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鳥羽っちり

作者: 日野

世界観・キャラクター原案:鳥尾圭


動物と心を通わせる能力を隠して生活する少年少女

いったい何のための能力なのか

この能力を持つ者の末路とは――


鳥羽泰時:無口。一匹狼。

乾緋弦 :姫瑠の姉。かっこいい。

乾姫瑠 :緋弦の妹。可愛い。

宇佐美葵:緋弦のことを尊敬している。

根来羅衣:姫瑠のことが好き。


以上のような設定を曲解してできた話です。

 動物と心を通わせる能力。

 古くは知られていたこの特別な力も今では知る者の方が少なく、しかし、かつての文献を読み漁り特殊な能力者の存在を認知した輩は、その力を望み、欲し、貪欲なまでに彼らを血眼になって捜すのだ。

 現代でも同様に、後を絶たない不穏な輩から身を隠すように、同盟を結びながら普通の生活を送る、年の頃17、8歳の少年少女がいた。

 とある早朝。

「おい、大変だ! 変なヤツらにばれたかもしんねぇ、俺らの能力が!!」

 いつからか秘密の基地と称して勝手に使っている、庭付き一戸建てプール付きの好立地住宅の窓を壊すような勢いで開けた根来羅衣ねごろらいは、そのまま飛び込んで来るや否やリビングダイニングのテーブルを思いっきり両手で叩きつけた。

