令嬢たちは結婚がしたい。 ~婚約者探しの舞踏会
貴族たちの華やかな舞踏会の裏では、意中の人を射止めんとする、女の子たちの激しい戦いが繰り広げられている。ドレスを着て、おめかしをした彼女たちはただ何も考えずに踊っているわけではない、将来を共にする旦那様を探しているのだ。
人気は嫡男であり地位が高く、経済力があり端正な顔立ちで品格のある人物。世間知らずな御令嬢たちは母からお勧めの男性をこっそり聞き、微笑みを送る。
もちろん、男の子達にも踊る相手を選ぶ権利はある。顔立ち、家柄、品位や教養、そして若さ。小綺麗なタキシードに身を包む彼らもまた、自身の妻となるに相応しい女の子を品定めしていた。
ささやかな愛を語らいながら踊る若い男女。両親に認められず悲しい恋を慰め合う二人。とりあえず異性と踊りたい浮かれた貴族。舞踏会には様々な物語が溢れている。
そして物語の端っこには、恋に身を焦がす頭の沸いた男女を冷めた視線で見つめる三人の女がいた。誰からも踊りに誘われず、また誰からも話しかけられず、仏頂面のまま立ち尽くすことになった”壁の花”たち。
寄生植物のごとく壁に張り付く三人の女たちは、社交界六年目のベテランであり結婚適齢期も過ぎようとしている。誰か良い人いないかな、と舞踏会に顔を出しつつも、各々の事情により男性たちから避けられていた。
「呪ってやりたいわ、あいつら」
雪のように白い肌が映える真っ黒なドレスに身を包み、人形のように整った顔立ちを紫の口紅と濃いアイシャドウで染め、片目に凝った作りの眼帯をつけているのはアリー・レア・レンスブルク。二十二歳、独身。
四年前、将来を誓い合った婚約者が他の女とあっさり駆け落ち。一方的に婚約破棄を告げられ、結婚の好機を逃す。
アリーが誰からも声をかけられない理由は、彼女が怪しい錬金術や降霊術に傾倒している、という話が囁かれているからだ。
その噂は、婚約者に逃げられたアリーの心が病み、毎晩のように「絶対呪ってやる!」と夜空に向かって叫んでいたことから始まっているが、真偽のほどは定かでない。恋占いが趣味。
「一発殴ってこようか?」
赤いドレスを纏い、鋭い目つきで浮かれた若い男女を睨みつけるシルヴィア・グレイヴスはアリーの幼馴染み。綺麗な金髪、抜群のプロポーション、器量良しの好条件と、歴史あるアルストル伯爵の御令嬢という魅力的な家柄。
本来であればどんな男性も放っておくはずがない女性なのだが、見てくれに騙されてはいけない。シルヴィアは家庭内暴力が原因で、すでに二度の離婚を経験している。
一度目は十七歳、大地主の名門貴族に嫁ぐ。しかし、新婚初夜で相手の男性に十人の愛人がいることが発覚。その場で男を血祭りにあげ、次の日実家に返却された。陰で囁かれるシルヴィアの評判には、離婚され腑の煮えくり返っていたシルヴィアが、復讐のために出向きその土地で働く農民たちを煽動。革命の乙女の如く暴動を起こそうと画策したところで父親に連れ戻された、という噂もあるが、歴史の闇に揉み消された事実である。
二度目は経歴詐称の屑。金持ちだと思ってたら名門貴族を騙る持参金目当ての貧乏人だった。「愛さえあれば身分なんて関係ないよ」と諭すように語ったその男は、シルヴィアの手によって死にかける。
シルヴィアとの結婚生活を送れる者は、彼女の癇癪に耐えられるハードな変態だけ。
「お腹減った」
シルヴィアの隣で、明るい緑のドレスを着るリザ・マーガレット・クレイトンはただのデブ。「痩せたら可愛いから」と豪語する割に、一向に痩せる気配のないデブ。縁談が進まない。
三人は、両親に諦められても”幸せな結婚生活”を夢見る女の子。十五歳から二十歳という若い花々が彩る社交界にしがみつき、壁に背中を預けながら未来の旦那様を探しているのだ。
しかし、いくら待っても王子様は現れない。
「それにしても、あれね。全然ダンスの相手に誘われないわね。どうしてかしら?」
首を傾げて黒髪を揺らすアリーに、シルヴィアが片目を指差した。
「その眼帯がいけないんじゃない? 仮装じゃないんだし取りなよ。結構浮いてるし、あたしたちまで変な目で見られる」
「ダメよ、この眼帯を外してしまったら呪いが――あ、ちょっとやめてシルヴィア。引っ張らないで、つけるの大変なんだから、やめてって!」
いつものように暇すぎてじゃれ合う二人を、リザが微笑ましく見守る。
「あはは、みんな恥ずかしがってるだけだって。私たちが”高嶺の花”ってやつだから。こういう時はね、少〜しだけ隙を見せてあげると良いんだよ」
「隙って、どんな?」
「二人とも、私が教えてあげる。淑女の嗜みってやつをね」
そう言い残し、リザは果敢にも自分より若い男性貴族たちが集まるテーブルに突っ込んでいく。
