第12話「開戦の狼煙」
夕日に照らされ赤く染まる港で、睨み合う二人の姿があった。
「ただのサポート役だと思っていたが……」
マグニウェルが驚いた様子で口を開く。逢沢の身に付けた装甲とマスクから、灰のような粒子が蒸気のように絶え間なく上り続けている。背中を丸めた低い姿勢で、両腕をだらりとぶら提げ、指先が地面に触れる。赤く光る両眼でマグニウェルをじっと睨む。
「少し休んでいてください」
ノイズの混じったような声で逢沢がそう言うと、装甲が逢沢の身体により密着し、筋肉のように膨張する。
「後は僕が、殺しておきますから」
逢沢は飛び出すように走り出し、一直線に向かっていく。
「“朧月”」
影山の影の中から4本の骨の腕が現れる。マグニウェルは銃を構えると、素早く引き金を引く。逢沢は徐々に走る速度を上げながらも、身を翻して銃弾を躱し、骨の腕を飛び越えていく。そのままマグニウェルに向かって飛び蹴りを放つ。マグニウェルは両腕を交差させて受け止める。
「勢いだけで、随分と軽い蹴りだな!」
マグニウェルが逢沢の蹴りを弾き返すと、攻撃の構えをする。逢沢は地面に足を着くと、右足の装甲の筋が赤く光る。身体を捻らせた次の瞬間、先程までの何倍もの速さで回し蹴りを放つ。右足がマグニウェルの胴体を捉えると、マグニウェルは吹き飛ばされ、コンテナに叩き付けられる。
逢沢の表情が強張り、身体が一瞬硬直する。骨の腕が逢沢の頭上から叩き付けられようとするが、ギリギリのところで後ろに飛び上がり回避する。一度影山と距離を取ると、地面を蹴って影山に突進する。影山の前で4本の骨の腕が交差する。
逢沢の右腕の装甲の筋が赤く光り、逢沢の拳が骨の腕に衝突する。激しい振動と共に骨の腕に亀裂は走り、そのうちの3本が粉々に砕け散りながらも拳を受け止める。再び逢沢の表情が強張る。
拳を受け止めていた骨の腕が逢沢の腕を掴むと、そのまま放り投げる。逢沢は空中で体勢を持ち直すと、両手の指で地面を掴むようにして着地する。指で引っ搔いた箇所に焦げた跡が付く。逢沢は息を荒くしながら、右足を庇うように立ち上がる。
すると、影山は骨の腕を消滅させる。
「もういい。その女を連れて帰れ」
「あ?」
「他意は無い。手負いの相手に勝ったところで、得られるものがないだけだ」
逢沢は少し考え込むと、影山を警戒しながら斎藤の元に歩いていく。
斎藤を抱え上げると、振り返って口を開く。
「一つ答えろ。あの鎧の男、お前の味方じゃないのか」
「味方だ。……立場上はな」
逢沢は何も言わず、そのままコンテナを飛び越えてその場を後にした。影山は暫く逢沢達が立ち去って行った後を見ていたが、呻き声が聞こえるとその方向に視線を向ける。
「してやられたな。まさか、俺が情報戦で負けるなんて……」
大きく凹み、穴の開いたコンテナの中からマグニウェルが這い出てくる。
「それより、あの攻撃はお前庇えただろ」
「お前の能力なら、あの程度の打撃で死なないだろ」
「相変わらず慈悲がないな……」
マグニウェルが左脇をさする。装甲がわずかに焦げ付いている。
「まぁいい。鍵は守り通せたわけだし、結果オーライだ。そいつはお前が持っていた方が良さそうだな」
「ノアと同じようにしまえないのか」
「そんな便利なものじゃない。まして、そんな小さな鍵なら尚更」
影山は手に握った鍵を見つめると、影の中から出てきた骨の手が鍵を掴み、そのまま影の中に消えていく。
「それじゃ、頼んだぞ」
マグニウェルは満足そうに笑うと、影山に背を向ける。
「待て」
影山が立ち去ろうとしたマグニウェルを呼び止めると、マグニウェルは立ち止まる。
「もう見当はついているんだろ。パンドラの箱が何処にあるのか」
マグニウェルは考え込む仕草をする。
「さぁな。少なくとも、分かってたらとっくに行動に出ているさ」
マグニウェルが小さく笑うと、再び背を向けて歩き始める。輪郭が揺れ、煙のように消えていった。
◇ ◇ ◇
「ふんふふ~ん……ふふふ~ん……」
工藤がテーブルを指でトントンと叩きながら、上機嫌で鼻歌を歌う。行き交う人々の間を目的もなく漂うその視線は、水槽の中の小魚を眺めるようだ。そうしていると、近づいてくる一つの足音が微かに聞こえてくる。工藤の視線がそちらに向けられると、眼鏡越しの鋭い視線と交差する。
