表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マギアと呼ばれた男の物語  作者: ブレスト・フラット
1/1

悪い夢

初投稿です。よろしくお願いします。

 汝らに告ぐ ー 剣と斧の時代は近い。獅子の吹雪の時代は近い。白冷と白光のときは近い。狂気のとき、屈辱のとき、テッド・ダリーター ー 終末のときは近い。世界は霜の中に滅し、新たな太陽と共に蘇るであろう。それこそ、世界にまかれた古き血脈 ー ヘン・セチェル ー の種が蘇るとき。種は芽吹くのみならず、炎となって燃え上がるだろう。

 シャ=トゥース・エイ!かくなるべし!徴を待ち受けよ!それがどのようなものであれ、最初に地上にはアエン・テーゼ ー エルフ ー の血が流れ………


イスリン・エグリ・ライル・エヴェニエンの予言の書






 街は燃えていた。


 濠と近くの高台に通じる狭い路地は煙と火の粉を吐き、密集する藁葺き屋根の家屋を炎が


むさぼり、城壁をなめつくそうとしていた。港門のある西の方から聞こえる叫び声と激しい


戦闘の音と破城槌の鈍い響きが、次第に大きくなってくる。


 侵略軍はいきなり街を包囲し、僅かな兵と、鉾槍を持った一握りの住民と、ギルドから派


遣された数名の石弓兵が守っていた防塞を破壊した。黒い馬飾りをなびかせた馬群が亡霊の


ように柵を飛び越え、騎兵隊の眩しく光る剣刃が逃げ惑う防衛軍の間に死の種を撒き散らし


てゆく。


 ディアを鞍の前に座らせた騎士が拍車をかけ、叫んだ。


  「つかまれ、つかまれ!」


 シェロナ国の軍旗を掲げる騎士団が後ろから追いつき、全速力でプウォジューフ兵に向


かっていった。鋼のぶつかる音、刃と盾がぶつかる音、馬の嘶きが辺りを満たし、視界の隅


で青地に金の軍服と、黒いマントが狂ったように渦巻き ー


 叫び声が上がった。いや、声じゃない ー 悲鳴だ。


 「つかまれ!」


 怖い。馬体が揺れ、引きつけ、跳ねる度に、手綱を掴んだ両手に痛みが走った。脚は痛み


で強張り、身体はぐらつき、煙で目がうるむ。身体にまわされた腕で喉が詰まり、肋骨が押


さえつけられて息ができない。聞いたこともないような悲鳴がさらに大きくなった。一体何


が、これほどの悲鳴をあげさせるの?


