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少女の贖罪  作者: 黄田 毅
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罪状1  出会いの罪

荒い息遣いが聞こえる。暗い小屋の中、恰幅の良い男が一人猟銃を抱え、手を震わせ、歯をがたがたといわせ、脂汗で額がびっしょりと濡れている。

小屋の外は夜のようで、満月の月の光が窓の中に差し込まれている。


「なんで...なんで...こんなことに。」


男は何度も何度も同じことをうわごとのように繰り替えす。小屋の周りには何者かが徘徊する足音が聞こえる。それは一つだけではない。いくつもの足音が聞こえている。男はこれが人のものではないことを知っている。

それゆえに恐れているのだ。肩からは血を流し、床にしたたり落ちている。その傷は切り傷でも、打撲のようなものでもない。

いくつもの小さな穴が規則的に空いている。それは牙に噛みつかれたような傷であった。

そのとき、差し込まれていた月の光が差し込まれ、小屋の中で暗闇に包まれる。

男はこれに小屋の中にあるランタンとマッチを取り出した。この小屋は彼が所有している者であり、大体の場所は見なくても把握しているため、暗闇の中でも探し出すことが出来る。

マッチでランタンに火をつけ、窓のある方向をを見上げる。


「ひっ!!!」


男は窓を見て恐怖し、ランタンを落としてしまった。床に落ちたランタンはガラスが割れ、火が消えてしまった。

彼の目線の先には小さな丸い金色の光が二つ、彼を睨むかのようにそこに在る。月にしては小さく、星にしては大きい。

男はすぐに気づいた。

それは明らかに生物の眼であると。

男は猟銃を構え、発砲する。自身の耳をも劈く火薬の破裂音が小屋の中に響き渡る。

散弾が窓にへと打ち上げられ、ガラスが粉々に打ち砕かれ、小屋の中に降りそそがれる。

窓に張り付いていた生物はすでに姿をくらましており、割れた窓からは再び月の光が差し込まれた。


「はぁ...はぁ...何だってんだよ!!!なんでこんなことに...。」


男は銃をカタカタと振るわせながら構えたまま、立ち尽くしていた。

男は犯罪を犯したことがなければ、悪意を持って人を傷つけたことがない。

職業柄、動物を狩って生計を立ててはいるが、肉を食うために動物を殺すことは自然の摂理である。それをいったい誰がこれを咎めることが出来ようか。

これにより彼は一般的に言えば聖人に該当するほどのものだ。それなのにもかかわらず、彼は現状何者かに襲われている。

男は常に精神を研ぎ澄ましているせいか疲労が蓄積してしまっている。

少しでもこれを回復しようと、小屋の壁に背中からもたれかかる。


「もう...やめてくれ...助けてくれ...神様...。」


男はそこにいない神にすがる。人は自身の身に災難が降りかかれば必ずといっていいほど神にすがる。それが叶うことのないものであったと知っていても人は願う。

それはなぜか。

人は何かに責任を擦り付ける生物だ。

どんなに強い心の持ち主であっても追い込まれれば必ずといっていいほど、神にすがる。心が強くないものは言うまでもない。

このすがる対象は別に神に限定しなくてもいい。親でも、兄でも、国でも何でもいい。ただ、自身よりも立場や力が強いものであればいい。

そして、それが改善されなければ次にこういう。


「なんで私(僕)のことを助けてくれないのか。私(僕)はこんなに苦しんでいるのに。こうなったのは助けてくれないそいつのせいだ。」と。


そして男は当然のことながら、髪にすがったところで何も変わらなかった。

彼の背にある壁が外側から打ち破られ、男は何かによって外に引きづり出されてしまった。

男はその間何が起こったのかわからなかった。

自身の背中から爆発をしたかのように木片がはじけ飛んだぐらいしか理解できていなかった。

ただ、外に引きづり出され、気が付くと、目の前には男を覗き込む金色の瞳の数が六つ。月明かりの下によってその姿をようやく視認することが出来た。

