勝利条件
ラッキーパンチを続ける気はない。
即座にスキルと装備セットを変更。
刀と弓の複合までの熟練度は稼いでいたが、弓の感覚を掴み続けることに精一杯だ。
切り替えは戦闘中に入ると出来ない。システム的な問題として不可能となってくる。
ゆえに、以降は強制での刀術縛り。一時間の間に出来る限界を思考する。
選ぶのはーー逃走だ。
「んぁっはっはっはぃ!!!」
「野郎!! 逃げんのかぁ!!? 腰抜けがヨォ!!」
「バカ言うねぇ!! 戦略的撤退よ!!」
飛んでくる投げ槍、矢、魔法、えとせとら。
全部煩わしい。この時ばかりはスキルセットが二重で生存に置いていたことが助かった。
ステップジャンプ。突っ込む先は小鬼の巣穴、その奥。
ここだけの地理感覚は、虐殺者の名に相応しいほど走り回った。奥へ行くほど強い小鬼がひしめいている。
初心者の街方面を巡回するのは“はぐれ”ばかり。強くてせいぜいが“木偶”だ。
どれだけ下っ端が死のうとも気にしない。
だが、わらわらと大人数で進行してくるならその限りではない。
コジロウを横切って突っ込むは小鬼の突兵ーー狭い洞窟でも軌道を落とさずに進みゆく彼らが跨るのは小狼。
『KKKKKKIIIIIILLLLLIIIINNNNNNGGGG!!!!!』
短槍を構えた彼らの勢いは統率される。あと先の考えない全軍突撃に、命知らず達がたたらを踏む。
数名は死んだか。轢かれて死んだならそれも良し。トドメを刺したいところだが、注意深く見渡して突貫する。
「やろう……卑怯じゃねえか」
「そりゃぁ褒め言葉よ」
壁際で一命を取り留めた獣人戦士の足を切り飛ばす。出血でゴリゴリとHPが減り、待たずに蹴りで首の骨を折るとーー瞬く間に毛並みが黒く染め上がり、その眼は朱く光を反射した。
「うえー、なんてぇかぐろいし、分かりやすく敵mobだな」
「そりゃお互い様だぜ大将。ま、話は後だ」
「有能な味方ほどありがてえものはねぇよ」
走り抜けながらトドメを加えていく。魔法使いなら大当たり。次いで弓兵も望ましい。
「数は……にぃしぃの、十六人ってとこか。それなりだな」
「がはは、揃いも揃ってひでぇ見た目になったもんだ」
「消息不明は勘弁だぜ? 俺ぁ〜降りる」
「そこは自由だ。好きにすりゃいい。初めてだからなぁ、定石もこれからつくる」
ガリガリと拾った小鬼の短剣で地面に街の地図を描く。魔術師が灯火を唱えたことで見えやすくなった。
参加の是非はこれからの話次第と、すぐさまにログアウトする臆病者はいなかった。
(んーまぁ、こいつらバカだからな。俺もバカだからよく分かる。面白ぇと思っちまった)
「勝算はあるんですか?」
「なくてもやるが……ゲームだからな。全くの無理なんてことは通らない。何か手はあるはずだ」
大きな平野に川が流れる城塞都市ではない。
初心者の街は海に面した港型。小鬼の巣はそれより東に離れた小島。文明の跡が見つかる旧市街を中心にナワバリを形成している。
そこから山を掘って小鬼共の王国を作り上げた。ある意味では今の敵対無効は、楽に探検ができる絶好の好機ともいえている。
(ましてやこの条件で一時間だからな。抜け道は絶対にある)
これが城壁の突破や、拠点制圧であるなら正面からの突撃が最初に浮かび上がる。
「明示された条件は、街の指導者の討伐だ。狙撃でも暗殺でもいい。つまり、紛れ込むことができりゃ成功率は跳ね上がる」
「なるほど」
コジロウの言葉に、人間の魔術師が頷いた。地肌が浅黒く染まり、白めの部分も黒く染まった中心に、朱い瞳孔が光る。周囲もそれなら、と勝機に目を朱く光らせていた。
「全面戦争ってわけじゃないんですね」
「最悪、一人でもなんとか出来るって仕組みだ。今回が寧ろ特殊だと考えてもいい」
「だがよ、どうやって侵入する。緊急通知は全体に向けて放たれてる。門の前でこの姿を確認されりゃ一発だぞ」
「「「「そこなんだよなぁ」」」」
「いっそ海から泳いでいくか」「船でもまあいけるだろ」「トロイの木馬っつう作戦も」「一時間だぞ、用意できるか?」「つうかあと四十五分くらいしかねぇぞ」「ダメ元での突撃でもよくないか? 仲間はぼこぼこ増えてくべ」「自殺乙、失敗すりゃ消息不明だぜ」
次々と言葉が増えていく。思い思いに作戦を語り合うのはMMOならではの楽しみ方だろう。コジロウは最初に選ばれた幸運に再び笑みを口にした。
「うわ、悪い顔してますね……」
「見た目がなぁ、人間の頃はもっとまともな顔してた筈だけどよ」
「人間性が透けてるっていうかぁ、いやらしいよ心根が」
「つうか親分、なにしたら魔族化すんのよ」
「俺が見た限りだと、延々と小鬼を殺し続けてた」
「そんだけ?」
「いやぁ殺し方がなんかもう、手慣れすぎててやばかったね。素養があったとしか」
「てめぇら全員叩っ切るぞコノヤロウ」
鬨の声が聞こえる。続く足跡は聞こえない。待ち構えられている確信はあるが、小鬼の巣は出口が一つではない。
指導者の大体の位置は示されている。この辺りの不便はないようで、表示される地図とマーカーを描き足して共有する。
海沿いの、市場の近く。船着場よりすぐ近くだ。門を固めるようにして、NPCの兵士たちの練兵場が隣接されている。
いくつかクエストを受けた話から、作戦司令室だと当たりをつけた。
「よし、大体分かった」
残された時間を無駄には出来ない。手短に作戦を共有すると、全滅のリスクを避けるために複数人の部隊が、散り散りになって作戦決行となった。
「……つーか、全員参加なのな」
「つれねえっすよ親分。俺たちの仲じゃないっすか」
「誰なんだよお前はよぉ〜!! 最高だぜ〜!!」
「あの亀、声優さんが毎回違うんだから驚きっすよ」