二人目の女神
メインシナリオとしては神秘に包まれた地の奪還だったか、チュートリアルに聞き流した内容を思い出す。
キャラクターが何を思って怪物溢れるMonstellaの地に足を踏み入れたのかは、想像で補う他にない。
侍の素性説明曰く、極東の地より戦を求めて海を渡っているとのこと。
主を亡くしたのか、泰平の世が我慢ならなくなったのかについては極東の地に関する情報が無さすぎる。
小鬼の神殿?案内に連れられ、頭の足りない侍と幽霊娘。
お互いの持っている情報を交換してみても、いまいちピンとこないままにいる。
「戦働きに関わらずってところにファンタジーを感じるでござるなぁ〜、誰か解釈してクレメンス」
「同行者が古のオタク過ぎる件」
こんな頭の悪い会話を繰り広げるやつらに考察なんて出来るわけがなかった。
一定以上のメタ的な会話には応じないようになっているのか、理解できない言語を聞いたような表情をする以上の反応は薄い。
紹介された拠点の内容はシンプル。復活地点としての女神像が中心に、穴が掘り進められている。
基本は円環状に回廊が広がっているようだ。
中心に半円の大部屋として女神像、次に各種販売所に取り囲まれていて、その側の回廊は通路と上下の層に移動する階段、その外側にプレイヤーの休憩する宿場と広がっている。
「……お二人の準備が宜しけれバ、下の闘技場まで案内しまス」
「え、闘技場?」
広く観て回った先で、調理服の小鬼が告げる。
突然のイベントシーンに、侍の脳裏では『はい/いいえ』の二択が迫られた。
「ーー『はい』、だ。案内しろ」
「即決かよ! ……大丈夫なの?」
「知らん。が、死亡しても再戦はできるだろ」
「できなかったら?」
「その時はその時だ。駄目なら置いてく」
「い、いーや? 私も『はい』、で!」
「ーー承知いたしましタ。それでは、女神様へと捧闘していただきまス」
ーーそういうことになった。
案内された先でしばらく待機させられている。闘技場の向かい側、鉄格子の奥から、対戦相手となる小鬼が姿を現す。
コジロー達に向ける眼差しは鋭い。相変わらず拙いが、通りの良い声を張り上げた。
「挑戦者! よくぞ招かれタ。今宵はささやかな戦祭。観覧する客は女神一柱! 良い戦いとなることを期待していル!」
「……小鬼の迷宮だもんね、相手もそりゃ小鬼になるか」
「強化個体になるか、様相が通常の小鬼とは異なってるのは確かだ」
コジロウたち側の鉄格子も上がり、対面の小鬼がよく見えるようになった。
装備からして黒い鱗のような鎧に、特徴的な紅の兜、手甲、足甲と揃えている。
小鬼の戦いは隠密と、頭数で取り囲むのが基本である中で、目の前の個体はそれに当て嵌まらないらしい。
「ーー紅兜か」
「見たことないよね。レベル、足りるかな?」
さて、このゲームにおいてレベルがどれだけ役に立っているのかは甚だ疑問だ。
低ステだろうと通らない攻撃はない。金属盾で塞がれるでもない限りノーダメのない仕様である以上、理論上は1レベルからであろうとボス攻略まで達成できる。
理論上である。
初見撃破で全部を終わらせるには、あまりに広いフィールドが広がっている。
持ちたい武器が手に入った時に、低いステータスが理由に装備できないのは勿体無いではないというのも本音だ。
(低レベル攻略は、消息不明した時にでも考えたいもんだなぁ。装備を集め直すことだけが億劫だ)
アップデートで墓地迷宮とやらが出来るという噂もある。
実装されるまで生き延びられるだろうか。役体もなく思考を遊ばせながら、調理服の小鬼が試合開始を宣言する。
『小鬼の戦祭! 開催!』
「OH-OH-OH!」
「わああああ!!」
血の気の多い幽霊娘が先んじて飛び出す。
二体一で連携となれば、前衛はコジロウこそ適任であってもお構い無しだ。
「じゃっかあしゃあどらぁ!」
侍も踏み込んだ。
小鬼はそれを見て顔に笑みを浮かべてーーやはり踏み込む。