それは黒、オレンジ、灰色とそれぞれ毛深い体毛に覆われた尖った耳、先に延びた鼻と口。空けた口には無数の尖った牙が生えている。

その頭は紛れもなく狼の頭だった。

ただ、そこから下は想像している体とは全く異なったものであった。

体つきは人のように二足歩行。腕、足があり、全身体毛に覆われている。指には尖った爪。足はまるでつま先立ちのようになっているがかなり安定しているようだ。

胸部、腹部付近は毛が薄いようで、筋肉が透けるように見えている。

それらが男を視認すると、狼人間たちは大口を開け、その牙を男に向けた。


「あぁぁぁあああぁぁあぁあぁぁ!!!!!!痛い痛いイタイイタイいたいいたい!!!」


その向けられた牙は男の肉に突き刺さり、切り裂いていく。

しかし、男はすぐには絶命しない。

噛みつかれている個所が、肩、腕、足と、狼人間たちは急所には噛みついていない。ただ、噛みつき、その箇所をねじ切るような仕草をするなど、確実に殺そうとはしている。

男は自身の体を食われる感覚を味合わされている。

手足をばたつかせ暴れようとも、その牙は止まらない。男はここで死ぬことを望んだ。


「あ...あっ...。」


足は引き裂かれ、腕は食いちぎられ、肩はひき肉に等しいほどかみつぶされた。

されど、男はまだ死ねず、うつろな目で夜空を見る。

体はもう痛みすら感じられないほど傷つけられた。


「ちっ。おい、こいつ壊れたぞ。」


誰かの声が聞こえる。ただ、男にとってもうそんなことはどうでもいいことであった。


「っていうか、このおっさんまずくね?脂肪多すぎるし、だから女にしようって言ったじゃん。」

「文句を言うな。第一、その女に逃げられたのはお前のせいだろ。ったく、壊れたんなら、もう殺せ。長居は無用だ。」

「あいよ。」


その言葉を皮きりに狼人間の一人が男の首をかみ切った。

ここで男はようやく死ぬことが出来た。

最後に叶った望みが自らの死という無残な生であった。

場所は移り変わる。

聖国マーフシェード。世界最大の宗教であるアフルマズド教発祥の地であり、その総本山が位置している。

文明的な観点からも他国よりも一線を画しており、都市部からそれぞれの街につながる道全てが舗装されており、このようなことをしているのはこの国だけである。

マーフシェードの首都、バンヴェニストから100kmほど南下した先にある街『ゲラルド』。

ただ、ここは街というより村の方が正しいのかもしれない。

この街の住民の八割ほどが農業に従事しており、あとは他の町への出稼ぎへ行っている。

住民の大半が農業を行っているためか、畑や農場が広く分布しており、ここでは様々な作物が採れ、国内でも1,2を争う農業の街である。

そこでとある酒場が切り盛りしている。

夜になればその店の中に光が灯り、農作業で疲れた住民がその疲れを酒に流すために足しげく通っている。

今宵も酒場には多くの客によってにぎやかである。

そこに一人の客が新たに来店する。

その者は今は八月の半ばの真夏であるのにもかかわらず、黒のローブで身を包み、顔もフードで見えないようにしている。

その者はそのまま店の中を進んでいき、カウンター席のある所で立ち止まる。

そこの席にはすでに男の先客がウィスキーのロックを片手に酒を楽しんでいた。

男は無精ひげで髪の毛が異様なほど癖の強い外向きの黒髪であり、丸いサングラスをかけている。

服装は黒のシャツの上に半そでの黄土色のジャケット、淡い藍色のレザージーンズを着用している。

彼の右手側にはつばの広いカウボーイハットが置かれている。


「Mr.ヴァン・ヘルシングとお見受けします。」


フードをかぶった者が酒をたしなんでいる男に問いかける。その声は高く、女性の者であった。

ヘルシングは声をかけてきた女性に振り向くと、すぐさまカウンターに向き直り


「初対面でフードを取らないやつの話は聞く気はない。」

「これは失礼を。私、ここより遠き場所から参りました。カリス・へメロと申します。この度はあなたにご依頼があり、参りました。」


カリスという女性はフードを取り、非礼を詫びる。

フードの下から見えた彼女の容姿を一言で表すのであれば可憐である。

金糸のように酒場の明かりによってきらめく肩までの銀髪。