「それ、確かな情報なの?」

 偶然その場に居合わせた乾緋弦いぬいひつるは、鑑賞中だった子犬の動画から目を離さずに返す。

「ああ、近頃見慣れねぇヤツらがうろうろしてるって、近所の猫たちが!!」

 大げさな身振り手振りで騒がしく訴える根来に眉根を寄せる緋弦。

「あんたまた猫の会議に参加してきたの? 目立つ行動はするなっていつも言ってるでしょ」

「でも、あいつらヤツらが来るって――」

「猫の縄張り争いでいちいち引越してたら、そのうちどこにもいられなくなるわよ」

 険しい表情で一瞥した緋弦は動画に目を戻した途端ふにゃっと笑った。どうやら動画に映る子犬たちの会話を楽しんでいるようだ。

「な、なあ、姫瑠のお姉さん!!」

 なおも食い下がろうとする根来は緋弦の一睨みによって押し黙る。

 すると、どこからともなく現れた宇佐美葵うさみあおいが緋弦の後ろから画面を覗き込んだ。

「何してるんですか? 緋弦さん」

「うわ葵、どこから湧いて出た」

 根来の声に向き直った宇佐美は小首を傾げる。

「何でいるんです?」

「報告があったんだよ、色々」

「また野良猫の会議の話題だったけどね」

「え? 緋弦さんに用があるならまずボクを通してもらわないと」

「何でいちいちお前を通さなきゃなんねんだよ」

「ボクが緋弦さんの親衛隊だからですよ~、あははっ」

 緋弦を尊敬してやまない宇佐美は、自分のために勝手に作った緋弦の親衛隊を豪語する。

 そんな賑やかな雰囲気に誘われるように、緋弦の妹、乾姫瑠いぬいひめるが顔を出した。

「お姉ちゃん、みんな。何の話?」

「ひ、姫瑠ちゃん、葵がいじめるよ~」

 大好きな姫瑠の姿に、根来はこの時とばかりに縋りついた。

「おい。どさくさに紛れてうちの姫瑠にしがみつくな。姫瑠と付き合いたいならあたしを倒してからにしな」

「そして緋弦さんと戦いたいのなら、ボクを倒してからにすることですね」

「何でだよ!」

 仲のいい乾姉妹と、緋弦を尊敬し親衛隊を名乗る宇佐美、そして一方的に姫瑠に好意を寄せる根来。

 これがここにいる人物の大まかな関係だ。

 しかしまだこの小さなコミュニティー内で孤立している男がいた。

 鳥羽泰時とばやすときだ。

 鳥羽は初対面の日に、開口一番「俺は鳥になりたい」などと宣い周囲に壁を作ってしまったせいで、仲良くなるタイミングを完全に逸してしまった。

 おまけに歩み寄ろうとしてくれた仲間の言葉を否定し、むしろ孤独が好きな風を装ってしまったのだ。

 自分を擁護する声が耳に届くたび少し後悔している。

「えと、鳥人間……のことじゃないかな?」

「それ、俺も聞いたけど真顔で否定されたぞ」

「じゃあ、違うね……」

 そうこうしているうちにすっかり出来上がった相関図にますますタイミングを失ってしまい、今では仲間のことを避けるように周囲の警戒を買って出ている始末。

「――って、あいつまたあんなとこに」

 意外と面倒見のいい根来は、窓の外に鳥羽の姿を認めて声を漏らす。

 庭の大きな木に背中を預けて座る鳥羽の周りには鳥が集まっている。

「放っておきましょうよ。あの人、貝になりたいみたいですし」

「鳥な」

「そうよ。根来、あんたお節介すぎよ。見張り役も買って出てくれてるし、みんな納得してるんだから」

「俺が納得してねぇ」

 視界に映る鳥羽は楽しそうに鳥たちと会話を交わしている。残念ながら、鳥語を理解できるのは鳥羽だけなので話の内容はわからないが、人といる時より心を開いている雰囲気に、思わず拳を握りしめる。

「あいつホントに一人でいたいのかよ」

「で? あんたは何がしたいのよ。ただ波風立てたいだけ?」

「いや、折角みんなで生活してるわけだし。なんていうか、信用できねぇヤツを近くに置きたくねぇ――っていうか」

「あ、それはボクも同感です」

 いっそ追い出します? などと笑いながら言い出した宇佐美を後目に、それまで真剣な表情でみんなの話を聞いていた姫瑠は突然何か閃いたように手を叩いた。

「そうだ! 鳥羽さんが心を開いてくれるようにみんなでパーティーしようよ!! メッセージ動画を撮って、料理とケーキをたくさん用意して、サプライズでホームパーティーを開くの。きっと仲良くなれるよ!!」

