綺麗に命中した時に感じた、腕や胸、そして脳がじゅくりと蠢くような鈍い快感

恐怖の対象が自分の手で倒れて行く、あの達成感


またしたい

また撃ってみたい

また殺してみたい


暗闇に佇むクロハチに杖を掲げ、魔法を___




ビクンと身体が跳ねた拍子に、シータは目を覚ました


「お?おめーも起きたか」

「見ていたシータが気絶するほどの技か。私もどんなものか見てみたかったな」


シータが目を覚ましたのは氷窟の中だった

入口から見える景色から、ここがクロハチ戦の戦場から少し離れた公園である事が分かる


床も壁も天井も全面が澄んだ氷で、そこら中で人狼が氷漬けになっており少し不気味だった


「あ…あの…えっと…」


状況に戸惑う中

氷窟の入り口から、ジュピターがひょっこりと顔を出す


「できたよ」


それは屋外に据えられている、お椀上にくりぬいた地面にお湯を張っただけの物だった

浴槽の中心には、阿国(あぐに)が居る場所に繋がっているとても小さな穴が開いており、淵には機械鎧を全て外した有我(あるが)が足湯している


「すっげー!マジで温泉じゃん!」


ゼルはひとしきりはしゃぐと、その場で服を脱ぎ始めた


「の…のおジュピター殿…その、更衣室的な物は無いのか?私やシータはゼルの様には…」


ジュピターも一目は構わないタイプだった

ましてやここはアンツールの辺境、一行以外に人は居ない


「え?」


「…何でもない」


湯加減は完全にジュピターの勘だったが、大体41度付近で固定されている

浄水は有我が担保している

そこはもう、四人の為だけの最高の温泉だった


「ふいぃ…生き返るぅ…」


ゼルはぷかぷかと浮かび


「………」


アザミはどこかよそよそしく


「あの…貴女はジュピターさんのお友達なんですか?」

『:)』

「えっと…」

『;)』

「ごめんなさい、なんて言ってるかわかんないです…」

『:(』


シータは有我との意思疎通を試みていた


「………」


ジュピターはクロハチの持ち物の中にあった、黄色いチラシを見つめる


「後ろ盾が居るとは思ったけど、まさかファミリーカンパニーと繋がってたなんて…」


誰かに気付かれる前に、ジュピターはそのふやけたチラシを散り散りになるまで破いた


「先ずはそのコミュニティってのを洗ってみようかな」

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