第24話 星を見失った国
「ステラはまだ見つからないのか!!」
教祖が怒りに任せて投げつけた燭台が、窓枠と当たって落下する。しかし、ガラスは飛び散らない。
最早、窓枠には割れるためのガラスすら無いからだ。
風穴だらけの外壁から容赦なく冷たい隙間風が吹き抜け、教祖達の身を冷やしていく。
寒さ故か、それとも別の要因からか。
無惨に一部が折れてしまった燭台を横目に見ながら、震える声で部下が教祖に下から上がってきた情報を伝え始める。
「は、はい。ステラが大聖堂より逃げ出し半年余り……。
最早希少となってしまった我が国の魔術を扱える者達を総動員して行方を追わせておりますが、依然手がかりは無い状況に御座いま……ひぃっ!」
年若い教祖に胸ぐらを掴まれ、持ち上げられた哀れな部下は、嗄れた声で繰り返し謝罪を述べる事しか出来ない。
申し訳ございません、申し訳ございませんと、この数カ月間ですっかりなんの意味も成さなくなった言葉を繰り返す部下を教祖は荒々しく執務室から廊下へ放り出した。
「次私に『わかりません』などと答えてみろ……!その頭と胴体が泣き別れになりたくないのであれば草の根掻き分けてでも有益な情報を持ってこい!」
「ひぃぃぃ……っ!」
「落ち着かぬか教祖、外にまで怒号が響いておるぞ」
「これが落ち着いて居られるものか……!」
「止めよと言うておるのがわからぬか、この痴れ者が」
教祖と神父たちが立てこもっているここ、スピカ大聖堂を護る為に唯一この街に留まっている高位魔道士の老婆が、重力操作で教祖の身体を拘束する。
見えない縄で全身を縛り上げられた様な鈍い痛みに歯を食い縛り自分を睨みつける教祖の目のあまりの淀み様に、老婆はうんざりした様子で頭を振った。
「役目より逃げ出した聖女見習い達が、また貧民街の方でひとり見つかったそうじゃ。
既に廃人同然で何の役にも立たぬがの」
その女は、かつてよく教祖の私物の修繕などの細やかな気遣いと確かな治癒力で見習い達の中では確固たる立ち位置を築いていた少女だったが。
国と大聖堂が傾き出したとみるや、教祖達が隠し持っていた金品を盗み出し逃亡を図った愚か者でもある。
この地そのものの異変の為か、それとも腐り果てた性根が故か。
彼女らが逃亡してすぐの話だ。
今や完全に"聖女"の力など喪った彼女達は、愚かにも自分達が未だに民から傅かれる高貴な存在だと疑っていなかったが故に、不遜な態度で群衆の前に姿を見せたと言う。
既に生活基盤は破綻。そもそも貧富の差も激しく、定期的な聖女見習いの民間治療のみでなんとか民心が完全に離れるのを食い止めていた状態だった国で、全ての拠り所であった"大聖女"が消えた現在。
格好の怒りの矛先が眼前に現れた者達がどう行動したかなど、考える間でもないだろう。
「王宮が引き取りを拒否したでな、仕方なく回収した小娘共はまとめて宿舎に放り込んでおるよ。
湯浴みすら自分で出来んくなってしもうておるものだから、臭いが鼻について敵わんわい」
あぁ、嫌だ嫌だーーと。
自身の立派な鼻をつまんで首を横に振り、老婆が杖を大きく振った。
既に半壊し傾いた自分の椅子に無理矢理座らされた教祖の前に、水魔法による大きな幕が広がる。
「訃報と取るか、吉報と見るか……それはそなた等次第じゃ」
杖先が幕をつついた瞬間、映し出される純銀の鐘。
月の国の王都に聳え立つと言う、儀式の聖鐘だ。
最期の一回の余韻が夜空に溶けるのを聴き終えたひとりの女が、たおやかな動きで群がる民衆に振り返る。
彼女が片手を上げた瞬間、民衆から耳障りなまでの歓声が上がった。
射し込む月明かりに照らされた銀糸のような美しい髪に教祖は我が目を疑い、老婆は一瞬瞳を細めた。
「セレーネだと……!あの役立たずは死んだ筈だ!
あいつが、あいつさえ、あんな無能が何故!!!」
未だ老婆に拘束されている為に、陸に上げられた魚のように身を捩るしか出来ない教祖。
その狂気に満ちた血走った瞳は、最早人とも呼べはしない。
「ーー……刮目し、腐ったその目に焼き付けよ。
これが、そなたらが自らの手で捨てたお月さまじゃ」
「何が月か!薄汚い石ころの分際で……!」
教祖があんまり暴れたものだから、椅子の足が一本外れた事で椅子ごと無様に倒れ込んだ。
誰も掃除しない床に溜まりに溜まった埃が舞い、写された新たな聖女の姿を曇らせる。
「小童共が何をしようと、月は天へと昇りなすった。
手を伸ばそうとも届かんよ、諦めなされ」
『拘束は、明日の朝には解けるでな
精々頭を冷やすことじゃ』
それだけ言い残し、老婆の姿は一陣の風に拐われ消える。
哀れ、独り取り残された男は、血走った目でぼやくのだった。
「手が届かぬだと……?
届かぬのなら堕とすまでだ………!」




