神とはいつも、知識の限界から生まれる
「ふー…ふー…ふー…」
「…」
コトリンとアンゴルモア、両者は立ち位置や姿勢を変えながら睨みあっている
「不思議か?」
アンゴルモアは問いかける
「…うん」
「あいにく余には機械の兵団も天地を引き裂く全能の力も無い。余は第一次役職、剣士だ」
「どうやって勝ったの…」
「なんて事は無い。技術を磨き強い装備を手に入れ次の挑戦へ。他の全てプレイヤーがしている事と何ら差異は無い」
コトリンは瞬きする
コンマ1秒の暗闇が晴れた頃にはもう、アンゴルモアはコトリンを間合いに収めていた
「!?」
"ガキンッ!"
剣火が散る
「やはり貴様の反応速度は神がかっているな」
「お褒めに預かりましてどうも!」
"カンカン!ガキン!"
剣舞が続く
アンゴルモアから奪った剣は羽の様な軽さで、満身創痍なコトリンでも扱えた
「楽しいなぁ!コトリンよ!貴様はどう思う?」
「早く帰りたい」
「はは、そうか」
不意に、アンゴルモアは動きを止める
コトリンの刃がアンゴルモアの首に滑り込み、そのまま大動脈を切り裂いた
「!?」
突然の出来事に、コトリンは思わず剣を落とす
「ガハッ…くふふ…きざまとの決着は…お預けだ…輪廻の宝珠は持っていくと良い…いずれ取りに行ってやるからな…」
アンゴルモアはそう言い残すと倒れて消えた
『本イベントの勝者が決定いたしました
コトリン 様。おめでとうございます
優勝賞品をお受け取り下さい』
山ほどのコイン、いくつかの限定装備やアイテム、それから輪廻の宝珠
激闘の終わりは、実に呆気無かった
「うそ…私の勝ち…?」
消えて行くアンゴルモアの身体に視線を落とす
決着はお預け
その言葉が反響する
「いや、まだだったね」
コトリンは、同じく消えようとしている奪った剣をアンゴルモアの方に置く
「次戦う時はカメラの前で。おめかしとファンサばっちりで宜しく!」
コトリンが再出現したのは、入場口だったホテルの裏路地
帰った瞬間ポーションをがぶ飲みして傷を治したが、肝心の衣装はぼろぼろだった
ネットが復旧したにもかかわらず広告ニーハイには何も映らない
「…そろそろ転職しようかな」
コトリンは四日ぶりのインターネットにありつこうとスマホを手に取る
最初に表示されたのは、白背景に黒文字の一文だった
『おめでとうございます
あなたは神話級モンスターの討伐、又は第五次役職のプレイヤーの零落に成功しました
下記の住所にて昇華の試練が受けられます』
「……………」
住所は今コトリンが居る場所
厳密には、彼女の目の前にある古ぼけたゴミ箱を示していた
コトリンは全快した体で立ち上がり、ゴミ箱を開けてみる
中身は、本来そこにあるべきの生ごみでは無く、物理法則を無視して地下へと続く石階段だった
「…行っちゃおう」
歩くたびにバチバチと火花を散らす広告ニーハイと割れたサングラス、それからズタボロになってその機能を喪失した厚手の上着は、全て隣のゴミ箱に投げ捨てる
イベントの優勝賞品であるそこそこ性能の良い直剣を装備し、コトリンは階段を下りて行った
やや緑色の鉄の壁には所々錆が浮いている
急こう配な階段も鉄製で、手すりは鉄パイプを折り曲げただけのものだった
人一人がようやく通れる通路は、一定間隔に配置されたやや緑色の蛍光灯のでほの暗く照らされている
コツコツと言う乾いた音だけが響く
暫く降りると踊り場に出た
そこには、見るからに歪んだステンレスのドアが一つ
下へ続く階段の手前には、薄汚れ所々が割れた黄色い"清掃中"の看板が置かれている
『ゲーム:ボスラッシュ
偉大なる精霊達は貴女を認め、神聖なる試練に招待しました
次々と現れるボスを倒し、大神眠りし最下層を目指しましょう』
「おっけー」
コトリンは携帯を入り口の前に置くと、銀色の丸いドアノブを捻る
ドアの向こうは、ショッピングモールの様な場所だった
ドーム状の広間を囲うように様々な店があるが、人も光も無く、商品も時の流れによって散乱し風化している
広場の中心に、最初のボスがいる
ガラスの天井から差し込む月光だけが、それを照らしていた
『埋火
炎を司る六厄天。力と共にその真名は失われている』
コトリンは剣を構え、埋火の方へと歩いて行く
月光で照らされた影に、微かに赤い光が灯る
うずくまっていたそれは立ち上がり、二足歩行の獣としての姿を露にした
"グルゴオオオオオオ…"
赤熱し、しかし火はあがらず
その様子はまさしく埋火
"グガアアアアア…!"