「お、いいなそれ。あいつも何かきっかけがあれば変わるかもしんねぇし。な、やろうぜ!」

「そううまくいくの?」

「きっと無駄ですよ~」

 渋る緋弦と宇佐美に、さらに畳みかける。

「そう言って、あいつのこと切る気ねぇんだろ? 長い共同生活ずっとこのままでいる気かよ?」

「別にあたしは、姫瑠の頼みならやるよ。あくまで姫瑠のためにね」

「緋弦さんがいいなら……。まあ、ボクにできることは特にありませんし」

「満場一致だな」

「うん。みんなありがと」

 手を取り合って喜ぶ根来と姫瑠。

「おい、根来調子乗んな」

「すんません。姫瑠のお姉さん」

「あと、お姉さん言うな」

 満面の笑みを浮かべた姫瑠は、善は急げとばかりに動画撮影の準備に取り掛かる。

「まずはメッセージ動画だね」

「え、今から?」

「もちろんだよ。こういうのは、時間をかければかけるほど気づかれる確率が上がって成功率が下がるの。それに、思い立ったが吉日って言うでしょ?」

 ざわつく周囲の声も届かない様子で、撮影スポットを作成し始めた。

 背景用のパネルを用意し、

「姫瑠ちゃん、手伝うよ」

「ありがと。根来くん」

 それに装飾を施し、

「これ付ければいいんだね」

「うん。ありがと、お姉ちゃん」

 念入りに確認しながら撮影位置を決める。

 スマホ越しに眺めながらいまいち納得がいかない様子の姫瑠に三脚を持った宇佐美が近づいた。

「カメラ使います?」

「うん! ありがと、葵くん」

 姫瑠は背景になる撮影スポットが映るように三脚をセットすると、みんなにパネルの前に並ぶよう促した。

「行くよー」

 掛け声とともに撮影を開始する。

「……」

「誰か何か言いなさいよ」

「改まって言うことなんてあります?」

「俺たちはお前のこと待ってるぞ的な内容でよくね?」

「別に待ってないですけどね」

「……どうしたの?」

 ひそひそと開かれる会議に、隣に並んだ姫瑠が不思議そうな顔をしている。

「ごめん姫瑠ちゃん。俺たちまだ何言うか決めてなくて」

「そか。大丈夫だよ。みんな私に続いて!」

 自信満々に両手を握りしめる。

「鳥羽くん!! 私たちみんな鳥羽くんのこと大好きだよ!!」

 ガチャッ

「呼んだか? 何か声が――」

「と、鳥羽!!」

「あんた、見張りはどうしたの!?」

「いや、鳥たちが――」

「まさか追手か?」

 食い気味に身を乗り出す根来。

「いや……」

「な、あー……ああ!! そうそう、ちょっと聞いてくれよ!!」

 機転を利かせて自らが壁になって撮影スポットを隠した根来は、鳥羽の身体を反転させると、そのまま背中を押しながら外へ向かっていった。

「実はな、今朝猫たちから追手の話を聞いちまってな。悪ぃけどちっと見張りの強化頼めねぇか?」

「わかった」

「いや、さっきもこの話してたんだけどな」

「そうか」

「じゃ、頼んだぜ」

「ああ」

 根来は、ここ数日見張りの定位置になっている庭の大きな木のもとへ向かう鳥羽の姿を見送った。大木に背中を預けて根元に座り込むと早速鳥たちが寄ってくる。何を話しているのか、口元を緩ませる姿に小さなため息をついた。

 鳥羽は踵を返す根来の姿を視界に入れる。

 根来はよく部屋の出入りに窓を利用している。窓から窓へせわしなく飛び回る姿はどことなく鳥を思わせる。気まぐれに入ってきては部屋を旋回して飛び去っていく小鳥。

 窓から帰っていく根来に、そんな鳥の姿を重ねてほっこりした気分になった。

 庭に隣接するリビングの窓に足をかけて室内に戻ると笑い声が耳に届く。

「あははっ。ほんとタイミング最悪な人ですね」

「間が悪いのも大概にしてほしいよ」

「……お前らのその言い草、鳥に告げ口されてるかもしんねぇな」

「もう、ひどいこと言わないでよ根来くん」

「え、俺……?」

「あ、根来。どうでした?」

「ああ、見張の強化頼んできた」

「しばらく時間稼ぎできそうね」

「大丈夫かな? 気を悪くしてなければいいけど……」

「大丈夫だって!! 姫瑠ちゃんが気に病むことじゃねぇよ」

「うん。鳥羽くんのためにも早く準備しないとね。気を取り直して、もう一回取り直そ!」

 しかし収録は思うように進まず、普段にこやかな姫瑠の表情がだんだん険しくなっていく。

「んー、それなら演劇にすればよかったかな」

「い、いや……」

「ミュージカルとか」

「メ、メッセージがいいと思うよ!」

 これでダメならミュージカルをやらされるという強迫観念がみんなに迫る。次で最後と銘打って再び撮影を開始した。

「鳥羽くん!! 私たちみんな鳥羽くんのこと大好きだよ!!」

「ああ、俺たちみんなお前のこといつでも待ってるぞ!!」

「あ、あたしも!! あんたのこと頼りにしてる!!」

「ボクも大好きで~す!」

「おい、嘘っぽくすんのやめろ葵」

「えぇ? 誰がです?」

 結局、半ばやけくそになった一同の叫び声を録音し、無事メッセージ動画が完成した。

 出来栄えを確認をした姫瑠は、

「あれ? ちょっと背景切れちゃったかな?」

「え――」

 少し納得のいかない素振りを見せていたが、時間も限られているからと何とか説得し撮影スポットを撤収した。

「それじゃ、次はホームパーティーの準備だね!」

 仕切り直しにポンッと手を叩いた姫瑠は、テキパキと装飾品やテーブルクロスを持ち出し準備を始める。

「お姉ちゃんは料理担当ね」

「わかったよ」

「根来くんと宇佐美くんはお部屋の飾りつけお願いできるかな」

「ああ、任せとけ! な、葵!」

「……はーい」

「私はケーキ作るね! 向こうのキッチン借りていいかな?」

「いいよ。あたしはここの使えばいいんだね」

「うん!!」

 時間厳守だと念を押して、ここからの分担作業に張り切って出ていく姫瑠を見送った一行は、いつもより慌ただしい日常に充実感を通り越して疲れを感じていた。

「姫瑠ちゃん楽しそうだな」

「そうね……」

 それでも、姫瑠の思いを無下にできないと奮起する二人。

「やるよ」

「だな」

 緋弦はひとまず材料を確認しに倉庫へ向かう。この住宅では、裏口近くの数段地下に作られたスペースが食材の倉庫として使用されていた。直射日光の届かない空間を簡易な冷蔵庫のように利用し、日持ちする食材を保管できる作りになっている。