ルビーのような深紅の瞳。

その彼女の美しさはフードの下から現れた彼女の素顔に酒場からどよめきが生まれるほどであった。


「女...見たところ17(歳)か?酒を共にする年齢でもないし、何しに来た。」

「ですから、依頼があり、来たんです。Mr.ヘルシング。」

「そうか、じゃあ残念だな。俺は今日休みで、明日はすでに一件仕事が入っているから受けられねぇよ。帰んな。」


ヘルシングは訪れてきたカリスを邪険に扱い、しっしっと手で払いのける仕草を見せた。


「旦那ぁ~。そう邪険にしちゃあその娘がかわいそうですよ。せめて話だけでも聞いてあげたらどうですか?」


酒場の客の一人が笑いながらそういう。それはカリスのことを思っているというよりも面白そうだからとりあえず言ってみた感が強い。

現に、これを言った本人とその周りにいる酔っぱらいどもは大声を上げて笑っている。


「うるせぇ!こちとら昼夜問わず24時間金欠状態なんだよ!明日の仕事も久しぶりの大仕事で今は英気を養ってるところなんだよぉ!それをどこぞの小娘の小せぇ依頼で邪魔されてたまるかよ!!

あ、マスター今日の酒はツケで頼む。」

「旦那、『今日は』じゃなくて、『今日も』ですぜ。しかもたまりにたまったツケの額はちゃんと払えるんですよね。」


カウンターの向かい側で酒場のマスターはワイングラスを磨きながらヘルシングに告げる。


「合ったり前だ、この野郎。今回の報酬でツケの額全部払ってもおつりが出る。」


よほど今回の報酬に関しては自信があるようで胸を張ってマスターにそう言った。


「そうか、そいつは良かった。んじゃ、先に料金全額伝えておくよ。これ、請求書。」

「んだよ...後で払うっつってんのに見せるなよ。酒がまずく...え?ナニコレ。」


マスターから差しだされた請求書の額を見たヘルシングの顔がどんどん青ざめていく。あれほど額に自信を持っていたのに予想よりも金額が高かったのだろうか。


「そのうちの六割が酒代で、残りの四割が旦那が暴れてうちの備品を壊した弁償代だよ。ちゃんと払ってくれよ。払えるつったんだ。もし仮に払えねぇっていうんなら、二度とここで飲ませやしないからな。」


マスターにそう言われ、ヘルシングはそんなことあったかと考える。そして、すぐに確かにあったという風に間抜けな声を出した。


「...女、報酬は?依頼の報酬額はいくらだ。」

「え?予算としては前金で100000ほど、達成いただけたらさらに300000ほどですけど...。あと、カリスです。」


ヘルシングはそれを聞くと指折り計算で明日の依頼達成で得られる報酬と、カリスの報酬を合わせて請求額との差額を計算する。


「ぎりぎり足りるな。おし!カリス、お前もこい!明日は明朝に来いって言われていてな。この後の最終便の馬車に乗る予定だ。いけるよな!!」

「え?え?いきなりそんなこと言われても...。あっ、ちょ、そんな強引に引っ張らないでください!!!ちょっと聞いてます!?」


カリスの言葉の一切を無視して、ヘルシングはハットをかぶり、彼女を手を引いて店を後にしていった。店のマスターは白のハンカチを振りながらカリスたちを見送る。

未だ、反抗するカリスを引きづるようにヘルシングは進んでいき、ある馬車の前までたどり着く。


「おう。待たせたな。」

「旦那、待ってましたぜ。あれ、女性もつれていくって言ってましたっけ?」

「いや、急用で連れていくことになった。問題ないよな。」


ヘルシングの問いに御者は肯定し、乗ることを催促した。

この場でも、カリスは馬車に乗ることに対しては反対であったが、ヘルシングから、乗ったあと依頼内容について聞き、この仕事が終わればすぐに取り掛かるとの約束をうけ、渋々馬車に乗り込んだ。

ただ、ヘルシングが用意した馬車は人を乗せる運送用ではなく、物資を運ぶ運搬の馬車であったため、中が木箱で埋め尽くされ、異常に狭い。

それだけでもカリスはこの場所に乗り込んだことを後悔しているのに、さらに追い打ちで、自分から話を聞くといっていたヘルシングは馬車が動くや否や、爆睡し、いくらカリスが起こそうとしても目的地にたどり着く次の日まで起きることはなかった。


