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ラプラスの死神  作者: 山吹いなり
3/10

第3話「その影に潜む骸の残骸」

 斎藤が能力省に来てから3日目。すっかり物の配置を覚えた斎藤は、資料の整理や来客用のお茶の準備、事務員に珈琲を入れるなど、せっせと雑用をしていた。やることがない時は邪魔にならない場所でじっとし、古田などに呼ばれた時はすぐに飛んでいっていた。

 お昼休憩が終わり、全員が午後の作業に取り掛かる頃。後藤が荷物をまとめていると、横のデスクで作業をしていた古田が手を止める。

「あれ、今日何処か行くの?」

「あぁ。前から調査されていた事件について、応援要請が入ったからそれに行く」

「もしかしてあれ?ノア関連のやつ?」

「そうだ。……まぁ、いずれ呼び出されるとは思っていたが。……時間だ。行ってくる」

「ほいほい、行ってらっしゃーい」

 古田がゆらゆらと手を振る。後藤はリュックを背負うと、靴音を鳴らしながら事務所の扉から出ていく。

 離れた場所から話を聞いていた斎藤は、古田のところまで行き、声量を抑えて話しかける。

「あの、ノアって何ですか?」

「ん?あぁ、ノアってのは“能力保有物質”の総称だよ。異常とか奇形って意味のAbnormalityって言う単語から来ているらしいよ」

「保有?」

「まぁ、いきなり言われても分からないか。この間能力者については話したでしょ?能力を持った人間だから能力者。ノアは、能力を持った物体のことを言うの」

「物が能力を持っているんですか?」

「そ。一番メジャーなのは……政府直轄の機関が24時間体制で保管・監視している“パンドラの箱”とかかな」

「パンドラの箱って、蓋を開けたら中から災いが溢れ出してきたっていう、あのパンドラの箱ですか?」

「そのパンドラの箱から来てるけど、厳密に言うとちょっと特性は違くてね。前に一回、ほんの数秒だけ開けてみるっていう実験をしたらしいんだけど、それだけで実験室の中がとんでもないことになったらしいよ。その実験で死者は出なかったらしいけど、その場にいた研究者が、一週間以内に自殺したって」

「自殺!?」

 思わず大きな声を出してしまった斎藤はすぐに口元を両手で押さえ、ゆっくりとしゃがんでひそひそ声で話を続ける。

「それって、やっぱりパンドラの箱が原因で?」

「だろうね。自殺するまでも日常の中で変な言動がいくつも見られたって報告書には書いてあったし。だからこそ、今は誰も触れられないように一辺100メートルの耐爆・耐熱のめっちゃ固い壁で囲まれた保管庫に置いてあるってわけ。その場所は機密事項だから知らないけど」

「そんなに危ないもの、悪用されたらとんでもないことになりそう、というか確実にヤバいですね」

「そうだねぇ。特にマフィアは」

「うわぁ……」

 斎藤の身体がぞわっとした感覚に襲われる。

「まぁ?そうならないように能力省は組織されたんだけどね。正直自信なくなりそうだけど」

「……古田さんは、何で能力省に入ったんですか?」

「え?うーん、改めて考えると、ちょっと恥ずかしいんだよなぁ」

「恥ずかしい?」

「うん。最初は所長に誘われてさ。別にやるつもりはなかったんだけど、その時のノリで何となく入っちやって。それでいろいろしていくうちにさ、私の中で考え方が変わっていったんだ。人から感謝されたり、誰かの為に何かするのって、結構気持ちいいなっていうか、気分良いなって。自己犠牲の精神とは違うけど、でも、こういうのも良いなぁって思ったから、今日までやってきた。勿論、これからもね」

「そう、なんですか」

「そうだよ。すみれちゃんには、何かそういうの無いの?」

「私は……毎日が当たり前に過ごせれば、それで十分ですよ」

「……。そっか。当たり前って大事だもんね。私も、今を噛みしめて生きていかないと」

「そうですね。その方が良いですよ」

 斎藤は勢いをつけて立ち上がると、両手を腰に当てて大きく息を吐き出す。

「さて!じゃあ私、ちょっと買い物に行ってきます。何か欲しいものありますか?」

「そうだな……。あ、じゃあ、餡パンお願い」

「分かりました。粒餡とこし餡はどっちが良いですか?」

「粒餡で」

「はーい」

 そう言って斎藤は事務所の扉のドアノブをひねる。扉に着けられたドアベルがカランカランと音を鳴らした。


 ◇ ◇ ◇


 買い物袋を提げた斎藤は、通りに面したお店のショーウィンドウに視線を移しながら事務所への帰り道を歩いていた。

(こうして周りをちゃんと見ながら歩くの、結構久しぶりだな……)