「緋弦さん! ボクも手伝います」

「部屋の飾りつけはどうしたの」

「え~、あ。ボクやることできたのでちょっと行きますね~」

 一体何のためについてきたのか、声をかけてすぐに引き返していく宇佐美を不審に思いながら、緋弦は必要な食材を麻袋に詰める作業を行った。

 それがあらかた終わった頃、キョロキョロと辺りを見回しながら歩く根来が現れる。

「あんた、何でこんなとこにいるのよ」

「……葵は来てねぇのか」

「来たけど用があるって戻ったわよ」

「入れ違いかよ」

 ため息をついた根来は頭を掻きながら引き返す。

「何なのよ。あいつら……」

 残された緋弦は食材を詰めた麻袋を肩に担いでキッチンへ急いだ。

 逃亡した宇佐美を探しつつ廊下を歩く根来は、聞こえてきた鼻歌に足を止める。ドアの隙間から声の主を盗み見ると、そこにはケーキ作りの準備をする姫瑠の姿があった。

 ポニーテールにエプロン姿のお菓子作りモードに息をのむ。

「それでは。本日はショートケーキとフルーツケーキ、二つのケーキを作っていくよ!」

 なぜか語り口調の独り言に、根来は気づかれた気がして一瞬ドキッとしてしまった。

「まず、粉類はあらかじめ振るっておきます――」

 それからしばらくレシピ説明が続き、ようやく作業に入るのかと思ったところで、どこからかすでに焼きあがったスポンジケーキを取り出した。

「今日は時間厳守なので差し替えま~す」

「え?」

「そして本日は、なんと同じ商品をもう一つお付けして――」

「え?」

「あとはデコレーションして完成です!」

 姫瑠は回転台に乗せたスポンジをきれいに三等分し、鮮やかな手つきでスポンジにシロップを打つと、ホイップクリームを塗った上に均等に切られたイチゴを丁寧に並べていく。

 その真剣な表情に我に返った根来は、まだ終わってない飾りつけに急いでリビングに走るのだった。

 部屋に飛び込んだ根来は少し淀んだ空気に違和感を覚え立ち止まる。

「ん? なんか焦げ臭い――?」

 緋弦が料理を作る気満々で食材を物色していたのを思い出し、リビングダイニングに隣接するキッチンを覗いてみるが、そこからは物音ひとつせず人の気配すら感じられない。

「……気のせいか」

 方々走り回るが結局目的の宇佐美は捕まらず、広い住宅をただ周回するだけの徒労に終わってしまい、残ったのはまだ片付かない仕事と疲労だけだ。

「どこ行ったんだよ、あいつ」

 悪態を付きながらも、根来は宇佐美の捜索を諦め、自らに課せられた使命の全うに勤めることにした。

 幸いここからだと監視任務続行中の鳥羽を視界に入れることができ、その動向に注意しながら作業できそうだ。

 サクッと終わらせちまうかと意気込んだ根来は、腕まくりして気合を入れると、ようやく部屋の飾りつけに着手した。


 その数十分前。

 緋弦がキッチンに入ると待っていた宇佐美が手を振って迎えた。

「緋弦さん、待ってましたよ」

 余裕すぎる宇佐美の態度に、キッチンから身を乗り出してリビングを見渡すがそこに根来の姿はなく、置きっぱなしになっている装飾品を見るに戻った形跡も見受けられない。当然部屋は普段通りのままだ。