その脳内イメージでは、蜂の群れに迷い込んでしまった一輪の花だ。蜂は花の香りに本能で集まってしまう。そこで、優しい蜂が戸惑う花に教えてくれるのだ。ここは貴女のような美しい花がいたら危険だ、どうぞこちらへ、私が守ります、と。
「……」
しかし現実では、サラブレッドの群れに紛れ込んでしまった豚。ニコニコと笑いながら近づいてくるデブに少しだけ気まずい空気が流れ、男たちは見事に散って行った。
リザは黙ったまま踵を返し、アリーとシルヴィアの待つ定位置へと戻る。
「ね! わかった?」
「す、すごいなリザ! 蜘蛛の子を蹴散らす勢いだったよ……ねえ、アリー、すごかったよね!?」
「うん。でも、いま眼帯直してて良く見えなかったわ」
「もう一回行ってこようか?」
「ううん、平気。大体何が起こったかわかってるから平気」
みんな恥ずかしがっちゃって、初心なんだから、と前向きなリザに感心しつつ、アリーたちは男性からお声がかかるのをひたすら待つ。
するとそこに、いつもの見知った男が近づいてきた。男の存在に気がついたアリーは、シルヴィアを肘でつつき小声で囁く。
「ほら、来たわシルヴィア。あの人、パスカル卿」
「……ちっ」
禿げ上がった頭が近づくにつれ、シルヴィアの機嫌はみるみる悪くなっていく。淑女らしからぬ舌打ちをして、露骨に嫌な顔を作った。
マルセル・パスカル卿は、四十を半ば過ぎた独身の貴族である。落ち窪んだ目とすきっ歯が特徴的な禿げで、毎度舞踏会に参加してはシルヴィアを狙う。
以前、シルヴィアをしつこく誘った際に頬を激しくビンタされてから、そっちの世界に目覚めてしまったのだ。
「ちょっと、行ってくる」
「うん、頑張って」
シルヴィアは、パスカル卿と目を合わせることなく人気のないテラスへと向かった。暗がりに消えていく猫を追うように、パスカル卿もシルヴィアの後を付いていく。
「いつも何してるのかな?」
「さあ、わからないわ。私にはそっちの趣味がないもの」
――アリーとリザがしばらくテラスの方を見守っていると、何事もなかったように涼しげな顔をしたシルヴィアが戻ってきた。
「お疲れ様、シルヴィア」
「どうだったの?」
二人に労われるシルヴィアは、血のついた拳をハンカチーフで丁寧に拭く。
「うん、なんか……喜んでた」
どんなにモテない男性でも、退屈させないことは淑女の嗜み。このように”一部の男性”から人気のあるシルヴィアだが、変態とは絶対に結婚したくない、と思っている。
しかし、そんなシルヴィアの願いとは裏腹に、変態からの人気は年々高まり、まともな男性からのお誘いは無くなっていった。
それから何事もなく、三人は空気のようにダンスホールの片隅を漂う。招待者側のルズコート伯爵夫人には”未婚、パートナー無し”と入念に伝えているのだが、最近ではすっかりやる気を無くしているため良い男を紹介してくれなかった。
三人とも別にロマンチックな愛を求めているわけではないが、格式の高い家柄、豊富な財産、深い教養、美麗な顔立ち、つまり愛以外の全てを求めているのでいくら紹介してもキリがないのだ。相手先から断られる。
「はあ……、今日は占いで”素敵な出会いをする”とあったのに。どうしたものかしら」
「アリーの”恋占い”って、当たることないじゃん」
「……」
シルヴィアに一刀両断されアリーが不貞腐れていると、ホールの中央から若い女の子たちの小さな歓声が上がった。
「ほら二人とも、見て! すごい人来たよ!」
呼応するようにテンションをあげたリザが、若く背の高い男性を指し示す。
取り囲む女の子たちの間を困った微笑で歩くのはジェラール・サイニ。金髪碧眼、眉目秀麗な顔立ちで、心の琴線に触れるような甘い声。最近バーウィック公爵の跡取りに指名された若手貴族きっての有望株だ。
その深い知性を湛えた眼差しを向けられた婦女子は、腰が砕け立っていることすらままならないという。
「は〜、いい男だねえ」
「ふ〜ん……」
「あれ、アリーはそんなに興味ないの?」
しかし、女の子たちが頬を染めて気分を高揚させるなか、アリーは腕を組んで唇を尖らせるだけ。
「なんて言えばいいのかしら。私、ああいう全てが自分中心に回っていると思っている感じの人が苦手なの」
自分は好きじゃないから勝手にして、と肩を竦ませながらクールに呆れ顔を作った。
「それに女の子を誑かして、やれやれ、僕はあまり興味ありませんよっていう態度もあまり気にくわないわ」
他の女の子とは違う態度を見せるアリーに、ジェラールが気がつく。
「大体、公爵の跡取りってだけで顔はそこら辺の男と大差ないじゃない。みんなはしゃぎ過ぎなのよ」