「……ん?」

 斎藤は思わず立ち止まる。視線の先には、きょろきょろ周りを見ながら歩く細身の男がいた。

(どうしたんだろ、あの人。道に迷ってる……ようには見えないけど)

 斎藤はしばらく考え込んでから、気になって後を追ってみることにする。

 男は通りをずっとまっすぐ行き、途中で左に曲がり、次の交差点でもう一度左に曲がる。斎藤は男にバレないように、離れた場所から距離を一定に保ち、なるべく視線を集中させないように後を追う。

(大丈夫かな?これ、ストーカーとか言われたら言い逃れできないけど……)

 などと心配していると、男は周りを確認してから路地裏へと入っていく。斎藤は駆け足で路地裏の手前まで行き、路地裏を覗いて確認してから進んでいく。

 二人が横に並んで歩けるほどの細道を進む男の後を、足音を殺して付いて行くと、男が曲がり角に姿を消す。斎藤は壁に背中を付けてそっと曲がり角の先を確認する。

 そこには、さっきまで後を追っていた男と、その奥にはスーツとサングラスを身に着けた男が立っている。

「誰にもつけられていないだろうな」

「あぁ、勿論だ」

 細身の男は首を縦に振る。

 男達が話しているのを、斎藤は息を潜めて聞いていた。

(どう見ても普通じゃないよな。こんな所まで来て、一体何を……)

 そうして聞き耳を立てていると、スーツの男が発した一言が、鮮明に斎藤の耳に届いた。

「———それさえあれば、パンドラの箱を手に入れられるんだからな」

(……ッ!)

 斎藤が息を吞む。すぐにパーカーのポケットにしまっていたメモ帳とペンを取り出し、会話の内容を殴り書きする。

「だが、何故パンドラの箱を手に入れようとする?あれは人の手に扱える代物じゃない」

「お前が知る必要はない。全てボスからの命令だ」

(ボス……もしかしてマフィア?マフィアはパンドラの箱を手に入れようとしているってこと?)

 細身の男が首を横に振る。

「私は忠告をしているんだ。あれに手を出してはならない。あれは世界の理さえ塗り替えてしまう……」

 細身の男が話している途中で、遠くからサイレン音が聞こえ始め、男の言葉が聞こえ辛くなる。

 ちゃんと聞き取れるようにするために、斎藤が少し足を動かした、その時だった。

「何をやっているんだい?お嬢さん」

 斎藤の後頭部に固い何かが突き付けられる。斎藤は身体を硬直させ、視線だけを後ろに向けると、白髪の男が拳銃を突き付けていた。

「熱心な記者にしては随分若いが、その手にあるメモ書きに、何を書き留めていたのかな?」

「……」

 斎藤は手帳を持つ手で手帳を閉じると、視線を固定したままゆっくりとパーカーのポケットにしまう。

「悪いが、此処は君のような子が居ていい場所じゃない。話を聞かれた以上、こちらも手を打たなければならない」

「……あなたもマフィアの人なんですか?」

「そうだ。恨むなら、此処に迷い込んでしまった自分の不運を恨みたまえ」

「そうですか。だったら尚更———」

 斎藤の左手にバチッと電気が流れる。次の瞬間、左手で目にも留まらぬ速さで男の拳銃を持つ手を払い、男の方を向いていた。

情報(此れ)を持って帰る!」

 斎藤の右拳が男に向かって突き出される。拳はそのまま無防備になった腹部に向かっていき———空を切った。目の前から突如として男が姿を消し、小石が地面に落ちる。

「なるほど。君も、私と同じか」

 背後から声がする。斎藤の向いているのとは反対側に立った男は再び拳銃を構える。体勢を崩した斎藤に向けて、拳銃の引き金が引かれる。

「ッ!」

 斎藤は踏み出していた足に無理矢理力を入れる。斎藤の足に再び電流が走り、斎藤の身体が横に飛ぶ。銃弾は何もない空間を飛んでいき、斎藤は路地脇に置いてあるゴミ箱にぶつかる。