「まだ全然じゃない」

「そうですね。まあ、ボクの絶望的なセンスで姫瑠さんをがっかりさせたくないので、やめときます」

 それよりこっちのほうが大事ですしと首から下げたカメラを掲げて見せる。

 緋弦が華麗に料理する姿を動画に収めようとワクワクしながら撮影を開始する。しかし宇佐美の期待を裏切り生成されていくものは原型を止めない何か焦げた物体だった。

「あたし料理できないのよね」

「出来ないことを素直に認められる緋弦さん、かっこいいです!!」

 つぶやかれた緋弦の一言にも称賛の声を上げる宇佐美。

「バカにしてるの?」

「尊敬してます」

「慣れないことするもんじゃないわね……考えてみたら、担当とは言われたけど、作れとは言われてないのよね」

「ですね」

「それとなく手作りっぽいものでも調達してくるわ」

「あ、緋弦さん。ボクも行きます」

 とはいえ、おそらく手作りを期待しているであろう姫瑠に多少のバツの悪さを覚えた緋弦は、失敗作をしっかり片付けた後、裏口からこっそり外出して行った。

 不審な行動が監視に見つかるとヤバいと思い視線を走らせた先の鳥羽は、相変わらず大木を背にして無数の鳥たちと戯れている。

 ああやって鳥の声を聴いて、追手の情報をいち早く得ているのはいつも鳥羽なのだ。そんな仲間に危機を知らせてくれる存在を信用しているし、何気に頼りにもしている。

「あんな大量の鳥の中から、よく必要な情報集められるわよね」

 道中、緋弦は率直な感想を口にする。

「無理でしょう。雑踏を歩くときに周りの会話なんて聞き取れてないでしょ? まあ、あの人が鳥を身近に感じているのは確かかもしれませんけど」

 ギャーッ!

「そういうあんたは、普段ウサギとどんな会話してるのよ」

「スピスピッみたいな感じですかね?」

「ホントに声聞こえてる?」

 ギャーッ!

「嫌だなぁ聞こえてますよ。ただ、わざわざ取り留めのない会話して無駄に消耗することもないですよね」

「……」

 ギャーッ!

「……さっきから聞こえてます?」

「ええ」

「ここ一帯サギの根城にされかけてますね。あいつら繁殖力強いからあっという間に魔王城みたいになりますよ、この辺」

「閑静な住宅街が台無しね」


 一方、飾り付けが完成し部屋の装飾に納得した根来は、鳥羽の姿がないことに気づいて慌てふためいていた。

「鳥羽いねぇじゃん!!」

 部屋から視認できる範囲に鳥羽の姿は見当たらない。

「このままだと姫瑠ちゃんが楽しみにしてるサプライズが失敗しちまう」

 根来は青ざめた表情で窓から外に飛び出した。

 それと入れ違いになる形で、二つのケーキを器用に運びながら姫瑠が現れる。

 豪華に彩られた空間に圧倒され、整えられたダイニングテーブルに感嘆の声を漏らす。

「すごい。こんなに綺麗に。センスの賜物ね」

 持ってきたケーキをテーブルに設けられたスペースにそれぞれ鎮座させると、その佇まいに満足げに微笑んだ。

 しばし色んな角度からケーキと装飾のコントラストを堪能して、来たるホームパーティーへと期待に胸を膨らます。想像以上の感動が待ち受ける予感に嬉しさが隠せない。

「その前に使ったキッチン片付けておかないと」

 楽しい時間の前にもう一仕事終わらせようと姫瑠はリビングを後にした。


 根来は鳥羽を探して走り回っている。

 窓から窓に飛び移り、途中何かに足を取られたり、何かに引っかかったりしながらも一心不乱に駆けずり回る。

 根来の頭の中には、もはや鳥羽を探し出すこと以外なくなってしまっていた。

 だが一向に鳥羽と出会う気配がない。

 普通に廊下を歩かない根来とは裏腹に、正規のルートを辿って現れた鳥羽はリビングのドアを開けるなり飛び込んできた惨状に絶句した。

 床には割れた皿やグラスが散乱し、落ちたケーキは無残に潰され、辺り一面が踏み荒らされている。さらに普段見慣れないものまで散らばった様子から、誰かが何かを探すために部屋を物色した形跡を垣間見る。

 見当たらない仲間の姿に心臓が騒めいた。

「一体何があった……」

 衝撃のあまり呆然と立ち竦んでいると裏口側の扉がゆっくりと開く。

 警戒した鳥羽が身構える中、コソコソと帰ってきた緋弦と宇佐美が顔を出した。

「時間まだ大丈夫よね――って、何なのこれ!?」

「うわ~、また派手にやりましたね」

 まさに大惨事と言っていい状況に度肝を抜かれる。

 ガシャンッ!!