『KILLING! KILLING! ……KKKKKKIIIIIILLLLLIIIINNNNNNGGGG!』
人語を解さない怪性だけの闘技場で、剥き出しの本能だけが言葉となる。
先手で切り掛かるのは呪術師。
浮遊した短剣による、広げた間合いの長い刺突。紅兜は身を低く屈めて加速した足運びですり抜ける。
「ここだっ!」
幽霊娘の続く二刀目は、回避先を刈り取りに行く、一刀目とは違っての逆手持ちで迎える刺突へと突っ込んで跳躍、そのままぐるりと首を回そうとして、すっぽぬけた。
『ーーKILLING!?』
「へへーんだ!」
信仰に派生された拳武器であるならばいざ知らず、掴み攻撃は無効が売りの種族特性が生きた。
すぐさま重心を低く着地したところへと侍が切り掛かるのをーー頭で受け流す。
手応えが薄い。身体が小さいこともあって芯を捉えにくいこともある。
紅兜はすぐさま横、後ろへとステップを踏んだ為からの跳躍踏み込み。
(小回りが効くとは踏んでいたがここまでか、同じ小鬼でこうも違うとはーー)
比べてみれば、低く値を這う小鬼の動きから高く跳躍する緩急が厄介だ。下手に追撃に出れば間合いを誤認しかねない。
侍にも覚えのある足運び。小さな身体で武器を振り回す。繰り出す二刀を舞うように振り下ろす。
引くのは悪手か。そもそもの機動力が向こうに部がある。
刀で受けるは容易いーーが、反撃に移る頃には間合いの外へと弾き出されるように引いている。
間合いにいる間隔があまりにも短い。厄介な相手には違いないがーー。
「ーーそりゃ悪手じゃろ」
「こーこっこ〜こっ!」
鶏もとい幽霊娘の挟撃に、背をそのまま突き出す形となっては格好の的となる。
致命攻撃にはならない擦り傷だと読んだが失敗か。しかし紅兜は呪術師の攻撃にこそ最大の警戒を払うべきだった。
呪いの込められた双剣の乱舞が紅兜を削り取ることで、身体が蝕まれーー《影縫い》で足を止められるままに、致命の追撃を入れられた。
『INNGGGッ!! GGA!!』
抜かれたと同時に反転。矛先は完全に呪術師へと向かうが、それを許すほど侍は血に酔っていない。
一呼吸の間に二連撃、一撃目の袈裟斬りから返し刃を滑り込ませるも捌かれる。
刀を引き戻そうとするタイミングを見た反撃。受け流しきれない衝撃を利用した後ろ跳び、からの跳躍。
今度は背後に呪術師が回り込めていない。回避は間に合わず、受ければ次は手を狙うーー。
「ーー遠からんものはよおく聞け。近くば寄って俺を観ろ」
回避でも受け太刀でもない。馬鹿正直に全部を防ぐつもりなど侍には最初から頭にない。
「火力の低さだけが惜しいな。よく狙えよ」
致命位置を狙った一撃を、横にずれて致命傷だけを避けるままに、上段に構え直した剣を最速で振り下ろす。
ーー《肉切骨断》。
人間の種族特徴《英雄の一撃》による火力増強の乗った、覚悟のままに引かずの相討ちを前提とした戦技が、紅兜に弾かれることなく振り下ろしを完遂する。
怯んだ隙間はごく僅か、侍の続くニ撃目が間に合うかどうかだが、呪術師の追撃が勢いよく突き刺さるーー《影縫い》によって自らの影に縛られた紅兜へと、侍の溜め強攻撃が叩き込まれる。
体制が崩れたことによる怯みを見逃さずして、致命の一撃を差し込んだ。
「や、やったかな……?」
「上がるのが白旗ならええがなぁ」
刀についた血を振り払って残心。
回復薬を飲んで減った体力を回復する。
【命の価値が薄くなり、殺害に楽しみを見出した。罪に対する良心の呵責なく、心の内側に潜む小さな怪物が肥大を始める。
血に濡れた朱い手で新たな獲物を求め続ける。
特殊イベント“Monstella”が発注されました。】
倒れ込んだ紅兜の周囲、血溜まりが呼び戻されるかのように引いていき、小鬼の身体を変質させる。
アナウンスが鳴り響く。
