8 9歳上だけど
雄樹くんがシャワー浴びてる間に、手早く料理する。わかってたけど、よそのキッチンは使いにくい。
同じ設備だから、火加減とかはわかるけど、調味料の位置とか勝手が違って、いちいち戸惑う。
一人暮らしの男の子だもんね、味噌とか揃ってるだけ上等なんだよね。出汁入りの味噌があるってことは、自分で味噌汁作ったりしてるんだね。…あたしより上手だったりしたら、どうしよう。
生姜焼き、すりおろしたリンゴ入れると美味しいのに、状況が状況だから、用意できなかったなぁ。美味しくできるといいんだけど。
今度は、あたしん家に呼ぼうかな。仕事絡みのものとか見付からなければ、大丈夫だよね。
ご飯、早炊きにしたから、もうすぐ炊けるね。
味噌汁、OK。生姜焼きのタレもOK。
焼きたてで食べたいから、雄樹くんが出てきてから焼こう。って、なんかゆっくりだね。まぁ、あたしがゆっくりでいいって言ったんだけどさ。あたしよか長くない? まさか中で倒れてたり…?
声、掛けてみようか。鉢合わせると気まずいから、慎重に。
「お~い、雄樹く~ん、シャワー終わったら焼き始めるよ~」
「お、おう、今、出るから!」
よかった、倒れてなかった。もうちょっとおとなしく待ってればよかったかな。
バスルームのドアの開く音を合図に、肉を焼き始める。あと、味噌汁も軽く温め直そう。
焼いた肉を一旦お皿にとって、フライパンにタレを入れてから、もう一度肉を焼く。
雄樹くんが戻って来る頃に、ちょうど焼き上がった。
ご飯よそって…って、しまった。あたしのお茶碗なかった! 来客用…って、一人暮らしの男の子の家にそんなもんあるわけないじゃない!
あたしのご飯はお皿に盛って、味噌汁は小鉢に盛って。うん、次は絶対あたしの茶碗用意しなきゃね。
「「いただきます」」
食べ始める。わ~、肉、一口で入れちゃうんだ。ダイナミックだなぁ。
「どう?」
「うまい! やっぱ女の人って違うなあ。俺じゃこんなにうまいの作れねえよ」
よかった。見てればなんとなくわかるけど、やっぱり言葉で聞いた方が安心する。
時間がもったいないから、食べながら少し話もしておこう。
「この前はごめんね。あたし、起きた時、ちょっと混乱しちゃって、外出ちゃったの。
冷静になって戻って来たんだけど、雄樹くん出掛けちゃってたみたいで」
「あ~、俺、昼過ぎまで寝てたんだ」
そうなの!? じゃ、もしかしてずっと待ってたらすぐ会えた!?
「インターホン鳴らしたんだけど返事がなかったから、てっきり…」
「そっか」
「あ、そうだ、さっきのジャージ、雄樹くん、高校生なの?」
「この前言わなかったっけ?」
本気でわからないって顔だね。
「あたし、大学生のつもりで“学生さん?”って訊いたのよ。そしたら2年って答えたから、大学2年なんだとばっかり。
高校生はね、生徒って言うの。学生ってほんとは大学生だけを指すのよ。まぁ、高校生だとそんなこと意識しないもんねぇ。
高2ってことは、まだ16だよね。
あたし、25なんだけど…」
「22くらいだと思ってた」
「大学出たらもう22だよぉ。あたし、社会人だって言ったじゃん。…あの、9歳上の女って、雄樹くん的にどう?」
「どうって?」
困った顔してる。そうだよね、9個上なんて、おばさんだよね。
「あたしね、雄樹くんが好きよ。
この3週間、ずっと忘れられなかったの。
大学生でも結構離れちゃってると思ってたのに、高校生だったなんて…」
雄樹くんは、生姜焼きの最後の一切れを食べてから、真剣な顔で
「俺はみやこさんにとって、ガキだってこと?」
って言った。ちょっと怒ってる感じ。これは、あたしにとって嬉しい展開、かも。
「そんなことない。
あたしは、雄樹くんが好き。年下だけど、好きでたまらないの。こうやって押し掛けてきちゃうくらい」
「だったら」
「うん。不安だったの。こんなおばさん、相手にされなかったらって。
よかった。あたしと、付き合って、ください」
言っちゃった。
「みやこさんは、おばさんなんかじゃないからな。
俺、来月には17になるから、そしたら8歳しか違わない」
それって、雄樹くんが生まれた時、あたしは小学生だったってことなんだけど…。
「年の差とか、関係ねえよ。
俺、目ぇ覚めてみやこさんいなくなってて、すっげえ悔しかった。好きとか言っといて、遊ばれただけなんかなって。
どこに住んでっかもわかんねえし、スーパーとかで会えねえかなって探したりもしてた」
「うん」
雄樹くんも探してくれてたんだ…。
「俺のカノジョになって」
「うん。大好き」
間にテーブルがなければ、飛びついたのに。
ゆるゆると立ち上がって、雄樹くんの背中に顔を当てて抱きつく。高校生とは思えない広い背中に頬を当てると、叫び出したくなるようなうれしさが全身を浸す。
「会いたかったの。もう一度、抱きしめてほしかった」
「一度なんて言わねえよ」
雄樹くんが後ろを向いて、抱きしめてくれた。力任せな抱きしめ方が、なんだか嬉しい。