 斎藤はゴミ袋を乱暴に掴むと、力一杯男に投げる。男は腕でゴミ袋を受け流し、再び拳銃を構えようとすると、男は動きを止める。

「……。逃げ足の速いことだな」

 其処には既に斎藤の姿は無かった。男は拳銃をしまい、胸ポケットから取り出した煙草を咥えライターで火をつける。煙草を指で摘まんで口元から離し、長く息を吐く。

「一応、報告しておくか」

 男は地面に転がったビニール袋を眺めながらそう言った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 あの場から全速力で走ってきた斎藤は、能力省のある建物の階段で壁に左手を当てて荒い呼吸を繰り返す。両膝に手をついて呼吸を整えると、ポケットからメモ帳を取り出す。

 斎藤の頭の中には二つの考えが同時に存在していた。このことを能力省に伝えるべきか、伏せておくべきか。

(私はまだ古田さん達のことをよく分かっていない。拾われた身で問題を持ち込んで、それで能力省に被害が出たら?マフィアには化け物がいるって言ってたし、もし誰かが危ない目にあったら?万が一にでも誰かが死んだら?そしたら、私に責任なんて……)

『お前にできることなんて何もない』

 その一言が斎藤の脳裏で蘇る。

 斎藤はじっとメモ帳を見つめ、そして、メモ帳を持つ手に力が入る。

「……うるさい。私は、私のベストを尽くす」

 斎藤の目には、固い決意が宿っていた。


 ◇ ◇ ◇


 東京湾。日が沈み始めるころ、細身の男が積み上げられたコンテナの間を進んでいく。目的の場所に着くと、男は足を止める。

「こんな所で何をしてるんですか?小林さん」

 背後からした声に反応して、小林と呼ばれた男が振り返ると、其処にはパーカーを着た少女が立っていた。

「君は?」

「斎藤です」

「……そんな堂々と名乗るということはラプラスの人間ではないね」

「何でそう思うんですか?」

「奴等は自分の名前をそう簡単に口にしない。それに君は……いや、何でもない」

 小林は目頭を指で押さえ、。

「ラプラスのお客さんはどうしたんだい?」

「コンテナの影で少し待っててもらってます」

「はは……見た目に反してなかなか凄いね、君は。それで、私に何か用かな?」

「……単刀直入にお尋ねします。あなたは何故、マフィアにパンドラの箱の情報を伝えているんですか?」

「一体何の話ですかな?」

「とぼけても無駄です。あなたについては事前に調べてきました」

 斎藤はメモ帳を小林に向けて突き出す。

「システムエンジニアとして企業に勤めるあなたは、元々政府によって招集されたノアの研究員の一人だった。そして、五年前、パンドラの箱の実験で、唯一生き残ったのがあなただ。研究者の自殺は、表向きには事故死と処理されて、真相を知る人間は限られている。そして、あなたはあの時、パンドラの箱の実態を目の当たりにした。つまり現状、パンドラの箱について一番詳しいのがあなただ。だからマフィアはあなたに目を付けた。違いますか?」

「……半分正解、といったところかな」

 そう言うと、小林はズボンのポケットに手を入れる。

「君の言う通り、私は確かにあの場にいた。当時の光景は今もはっきり覚えている。だが、別に私は彼らから脅されたわけじゃない。私から情報を売ったんだ」

「売った?」

「私には娘が居てね。今は病院のベッドで寝ている。もう、一年は目覚めていない。そして数日前に、医者からもう手の打ちようがないと言われてね。そんなときに向こうから私に接触してきた。そしてこんなことを言ってきた。”パンドラの箱の力を使えば、お前さんの娘を助けることができる”、と」

「でも……」

「分かってる。本来であれば、こんなことするわけがなかった。だが、これしか道がなかったんだ。これ以上、娘の未来を失いたくないんだ。父親として、あの子には幸せになって欲しいんだ……」