「ん~。良く寝た。ちょうどいい時間、目的地にもついた。順調だなっと、お?どうした、カリス。」


朝日に向かって気持ちよさそうに背筋を伸ばしているヘルシングに対してカリスの目の下にはクマが出来でおり、あからさまに疲労が蓄積していた。


「寝れませんよ...。馬車の中は荷物まみれで横になれる場所ないし、道が悪いせいかかなり揺れたし...うぷっ...。

あなたもよく爆睡できましたよね。体なんて九の字に曲がってましたよ。」

「まぁな。いつでもどこでもどんな状況でも寝られるように訓練した。一番過酷だったのは、夜の森で脳の半分を眠らせて休ませて、もう半分を起きて警戒するっていうのをやったことか。」

「イルカですかあなたは。」


ヘルシングは柔軟のために腰を回しながら答える。

御者に目的地の村の入り口にまで届けてもらったのだが、この村は第三者の私から見ても明らかに寂れている。

まだ日がそこまで高くないということが関係しているのだろうが、それを加味しても空気がよどんでいる。

入り口らしき門の向こう側には人っ子一人見えず、周りの建物にも一切の明かりがともっていない。まるで、敵から身を隠しているかのように人気を感じられない。

さらにはカリスたちの頭上には多くのカラスが飛び回っており、より不吉さを醸し出している。

これからどうしようかと思ったとき、ある建物の扉が開き、青年が一人姿を現しこちらに駆け寄ってくる。

見かけは20代半ばの青年。青色の短髪を揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。


「あの...もしや、ご依頼していたヘルシングさんですか。」

「あぁ、そうだ。今回の依頼は人狼退治と聞いている。まず、大体の話を聞こうか。」

「はい、こちらの方へどうぞ。...村のことは気になさらず、皆、おびえてしまっているので...」


青年の先導で村の中を歩いていく。

人狼とは文字通り狼が人の姿に近くなった化け物のことであり、彼らは好んで人を食う習性がある。

このため、人々は彼らに対抗するべく武器を取るが、彼らの特徴として、とある武器以外の攻撃に対しては異常なタフさを持ち合わせている。

そのタフさは猟銃の散弾を腹に打ち込んだとしても致命傷に一歩届かないほどといわれている。

そして彼らに最も効果的にダメージを与えられる武器とは銀製の武器である。

どういうわけか人狼は銀に触れるだけでも火傷に似た傷が出来てしまうくらいに銀に弱い。

では、銀の弾丸などを用いて行えば簡単かと思われるかもしれないがそう簡単にはいかない。人狼とは人の形をした狼であるため、その俊敏さや屈強さは並の人間では到底太刀打ちできるものではない。

そのため、人々はこのような化け物退治のプロである『アフルマズド教会』に頼み込むのだが、この問題は世界各地で起きているもののため教会側も人員が足りず、この村のように辺境の地では派遣出来ない場合がある。

これに困ったこの村の住人が個人で怪物退治を行っているヘルシングに依頼をしたという。

また、なぜ人狼がこの村にいるという判断に至ったのかと言うと今より四日ほど前の夜に、この村で猟師を行っていた男が一人、山の中にある自身の小屋の近くにて惨殺されていたことから始まった。

案内された小屋には当時の状況のまま置かれているらしく、壁は外側から破られており、地面にはその男と思われる血痕が残されていた。

これだけであるならまだ人狼の仕業と決めつけはできなかったが、そこから毎晩一人ずつ、村から消えていき、その人が住んでいた家屋には必ずといっていいほど凄惨な血痕が残されていた。