埋火はコトリンに向けて駆け出し、大きな爪を振り下ろす
コトリンはそれを二歩横にずれてかわし、そのまま徒歩で背後をとる
ザクリ
切り心地は、乾いた炭の様だ
埋火の胴体と下半身は分離したが、彼はその事に全く気付かず、上半身だけで這ってコトリンに向かってきた
コトリンは今度、薪割りの要領で剣を振り下ろす
胴体に埋まっていたコアが砕け、埋火は倒れた
先程コトリンが出てきたドアが独りでに開く
コトリンはそのまま埋火の間を後にした
階段の部屋に戻ると、清掃中の看板が無くなっていた
コトリンはそのまま階段を降りる
二つ目の扉を開けると公衆トイレの中に出た
振り返ると、先程まで自分が居た場所は清掃用具入れと言う事になっている
公衆トイレを出ると、そこは無人の夜の公園だった
周囲は森に囲われ遊具はどれも錆で覆われている
公園の中心には水の枯れた噴水があり、そこに女性が一人座っていた
身体も着ているドレスも水そのもので出来ている
だが彼女を構成する水は濁り切っており、木っ端や泥や木の枝も混じっていた
『汚水
水を司る六厄天。力と共にその真名は失われている』
汚水は戦闘に備え自身の身体を凍結させたが、不純物があまりに多く凝固した端から崩れてしまった
泥がこべり付いた小石がコトリンの方に転がって来る
コトリンがそれを剣で割ると、散らばっていた汚水の破片は消えて行った
「…何よこれ…」
コトリンは用具入れに戻ると、今度はちゃんと階段の間と繋がっていた
その後もコトリンは同じことを繰り返した
無人の街のビルの屋上で翼の折れた巨鳥を倒し、
山奥の潰れた工場で錆びだらけのゴーレムを倒し、
廃墟化したライブホールに至ってはコアが置いてあるだけだったのでそれを壊し、
コトリンはあっという間に第六層に到着した
やって来たのは廃墟化した新興宗教施設の大ホール
およそ教祖が座るであろう豪勢な椅子には、みすぼらしい恰好だが妙に貫禄のある浮浪者風の男が座っていた
「…こんばんは」
会話が成立するかもと、コトリンは声を掛ける
「こんばんは。良い夜ですね」
男はそれに返答した
「あなたは…貴方達は何者なの?」
「神だよ」
「神?」
「そうさ」
男は無からビール瓶を生成しラッパ飲みする
「厳密には、人の集合意識から生まれ信仰を糧にして生きている概念体と言った所ですかね」
「そんなのがどうしてこの場所に?」
「…………」
屋根が崩れ、月明かりが差し込む
「昔々のそのまた昔
パラゴンがまだ存在しない時代の話
人類の科学技術はシンギュラリティを迎えた
精神を保存したまま新たな肉体で再誕する、輪廻の研究が完成したんだ
だがそれは、終わりなき争いの時代の始まりでもあった
人一人が輪廻を行うには莫大な量の精神スペクトラム、つまり人の魂が持つ限りなく純朴なエネルギーが必要だったんだ
それも十分な年月を得て成熟した物がね
人々は二周目の人生を手に入れる為、精神スペクトラムを保存した専用カードリッジ、今でいう輪廻の宝珠を奪い合った
不毛な時代だった…
戦争で失われたのは輪廻の素材に使えない若い命ばかり、それでも不老不死を諦められない人類は戦い続け、みるみる数を減らしていった
事態を重く見た管理組織は概念的情報体、輪廻の際に余った情報体としての魂を結集させ新たな存在を生み出した
それはハードウェアを必要としないソフトウェア、形を持たず概念として存在するコンピューター、最初の神パラゴンだった
パラゴンと言う新たな概念は誕生と同時に一瞬で全宇宙に拡散され、素粒子一つ単位でこの世界を支配下に置いた
パラゴンには、二つの命令と一つの制約が課せられていた
命令1、輪廻の技術を完全な物にすべく魂の研究を継続せよ
命令2、その間、生成された輪廻の宝珠は適切な者に配当せよ
制約、人類の自発性を失わせてはいけない
パラゴンはコンマ1秒の演算の末、この世界を巨大なゲームに作り替えた
輪廻の副産物、外的要因死者蘇生技術や生命創造技術を用いてこの世界を闘争絶えない活発な状態に保ち、
限りは無いが時間的制約はある物的資源は資本主義をモデルにしたコインと言う概念で管理、
極限状態下に置かれ続けた事によって、古代や中世と呼ばれる大昔に失われた人類固有の能力たる魔法が発現したので、それはスキルと言う形で管理、制御し今でも研究が続けられている」
「…で、どうして神がここに?」
「君を神にする為だよ」
男は立ち上がる
「我々は、パラゴンが演算の際に発生させた情報の残滓の集まり。昔は信仰と言う形で存在を維持できてたのですが、最近ではその手は通用しない」
男がビール瓶を勝ち割ると、破片が再集結し大槌となる
「神も魔法も本質的には同じ物です。なので、完全に消える前に誰かのスキルになる事ができれば、我々は存在し続ける事ができるのです」
「私に寄生したいって事?」
「貴女に害は及ぼしません。パラゴンに誓いましょう」
「ふぅん…分かった」
コトリンは剣を構える
「おいで。おんぼろの神様」
「お手柔らかにお願いします」
『無神論
光を司る六厄天。力と共にその真名は失われている』