「……娘さんは、きっと、もう幸せですよ」

 斎藤の言葉に、俯いていた小林が顔を上げる。斎藤は、何処か寂しそうな顔をしながら言葉を続ける。

「あなたが心から娘さんのことを大事に思っているから、あなたはマフィアと取引をした。でも、娘さんがそのことを知ったら、きっと悲しみますよ」

「じゃあ……私はどうすればいいというんですか!一体、どうしたら……!」

 小林が訴えるように言葉を発した時、小林のスマホから着信音が流れる。小林はスマホを手に取り、電話に出る。

「……もしもし」

『小林さん!良かった、繋がった!』

「先生?どうしたんですか?」

『娘さんの意識が回復しました!』

「えっ……!本当ですか……!?でも、何で……」

『実は先程、白衣を着た女性がお見舞いに来られて、そしたら急に娘さんの容態が回復して!まるで魔法のように!』

 状況を飲み込めずに言葉を失った小林に、斎藤が口を開く。

「あなたのことを調べた時点で、娘さんのことも把握していました。だからお願いしたんです。“娘さんの治療”を」

「治療……?でも、どうやって……そんな資金、一体何処から……!」

「お金は……まぁ、私のお小遣いが消えたくらいですよ……」

 斎藤はメモ帳に挟んであったレシートを小林に見せる。

「君は一体、何者なんだ……?」

「私は、ただの拾われた家なき子ですよ」

 斎藤はにこっと笑う。まだ頭が混乱している小林に、斎藤は真剣な顔で言葉を続ける。

「小林さん。本当にあなたが娘さんのことを大切に思っているなら、娘さんに会いに行ってあげてください。それから、娘さんの気持ちを分かってあげてください。……家族なんですから」

「……そうですね。私は、やっぱり間違っていた」

 小林は静かに息を吐くと、斎藤をまっすぐ見つめる。

「ありがとうございます、斎藤さん。私は———」

 その時だった。

 斎藤の背後から、バンッ!と発砲音が鳴り、銃弾が小林の胸元を貫いた。小林の身体がぐらりと傾く。

「———え?」

 突然の出来事に斎藤は声を漏らす。だが、すぐに状況が一気に頭に入ってくる。

「小林さん!」

 斎藤が地面に倒れこんだ小林に駆け寄ろうと一歩踏み出す。すると、再び銃声が鳴り、銃弾が斎藤の心臓に向かって撃ち込まれる。

「……!」

 斎藤はそのまま前のめりに倒れこむ。横たわる斎藤の横を人影が通り過り、黒外套の裾がなびく。人影が小林の傍まで来ると、小林は汗ばんだ顔を動かし、視線を上に向ける。

「今更取引を降りるなど、させるわけがないだろう」

 黒外套の男———影山は小林を見下ろしながら言い放つ。影山はその場に片膝をついてしゃがむと、小林の上着のポケットからUSBメモリを取り出し、軽く握る。

「だが、俺達の目的はこれだ。お前の事情など、最初からどうでもよかった」

「私は……警告したはずだ。パンドラの箱は……あれだけは手を出してはいけない。あれは、力を使おうとした者の身すら滅ぼす……」

「刃物は使いようだ」

 影山は立ち上がると、USBメモリを外套のポケットに突っ込み、拳銃を小林の頭に向ける。

「そして、お前はもう用済みだ」

 引き金に添えられた指に力が入る。引き金が最後まで引かれそうになる。

 その時、影山の背後で起き上がった斎藤が、パーカーのポケットから取り出したスタンガンを両手で握り、影山に向かって走り出していた。スタンガンはそのまま影山の背中に押し付けられ、バチッ!と電流が音を立てて流れる。

 息を荒くした斎藤は影山の背中に押し当てたスタンガンに視線を落とす。

「なっ……!?」

 スタンガンは影山の背中ではなく、白い何かに当たっていた。次の瞬間、何かが斎藤の身体に横から叩き付けられる。

「———!!」

 斎藤がコンテナに打ち付けられ、コンテナが微かに凹む。そのまま地面に落ちた斎藤が腕をついて顔を上げると、影山の足元の影から伸びた白い触手のようなものが影山の周りを一周している。よく見ると、触手は棒状のものが赤黒い油のようなものでいくつも繋がったもので、その先端は長さと細さの異なる五本の棘に分かれている。その棘も同様に、三つの棒が繋がっている。それはまるで———。

「骨……?」

 それはまるで、人間の腕の骨のようだった。影山の足元からは黒い霧のようなものが漂っている。

「お前、路地裏で盗み聞きをしていたという女だな?」

 影山が斎藤の方を向き直す。斎藤は立ち上がろうとするが、先程の殴打で全身が痺れ、力が上手く入らない。

「例え一般人であろうとも、情報の一片でも聞かれてしまった以上、生かしておくわけにはいかない。……いや、一般人が防弾チョッキとスタンガンを持っている筈が無いか」

「ぐ……!」

 影山の周りを囲むように漂っていた骨は、ギシギシと接続部を鳴らしながら、先端の手を斎藤に向け、棘のように鋭い指を曲げて斎藤に向ける。

(このままだと、確実に殺される……!でも、このまま逃げたら……)

 斎藤は視線を地面に倒れこんだ小林に向ける。

(……やるしかない!)

