往く者は追わず、来る者は拒まず
早朝
コトリンは地味姿に着替え、万一に備えて衣装の詰まったナップザックを肩から下げ、アンジャンクホールディングスの本社ビルに向かった
配信者としてではなく、一人の人間として向き合いたかったからだ
機械獣は使わなかったので到着には四半時間を要したが、彼女は別に時間は惜しくなかった
一般人と間違われ受付で止められたが、たまたま通りかかったジャヴァが直々に部屋に通してくれた
「それで、答えは出してくれたかな」
社長室
ジャヴァは静かにコトリンと向き合う
「…父さん。私は、あんたを許すよ」
「そうか」
ジャヴァは特に喜んだりもしなかった
この会話に、続きがある事を知っていたからだ
「でも、今更家族に戻るつもりは無い。この家で暮らすつもりも、スパチャ以上のあんたの助けを借りるつもりも無い。あんたがそうした様に、私も過去を乗り越えて自分の人生を生きる」
「………」
答えを全て明示したコトリンは、席を立ちジャヴァに背を向ける
「さようなら。パパ」
不意に、コトリンは背後から抱きすくめられた
「行っておいで。我が子よ」
「…行ってきます」
グランドホテル、ドランバーグ
この日そこはイベント会場になっていた
正面玄関には改札機の様な物が並べられており、プレイヤーはそこで、様々な方法で入手した10体の竜の子を提出する
コトリンは手持ちの海竜全てをはたき、ドランバーグのメインエントランスへと入って行った
ホールには既に沢山のプレイヤーが集まっている
全員、頑強な鎧や高性能装備で身を固めた上位勢だ
チームを組んでいる者も居る
(うるさいなぁ…)
喧騒が苦手なコトリンは、イヤホンとお気に入りのプレイリストで耳を塞ぐ
コトリンは、参加条件がかなり厳しめなのでそこまで人は居ないだろうと見積もっていたのだが、やはり輪廻の宝珠が報酬にあるのは大きかった
正午を告げる鐘の音と共に、イベントへの参加受付が終了する
外へと繋がるドア全てが閉め切られ、インターネットも途絶する
(流石運営主催のイベント。一般企業主催のと比べて、迫力も緊張感も桁違い)
プレイヤーの前に据え付けられた巨大モニターに電源が入る
モニターには白背景に黒いヘルヴェチカの文字が表示され、中性的な声の合成ソフトがそれを読み上げる
『1087名のプレイヤーの皆様。この度は、当イベントにご参会頂き誠にありがとうございます。これより、本イベントのルール発表を行います』
プレイヤーは、固唾を呑んでモニターを見つめる
この会場には100人弱しか居ない
つまりこのイベントには他の会場もあると言う事
静かになったのでコトリンもイヤホンを外す
緊張の瞬間だ
『ジャンル:個人戦PVP』
表示が為された瞬間、部屋に殺気が満ちた
同じギルドだろうがチームだろうが関係ない
PVPと決まった今これより、視界に入るプレイヤー全員が敵なのだ
『死亡時ペナルティ免除範囲:上位3名』
イベント終了時に上位3人に居れば、仮に死んでいたとしてもコインやリソースの損害は無いと言う意味
つまり、残る1083人に救いは無い
『棄権:不可』
冷や汗を垂らしながら青ざめる者
歯をがちがち鳴らす者
パラゴン主催のイベントには、いつでも極度の緊張が付き物だ
この世界に銀行は無い
ゲームに失敗すれば全財産を失う
どれほどのプレッシャーだ事か
『ルール:プレイヤーを倒し、得点を獲得しましょう。3時間置きに全プレイヤーの得点状況が公開され、上位3名の現在地が一定時間表示されます。通常プレイヤーに勝利した場合10ポイント。得点上位3位以内に勝利した場合30ポイント獲得できます。倒したプレイヤーがポイントを持っていた場合、それと同数のポイントも追加で付与されます。一名のプレイヤーに対して複数のプレイヤーが交戦した場合、与えたダメージ割合に応じて獲得ポイントが分割されます
制限時間:168時間。ただし、終了時に同点によって4名以上の上位者が出た場合はサドンデスに入り、上位者が三名となるまで無制限に時間が延長されます
勝利条件:制限時間終了時に上位三名だったプレイヤーか、生存プレイヤーが3人以内になった場合の得点上位三名が勝利となり、決勝ラウンドへ進出できます』
「要するにバトルロワイヤルか。良いねぇ気に入った」
誰かがそんな事を言う
『ギミック:ドラゴンアイランドには沢山の狂暴なドラゴンが潜んでいます。討伐に成功すると様々な特殊バフを獲得できます。ドラゴンを倒して力を手に入れ、戦いを有利に進めましょう』
「待って…制限時間が過ぎても3位に入れなかったらどうなるの?」
「この世界でのゲームオーバーが何を意味するか、お前だって知ってるだろ」
『皆様の御健闘を、心よりお祈り申し上げます。それでは、ゲームスタート』
ホテルの天井が、外部からの強い力で引きはがされる
開いた穴から、土色の鱗で覆われた巨大な竜がプレイヤーを睥睨する
次いで、龍を視界に入れた全てのプレイヤーに対しアナウンスが流れる
『グラウンドドラゴン
討伐ボーナス:防御力+240%、』
「いきなりかよ!」
「ぎゃはははは!軟弱者どもめ!こいつは俺の獲物だ!横取りすんじゃねえぞ!」
「んだと!?だったらテメエごとぶっ殺してやる!」
ゲーム開始早々、会場では直ぐに乱闘が始まった
コトリンはと言うと
「うー怖い怖い。巻き込まれて死んじゃったらたまったもんじゃ無いよ」
いち早く会場から脱出し、ドラゴンアイランドに繰り出していた
地面は黒い岩肌で、ごつごつした岩があちこちから突き出ている
所々に石造りの遺跡の残骸があったが、そこら中に流れる溶岩の川が、ここが人の住める場所で無い事を示していた
(熱い…不動鏖滅大帝の冷却機構が使えれば便利なんだけど…)
バトルロワイヤルにおいての最たる悪手は、目立つ事だ
山よりも大きな機械を召喚してしまえば、たちまち全参加者からの注目を集めてしまうだろう
"チチチ…"
不意に、コトリンの目の前を金色に輝く小さな竜が横切る
『ゴールドリザード
討伐ボーナス:100ポイント獲得』
「わお」
明らかなボーナスエネミー
コトリンは早速、リザードを追いかけ始めた
「かわいいトカゲさん。私を素敵なとこに連れてってよ」
"ヂヂ!?"
