これが私の道
無神の大槌とコトリンの剣がぶつかりあう
大槌はビール瓶以上に呆気なく壊れ、無神も右肩から左脇腹にかけて深々と斬られた
無神の切り心地は、束ねられた古紙を彷彿とさせた
「…私の負けか」
「勝つ気なんて最初からなかったでしょ?」
「かもな」
無神は光となって消滅する
正面玄関の鍵が、ガチャリと音を立てて開く
なのでコトリンは、その建物を後にした
扉の向こうは外では無く階段の間
もう一階分降りると、終着点の地下駐車場に辿り着いた
壁も床も天井も柱も陰鬱なコンクリート製
階段の間と同じ蛍光灯で照らされているため薄暗い
車は一台も無い
代わりに、部屋の真ん中には古びた人型アンドロイドが、コトリンの方向きで坐禅を組んでいた
『よく来ましたね。挑戦者』
その音声は、パラゴンゲームのナビゲーションと同じだった
「貴方が最後の敵?」
『いいえ。私は祝賀者。コトリンさんは既に全ての試練を乗り越えています』
アンドロイドは立ち上がる
『初めまして。私の名前は』
「パラゴン?」
『はい』
「さっき聞いた話じゃ、パラゴンには実体が無いって事だったんだけど」
『貴女の認識に誤りはございません。これはただの依り代。私の肉体では御座いません』
「そう。で、何の用?」
『貴女には今、二つの道があります。莫大な報酬を手に此処を出るか、第五次役職に昇華するかです』
「その言い草、第五次には何かリスクがあるんだ」
『死亡ペナルティが、コイン、アイテムに加え、役職と記憶のロストも追加されます。つまるところ、貴女と言う存在ではもう二度とコンティニューができなくなります』
「………」
『では次に、メリットのお話をしましょう
生きている間、貴女はプレミアムアカウントとして扱われます
輪廻するのに宝珠の提出が免除され、メトロポリスでの正式な永住権、及びメトロポリスでの全てのパラゴンサービスが無償で受けられます。つまるところ、もうダンジョンやパラゴンゲームに参加する必要が無くなります』
「良いね。分かった、第五次役職になるよ」
『ありがとうございます。コトリンさん。では…』
「ただ、一つだけ質問に答えてくれないかな?」
『私に答えられる物であれば』
「どうして、サービスを受けられるのがメトロポリスだけなの?」
『………』
パラゴンは少し考えた後、言い訳は不要と判断した
『楽園とは何を以って楽園足り得るのか。この世界の全空間が楽園であるならば、それは楽園では無くただそう言う形の世界では無かろうか』
「つまり、グレーランドとアンツールが貧しいのは意図的って事?」
『私の意思は全宇宙を掌握しています。然しそれは私が概念体と言う特性だからこそ成し得た物です。物質世界を統治するには物質が必要で、然しそれには限りがあります。
コトリンさんのご質問、外苑区域の貧しさが意図的と言うのは、ある意味で間違ってはいません。最も効率的な方法は、限りある物資を世界全土で希釈し無と同等にするよりも、楽園に集中させそこでの選ばれた住民の至高の為に消費する事と判断しました。
何故なら、現状の生産体制と人類の利己中心的意識では、全人類に効果的なサービスを与えるのは不可能だからです』
「だから外縁には危険なダンジョンや強いモンスターで溢れてるんだ。口減らしをする為に」
『勝者が存在する為には敗者が必要なのです。幸せの為には不幸な者が不可欠なのです。コトリンさん、どうかご理解を』
「分かった。ありがとう」
『ご理解頂き感謝致します。それでは貴女には、第五次役職“六厄大聖”を与えます。ようこそ、最高位の世界へ』
パラゴンは拍手する
だが、それ以外には何も起こらなかった
光も音も見た目の変化も何も無しに、コトリンは昇華した
「パラゴン」
『?』
「じゃあ今から、あんたの造った体制を破壊する」
『できるものならば是非そうして下さい。具体的に何をするのか聞いてもよろしいでしょうか』
コトリンはパラゴンの横を通り過ぎ、光を放つ駐車場出口に歩み始める
「秘密。ただ何か言える事があるとすれば、私はあんたが嫌いになった」
ダンジョンから脱出したコトリンは、その日の夜に配信を行った
内容は、今までどうしてたかの説明と、中途半端になってたゲームや案件の消化、そして一年間の活動休止の報告だった
「て事で、暫く配信休みま〜す!」
ーーーーーー
うおあああああああ!
行かないでコトリン
《やくん:500コイン》
いくら払えば良い?
ーーーーーー
「ほんとごめんな〜。正直パラゴンゲーム舐めてたよー。あとちょっとで決勝行けたんだけどなー」
ここでコトリンは一つ嘘をついた
実際の結果は優勝だが、負けて全てを失った事にしたのだ
ーーーーーー
まあ…しゃーない
いつかこんな日が来るとは思ってた
あんなに可愛くて強いコトリンが負けるなんて、やっぱパラゴンゲームは俺には無理だ
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企業から復帰の為の資材援助の話も上がったが、銃王一機に必要な素材を提示したら尻尾を巻いて逃げていった
「てことで…はは、ごめん。なんか暗くなっちゃったね。そんじゃまあまたそのうち会おうぜ!じゃーなー!」
コトリンの最後の配信は、概ね同情的な意見が多かった
いつも元気なコトリンと言うイメージを保てなくなった以上、考えられる中で活動休止は最も妥当な判断だったからだ
「てことでさ、ことりんているずは解散する事にした。ごめんね、私のわがままに付き合わせちゃって」
配信後直ぐに、コトリンは唯一の本物の友達ケラにも電話をした
『いえいえそんなお気になさらずに。ギルドはわたくし名義で存続させますので、またいつでも戻ってきてください』
思いつく限りのやり残しを片付けたコトリンはその日の夜、携帯だけ持ってアパートを後にした
『新規作成アカウントに変更しますか?
注意:元アカウントに存在するコイン、アイテムは全て凍結状態となります。凍結した資源は元アカウントを復帰させた際に解除されますが、5年経過後に全て消失します』
「構わないよ。財産にはもう未練は無いから」
『アカウントを変更しました
ジュピター
職業:六厄大聖
コイン:
所持アイテム無し』
《何気に今日でコトリン失踪10周年な件》
1.コトリンって誰?
2.昔居た超大箱配信者
3.普通に萎え落ちじゃないの?
4.いやガチで行方不明者。
5.炎上→自○?
6.最後の回ではしばらく配信休むとは言ってたけど
7.この完全管理社会で行方不明って逆に凄い
8.個人勢だったからチャンネルそのままになってる。知らん人は視聴をオヌヌメする
9.本当にどこ行っちゃったんだろう…
10.また会いたいよな。