重い沈黙を貫いたのは、笑みを浮かべた工藤だった。
「遅かったね」
工藤が座るよう手で促すと、後藤は黙ったまま椅子を引いて座る。目の前に置かれた珈琲を見つめると、工藤が角砂糖の入ったポットを指で押して差し出す。後藤はポットを受け取ると、蓋を開け、一欠けらの角砂糖を珈琲の中に落とす。傍に置いてあったマドラーで静かにかき混ぜる。マドラーをコースターに置き、珈琲をゆっくりと口元に運ぶ。工藤はその様子を見ながら、手元に置いてある紅茶を上品に飲む。少し口に含みゆっくりと飲み込むと、カップをコースターに戻す。
「最後に会ったのは猫ちゃんの件で、だね」
工藤が頬杖を突いてそう言う。後藤は無言のまま視線を落としている。
「いい加減その仏頂面直さないと。どうせあれから彼女もできてないんでしょ」
後藤は無言のまま視線を落としている。
「あ、そういえばなっちゃんは?元気してる?こないだはボコしちゃったからさー」
「無駄話はいい。とっとと要件を言え」
工藤の言葉を遮るように後藤がそう言うと、工藤は不満そうに頬を膨らませる。
「冷たいなぁ。そんなに嫌?私と話すの」
「あぁ」
「ふ~ん。じゃあ何で君は尾行も付けずに、馬鹿正直に一人で来たのかなぁ?それに、あの署長の眼もあるんじゃないの?」
「一つ、お前が俺を殺すつもりだったら、こんな場所に呼んだりしない。二つ、署長は今、公安との打ち合わせのために警視庁に出向いているから、此処は範囲外だ」
「へぇ~……」
工藤が嬉しそうにニヤニヤする。
「じゃあ本題に入るね」
すると工藤は紅茶をもう一口飲んでから言葉を続ける。
「近いうち、ラプラスはパンドラの箱を手に入れるために大きく動く。多分、総力戦になると思う。そうなれば、ラプラスと能力省・鬼灯組の戦いは避けられない。そこで君に提案があるんだけど……」
すると、工藤は真剣な面持ちで後藤の目を真っ直ぐ見る。
「後藤くんさ、能力省辞めなよ」
後藤の指先が微かに動く。
「ラプラスの能力者は、君が真正面から勝てる相手じゃない。君の能力と戦い方だと、絶対死ぬよ」
工藤の話を聞いていた後藤は、静かにカップを持ち上げて珈琲を飲む。一息つくと、視線を再び工藤に向ける。
「それだけか?」
「あのねぇ、昔のよしみで心配してあげてるんだよ。それだけって……」
「工藤」
後藤が一言そう言うと、工藤は言葉を途切れさせる。
「俺に引き返す選択肢は無い。其れはお前が一番分かっているだろ」
「それは……」
「……話は終わりだな」
後藤はカップを置いて立ち上がると、そのまま工藤に背を向けようとする。
「ちょっと待ってよ!」
工藤が呼び止める。すると、後藤は静かに口を開く。
「工藤、珈琲は飲めるようになったか?」
その言葉に工藤は固まり、の葛藤の末、困ったように軽く笑い飛ばす。
「ドブ水の方がマシだよ」
其れを聞いた後藤は、何も言わずその場から離れる。工藤は肘を突いて指先を眉間に当てると、深く溜め息をつく。
「……分からず屋」
◇ ◇ ◇
某月某日、ラプラスによる東京大劇場、国立科学博物館、渋谷109の同時襲撃予告。
東京大劇場と国立科学博物館の閉館、及び渋谷109周辺の交通規制を実施。予告日の能力省と鬼灯組の各エリアへの配備を決定。
翌日の正午、東京大劇場でラプラスと能力省、鬼灯組の能力者が接触。
各所での戦闘開始を確認。
◇ ◇ ◇
11時55分。
東京都、東京大劇場。普段は来場者で溢れ返り、観客と役者の活気に満ち溢れている。だが今日はその活気はなく、葉の落ちる音も聞こえるほど静まり返っている。
「都内でもこんなに静かな場所あるんだね」
栗色の髪をサイドポニーテールにした少女がそう言うと、隣の男性が口を開く。
「普段であればこんな静かじゃないですよ。今日は臨時休館らしいですから」
「あーそっか。普段こんな堂々と歩いたことなかったから忘れてた」
「そうですね。今回は新入りさんのお蔭で監視カメラが落ちていますから」
少女は目の前でゆらゆら揺れる、後ろで結ばれた髪を目で追いかける。
「てかさ、その新入りって誰?まだ会ったことないんだけど」
「影山さんの部下になったそうです。今度挨拶にでも行って来たらどうですか?」