【誰が呼んだか、Mostella。同胞との間で血は混じり、病は侵蝕する。ここに小鬼と人の境はなくなった。……だがそれは、小鬼でもなければ人でもなく、怪物へと成れ果てる】
「ーーおみごト。これにて捧闘の儀を完遂としまス。おォ、おォ!! 我らが赤鬼!! 我らが剣!! 我らを導いてくださいイ……!」
調理服の小鬼が闘技場へ降り立ち首を垂れた。
起き上がるは死したはずの紅兜ーー否、既に兜の域を超え、紅色の角を生やした鬼が立ち上がる。
【誰が呼んだかMostella。もはや怪物との区別なく、人間性が薄れた同胞は一つの病を振り撒く獣へと堕ちた。
これよりMonstellaに殺されたPlayerは感染が起こります。感染したPlayerはMonstellaとなり、拡大の一途を辿るでしょう。
※Monstellaは敵mobより敵対認定を受けません。
※Monstellaは一時間で解除されます。
※Monstellaは街の施設利用が出来ません。
※Monstellaは街の指導者を討伐することが出来ます。
※Monstellaに街の指導者が討伐されると、街の税収と特別装備がMonstellaの上位から報酬として与えられます。
※Monstellaからの襲撃を防衛成功した場合、Playerは上位から報酬を与えられます。
※Monstellaした状態で戦闘不能となると“消息不明キャラクターロスト”となります。
それでは、がんばってください。】
「いや、小鬼は最初から怪物だろぉ!」
「……さてなぁ。人と怪物に区別がないなら、怪物だってMonstellaするわけだ」
そこにどれだけの違いがあるのかは推し量れない。だが、目の前の脅威が力を増したことだけが確かだ。
ーーそれが、侍の気分を高揚とさせ、口角が吊り上がったことを自覚する。
「コジロウ……?」
「あぁ」
「あぁって……、まさかだよね!?」
「あぁ」
それ以上の言葉は要らない。痛いくらい身体に殺気が伝わってくる。
これが防衛本能から来るものなのか、SEによる演出なのかさえ不明なままに、刀を強く握る手を脱力しながら鞘に収める。
「……挑戦者、よくぞ我らが悲願を成就せしめーー」
「ーー口上が必要か」
鯉口を鳴らして間合いを詰める侍に、紅鬼はこれ以上の言の葉は不要であることを悟る。
先だって肉体を変質させた同胞である。それは刃でもって成し遂げた偉業。
紅鬼も力を抜いた。使い込んだ双対の剣は、肉体の合わせて変質している。
【双刀・鬼裂】
【鬼の血より鍛えられた双刀。刀身は紅く濡れており、血の刃を飛ばして敵を斬り刻む】
裂かれた小鬼の悲鳴が紅鬼を鼓舞する。敵討ちなど小鬼は望まず。ただ目の前にいる敵から血河を築けと間合いを詰めさせる。
「わはは、気構えや良し。存分にーー死合おうぞ」
もはや言葉の届かぬ侍に、幽霊娘は不機嫌を隠すことを無駄とした。
「うげぇ……友好的に殺し合うなんて、頭おかしいんじゃないの?」
「おヤ、あなたはその勇者に灯された一人でしょう二」
「……良い思い出になんて絶対呼ばせないよ?」
「えェ。それでモ、私はあなたが羨ましイ」
落とされぬままに剣鬼として相対した勇者もまた、調理服を身に包む小鬼には憧れの存在である。
死出の旅に出るより前に、お互いの死が目の前にあっては、分不相応にも戦列に加わろうなどという思いは控えられた。
これでよかったのだと自嘲する。元より、戦いになど向いていない変わり者だ。
それでなお、力を渇望する自分がいたことが、小鬼であったことを自覚させられて誇らしい。
幽霊娘は隣に並ぶ小鬼の心情など推し量れない。
だが、死合う二人に向けた目の光だけは理解できた。
(……怨み晴らさずにはいられぬぇ〜んだよぉ〜)
戦いの火蓋は侍から仕掛けた。
居合、抜刀による間合いの誤認。
だが、その間合いは紅鬼の斬られた身が覚えている。これを防ごうとして、弾かれる。
(良くもまア、片腕一つでここまで振りを鋭くできル……!)
