神が存在するかどうかは知らないが、存在しない方が彼の名誉の為にはよろしかろう
「何を飲んだんだ?随分と辛そうじゃないか」
ソルトは問い掛ける
「なあに、ちょっとした…ケプッ…景気付けさ」
コトリンは、今にも眼球と頭が破裂しそうな激痛を味わってた
鼓動は加速し、血流は急流が如く。外界からの情報量が脳のキャパを超え、消化管全てが悲鳴をあげている
然し、当の彼女はかつて無い程に高揚していた
「これはね、うちとファンのみんなで一緒に作ったハイパーなエナドリなんだ。これはうち一人じゃ絶対に完成しなかった。これはうちがファンと共にある証なんだ」
大帝の放つ冷気が少し収まる
駆動はまだできないが、兵装は全て復旧した
「さあ…」
コトリンの顔のすぐ横に、アウレリウスの紅い刃が迫る
「「始めようか!」」
コトリンとアウレリウスがハモった
コトリンはしゃがんでアウレリウスの初撃を回避
そのまま素早く彼の横を通り過ぎ、剣の間合いを脱した
「そこの二人も、見てないで早く来なよ!」
コトリンはリラとソルトを煽る
「うちを倒せば終わりなんだよ?忘れたの?」
不意にコトリンは青い光に巻かれ、その動きが止まる
ソルトの放った拘束魔法だ
「お?」
その隙に、両手拳銃に持ち替えたアウレリウスがコトリンに向けて連射する
コトリンの真後ろに磁界門が開き、そこから顔を出した銃王の掃射によってそれは打ち消される
「もう限界だアウレリウス!そこから離れろ!」
ソルトが叫ぶ
ソルトが魔法を解いてそこから移動を始めるのと、大帝のマシンガンでソルトが立っていた地面が蜂の巣になったのはほぼ同時だった
「チィ!」
弾丸の雨が二人を追う
束縛から解放されたコトリンは、その様子をただ眺めていた
「【起動:世喰らいの毒牙】!」
巨大蛇型レイドモンスター“ヨルムンガンド”、の幻影がコトリンに向かってくる
なのでコトリンは、その蛇の幻影の口に爆御を突っ込んだ
“ガッ!”
蛇の進撃が止まる
噛み締められた爆御はそのまま爆発し、蛇の幻影は掻き消えた
「実体があるって事は、ホログラムでは無いんだね」
「“メモリーキャスター”。お前の機械獣と同じくらいマイナーかも知れないわね」
リラは、オーペントピアに存在する名だたる魔物の必殺技を再現して戦う
能力の行使に必要なのは魔力のみ、何かリソースを消費すると言う事は無い
ただ、技を集めるには実際に戦わなければならず、その過程でゲームに失敗すれば今まで集めた技も無くなる
生存期間がそのまま能力となる点は、他の第四時役職と変わらない
「凄く素敵な能力だねぇ。…裏切り者の癖に」
アウレリウスが、コトリンの背後から迫って来る
彼女の背後に磁界門が現れ、銃王の掃射がアウレリウスを襲う
「ッチ、死角無しかよ!」
銃王の射線から外れる為、アウレリウスはあえなく攻勢を断念する
コトリンはリラと向き合い、背後の二人には完全顕現した銃王が睨みを効かせる
コトリンの周囲全体は大帝の射程範囲内で、彼女の周囲には三体の爆御が回遊する
「ねえ」
コトリンは口を開く
「君達三人とも第四次役職でしょ?もし今降参してくれたら命だけは助けてあげる」
お互いの能力を守る為に、適切な位置に戦いの落とし所を置く
これは四次役職同士が戦う事になった時のマナーである
コトリンの提案に、ソルトは嘲笑を一つ返す
「何を今更。今我々が倒れたら、ノーブルスは終わりだ、この街の平和もだ。だが、それがお前の望みなんだろう?平和の為に命は使えないと、お前はそう言っているのだろう?だったらそれで良いんじゃ無いか!?」
ーーーーーー
平和の為に命?