「わざわざそこまでしなくていいでしょ」
「そうですか。南海が行きたがっていたので、一緒に行けばと思ったのですが」
「……やっぱ行く」
「では、そう伝えておきます」
二人がエレベーターの前に着くと、男性は手袋をした手でエレベーターのボタンを押す。少女は肩に提げているボストンバッグの持ち手の位置を直す。
「私は上の階から見て回ります。すばるは一階からお願いします」
「分かった」
少女―――伏見すばるは短く答える。エレベーターが到着し扉が開くと、男性はエレベーターに乗り込む。男性が振り返ると、耳に付けていた無線に軽く触れる。
「そういえば、劇場に入ってから無線が使えなくなっていました。恐らく通信機能抑止装置が設置されているのでしょう。くれぐれも気を付けてください」
そう言い切ると同時にエレベーターの扉が閉じる。伏見は閉じたエレベーターの扉を見つめながらぽかんとし、静かに息を吐く。
「そんな大事なこと、もっとはよ言えや……!」
伏見は悪態をつき、ふとフロア中心の階段に目を向けると、螺旋階段を降りてきたポニーテールの少女―――佐藤と視線が合う。
「「あ」」
二人は見つめあったまま硬直する。次の瞬間、伏見はエレベーター横の階段へ駆け込む。
「あ!逃げた!」
伏見は全速力で階段を駆け上がる。その後ろを佐藤が追いかける。
(あの制服、公安の能力者じゃん!)
「待てー!何で逃げるのさ!」
「真正面から立ち向かう馬鹿が居るかよ!」
「ラプラスの人でしょ!?だったら、立ち向かって来いよぉ!」
「関係ねぇわ!」
◇ ◇ ◇
エレベーター内で、改めて身に付けたスーツの襟を整え、そのままネクタイに手を伸ばそうとするが、触れる手前で手を止める。男性は口角が僅かに緩み、ネクタイの結び目に指先でそっと触れてから、両手を下に降ろす。
エレベーターの動きが止まり、扉がゆっくりと開く。エレベーターを降りて左右を確認すると、左を向き直しその場でじっと立ち止まる。男性の視線の先では、スカジャンを羽織った逢沢が両手をポケットに入れて男性を見ていた。
「今日は休館日ですよ」
「それはお互い様でしょ」
「おや、私を此処のスタッフとは思わないのですか?」
「立ち姿で分かりますよ。普通のスタッフじゃないって」
逢沢は両手をポケットから出すと、身体の前のジッパーをゆっくりと降ろしながら、体勢を低くする。
「そうですか。良い観察眼をお持ちですね。流石、能力省といったところでしょうか」
「だったら、確かめてみますか?」
ジッパーを降ろしきると、灰のような物質が逢沢の足元から身体へと広がっていき、全身を包み込む。纏まりの無かった灰は徐々に形を形成していき、スカジャンと一体化した装甲へと変化する。顔の下半分を覆っていた灰はフェイスガードのようなマスクへと変化する。赤い光が火花を散らしながら、剥き出しになった狼の牙のような模様や装甲のラインを削っていく。
男性は驚いた様子を見せる。
「歯ぁ食い縛れ!」
眼に赤い光を宿した逢沢は足裏に力をかけると、床を抉る勢いで飛び出す。そのまま一直線に男性へと突進していく。
すると、男性を中心に風の渦が巻き起こる。その風に絡めとられた逢沢は、軌道を変えられ男性の後方へと飛んでいき、簡単に着地する。
さらに勢いを増す風の渦の中で、男性が振り返る。風が少し収まると、男性の四肢と胴体は青白い装甲で覆われている。前腕の外側には鮫のヒレに似た刃が出ている。口元を覆うフェイスガードのようなマスクにはギザギザの模様が刻まれており、鮫の葉のようになっている。そして右手には一振りの刀が握られている。
「いや、驚きました。まさか、自分と似た能力者と出会えるなんて」
ノイズ混じりの声でそう言う男性の青く光る眼は、逢沢を捉え続けている。逢沢は警戒したまま体勢を整える。
「遅くなりましたが自己紹介を。―――ラプラス暗殺部隊、漆鴉所属、右京凪です」
「マフィアってのは、簡単に名前言っていいのか?」
皮肉めいたことを逢沢が口にすると、凪はゆっくりと刀を構える。
「“死人に口無し”。貴方、頭悪いですか?」
「喧嘩売ってんのか?泣かすぞ」
12時00分。東京大劇場での戦闘開始。