極めつけには夜に見回りをしていた自警団の一人が毛むくじゃらの人の形をしたものが三名ほどが走っていくのを見たという。

これまで青年の案内によって被害者の家々回った。そのどれもが家の中ではひどい争いが起こっていたようで家財道具にひどいダメージが残されていた。


「どうですか。ヘルシングさん。報酬の方は村のみんなで話し合い、みんなで集めました。あの額でよろしければお受けいただけますか。」

「もちろん。断る理由がない。」


ヘルシングの答えに青年の顔に希望の光が灯る。どうやら、彼らがヘルシングに提示していた金額は通常よりも少ないものであるようだ。

だが、これを断ればヘルシングは酒場のマスターに殺されかねないため受けないわけがない。


「ありがとうございます!!では、当分の間の寝床の方を...。」

「いや、それは結構だ。なんせもう解決の糸口は見えている。今日の夜にでもあんたたちの恐怖もこれで終わるさ。」

「...っ!!ほんとですか!!」


予想以上の回答に青年は深く頭を下げながら感謝する。

カリスは村を少し見て回りたいといい青年とともに村を回るためにヘルシングとは別れ、ヘルシングたちは最初の被害者宅のある山に向かい、夜を待った。

ヘルシングは本当に今日中にこの人狼問題を解決するつもりのようで被害者宅を背に椅子を設け、タバコを吸いながら腰のガーターベルトに差していた一丁の回転式拳銃の手入れを行っていた。

その拳銃は装弾数が六発。特注品のようで、どうやら見た目の向上のために通常よりもバレルを倍ほど長くし、さらにはバレルの面積も縦に多く広げ、見かけが刃のついた拳銃のようになっている。

また、彼は腰に一本の剣も携えており、その剣は常人であれば両手で扱いそうな大きさのものである。

ここで彼が片手に拳銃、もう片手に剣を扱う両刀遣いであることがわかる。

最初、日が東に上りつつあったのに、現在は西に沈みかけている刻。

カリスと青年は人のいない町の中を歩いている。

飲食店と思しき建物の扉は固く締められ、青果店には幕が垂らされ、商品の一つもない。

何の誇張表現もなく、どの店もすべて閉まっており、廃れてしまっている。


「本当に...誰もいない...。」

「村のこんな姿を見せてお恥ずかしい限りです。しかし、皆人狼に知り合いを毎晩殺されていくという恐怖のせいで外に出るのもはばかられていて...どうか皆を悪く思わないでください。」


世界で二人だけになってしまったかのように感じるほど、何もない村の中を歩いていく。


「...おい、あの女。よそ者だよな。」

「あぁ、にしてもうまそうだよな。肉付きはそこそこだけど、あのぴちぴちの肌はたまらなそうだ。」


その二人の背後からつける様に様子を窺っている男が2人。

一人は不気味にカリスのことを見つめると、口からよだれを下にこぼしていった。


「まだ、我慢しとけ。本命は男の方だ。あの女は食後のデザートにでもとっとけよ...にしても今日は烏が多いな。」


もうひと入りの男がよだれを垂らす男をなだめる。

  見回りを兼ねた村の観光からカリスが戻ってきた。その付添人にあの青年も同行していた。


「戻ったか。どうだ?何かあったか?新たな死体の発見とかあったか?」

「そんなのあるわけないじゃないですか。全く、本当に今日中に解決できるんですか?この問題。今からでも宿を用意してもらったほうが...。」


カリスが村から戻って来ると、自身の武器の手入れを行っているヘルシングにそう提案する。

彼女の後ろにいる青年からも今すぐにでも用意することのできる宿があると言う。

しかし、ヘルシングはその言葉には耳を貸さず、今度は自身の剣の手入れを始めた。


「あの!!どういう考えかは分かりませんが、相手が来るか来ないか分からないこの状況じゃ、野宿をするよりも宿に泊まったほうが良いんじゃないですか!!」


流石に無視をされたことに腹を立てたのかこれまでの彼女からは珍しく声を張り上げ、ヘルシングに問いかける。


「来るさ。必ずな。来るとわかっている相手に間取りもわからない部屋で待ち伏せしても不利になるだけだ。いや、こうも言っておくか。

『相手が有利になる状況にこちらが出向く必要がない』と。」

「そ、それはどういう意味でしょうか。」


意味深な発言をするヘルシングに青年が食いつく。

無理もないことだろう。彼は遠回しに『人狼の正体はこの村の住人である』と言っているのだ。

ここで人狼について一つ補足しておこう。

彼らは普段は人の姿で人と何ら変わらない生活を行い、人の日常に潜んでいる怪物だ。狼人間の姿に変わるのは狩りを行う場合においてのみだ。

そのため、一見するだけでは誰が人狼か判断するのは難しく、特定するのにはそれなりの期間を要する。

なのに対し、ヘルシングはこの村に到着して間もなく、この村に潜んでいる人狼がわかっているかのようであった。


「これまでに襲われた人は全員独り身でその場での救援が望みにくい奴ばかり狙われた。連日に襲って、そのどれもがだ。はてさて、これは偶然か。

さらに、一番最初に狙われたここの家人は猟師で、村の中で最も強力な武器である銃を持っている。一番面倒な相手を警戒が薄い状態から確実に仕留めている。実に計画的なものだ。」


