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9 美弥子として付き合おう

 嬉しい。雄樹くんが彼女になってくれって言った。

 しばらく雄樹くんの腕の中で幸せを噛みしめてたら、雄樹くんが


 「連絡先、教えてくれるよな?」


なんて言ってきた。それは構わないけど、電話番号とメアドは、学校の方で公表する可能性があるから避けたい。

 じゃあ…


 「えっと、実はあたし、パインはアカウント持ってるけど使ったことないの。

  どうやればいい?」


 使ってないパインの方を使おう。

 でも、雄樹くんは不思議そうな顔をした。


 「持ってんのに、使ったことない?」


 「うん。

  あのね、色々なお店がパインでサービスクーポンとか配るのよ。

  そういうの受け取るためにアカウントは作ったんだけどさ、同僚とかに知られると、余計なお付き合いとか増えちゃうから、電話帳とリンクさせてないの」


 初期設定では、アカウントを作ると、電話帳に登録されたアドレスに「加入しました」の通知が行っちゃうので、あたしは電話帳とリンクさせないことで、クーポン受取に特化させている。


 「つまり?」


 「雄樹くんのアカウント、登録の仕方がわかんない」


 雄樹くんがキョトンとした後、プッと吹き出した。そして、自分のスマホをちょっといじってこっちに向けた。


 「このバーコード読み取って、友達に加えて」


 言われたとおりやると、画面にアイコンが加わった。


 「そしたら、テキトーにメッセージ送って」


 「好きよ♡」と入力して送ると、雄樹くんのスマホがブィンと震えた。


 「オッケ、来たよ。 って…」


 なんか赤くなりながら見せてくれたスマホには、「みやこ」の文字が。そういや、あたし、どうせ使わないからってひらがなで登録したんだっけ。危ない危ない、「京」で登録してたらバレるところだった。

 あたしは、仕事用とプライベート用でスマホを使い分けるなんてことはしていない。多分、他の先生達だって、そんなことはしていないはず。

 一応、緊急連絡先として電話番号とメアドは学校に提出してあるし、状況次第ではメアドは生徒にも公開することになってもいる。

 電話番号は、さすがにプライベートがなくなりかねないから、教員同士に限られてるけど、部活持ってる先生なんかは、部員に教えてる場合もあるみたい。パインですませる先生もいるようだし。


 折り返し、雄樹くんからもメッセが来た。

 「美弥子さん、これからよろしくね(^^)」…そうか、あたしの名前、“美弥子”だと思ってるんだ。よし、じゃあ、あたしは“美弥子”ね。

 って、あれ? 雄樹くんのアカウント名「トミー」になってる。あだ名かな?


 「ね、何、この“トミー”って?」


 訊いてみると、雄樹くんはちょっと困った顔をした。


 「俺、名字が“富井”だからさ、部の先輩からトミーって呼ばれんだ」


 あ、“とみい”を“とみー”に伸ばしてるのか。

 ぷっ。やっぱ高校生って子供だよね。


 「そういえば、雄樹くんは何部なんだっけ?」


 今後のことを考えると、雄樹くんのことは色々聞いておいた方がいい。京と美弥子の持っている情報が同じになるのが理想だ。


 「部活? バスケだよ。

  地区大会があるから、ゴールデンもなしの予定」


 「大変だねぇ」


 「しゃあねえよ」


 そうだ、これ訊いとかなきゃ。


 「ね、ちょっと訊いていい? 雄樹くんって一人暮らしよね。ご両親は?」


 担任としてなら簡単に調べられるけど、“美弥子”としては、訊かなきゃわからないことだ。


 「大した理由じゃねえよ。

  高校合格した後で、急に親父の海外勤務が決まってさ、お袋はそれについてった」


 「急に海外に? そりゃ大変だったねぇ」


 「案外なんとかなるよ。

  さすがに1人で3LDKは無駄だからって、ここに引っ越してきた。ここ、家賃安いんだってさ」


 うん、知ってる。事故物件かって思うくらい安いよね。立地もいいのに。

 なんか、単身赴任とか転勤族のための賃貸マンションとして建てられたらしくって、2~3年ごとに敷金礼金が入るのを見込んで安くしてるとか、不動産屋が言ってたっけ。


 「部活とか忙しくて、家事大変じゃない?」


 「正直めんどくさいけど、できねえわけじゃねえから。洗濯なんて、放り込んでスイッチ入れるだけだし」


 「いい旦那さんになれそうだね」


 何も考えずに言った一言で、雄樹くんは真っ赤になった。


 「美弥子さん、気ぃ早い…」


 あ、あの、そんなつもりじゃなくてね!?