ゆっくりと近づいてくるジェラールにシルヴィアとリザは凍りついた。一体壁際に何の用があるのか、と。
「私くらい真理に近づいていれば、曇りなき眼で本性を見極めることができるわ。彼が女を弄びたいだけの軽い男だってね。踊ってくれ、と言われてもこっちからお断りよ」
そして、アリーの前に立ったジェラールが、優しい微笑を携えながら優雅に手を差し伸べる。
「アリーさん、僕と踊っていただけませんか?」
「喜んで」
間髪入れずにその手を取ったアリーの顔は、一瞬で恋に狂った乙女のように蒸気していた。
あるはずの無い光が周囲に見え、その腐った眼はジェラールを何倍も格好良く見せている。直前まで話していたことなど覚えていないし、すでに運命すら感じていた。
「あいつ、言ってることとやってることが全然違うぞ……」
「いいなあ、アリー。私もジェラール様と踊りたい」
アリーとジェラールの背中を見送りながら、シルヴィアがアリーの変わり身の早さに呆れ、リザは両手を胸に当てて羨望の眼差しを送る。
もちろん、貴公子ジェラールが一人仮装大会をしている異質なアリーを誘ったことは、周囲の人たちを驚愕させていた。あまりのショックで涙ぐむ女の子まで出る始末。
しかし、一番戸惑っていたのは当のアリーだ。
(なにこれ、素敵な出会い来ちゃった系!? 運命の人来ちゃった系!? ジェラール様超カッコいいんですけど!)
ダンスホールの中央、アリーの少し震えた手はジェラールにしっかりと握られ、逞しい腕に抱かれながらステップを踏む。
目の前の素敵な笑顔と音楽に彩られた空間で、アリーは至福の時を噛み締めた。
(私、この人と結婚する! この人の子供産む!)
周囲の嫉妬を物ともせず、アリーは人生に勝った表情を作りながら踊り、素敵な家族計画と老後まで妄想した――
満点の星空が彩るテラス。
アリーとジェラールは、二人きりで甘い時間を堪能していた。アリーにとって婚約者に逃げられた日からあんなに憎かった夜空は、今や輝く星々からの祝福を受けているように愛しく感じられている。
「あの……今日はどうして私と?」
奥ゆかしく、頬を赤らめながら、アリーはジェラールの青い瞳を見つめた。
「以前から、君と話をしてみたいと思っていたんだよ。でもなかなか踏ん切りがつかなくて」
その甘い声に、アリーは鼻息を荒くする。まさか以前から好意を持たれていたとは思ってもみなかった。案外奥手で可愛い人なんだな、と惚れ直す。
「だから、今日こそはと思ってね」
「ふふ、貴方との時間を過ごせて私も光栄です」
きっと、自分は今日この瞬間のために生きて来たのだ、と運命を感じながら、ジェラールの真剣な表情を見つめるアリー。妄想で老後まで過ごしたその気持ちはすでに、恋ではなく愛に昇華していた。
「……ジェラール様」
「君に、僕の想いを告白させてほしい――」
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翌日。
アルストル伯爵の町屋敷で、アリー、シルヴィア、リザの三人はいつものようにお茶会を楽しむ。すまし顔で紅茶を啜るアリーに、ティーフーズのサンドイッチに夢中のリザ。毎日一緒にいるので最近はあまり話題も無くなっていたが、今日は違う。昨夜は乙女の会話に華を咲かせる出来事があったのだ。
シルヴィアがニヤニヤと顔を綻ばせながら、アリーの顔を覗き込む。
「どうだった? ジェラール君」
「ゲイだった」
アリーの悟りきった笑顔に、シルヴィアは絶句した。
「なんかね、好きな人がいるから私に占って欲しかったんだって。この想いを伝えて良いのかどうかわからないって」
「……へ、へえ。それで?」
「相手は親友のチャーリーだって。婚約者もいるらしいし、それはマズいだろうから止めた。占うまでもないって言ったら、あの人、泣いてたわ」
「そう……」
「だから、今この時代は難しいかもしれないけど、いつかきっとジェラール君が幸せになれる時代がくるから、頑張ろうねって励ました」
目の輝きを失い、どこを見つめているのかわからないアリーが紅茶に口をつけたところで、シルヴィアはこの件について深く踏み込むことをやめた。アリーが夜空に憎しみを抱いたあの日と、同じ目をしていたからだ。
「リ、リザ! うちのサンドイッチ美味しい?」
「ん〜、ちょっとバターが足りないかな」
「わかった、今度伝えとく」
――こうして三人は今夜も素敵な出会いを求め、舞踏会や晩餐会に参加するのだった。アリーの心は病み、シルヴィアが変態どもを殴り、リザの脂肪も減ることなく、彼女たちの婚活はつづく。
いつか、理想的な男性と結婚できる日を夢見て。
面白かったらいいジャンを押してね!