剣をしまい、ヘルシングは立ち上がる。

思い返せば確かに、おかしな話だ。

これまでに襲われた人は家族に先立たれているか、出稼ぎに行っているかなどの事情によって日常的に誰かと一緒に住んでいるという人がいない。

このような一個人にまつわる情報は第三者が知るはずのないものである。

仮にこれを知っているとするならば、この村の人間以外考えられない。


「そんな...。で、でもこれまでこの村で人狼騒ぎが起きたことがありません!仮にこの村の住人の中に人狼がいたとして、それまで人狼はなぜ今まで行動を起こさず、一体何をしていたというのですか!!」


青年は声を張り上げ、ヘルシングに問いかける。

彼の気持ちもわかる。いくらこの村の存亡にかかわることを解決してくれる相手とはいえ、来て初日にこの村の住人の中にその犯人がいるといっているのだ。

動揺しないほうがおかしいだろう。


「いろいろ考えれる。よその村で教会の奴らに追われてここに逃げこんできたやつだとか、自身の命惜しさに情報を流しているとかな。

さてと...おしゃべりはここまでにしておこうか。」


ヘルシングは顔色一つ変えず、そう言うと、剣をしまい、再び拳銃を取り出し、ある方向にその銃口を突き付ける。


「え...?えっ?な、ど、どうしたんですか。」


青年が焦り始める。

銃口を突き付けられたのは村を案内してくれた青年だ。

青年は両手を上にあげ、犯行の意思を無いことを示す。

カリスはいきなり銃を突きつけるヘルシングに対し、その行為を止めるように言ったが、ヘルシングは銃を下ろさなかった。


「ずっと気になってた。あんたが俺たちの案内を初めてから後をつけてくる影が二つあった。ある一定の距離までは寄ってこないから気づいていないふりをしていたが、一応聞いておこう。あいつらはなんだ?」

「だ、誰かがつけてた...?そうなんですか?僕は一切...。」

「おいおい、質問の答えになってないだろ。次、質問の答えにならないこと言ってみろ。間違って引き金ひいてしまうかもな。」


ヘルシングはそれだけいうと拳銃のハンマーを起こした。

また、ハンマーが越こされるのを見て、青年の表情はより一層恐怖の色に染まる。


「ひっ!!わ、分かりません!!!本当なんです!!」

「いい加減にしてください!!そのつけてきた影っていうのは本当にいたんですか!!それなら今どこに...。」


ドォンドォンッ!!!


