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どうしたってファンには甘くなっちゃうね

ジュピターの右手が上を差し、緑のランプが光を強めると、夜帳の高空の向こうから、緑色の光がマッハで降臨してきた


それは旋風と機械の鎧を纏った閃緑の神鳥だった

元々あった大翼の他に新たに機械の翼がもう一対備えられており、四枚全てにターボジェットエンジンが付いている

機械鎧にはそこかしこに飛行機の衝突防止灯の様に青いランプが煌々と灯っており、まるで其れ自体が輝いている様に見えた


「これは…」


アザミは振り返り、暫し其れに見とれる

其れは翼をはためかせずに広げたまま、エンジンだけで浮遊しジュピターの真上に留まっている


「ほぉ。派手なだけじゃないと良いのですがね~!」


クロハチが指差すと、人狼や八咫烏達が其れに飛び掛かって来た

だが其れは音速で飛翔し、遥か高空を旋回し始めた


「降魔・阿国大君」


上空が夕焼けの様に赤く染まり、黒煙が発生する

黒煙は渦を巻き始め、その中心から巨大な腕が垂らされた


腕は何もしなかったが、それがそこにあるだけで周囲の気温はみるみる上昇していく

地面は焼けつき、空気には火の粉も飛び交っている


ジュピターははっとアザミの方を見たが、裸足で赤熱した地面を踏みしめて平気そうにしているのでほっと一安心した


「この熱…やはりあの爆発はお嬢さんの仕業でしたか~」


クロサキはネズミに跨り熱をやり過ごす


「ですが、あの規模の攻撃を繰り出すとなれば他の人たちも巻き込むことになりますよ~!」


「うん。知ってる」


神鳥が、赤い軌跡を描きながら旋回する


「だからそうしない」


神鳥の周囲に磁界門が発生し、二機の浮遊砲台が出現する

砲台は敵陣の方に向くと、圧縮された風の塊を打ち出し始めた

風弾は推進と共に熱と炎を帯びていき、着弾する頃には爆雷をも凌駕する威力になっていた


爆発と共に、異獣達が一塊づつ吹き飛ばされていく

だがクロサキの言う通り、これはジュピターや他の味方に近付き過ぎた敵には使えない


"グオオオオオオ!"


人狼が一匹、ジュピターの至近距離に辿り着く

だが彼女は目を閉じ座禅を組んだまま、ぴくりとも動こうとしない


爪が振り下ろされ


ガキンッ!


細く鋭い銀刃に受けられる


「させぬ」


アザミは人狼の刃を弾き払い、そのまま胴体に一太刀


"グオ…オオオ…"


ドサリッ


深々と傷を負った人狼は、血を吹き出しながら倒れた


ジュピターは第五次役職に課せられた制約によって、一度でも死ねば人生が終了してしまう

おまけに本人には何の戦闘能力も無いので、先程の爪を受ければ確実にゲームオーバーになっていた

一寸先までやってきていた絶体絶命の危機を間一髪で脱したジュピターだったが、その心は凪の如く落ち着き払っており


「ナイス」


命の恩人へのアクションは、ただその一言だけだった


"グエエエエエエ!"


八咫烏がアザミに降り掛かって来るが、地対空光線魔法によって撃ち堕とされていく

震える手で杖を持ったシータだ


「だ…大丈夫…?」


「助かったぞ。シータ」


後方火力を潰さんと、シータの後ろのマンホールから巨大ネズミが湧き出てくる


「うらぁ!」


ゼルの拳と蹴りが、飛び掛かって来るネズミの鼻や肋骨を次々と破壊していく

ノックバックで距離が開き、負傷で動けなくなっている所に神鳥の爆撃が叩き込まれる


「はん!でっかくなっても所詮はドブネズミだな!」


「ゼルちゃんも足震えて」


「ぼさっとすんな!次来っぞ!」




次々と屠られていく我が兵士達

クロハチの心境から、次第に余裕が消えていっていた


(まずいあのピン髪二号が想定以上に強い…と言うより、メイン戦闘員を担うジャガーノートが入った事でパーティが完成したのか。残りの獣を使えば撤退くらいは出来そうだが、ここまで来て手ぶらで帰る訳には…)


クロハチの視線が、シータに定まる


(せめて一匹だけでも!)