コトリンに気付くと、リザードは一目散に逃げ始める
彼女は持ち前の機動力を活かしそれを追跡する
ただ、コトリンの目的はリザードを倒す事では無かった
リザードが開けた場所に出る
「ん?」
「おい聞いたか!?100ポイントだってよ!」
二人組のプレイヤーがそれを見つけ、武器を構えて追い始める
2人がリザードに気を取られている隙に磁界門から銃王が顔を出し、そのまま二人をミンチにした
『20ポイント獲得。現在順位、674位です』
"チチ?"
コトリンに助けられ、リザードは彼女に敵意が無い事を理解する
「お?」
リザードが寄って来る
「竜って言うか、ただの金色のトカゲだね。君」
"ヂッ!?"
コトリンは懐から干し肉の塊を取り出し、少しちぎってリザードに差し出す
「でも私と君が組めば最強だと思うんだ」
"………"
リザードは恐る恐る近付いてくる
「友達になろっか」
リザードは、干し肉の欠片を食べた
"チィ!"
"ダンッ!"
弾丸がリザードに直撃する
彼は一撃で粉砕されてしまった
「よっしゃ100ポイントゲット!わりーな嬢ちゃん、お前の手柄は俺様がもらい受けるぜー」
岩山の上に、大振りな拳銃を持った男がいる
バサバサの黒髪
赤い目
顔や体には炎を模した黒いタトゥー
古傷だらけの筋肉質な体。古傷が残るという事は、それだけ長い間ゲームオーバーしていないと言う事
だぼっとした白いズボンを鎖で結び、上半身はロザリオ以外何も身に着けていない
「あ?何だよその目。横取りがそんなに悔しいのかぁ?」
男は岩山から飛び降り、コトリンの前に立ち塞がる
「だったら…奪い返してみやがれ!」
「………」
コトリンは両手を挙げる
「あ?」
「ねえ君。私と組まない?」
「はぁ!?いきなり何言ってんだお前!こりゃバトルロワイヤルだぞ!?」
「このゲームの攻略法を見つけたの」
「………」
男は周囲を見回し、他のプレイヤーがドラゴンが居ないのを確認すると武器を降ろす
「詳しく聞かせろ」
かくして二人は、近くにあった洞穴に一旦身を隠した
「このゲームの最大の特徴は、倒したプレイヤーの得点を総取りできること。これはつまり、終盤になるにつれて生き残りのプレイヤー一人あたりの持ち点はどんどん高くなっていくと言う事
逆を言えば、序盤からプレイヤーと戦い続けるのはあまり得策じゃ無いの。24時間おきに高得点プレイヤーの場所は開示されちゃうわけだし」
「はーん。てことは、7日目くらいまでは隠れてやり過ごすって事か?」
「いいえ、それだとゲームには勝てない」
「じゃあどうすんだよ?」
「もう一つ、このゲームには倒すべき目標がある。プレイヤーと違って1日目でも7日目でも価値が変わらない、もう一種類の敵が」
洞窟が揺れる
奥から、緑色のドラゴンが姿を現す
『プレーンドラゴン
討伐ボーナス:攻撃力+25%』
「そうか…はは、そう言う事か!」
男は炎に燃える両手剣を召喚する
「決戦の七日目まで、ひたすらドラゴンをぶっ殺す!そうだろ!?」
「当たり」
ドラゴンが嚙みつきを繰り出そう迫って来る
だが、燃える剣がドラゴンの頭を上に弾き、がら空きになった胴体に男の渾身の蹴りが入る
"グガアアアア!"
怯むドラゴン
「今だぜ!出力最大!」
男は技の溜めに入る
だが、彼の予想よりも早くドラゴンが復帰した
「やべ!」
ドラゴンの目に小石がぶつかり、一瞬だけ動きが止まる
コトリンだ
「サンキュー!行くぜ!フレアブレエエエエエエエド!!!」
燃え盛る斬撃が繰り出され、ドラゴンは両断された
"ギャアアアアアアアアア!"
『ボーナス獲得:攻撃力+25%』
先程の一撃でコトリンも戦闘に参加した事になり、二人ともボーナスを受け取った
「へへ、ざっとこんなもんよ!」
男は喜んでいるが、コトリンは顎に手を当て考え事をしている
(参加するだけでボーナスが貰えるのか…この仕様は少し予想外だった。漁夫や横取りのリスクも考えて、ドラゴン狩りも隠密にする必要があるね)
「そうだ、名前まだ聞いてなかったな!俺はデイガント!|誉れ高きドルグワインドの戦士だ!」
「私の名前はコトリン。よろしく」
「おう!よろしくな!コトリン!」
デイガンドは、コトリンの事を知らなかった