二発の銃声が鳴り響く。

ヘルシングの持つ拳銃からは煙が吐き出されていた。

しかし、青年と勿論のことながらカリスにその銃弾は当たっていない。

彼は森の中にある二本の木々に向かって発砲していた。見れば、木には銃痕が残されており、それは風穴となって威力の高さを示していた。

カリスたちが今の彼のとった行動について聞くよりも先にその答えが穴のあいた木の裏から姿を現した。

木の陰からこちらに倒れこむ二つの人影。血を流し、ピクリとも動かない。しかし、それをカリスは人であると認識できなかった。

それは大きさ的に人の身長の1.5倍ほどの大きさ、顔は狼のような尖った顔、全身に獣毛なものがびっしりと生えわたっている。


「なっ...これが人狼...!まさか本当につけていたなんて。」

「猿芝居はよせ。あんたが人狼か人間かは知らないが、こいつらとグルなのは間違いない。何せ、お前には俺の遣いをつけさせていたからな。」

「遣い...?」


夕焼けの日差しの中、何かが視界の端を横切っていく。その影はまっすぐにヘルシングの元まで飛んでいくと、その肩に止まった。


「烏...?」


カリスが疑惑の声を漏らす。ヘルシングの方に止まったのは一匹の黒い烏だった。

その烏は一見、何の変哲もないものに思えたが、羽に白く何かの文字が描かれており、何か特殊な術でもかけられているものであると感じる。


「こいつが俺の遣いだ。二日ほど前から偵察させていてなあんたらの企てはもちろんのこと調べさせてもらったよ。

俺のことを殺し、その首を使ってこの村を恐怖政治で独裁しようとしてたみたいだけどな。残念。俺はあんたらごときに殺されてやれるほど弱くない。」


ヘルシングは淡々と説明しながら再び青年に銃を突きつける。

彼は何の根拠もなく青年に銃を突きつけたのではなく、事前に偵察を送り、確かな情報の元に行動している。ただのバカではなかった。


「さてと、あんたを守る盾はなくなった。降伏するなら良し。しないなら...引き金はひかせてもらう。」

「で...ですから!!私は何も知りません!!その人狼たちとの談合なんてしていませんし、まず、その烏がどうやってあなたにそれを教えられるっていうんですか!!!

冗談を言うのもいい加減に...」


バンッ!!!


ヘルシングが彼の言い分を遮った。

物的証拠は残ってはいないが、彼の烏の成果は確かなものだ。現に、三匹確認されている人狼のうち二匹の討伐に成功している。

それなのに、未だ否定し続ける青年に苛立ちを覚えたのか、先ほどまで淡々とした口調で話していたヘルシングは脅しかけるように大声で銃声をまねた。

その声量は少し離れていたカリスでさえも本当に発射したかのように体がビクッと反応していた。

しかし、彼女はそれ以上に驚くべき事実を目の当たりにする。

それは青年がカリスと同じようにヘルシングの声に驚いたのだが、その動きは到底通常人ではありえない跳躍を見せ、ヘルシングを飛び越え、その背後に着いたのだ。


「なんだよ、やっぱお前らグルじゃねぇか。いや、お前のそのビビり散らしようを見ればウルフなんてものよりチキン〈臆病者〉の方がお似合いだな。」


ゆっくりと青年の方にへと振り向き、ヘルシングは相手を侮辱し始める。

これに堪忍袋の緒が切れてしまったようで眉間にしわを寄せるどころか目じりに至るまでしわがこれ以上ないほど寄っており、その怒りは憤怒と言っても過言でない。


「...てめぇ...さっきから人が下手に出ていればいい気になりやがって...後悔させてやる。」


青年の体が変化していく。

頭部を含めた全身に毛深い獣毛が生えてくる。顔の構造が人のものからドンドンかけ離れ、狼の頭部にへと変わっていく。

体も一回り以上大きくなっていき、着ていた衣服がその肥大化に耐えられず、引きちぎれ、上半身がむき出しとなった。

しかし、上半身にも獣毛はいきわたっているため、その素肌は見えない。

そこにはもう先ほどの青年の姿はなく、一匹の怪物が殺意をむき出しでいるだけであった。


「虚勢もそこまでにしとけよ。俺に勝てるわけないだろ。」


ヘルシングは銃を構え、発砲する。

しかし、その銃弾を獣の体を生かした高速ともいえるスピードで躱していく。

これに動じることなくヘルシングは銃のシリンダーを取り出し、リロードをするそぶりを見せる。

それを確認した人狼は地面を四足歩行で駆け抜けヘルシングに接近する。このとき、ヘルシングは空薬莢を排莢している最中であった。

人狼は変化によって生えた刃物のように尖った爪を立て、ヘルシングの首元めがけて突き出してくる。


「馬鹿が。まんまと釣られやがって。」


ヘルシングはそういうとリロードを中断し、腰に掛けてある剣を引き抜き、自身に突き出された腕を切り飛ばした。


「がっ...くそ...!!」


突如として隻腕となってしまった人狼はその場の勢いのままバランスを崩し、地面を転げていく。

彼の腕からは多量の血が噴き出しており、渇いた地面がその血を吸い、赤黒く変色する。地に伏している彼にヘルシングは剣をしまい、先ほどまでとは打って変わって一瞬にして六発の弾丸を込め、リロードを終える。


