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はじめまして[概要未設定]

星の無い夜空の下

少女が一人、焚き火の前に座っている


ピンク色の長い髪は、きちんと解かされ手入れが行き届いている

青と橙のオッドアイは、静かに揺らめく橙を映す

服装は、灰色の薄手のパーカーとショートパンツ

靴はオレンジ色のスニーカー


彼女の名前はジュピター

僻地区アンツールで暮らす16歳の少女だ


「…」


ジュピターは、傍にあった自律型撮影ドローンの電源を入れる


『タイトル:はじめまして

説明:[未設定]


注意!現在、ランダミックアドレスモードになっています。予期せぬ通信漏洩によって通信の機密性が失われる可能性があります。すぐに固有アドレスを指定してください。

現在、全域回線サービスの範囲外です。自動的に無線通信となります』


モニターに映し出される警告を気にもとめず、ジュピターは何も無いアンツールの大気に向けて、電波の放流を始めた


「これで…良いのかな?」


かつて、中央都市メトロポリスで使っていた機材と違い、今この配信を何人が見ているかは分からない

コメントは送れるが、それが誰からのものなのかは判らない

当然スーパーチャットなど送れない


配信が確立されたのを確認すると、ジュピターは話し始めた

それは、抑揚の無い静かな声だった


「はじめまして。ジュピターって言います。グレーランド製の撮影用ドローンをたまたま拾ったので、配信活動を始めてみました。暗い世界、一人ぼっちで気が滅入ってたけど、これのお陰で誰かがあたしと一緒に居てくれるかもしれない、そう思うだけで勇気が湧いてくる気がします」


ジュピターはそれだけ言い終えると、再び視線を焚き火に戻した

カメラはそれから二時間ほど、焚き火とそれにあたるジュピターを映す


その間、人が来ては数分で去って行くを繰り返していたが、今のジュピターにそれを知る由も無かった


ーーーーーー


こんばんわ


ーーーーーー


久方振りにモニターが点灯する

ジュピターは少しも動かず、視線だけをカメラに向ける


「こんばんは。来てくれて嬉しいよ。」


匿名の彼との会話は、そこで終わった


一時間の静寂を挟んだ後、ジュピターは立ち上がる


「アンツールの人たちはみんなお腹を空かせてる。でも、ここには比較的簡単に食べ物を手に入れる方法があるの」


誰も居ない暗い住宅街を進み、やって来たのは河川敷

元々は地面を軽く濡らす程度の小川が流れていたのだが、今となっては増水の限りを尽くし、堤防の数センチ下にまで水が来ていた


ジュピターは橋の手すりに座ると、足元の川に釣り糸を垂らした


ーーーーーー


親は?


ーーーーーー


「いない。あの人はあたしを捨てたの」


ーーーーーー


なんで生きてるの?


ーーーーーー


「死にたくないから、かな」


アタリが来る

ジュピターが竿をあげると、地味な色で大振りの淡水魚が釣れた


ーーーーーー


俺は今死のうとしてる


ーーーーーー


「そう。残念」


ーーーーーー


ここには希望が無い。南海やり直しても毎回酷い目に逢って死んでしまう。もう嫌なんだ


ーーーーーー


「………」


ーーーーーー


止めないでくれ。俺はもう心に決めたんだ


ーーーーーー


「それでも貴方は、あたしに話してくれた。それってきっと、誰かに止めて欲しかったからなんじゃないかな?」


ーーーーーー


お前に何が分かる


ーーーーーー


「ごめん、なんにも分からない。ごめん」


一匹目の釣果(ちょうか)をインベントリにしまい、また釣り糸を垂らす

その辺の廃墟の床を引きはがせば虫がたかっているもので、エサには事欠かなかった


「怒らせちゃったかな」


ーーーーーー


俺にも分からない。なんでお前はこの地獄で生き続けられるんだ


ーーーーーー


「楽しいからだよ」


ーーーーーー


楽しい?


ーーーーーー


釣り糸がピンと張る

ジュピターは竿を力いっぱい引っ張り、糸が切れるか切れないかと言う瞬間で手を離す


ザパアアアアアン!


現れたのは巨大なドジョウ

この地区のプレイヤーが釣りをしない理由そのものだ


「アンツールは多分地獄。つまりさ、ここで生きてるってだけで凄い事になると思わない?」


ジュピターはドジョウを一瞥(いちべつ)すると、小走りで逃げ出した

彼女の背後から、ドジョウの放った濁流ブレスが迫って来る

彼女は右に飛んでそれをかわす


「はっ…はっ…はっ……ふぅ…」


ドジョウをまいたジュピターは、近くの建物に寄りかかってへたり込む


「ああ…汚れちゃった。ちょっと待ってて」


ポケットからハンカチを取り出し、ジュピターはドローンやそのカメラに付いた泥水を拭き取る


「これでよし。見えてるかな?」


返事は無い

匿名の彼はもう、この配信には居なかった


ジュピターは念入りにカメラを拭くと、「見えなかったら教えて」と言い残し手を離す

ドローンは再び宙へとあがった


「生きる事に向き合っているとね、何だか色んな物がどうでも良くなってくるんだ。お金とか、人間関係とか、プライドとか。後者二つは元からあまり気にしてなかったけどね」


ジュピターは足を延ばす


「人付き合いは苦手。インターネット越しだと平気なんだけど、現実で対面すると緊張しちゃうんだ」


彼女の寄りかかってた建物が、上から押しつぶされて破壊される

さっき釣り上げた巨大ドジョウだった


ジュピターはドジョウの振り上げた拳を前ローリングでかわし、違和感に気付く


「拳?」


ジュピターは距離をとり、それを観察する

それは泥だらけのドジョウなのだが、不釣り合いに小さく、しかし筋肉がついた頑強な手足を備えていた

ふんどしもつけている


「なにこれ」


"うおっふおっふおっふおっふおおおおおお!"


いわゆるフィールドボスである


「………」


ジュピターは逃げようとするが、ドジョウの口から放たれた濁流によって退路を破壊される


"うおっうおっうおおおおお!"


ジュピターに向かってドジョウは何度も拳を振るう

紙一枚ほどの隙間を残し、彼女はそれを全て回避する


「どうして貴方は戦うの?」


"うおうおおおおおおおお!"


「パラゴンにそう造られたから?」


"うおっうおっうおおおおおおおおお!"


「…」


ジュピターはぴょんぴょんと遥か背後に後退する


「仕方ないね」


ジュピターの後頭部に金属の円盤が現れる

円盤には宝石を模した六つのLEDライトが点いており、それぞれ赤、青、緑、紫、白、黒色だった

黒の物に限り光では無く闇を放っている

針状の金属も開花する様に展開されていき、その円盤は、宗教画で見られる戯画化された後光を模した物になった


"うおおおおおおおお!"


真正面からの拳

ジュピターはそれを体を横にしてかわし、右の人差し指で上を指す


降魔(ごうま)阿国大君(あぐにたいくん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 私はジュピターが見たかったのであって、コトリンが見たかったわけではないのですよ。 コトリンの部分は前日譚として分離するかして分けてほしいです。 そもそも、コトリン=ジュピターの何か伏線…
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