第23話 誕生。新たな月の聖女
雲一つない空には一寸の欠けもない月が煌々と輝く、絶好の儀式日和のその晩。
シエルが司祭としての矜持と、民心を全身全霊で王国初の聖女に集めさせるための戦略と、個人的な好みをふんだんに、それはもうふんだんに盛り込んで仕上げさせたこの日の為の礼服に身を包み。
司祭であるシエルにエスコートされたセレーネは透き通る硝子の階段を昇っていく。
場所は月の国の王都の中心、宮廷の真向かいにある祈りの聖鐘。
鐘の前の展望台に姿を現した新たな聖女の美しさに、興奮冷めやらぬ様子で集っていたルナリアの国民達は思わず、呼吸を忘れた。
柔らかな風が吹き抜けて、セレーネの髪がふわりと舞う。
雲間から射し込む月明かりを思わせる銀糸の髪が、彼女が一歩、一歩と歩みを進める度に夜空へと溶けていく。
穏やかな海の様に凪いだ紺碧の双眸が、ゆっくりとーー開かれた。
そして。
「ーーっ」
己に一心に注がれている期待と羨望の眼差しの多さにセレーネは一瞬、たじろいだ。
(こんなにもこの国の方々は、"聖女"と言う存在を心から望んでいらっしゃる……)
"聖女"。
一見祝福に満ちたその言葉は、祖国に居た頃の彼女には呪いそのものだった。
呼吸が浅くなってしまい、思わず背後に控えるシエルの方に視線を向ける。
清廉としたシエルの白銀の瞳が、すっかり見慣れた眼鏡の向こうでほんの少し柔らかく緩む。
それを確かに見たセレーネの脳裏に、儀式の開始前に交わした会話がよみがえった。
『恐ろしいですか?悪意の混じらない純粋な期待が』
ズバリと内心を言い当てられて、セレーネの肩が大げさに跳ねる。
そんな彼女の頬を、シエルのしなやかな指先がそっとなぞった。
『打算的な作意よりも、純粋な期待のほうが裏切ってしまった際に胸が痛みますからね。
まぁお気持ちはわかりますよ』
すっと位置を変えたシエルの手が、そのままセレーネの右手をとる。手首に輝くのは、ここで暮らし始めた頃に彼から贈られたバングルだ。
すっかりセレーネの手首で輝いていることが日常になったそれを穏やかな笑みで眺めながら、シエルが問いかける。
『あの出会いの晩、"俺"があなたに言った言葉を覚えていますか?』
『えっ?あ、あの……』
もちろん、一文一句違わず、覚えている。
あの日が間違いなく、彼女の人生の転機で。
気恥ずかしくて口には出来ないが、少し、本当に少しだけ、"運命の出逢い"のようだ、なんて夢見てしまっている自分を自覚してしまったから、上手く言葉が出てこなったのだ。
言葉に詰まったセレーネの様子をどう捉えたのかはわからないが、シエルが今一度、あの日の言葉を繰り返す。
『落ちこぼれ?大いに結構!自分の手にかかれば貴女は伝説になりますよ!』
『ーっ!』
『しかし、"俺"の目指す伝説には、民の希望となる聖女が必要です』
そう、そこで言葉を切って。
シエルがセレーネの両手を自分の手で包み込んだ。
緊張を吐き出す様に、長くゆっくりと息をつく。
『なってくださいますか?我々の、希望の月に』
そこで開始の時刻となってしまい、セレーネはシエルに返事が出来なかった。
そして現在、ここから見える国民達ひとりひとりの純粋な眼差しが、シエル達が国の教会を担う立場としてどれ程に心を砕いてきたかを、セレーネにはっきりと示してくれている。
視線を交あわせたシエルがしっかりと、肯いた。
大きく深呼吸をして、再びセレーネが歩き出す。
彼女が鐘に繋がるベル・ロープの真正面にたどり着くと、群衆から小さくだが熱の籠った歓声が漏れた。
(私も、なりたいです。
シエル様達のような、そこに"在る"だけで皆を照らせるような存在に)
だからもう、私は自身の運命から目を、逸らさない。
胸に手を当て一礼したセレーネの手が、しっかりとロープを握る。
呼応する様にーー祭壇に並べられた13の星の雫が、瞬いた。
ゆっくりとセレーネが鐘を打ち鳴らす度に、星の雫がひとつ、またひとつと輝きながら、祭壇の上空へと昇っていく。
計13回の音色が夜空に響き渡り、最期の水瓶を冠した星の雫が12の光で出来た円の中央にたどり着くと。
13の光が夜の帳に荘厳な魔法陣を大きく、描き出した。
おぉ、とどよめいた民衆と、当然と言わんばかりに口角をあげるシエル達教会の面々の前で、大役を務めた星の雫達がセレーネの手元へと返っていく。
「聖女様ーっ!」
「新たな聖女様の誕生、万歳!!」
『『ばんざーいっ!!』』
全ての雫を受け止めたセレーネが求められるままに民衆に手を振り返せば、先程までの静寂はどこへやらと言うくらいの割れんばかりの拍手喝采が響き渡った。
夜風は嫋々《じょうじょう》、月光如水のめでたきこの日。
月の聖女セレーネは、皆から祝福され静かに降臨した。