 怖い。怖くて動けない。息もできない。 


 鋼がぶつかる音。馬の嘶き。周囲の家並みが渦を巻き、さっきまで死体と、逃げ惑う住民


が捨てた荷物が散らばるだけだった狭い路地に窓が浮かび、炎が噴き出した。鞍の後ろに


座っていた騎士があえぐように咳き込み、手綱を握る手に血がほとばしった。悲鳴があがり


矢がかたわらをかすめ飛ぶ。


 ディアは落馬し、痣ができるほど激しく甲冑にぶつかった。蹄が脇を駆け抜け、馬の腹と


擦り切れた腹帯が頭上をかすめてゆく。さらにもう一頭の馬の腹と黒い馬飾りが通り過ぎ


た。木こりが木を切り倒すときのような力のこもった唸りが聞こえる。でも、これは木じゃ


ない。鉄と鉄がぶつかる音だ。くぐもった低い叫びとともに黒く大きな塊が血を噴き、パシ


ャッとディアの脇のぬかるみに倒れ込んだ。武具をつけた足が震え、ばたつき大きな拍車が


地面をえぐっている。


 その瞬間、ディアが誰かにぐいと掴まれ、別の鞍の上に引き上げられた。つかまれ!気が


つくと、またしても疾走する馬の背上にいた。ディアは死にものぐるいで掴まるものを探し


た。馬が後ろ脚で立ち上がる。つかまれ!………でも、掴まるものは何もない。何も………何


も……………あるのは血だけ。馬が倒れた。飛び退きたいけど動けない。どんなにもがいても、


鎖かたびらに覆われた腕を振りほどけない。頭と肩に血が降りかかる。


 ディアは馬から放り出され、ドサッと地面に落ちた。馬の背で激しく揺られたあとでは、


地面にじっとしている方がかえって怖い。馬が立ち上がろうとして、あえぎ、嘶き、蹄鉄の


響きとけずめと蹄が脇を駆け抜けた。黒い馬飾り、黒いマント。怒号。


 通りが燃え、赤い炎の壁がうなりを上げた壁の前に、騎乗の騎士の影が燃え盛る屋根より


高く浮かび上がった。黒い飾りをつけた馬が跳ね回り、頭を仰け反らせて嘶いた。


 騎士がディアをじっと見下ろした。猛禽の羽でふちどられた巨大な兜の隙間から、光る目


が見えた。下ろした手に握った剣の幅広い刃に炎が写っている。


 騎士がディアを見ていた。ディアは動けなかった。死んだ騎士の腕が腰に巻きつき、重く


て血まみれのものが太ももの上に横たわって、地面に押さえつけられている。


 ディアは恐怖に凍りついた。胃がひっくり返りそうだ。傷ついた馬の嘶きも、炎のうなり


も、住民の断末魔も、蹄の音も聞こえない。そこに存在し、意味を持つのは恐怖だけだ。恐


怖が羽つき兜の黒騎士となって、猛り狂う赤い炎の壁を背に凍りついたように立っていた。


 騎士が、馬に拍車をかけた瞬間、兜の翼が猛禽の飛翔さながら羽ばたき、恐怖にすくみ上


がる哀れな獲物に向かって飛び立った。鳥が ー いや、騎士が ー 恐ろしげに、残酷


に、勝ち誇ったように叫んだ。黒い馬。黒い鎧。はためくマント。その向こうには ー 燃


え盛る炎。炎の海。


 怖い。


 鳥が甲高い声を上げた。翼が羽ばたき、ディアの顔を叩く。怖い!


 助けて! どうして誰も助けてくれないの? たった一人で放り出され、なす術もないあ


たしを………。動けない。喉が詰まって声も出ない。どうして誰も助けに来ないの?


 怖い、助けて!


 羽のついた大兜の隙間越しに目が光った。次の瞬間、黒マントが全てを覆い ー



 「ディア!」


ディアは悲鳴を上げて目を覚ました。全身が痺れ、汗びっしょりだ。自分の悲鳴の余韻が辺


りを満たし、身体の奥 ー 胸骨の下 ー でなおも振動し、渇いた喉にやきついている。


両手は痛いほど毛布を握りしめ、背中が痛い………。


 「ディア。落ち着け。」


 暗く、風の強い夜。周囲の松林梢が音楽のように絶えずざわめき、枝と幹が風にきしんで


いる。燃え盛る炎もなければ、悲鳴も聞こえない。聞こえるのは森の優しい子守歌だけだ。


焚き火が光と熱を放って揺れていた。炎が馬具の留め金に反射して輝き、地面の鞍に立て掛


けた剣の、革と鉄帯で巻かれた柄を赤く照らしている。それ以外に炎や鉄はどこにもない。


ディアの頬に触れた手からは血ではなく、革と灰のにおいがした。


 「ロベルト ー 」


 「ただの夢だ。悪い夢を見ただけだ。」


 ディアは身体をギュッと丸め、激しく身震いした。


 夢。ただの夢。


 焚き火が消えかかっていた。カバノキの薪が赤く光り、ときおりパチっとはじけて小さな


青い炎を放つと、身体を毛布と羊の毛皮で包んだくれる男の白髪と鋭い横顔が浮かび上がっ


た。


 「ロベルト、あたし ー 」


 「ここにいる。眠るんだ、ディア。休め。まだ先は長い。」


 音楽が聞こえる ー ふとディアは思った。木々のざわめきに交じって………音楽が聞こえ


る。リュートの音。人々の話し声。



 

 シェロナ国の王女………運命の子………古き血脈の子……… ー エルフの血 ー 。マギアの


ロベルト。《白獅子》。その運命。いや、あれはただの伝説だ。詩人の創作だ。王女は死ん


だ。脱出の途中で殺された………。


 つかまれ……! つかまれ………。




それでは、気に入ってくれた方はシーユーネクストタイムです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