軽いが鋭い。脱力から可動域の拡がった手首を利用した最速の振り切りモーション。
紅鬼は弾かれた方と対の刀で受けて、後ろに跳ねることで威力を殺される。
胸の鱗鎧が、浅く横一文字に切り裂かれた程度に納められた。
「死ィッ!!」
開かれた間合いのままに、鬼裂が血に濡れた刀身から孤を飛ばす。
地面を蹴ってこれを横に回避、範囲の広い血刃が頰を掠めて、侍の体力を削る。
直撃だと分からないが、範囲の分だけダメージは弱い。
避けた先へと鬼裂が振るわれる。交互に飛ばされる二振りの血刃の雨を駆け抜ける。
「ずるいよあれ! あんなんやり得じゃん!」
「あなたも大概でしたけどねェ……」
飛ぶ斬撃とはいかずとも、浮遊する剣も似たようなものだと突っ込まれて、幽霊娘は言葉に詰まる。
避ける先へと撃ち込まれる血刃が、少しずつ侍の動きを捉え始めた。
と、同時に侍の足が反転、慣性を無視したサイドステップでじりじりと間合いを詰める。
ダメージの大きい縦の血刃は捉えられない、ならばと両手を交差して斜め十字を叩き込む。
「ーー勢ぃぃぃいいいぃぃぃ!!」
度重なる被弾で出血。避けることが叶わぬなら喰らう前提で攻撃を倒す。
《肉切骨断》、血刃によって出血を強いられながら、一時的に上がった強靭のままに振り下ろす。
一刀両断とまではいかぬーーが、まともに頭に受けて角の片方を砕き折って切り捨てる。
再びの間合い、距離を取ろうと下がる紅鬼を剣鬼は決して逃がさない。
血を滑るように擦った足が紅鬼のそれを踏みつけて己が影へと縛りつけた。
勢いが潰されて硬直したところへと、向き直った紅鬼の額へ剣鬼が頭突きを見舞う。
痛み分け、揺さぶれた頭でお互いに視界は定かではないが、仕掛けた側がそれら一切を無視して自らの身体を指針とした一撃を叩き込む。
《強攻撃》ーーよりも深い、これまでの追撃に繋がられるような綺麗な一振りとは程遠い、後先を考えない必殺の絶剣ーー改め《无二打》が脳天より、三度として紅鬼を叩き割った。
「ミ、見事……ダ……!」
かたや同胞の血を浴び続けた紅鬼。
かたや血を浴び続けて同胞となった剣鬼。
鬼の血が混ざり、血河を築いた戦いは、紅鬼の屍山を積み上げて決着した。
アナウンスが鳴り響く。
【同一個体の討伐を達成しました。称号"屍山血河"が与えられます】
「お、お〜めでとう?」
「わはは、どーもどーも」
剣鬼はギョロリと目玉を小鬼へと向ける。
本来、戦列を許された三人目の同胞へと情けをかけるべきかと、握る刀に力を込める。
「すまんなぁ。俺で構わんなら、今からでも首を落とそうぞ」
「いいエ、元より包丁を握る方が性に合っているようでございまス」
「良かか」
それで良いなら、侍はこれ以上の言葉を持たない。
引き上げる侍と、それについていく幽霊娘にそれぞれ報酬が支払われる。
【Player“コジロウ”が指導者を討伐した。
Monstellaは不滅なり。獣の病はおさまることを知らず、病は宿主を変えて侵蝕する。
倒されるたびにその憎悪は増すばかり。しかし、滅びゆくものがいるからこそ、新しき子が産まれるのもまた定めだ。
誰が呼んだか、Mostella。
ヒトデナシ共が世界を作り変えてゆく。栄枯盛衰の定めに従って、再び文明を発展させることへと従事する。
戦いの日々は、ひと時の平和を得るための手段に過ぎない。
成績発表。
一位”コジロウ”。討ち取った首“一”。
二位“メアリー”。討ち取った首“零”。
指導者討伐の達成者は、特別報酬を受け取れます】
(Mostellaイベントは発生に関係したプレイヤーにも支払われるのか……)
侍には紅鬼裂。戦技は《◾️◾️》。伏せられた文字からはどのような性能かは読み解くことができない。
「おおー鬼裂だ! さっきの双刀そのままみたいだよ!」
ともなれば、今後は浮遊する剣に飛ぶ斬撃が組み込まれることなる。
着実に強化されていく呪術師との再戦を頭の中で思い描きながら、歯列をギラつかせた。
【特別報酬、Mostellaの侵蝕】
* * * * *
それから次の日、姿を見せた長耳が侍へと詰め寄る。
「小鬼の経営する店から、Mostella済みのプレイヤーは神殿に迎えるんですって! 案内してくださるかしら!」
そうして再度尋ねた侍を、調理服に身を包んだ小鬼は暖かく迎え入れた。