何の話?
もしかして自白?
ーーーーーー
ネットが荒れるのも構わず、ソルトは続けた
「ああそうだよ!トッププレイヤーを、間引きと称して暗殺したのは我々ノーブルスだ!コトリン、お前はそれに文句があったから勝負を挑んできたのだろう!?」
ーーーーーー
自白した
やっぱりか
あーあ
これでもう勝ったとしてもノーブルスは終わりやな
ーーーーーー
リラは額に手を当てやれやれと首を振り、アウレリウスは溜息を一つ
嘘だ
間引きは、副ギルドマスターを中心とした一部過激派が暴走した結果起こったもので、ソルトは直接関わっては居ない
だがこれが、組織の分断を止めることができなかったソルトなりの贖罪だった
カメラとは、実に不可思議な存在だ
それを向けると人は欺瞞の皮を被るか、真実を曝け出す
コトリンはまだ、そこに何の法則があるかはよく分かっていなかった
「【起動:ダイダル】!」
リラの声
彼等には、諦める理由など無かった
「お?」
コトリンを中心に渦潮が発生し、彼女を閉じ込める
爆御は締め出されてしまった
「機械獣との視覚共有。それが君の機動力とかけ合わさる事で、その回避能力が実現されている。そうよね?」
渦の中にリラが入ってくる
「おめでとー!図星でーす!」
「ふふ、素直なのね」
「取り柄なもんで」
渦の中は広過ぎず狭過ぎず
それが丁度リラの間合いを示している事は、想像に容易かった
コトリンは渦の壁の外に目を凝らしてみるが、見えるのは外では無く、どこかの深海の風景だけだった
上の方の渦の壁から、細長いドラゴンの幻影が顔を出す
ドラゴンはコトリンを一瞥した後、向かいの壁へと突っ込んでいき消えていった
「あれ?これっていつかのサマーイベントのじゃん!回避困難って話題になってた奴!懐かしー!」
「ふふ、思い出すわね。あの時は今ほど技も揃ってなくてね。倒すのに凄く苦労したわ」
海竜は、壁から顔を出しては反対側に突っ込んで行くを繰り返しながら、その高度をどんどんと下げて行く
「これって確か、上の方でやったルートでそのまま攻撃してくるから、覚えてれば対処できるんだよね?」
「流石ね、その通りよ。だから…」
“タンッ!”
コトリンが首を傾げた事で、銃弾は彼女の耳先を掠めるに留まった
「あなたには特別に、ハードモードを用意してあげたわ」
リラが渦から出る
代わりに、渦の上からアウレリウスが降りかかってきた
背には赤い翼
一対の角
剣を持つ右半身は赤く刺々しい外骨格で覆われており、右目は金色に輝いている
彼は生物を殺める事で魂を刈り取り、戦闘能力に変換して戦う第四次総合戦闘職“デモンソルジャー”である
「何故神は、お前を選んだ」
「はい?」
「戦線を食い止めると言う大義名分を背負った俺で無く、何故お前に力を与えた?」
「………」
コトリンの背後から海竜が迫り来る
「君は少し勘違いしてるよ、お兄さん」
真上からの大帝の援護射撃によって、海竜の幻影は散らされた
「これは神様じゃ無くて、うち自身で手に入れた力。うちとファンのみんなの、それから沢山の時間とコインで作り上げた力なのだよ!」
「…お前には理解できないか」
アウレリウスは剣と銃を構える
彼の背後から、彼を援護でもするかのように海竜の幻影が顔を出す
「お前のその、どこまでも人を惹きつける力。それは間違い無く、神からの贈り物さ」
「そうかな?」
この人気者と言う属性すら、コトリンが世を凌ぐ為に作り上げた虚飾である事を、アウレリウスは知る由も無かった
もしコトリンに本当に力があるとすれば、それはきっと、自分を着飾り良く見せる才能であるだろう