神鳥の爆撃や三人の善戦により、クロハチの兵隊は開戦の半分ほどまで減っていた


「おいクソキモストーキングデブ!これに懲りたらもう二度とうちらと関わるんじゃねえぞ!」


ゼルがクロハチを詰める

彼女は恐怖に打ち勝とうとしていた


「ぶふふふふぅ!調子に乗るのもそこまでですよぉ!」


地面が揺れる

住宅の屋根を飛び移り、大きな影が戦場に降り立った

それは、三つの目と三本の尻尾を備えた巨大な三毛猫だった


"グニャアアアアアアアア!"


巨大猫が雑兵を蹴散らしながら迫って来る


アザミが刀を収め、柄に手をかけ姿勢を低くし重心を落とす

巨大猫に踏み潰されようとしたその時だった


「一閃」


刹那、銀の光が走る

アザミはもう、切り払いを終えた姿勢で猫の後ろにいた


切られた事にすら気付かぬまま、猫はその巨体を倒し二度と動く事は無かった


アザミが自身の失態に気付いたのは、そのすぐ後だった


「しまった!ジュピター殿!」


アザミは護衛対象の方を振り返る

アザミが離脱した代わりに、氷と機械が混じった剣と盾で武装した女性が護衛していた


其れの身体は形を持った水で出来ており、手足や肩などには機械の部分鎧を装備している

降り掛かる人狼の爪は其れの盾で弾かれ、怯んだ敵は氷の剣で斬られると凍結した


三体もの上位存在を操るジュピターは息を切らし、其れが放つ冷気を浴びているにも関わらず汗を垂らしている


「申し訳ない!直ぐにそっちに…」


「あたしは良い。アザミは、あっち」


ジュピターが自身の背後を指差す


「クソッ…離しやがれこの駄犬が!」


ゼルを抱えた人狼が逃げ去ろうとしている最中だった

シータも居たが、腰を抜かして座り込む彼女の射撃は全然当たっていない


「ゼル!?」


アザミはジュピターとゼルを交互にみやる

彼女は、とても迷っていた


「アザミ」


「然しこのままではジュピター殿が!」


「大丈夫。あたし強いから。それに、友達なんでしょ?」


「然し…」


「早く」


アザミは再び後方を見る

先に市街地に入られたら、追跡は困難だ


「…済まない!」


アザミはそう言い残すと、全速力で人狼を追って行った




三毛猫又一匹でアザミを陽動できたのは嬉しい誤算だった

残ったのは、もはや戦力外となったシータとピン髪二号


クロハチはネズミの上にふんぞり返りながら、残りの手駒と状況を吟味し次の手を慎重に考える

シータが居る以上ピン髪二号も派手には動けない筈だが、戦力の消費に対して相応のリターンを得られていないのが現状だ


神鳥の空撃がクロハチに向かってくる

翼を広げた八咫烏が盾となったのでクロハチは無事だったが、このままではじり貧だ


(アザミだけなら用意してある別戦力だけでそこそこの時間は稼げる。問題は…)


クロハチは空を見上げる

八咫烏でも到達できない高度を音速で飛ぶその様は、グレーランドの戦闘航空機を彷彿とさせる


(今の僕の戦力じゃあの鳥をチキンタツタにする事が出来ない。だが、奴の爆撃も決して防げない訳じゃ無い)


クロハチはジュピターを見定めながら、パンツに手を突っ込み一枚の名刺を取り出す


(武装ウンディーネを出し抜きながら、あのピン髪二号を無力化する!)