「そんな……酷い」

 クッキーとティーセットを用意し戻ってきた姫瑠は、ショックのあまり持っていたものを取り落としてしまった。深い悲しみに打ちひしがれている。

 やがて窓から合流した根来は、惨劇の現場と泣き崩れる姫瑠を見るや激昂して叫んだ。

「鳥羽お前!! 何やってんだ!!」

「いや、俺は――」

 根来はケーキを拾い上げると、言い訳を並べようとする鳥羽の顔めがけそれを叩きつける。さらに宇佐美が騒ぎに便乗とばかりにもう一つのケーキをねじ込むのだった。

「まさかこんなことするヤツだったとはな」

「あははっ、ホント最低な人ですね」

 顔面ケーキをくらった衝撃で倒れた鳥羽は、いまいち状況が把握しきれず天井を仰いだ。

 緋弦は姫瑠を気遣い助け起こしている。

 手の付けようがないほど散らかった室内を無言で眺めつつ、誰一人動こうとしない時間がしばらく続いた。

 時計の音が耳につき始めたころ、沈黙を破った鳥羽が消え入りそうな声で呟いた。

「――追手だ」

 鳥羽の報告に張り詰める空気。

 言うまでもなくパーティーはお開きとなり、眼下に広がる惨状に手を下すこともなく、己の荷物だけを手早くまとめると一行は住宅を後にした。


 逃げる最中、根来はあることに気づいてしまった。

 色々あって呑気に遊んでる場合じゃなくなったせいでホームパーティー自体は中止になってしまったが、血の滲むような努力をしてこさえたメッセージ動画があることに。

 そもそも鳥羽との距離を縮めるための作戦だったのに、サプライズは失敗し、心なしか以前よりも溝が深まってしまっているのが現状だ。

「な、葵。ちょっとカメラ貸してくれ」

「いいですけど」

 根来はカメラを受け取り先を歩く鳥羽に追いつくと、

「鳥羽。ちょっと見てほしいもんがあんだよ」

 嬉々として、そこに一つしか保存されていない動画を再生した。

 しかし予想に反して映し出された緋弦の姿に首を傾げる。

「なんだ、これ?」

 覚えのないその動画には、キッチンで料理を準備する緋弦と宇佐美のやり取りが記録されているようだ。

『何作るんですかぁ?』

『黙ってみてな』

『わ~、火柱が立つとシェフっぽいですね~』

 圧巻のパフォーマンスで料理を作る緋弦。

 次々と生み出される黒く原型を止めていない物体。

 いっそすがすがしいくらい鮮やかに、ひたすら料理を失敗し続ける姿はまさに醜態と言うに相応しい。

 背後から不穏な気配を感じ取り振り返った根来は、鬼の形相で立つ緋弦と目が合った。

「不可抗力だって!! だいたい動画これだけだったし……」

 まだ再生が続いている動画に目をやった宇佐美はハタと気づく。

「あぁ、あれ、前のグダグダのと一緒に間違えて消しちゃったみたいです。あははっ」

 やがて料理を作ることを諦めた緋弦は、数々の失敗作を片付け、宇佐美と共に買い出しに向かった。その際無造作にカウンターへと置かれたカメラの録画はまだ続いている。

 しばらくするとリビングに入ってくる根来が映し出された。

 手際よく飾られていく室内に、

「ほら、見てくれよ。俺こんなに頑張ったのに」

 根来は自らの勇姿を自慢げに指さすが、完成した直後に窓から外に飛び出して行ってしまう。

 姫瑠がケーキを置きに一瞬だけ現れるが、以降は、弾丸の如く戻ってきた根来が行ったり来たりしながらあちこち飛び回った挙句、テーブルクロスに足を取られ、装飾に引っかかり、それによって落ちた様々なものに躓きながら、あっという間に見覚えのある惨状が出来上がっていった。

 落ちた衝撃で止まったのか動画はそこで終わっていた。

「これは――何なの?」

「し、知らねぇ……おい、どうなってんだこれ!!」

 怒りを露わにして指を鳴らす緋弦にこの先の展開は容易に想像できる。

「待て、待て。これは、そうだ鳥羽のヤツが!!」

「俺――?」

 仲良くじゃれ合うみんなの姿に姫瑠の顔はほころんだ。失敗したパーティーのことよりも、それを計画することによって得たかった効果が早くも表れていることを素直に喜んでいる。

 暴れる緋弦は誰にも止められず、半ば強引に巻き込まれた鳥羽にも被害は及んだ。

 ギャーッ!

 木々の上に集うサギの声の様な悲鳴が夕焼け空に響き渡った。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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