 斎藤は歯を食いしばり、何とか上半身を起こし、片足の裏を地面につける。

 次の瞬間、骨の腕はもの凄い速さで斎藤へ向かって伸びていく。

「ッ!」

 斎藤は地面についた片足に力を入れる。バチバチッと電流が流れ、横に飛んで骨の腕を避ける。骨の腕はそのままコンテナにぶつかり、大きく凹ませる。

 斎藤は地面を転がって受け身を取ると、再び足に力を入れ、その勢いのまま飛び出す。一瞬で影山と距離を詰め、影山の懐に入り込む。影山と斎藤の視線が交差する。

「ッラァ!!」

 斎藤が拳を突き出す。拳はそのまま影山の顔に向かっていく。しかし、拳は、コンテナを貫いたものとは別の骨の手によって防がれる。骨の手の向こう側で、影山の目の色が変わる。

 振り下ろされた骨の腕が斎藤を地面に叩き付ける。

「がッ……!」

 骨の手は斎藤の身体を力強く掴み、空中に放る。もう一つの骨の腕が斎藤を正面から捉え、そのままコンテナに叩き付ける。斎藤の口から血が吐き出される。

 骨の腕が斎藤の身体から離れると、斎藤は糸が切れたように地面に落ちる。

 影山は倒れた斎藤に近づき、じっと見つめてから溜め息をつく。斎藤から視線を外し、小林の方へと足を踏み出す。すると、影山の足を斎藤の手が掴む。影山は視線だけを後ろに向けると、斎藤は呼吸を乱しながら声を絞り出す。

「行かせない……小林さんは、殺させない……」

「……」

 骨の手が斎藤に向かって叩きつけられる。

「がァッ!!」

 斎藤が悲鳴を上げる。影山の足を掴む斎藤の手から力が抜ける。

 影山は再び足を動かし始める。小林の倒れている場所まで来ると、骨の腕が小林の身体を軽く持ち上げる。

「……」

 影山は少し考えこんでから、骨の腕に小林の身体を離させる。すると、骨の腕は消滅し、足元に漂っていた霧が晴れる。外套のポケットからスマホを取り出し、素早く画面を操作して耳元に運ぶ。

「海斗。目標は回収した。今から戻る」

『随分と時間がかかったじゃねぇか。何かあったのか?』

「あぁ、ちょっとな」

 そう言って影山が振り返った、その時。

 血だらけになった斎藤の拳が、すぐ目の前まで迫っていた。

「———ッ!!」

 斎藤が雄叫びを上げると、拳の纏った電気が雷のように勢いを増す。拳は影山の横顔を捉え、斎藤が力いっぱい拳を振り下ろす。影山は仰け反りバランスを崩すが、骨の腕が地面に突き刺さり影山の身体を支える。

 完全に体勢を戻せていない影山に向かって、斎藤が再びバチバチと電気を帯びた拳を構える。

「ッ……!」

 斎藤を捉えた影山の目がギラリと鋭くなり、影山の口が開く。

「“朧月(おぼろづき)”———!」

 骨の腕の先端が鋭い一本の針のようになり、斎藤の胴体を貫く。

「———!!」

 斎藤を貫いた骨が斎藤の身体を振り捨てると、斎藤の身体は地面を転がる。斎藤は傷口から血を流しながら、潰れかかった喉で掠れた呼吸音を鳴らす。焦点の合っていない目は影山を捉えようと痙攣している。

 次第に斎藤の意識が遠退いていく。やがて重くなった瞼が閉じ、指先からは力が抜けていった。


 ◇ ◇ ◇


「……ん、おせぇよ」

 運転席の背もたれを倒してのんびりしていた宝条は、助手席に乗り込んだ影山に向かって文句を言う。

「悪かったな」

「荷物は回収できたんだろうな?」

「あぁ」

「なら良いけどよ。それで、何があったんだよ?」

「……お前が知る必要はない」

「はぁ……ったく、しゃぁねーなぁ」

 そう言って宝条はアクセルを踏み込む。影山は窓の外に視線を向け、数分前の出来事を思い出していた。

「……惜しい奴を殺したかもな……」

「あ?何か言ったか?」

「独り言だ」

 影山は外の景色から目を離し、腕を組んで目を閉じた。


 ◇ ◇ ◇


 影山啓介。能力名『朧月』

 詳細不明。

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