ネズミの群れがジュピターに突撃してくる

武装ウンディーネこと有我聖君(あるがせいくん)が盾で壁を作ってネズミを弾くが、ジュピターの視界が著しく損なわれる


それがクロハチの狙いだ


ネズミの暗幕が晴れると同時に、両手の指に名刺を挟んだクロハチが飛び掛かってくる


次の瞬間には、ジュピターがクロハチの手首を掴み取っ組み合いになっていた


「消耗してた筈じゃ無かったんですか〜?」


「あたしのスキルは集中力に依存するの」


クロハチの背後から、有我聖君の切っ先が迫る


「集中力は川みたいな物。割く対象が減れば、それだけ精度は増す」


「ちぃ!」


クロハチと有我聖王の間にネズミが一匹割って入り、彼の代わりに攻撃を受ける

その隙にジュピターの背に人狼が爪を振るい、彼女も止む無くその場から離脱した。跳躍し、宙返りを交えて有我聖王が上に掲げた縦に着地する


「へぇ!へっへっへ!まるで曲芸師だなぁ!あの人を思い出しますね〜!」


「コトリン?」


「お前も知ってるのかぁ。そうだよ〜僕の愛しの恋人だよ〜!」


当然ながら、ジュピターはこの男と恋人関係を結んだ事は無い


「恋人?」


「僕が稼いだお金をスパチャに乗せて送って、彼女はそれで生活してるのさ〜!それはもう、夫婦の関係だろ〜?」


「うん。一理あるね。考え方がすっごくステレオタイプってことを除けば」


ジュピターは少し高い所から戦況を見渡す

今のところ、シータに近付き過ぎた敵は神鳥の弾幕で排除できているが、この状況がいつまでも続くとも考えられない


(厄介…身体能力は全然無いけど、能力をきちんと使いこなしてる。技への対応も早い)


ジュピターは有我の盾から飛び降りる


(斯くなる上は)


有我、羽弓、阿国の顕現を解除する


「諦めた…訳ではなさそうですね〜」


「勿論。化身(アヴァターラ)




人狼を追って、アザミは家々の間を走る

一度釘を踏んだが、釘の方がひしゃげた


対する人狼は家々を飛び移り、西へ西へと移動する


「小癪な!瞬歩!」


アザミは銀色の光となって超速移動し、人狼を脳天から真二つに切り裂いた


「ゼル!…居ない…?く…いつからだ!?」


不意に、遠巻きからゼルの声が聞こえてくる

東の方からだ


「公園か!」


銀の筋が天を駆ける

一筋の斬撃のようなそれは、瞬きの間に友の元へ辿り着いた


そこは公園だった

レンガの床の中央広場にて、ゼルは数体の人狼に抑え込まれていた

口や手足をがっしりと掴まれ、身動きが取れない様だ


「ゼル!」


「ふぐっ!むぐううう!」


アザミは一歩踏み出そうとして留まる

気配だ

無数の敵意が、ゼルを中心に公園中に散らばっている


(この数…罠か)


アザミは柄を握り、細く息を吐く


(…罠でも構わない。それで目の前の友を、救えるのなら!)

「はあああああああ!」




霜と冷気が漂っている

ジュピターの髪は青白く染まり、肌色も青く冷たい

彼女の周囲には氷の結晶が出来ては消えている

鋼の後光に灯る全てのランプが青色に染まり、召喚状態を示す明るい光を放っている


「随分と多彩な能力なのですね〜!」


「構えた方が良いよ。本気で行くから」


ジュピターは拳を握る


「くっふっふぅ!良いですねぇ!もっと可愛く抵抗して下さいよ〜!」


そう言いつつ、クロハチは後退りする


「本当に、本当に情けない男ね。あなた」


「…は?」


ジュピターが一歩前に出るたび、クロハチは二歩後退する


「よく回る口と中途半端な能力振りかざして威張り散らかして、弱いものいじめで自分を慰めてるだけの弱者」


「は…はぁ!?何様だよお前!この僕様に説教なんて…」


「そう言う割には逃げ腰じゃん」


「…く…」


ヤタガラスが飛びかかるが、ジュピターに触れる前に凍結して落ちた


「ぼ…僕が何をしようとも勝手じゃ無いか!僕だってプレイヤーなんだから、自由に振る舞う権利がある!」


「まあね。ここはオーメントピア。力と権利が比例する世界だからね」


ジュピターは拳を握り、振りかぶる


「でもあんたは、せっかくの力を虐げる事に使った。だったら、あたしがあんたに対してそうしても、文句は無いって事だ」


「ひぃ!?」


ジュピターは地面に向かって拳を振り落とす、そぶりだけを見せた


「…は…?」


「でもね、あたしはそうしない。だって…」


だって、こんなんでもうちのファンなんだから

ジュピターはそんな台詞をぐっと飲み込んだ


「だって、あんたを倒すべきはあたしじゃ無いからさ」


クロハチは、恐る恐る自分の胴体に視線を落とす

綺麗な円形の、焦げた穴が開いていた


「は…は…やった…やったよ…シータやったよ!」


震える手で光線魔法を打ったシータだった


「…がは!?」


倒れるクロハチ

彼のゲームオーバーに共鳴するように、残った異獣が一斉に、暴走を始めた

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