 「えと、あの、あ、あたしとって話じゃなくって、ただの一般論だから! 他意はないから!」


 ちょっともう、あたしったらなに力説してんのよ。もう恥ずかしいなぁ。


 「ほら、お鍋とか調味料見てると、自炊してるみたいだからさ、えらいなぁって」


 「メシ食わないと死んじまうだろ」


 「それはそうだけど、男の一人暮らしはそういうとこいい加減なことが多いっていうし。あたしだって一人暮らしに慣れるまで大変だったし」


 「ああ、美弥子さんも一人暮らしだもんね。

  どこに住んでるか、訊いてもいい?」


 どうしよう。でも、次ご飯作るなら、あたしん家がいいって思ったし。


 「実はね、そこ、なんだ」


 あたしは、人差し指を天井に向けた。


 「そこって?」


 天井を指したあたしに、雄樹くんは困った顔をした。なんか通じてないっぽい。


 「美弥子さん、ここの天井裏に住んでるとか言わないよね」


 「あたしをなんだと思ってんのよ。ここの真上、306に住んでんのよ」


 「え、マジで!?」


 やっぱり意外だったみたい。


 「うん、マジ。

  あたしがこの前焦ったのも、その辺絡んでてさ。自分の部屋と構造同じなのに、明らかに自分の部屋じゃないんだもの」


 少し、嘘。あたしは、見たことあるような部屋だな~とは思ったけど、建物を出てみるまで、同じマンションだとは気付かなかった。


 「真上かあ…。

  ねえ、今度、俺、遊びに行ってもいい?」


 冗談めかした言い方だけど、わかる。雄樹くん、本気で言ってる。

 あたしとの距離感を探ろうと思って言ってるんだ。

 冗談とかで返したら、きっとヒビが入る。あたしが本気で雄樹くんのこと好きだって示さなきゃいけない。


 「いいよ、今度は、あたしん家でご飯食べよっか」


 「いいの?」


 「もちろん。やっぱ、よそのキッチンは勝手が違うからね。自分とこなら、どこに何置いてるか、何があって何がないかわかるから、やりやすいの」


 「あ~、そうかもな」


 雄樹くんの表情が、目に見えて柔らかくなった。


 「いつがいいかなぁ。平日は、あたしも結構残業あるから」


 「仕事って何やってんの?」


 「一応、公務員だよ」


 「市役所とか?」


 「似たようなもん」


 「公務員でも、残業とかあるんだ?」


 「そりゃあるよ。残業はなるべくするな、なんて言われるけど、終わらなきゃ残らざるを得ないことも多いよ」


 嘘は言ってない。あたしは県立高校の教師だから、地方公務員だ。

 う~ん、さすがに平日は雄樹くんのところに来るのは難しいよねぇ。


 「そうねぇ、次の土曜日とか、どう?」


 「来週?」


 「そう。時間は、今日と同じ7時半くらいでいいかな? シャワー浴びて着替えてから来てね。遅くなりそうなら、メッセ送って」


 一息で言ったら、雄樹くんが戸惑ってた。


 「7時半で…なんだって?」


 「7時半に来るものと思って準備しながら待ってるから、遅くなりそうなら、わかった時点で教えてって言ったの」


 「ホントに行ってもいいの?」


 「当たり前じゃない。彼氏でしょ?」

明日から4日間、朝晩更新です。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  香苗さんの仕事とプライベートモードが違いすぎてすごいです。プライベートは、本当に乙女ですし。これでは雄樹くんも当分の間、先生だとわからなさそう。雄樹くんサイドのお話もリアルな感じで、にや…
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