「て...めぇ...。わざと遅くしていやがったな...。」


切られた腕を押さえながら人狼は悪態をつく。その目にはずっとコケにしていたことに対する怒りと同時にヘルシングに対する恐怖の色が混じっている。

人より圧倒的に優れた身体能力を持つ人狼を子供をあやすかのようにあしらう目の前の男の底知れなさに恐怖する。

夕焼けにヘルシングのサングラスが反射し、表情のそれ以外の部分が影に埋まる。


「チェックメイトだな。ありきたりなセリフだが、神に懺悔することはあるか。」


人狼に近づき、銃を突きつける。人狼はまっすぐヘルシングの目をサングラス越しに見返す。


「いや...まだだ。まだとっておきの手が残ってる。」


人狼は苦痛に食いしばりながらも一瞬だけにやりと笑うと、地面の土を握りしめ、ヘルシングの顔に向けて投げつける。

ヘルシングはそれを煩わしそうに振り払うと、人狼はその隙に乗じてある場所にめがけて最後の力を振り絞り、高速で移動する。


「え...?」


それは二人の争いを少し離れた場所で見ていたカリスだ。無くした腕から噴き出る血を垂らしながらもカリスの元まで駆け抜け、残った腕の爪をカリスの首元へ構える。


「さぁ...。形勢逆転だ...。動くなよ、動けばこの女を殺す。なに、俺が逃げるのを追いかけなければちゃんと無事に返してやるよ。」

「なっ...。Mr.ヘルシング申し訳...」

「あ~、その『Mr〈ミスター〉』って呼ぶのはやめてくれないか。むずかゆくてしょうがない。」

「「は?」」


人狼とカリスが同じ反応を示す。当然だ。彼の放った言葉はこの場においてはあまりにも場違いなセリフであるからだ。

二人して虚を突かれたようにポカンとする。


「お前...この状況を理解しているのか。」

「理解しているとも。逆に聞きたいんだが、お前こそちゃんと理解しているか?どうして、最初からお前のことを怪しんでいる俺が、そこの女と一緒に村を回らせたのをゆるしたかを。」


その言葉を聞き、人狼は何かを悟ったようで、すぐさまカリスと距離を取ろうとするが、すでに遅かった。


「が...ぐっ...。」


先ほどまで機敏に動けていた体が全身鎖につながれたように体を動かすことが出来なくなっていた。

それどころか、言葉をまともに話すこともできなくなっており、一言発声するのがやっとのことであった。

カリスは突如として動かなくなっただけでなく様子がおかしくなった人狼を見る。


「一体何が...。」

「『麻痺パラライズ』。離れても大丈夫だぞ。お前の背中にちょちょいっとしかけていたんだが、無駄にならなくてよかった。」

「いつの間に...。」


ヘルシングの言葉を聞いて、自身の背中に手を伸ばすと、一枚の紙が貼りつけられていた。

それは一辺が6センチほどの正方形の羊皮紙に五芒星が描かれ、その周りに何かの文字が円を描くように五芒星を囲っている。


「魔術だよ。ちなみにその紙には『麻痺』のほかに『遠視』の魔術もかけている。万が一、俺と離れたところで襲われても問題ないようにな。」

「ずっと見ていたんですか?」


カリスの問いかけに肯定する。


「さてと、そろそろ終わらせるか。神に懺悔...は麻痺しているからしゃべれないか。」


ヘルシングは人狼に近づき、剣を首筋に当てる。

人狼は未だ体のしびれが取れず、ただ来たる死を待つことしかできない。


「だったらせめて、心の中で祈ってろ。」


そのまま剣を横に引き払い、首を切り落とす。

一時的な血の噴水が出来上がり、地を赤く染める。

この戦いにおいて彼は全くといっていいほど動いていない。それも、事前に偵察を送り、敵の素性を詮索したからこそ準備が出来た。

ただ、それにおいても彼の戦闘力はこの戦いで測ることが出来ないほどの完勝であった。分かっていることは自身に一つの傷もなく、カリスも傷つけず、息も切らさずに人狼を三体倒すことのできる男。

これをみたカリスは確信した。

(この男であれば自身の依頼を確実に成功してくれるであろうと。)


「依頼完了っと。後の二匹の首も切り落として村長にでも見せて報酬をもらうとするか。その次はお前の依頼もやるとするか。」

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