新たな生活の始まり
「今、帰ったぞーーーーーーーーーーー!! 」
男がそう言うと、巨大な城の門が開く。
ここが、この人の家………………。
流石に大きすぎるような。
「そうだ、家に入る前に。まだ名前を聞いていなかったな」
「は、はい。レンタです」
「おぉ、珍しい名だな。だが、良い名だ」
「あ、ありがとうございます」
「ハッ、そう畏まるな。タメ口でいい」
「え、………………あ、ありがとう? 」
「あぁ、そちらの方が断然良いな」
男は満足気に頷く。
「あ、…………そうだ、俺の名前がまだだったな」
男はハッとすると、僕に向き直る。
「俺の名はエルドラ=フィルミア、まぁ、エルドラと呼んでくれ」
「………………エルドラさん」
「さん付けじゃなくて良いんだけどなぁ」
「いや、歳の差的にそれは…………」
「まぁそうだな、かえって呼びにくいか」
「なら早速………………エルドラさん、これからよろしく」
「あぁ、よろしくな」
それから、エルドラさんと僕は長い長い廊下を歩く。
そこには僕の知る、城特有の豪勢な装飾品などは全くない。
欲がないというのは本当だったのか。
「ここが、大広間だ」
エルドラさんが大層な扉に手を掛ける。
大きな音を立てて、扉は開かれ………………。
「遅い!! 」
少女が目前に立っていた。
「ありゃ? 」
僕を見るなり、目を見開く少女。
「なっ! 誰かいる!! 」
「あぁ、コイツはレンタ。この家の新たな住人だ」
「へ? えぇ………………へ、えぁ、う…………うーむ」
突然の事に混乱しているのか、少女は目をグルグルさせてフラフラしている。
「だ、大丈夫? 」
「ふぇ…………だ、大丈夫。もう頭の中、超冷静でパーフェクトだから」
そう言うと、少女はパッと表情を変えて、僕の手を握る。
「じゃあ、私メイビィ、よろしく! 」
「よ、よろしく」
切り替えの早い子だな。
「じゃあ、次はお前の部屋に案内してやる」
「…………部屋」
「どうしたんだ? 」
「あ、いや、なんでもないよ」
「なら良いんだが」
「す、凄い」
案内されたその一室はえらく立派な代物だった。
「穴一つないなんて」
「それ、普通だろ」
「いや、結構凄いことだよ。本当にありがとう、エルドラさん」
「っ! あ、あぁ、どういたしまして」
エルドラさんは目に見えるように、狼狽している。
「ど、どうしたの? 」
「いやまぁ、ガキのそんな笑顔見ちまったらな………………嬉しくて仕方ねぇや」
「え、………………そ、そんな。…………ありがとう」
僕を見て照れるようにするエルドラさん。
「ま、まぁ兎にも角にも、今日からここがお前の部屋だ」
「は、はい」
「後、この家のルールだが、朝昼晩のメシの時以外は基本自由にしてくれて構わない」
「え、家事の手伝いとかって…………」
「あぁ、それはこの家が勝手にやってくれる」
「勝手に? 」
「この家作る時に、知り合いの魔術師を雇ってな。この家自体が意思を持って掃除から料理まで家事の全般をこなしてくれるようにしたんだ」
「へ、へぇー、それはすごいなー 」
魔術師って…………あの魔術師?
やっぱり僕の世界とは違うんだな。
まぁ、でも、もういいや。
いちいち驚いていても仕方がない。
今の僕はこの世界の人間なんだ。
夜6時になり、ルール通り大広間へと向かう。
「ねぇ、レンタ。あなたもやっぱり盗賊団から逃げて来たの? 」
長い廊下を歩いている途中、後から来たメイビィに声をかけられる。
「盗賊団? 」
「あ、あぁ、レンタは違うのね」
メイビィは、少しだけ顔を暗くする。
「私はね、生まれて間も無く、ある盗賊団に盗まれたの」
「盗まれたって…………」
「うん、そこは例え人だろうと、盗めるものは全部盗んじゃう所だったから。でね、その盗んだ子供を新たなメンバーにしちゃうの」
メイビィの顔が更に険しくなる。
「勿論私もおんなじでね、ロクな知識も与えられずに、命令が絶対と信じ込んで、悪事に加担していた」
知識を与えられず………………。
そういうタチ………………。
そうか、何も知らなかった僕をエルドラは盗賊団の子供と勘違いしたってことか。
「疑うこともせずに盗みを繰り返して、気づけば私は10歳になっていた。それまでにどれだけの人の人生を狂わせたのか想像もつかない。本当に私は大悪党だよね」
「そ、そんなことーー」
僕のその声にメイビィの声が重なる。
「そんな大悪党の私をエルドラは許してくれた。お前は悪くないって、本当に悪いのは利用した奴らだって言ってくれた。そっから私、エルドラのおかげで幸せになれたんだ」
メイビィは目に滲んだ涙を拭き取る。
「まぁ、だからね。レンタが今までどんな目に遭って来たのか分からないけれど…………もう大丈夫だよって、言いたかったの」
メイビィは優しい笑顔で笑いかける。
でも………………僕は。
「多分エルドラさんは、僕を盗賊団の子供だって勘違いしたままだと思うんだ。それって、僕はエルドラさんを騙してるんじゃ………………」
「ううん、そんな事エルドラは気にしないよ、てか、盗賊団の子供って、どうせエルドラが勝手に決めつけただけなんでしょ。本当にエルドラの悪い癖だよ」
「え………………」
「まぁ、レンタがどんな境遇だったとしても、エルドラは絶対にレンタを追い出したりなんてしない」
メイビィは揺るがない眼で僕を見る。
「それにあの人、顔で決めてるしね」
「顔? 」
「うん、感情は顔にでやすいんだって」
『そんな苦しそうな顔して何言ってんだ。そんな顔されちゃ、俺はお前を絶対に放っておけない』
「あ、あぁ、確かに」
「ハッハッハッ、お前そんな事気にしてたのか。心配するな、あんな顔する奴を助け出すのが、俺の生き甲斐だ。絶対に見捨てたりなんかしねぇよ」
大広間での食事中、僕の告白をエルドラさんはそう笑い捨てた。
「ほら、言ったでしょ」
「うん」
僕はもしかすると幸せになれるのかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。