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6 もう一度会いたい

 2024.5.14 砂臥環さんからいただいたイラストを挿絵に入れました。

 休みのたびに、雄樹くんの部屋に行ってみるけど、会えないまま、もうすぐ4月が終わろうとしている。

 今朝もダメだった。

 小耳に挟んだところでは、雄樹くんが入ってるバスケ部は、休日もほとんど練習らしい。多分、出掛ける時間とズレてるんだと思う。

 まぁ、いくらなんでも夜までってことはないよね。と思って簡単な夕飯──焼き魚とおひたしと味噌汁くらい作れる材料を買って、部屋の前まで来てみたけど、やっぱり会えない。インターホン押しても反応がないから、帰ってないんだろう。

 会えなかった時のために、自分だけで消費しやすいものを買ってきてるんだけどさ。こうやって逃げ道作っちゃうせいで会えないのかなぁ。…覚悟が足りないのかな。

 だって、会いたいのよ。教師の仮面を付けてない時に。教師としてじゃ、彼とは付き合えないんだもの。素の、あたしとして会いたいの。いい年して、それなりに経験もあるくせにウブな小娘みたいだけど、でも、会いたいの。

 まったく、自分でやってるんじゃなかったら、絶対言ってるよね、「乙女か!」って。

 手に入らないから渇望してるって面はあるんだろうなぁ。それはまぁ、自覚してんのよねぇ。

 でも、それでも会いたいんだもの。仕方ないじゃない。ほんと、あの時あのまま布団の中にいたら、こんなことになってなかったのに。

 雄樹くん、会いたいよ…。





 「キョーセンセー、入るよ」


 あたしのいる社会科準備室に、雄樹くんがやってきた。


 「富井くん、仮にも教師のいる部屋に入るのに、その挨拶はどうなんだ」


 “キョーセンセー”としてなら、こんなに簡単に会えるのに。


 「それにしても、うちのクラスは毎回キミが来るんだな。いや、誰が来ようと私は構わないが」


 うそ。雄樹くんが来てくれて嬉しい。

 でも、うっかり地が出てしまいそうで、少し不安でもある。


 「ん~、まあ、雑用やりたがる奴なんて滅多にいないんじゃね?」


 「そのことと、キミばかり来ることに相関関係を認めがたいのだが」


 あたしは嬉しいけど、もしかして押しつけられてるの?


 「や、俺はセンセーがプリント配るの賛成だからさ、協力しようかなって」


 賛成!? もしかして、この前熱く語っちゃったから!?


 「ふむ、その言いようからすると、プリントには懐疑的な生徒も多いということか」


 「ん~、それは知んねえけど取りに来んの面倒って奴は多いんじゃね?」


 「そうか。では、事前に配付するのは考えた方がいいかな」


 さすがに、全クラスあたしが持って行くのは、荷物になるんだけどねぇ。


 「別に、俺は苦になんねえよ。

  どうせ部活だって、1年の頃なんかパシリに使われたりしたし」


 「体育会系は、今も昔も年功序列か」


 時代遅れとは思うけど、そういうので守られる秩序とか伝統とかもあるからねぇ。


 「(わり)いことばっかでもねえよ。

  基本、先輩は後輩の面倒見るし」


 「私も、別段、年功序列を否定するわけではないよ。いいことばかりとは限らないが、さりとて悪いことばかりでもない。

  いずれ淘汰されるにせよ、突然なくせるものでもない。

  どのみち、社会に出れば序列というものからは逃れられないんだ、ある程度慣れておいた方がいい」


 「へえ、センセーは平等主義じゃないんだ?」


 「平等というのは、難しい概念だよ。

  人には個性というものがある。

  それを潰して平らに塗りつぶすのが平等と言う人もいれば、能力や功績に応じた処遇を受けられることが平等だと言う人もいる。

  時代時代で評価だって変わる。どれが正解かなど、わかるものではない」


 挿絵(By みてみん)


 「…ごめん、話が難しくてわかんねえ」


 しまった! また熱くなって語っちゃったよ。


 「つまりな、その時正しいと思われたことが後世でこき下ろされることもあるし、当時は大失敗と不評だった政策が、後年再評価されることもあるということだ。

  だから、周囲の評価をあれこれ気にするより、自分が正しいと思うことをやった方がいい」


 「なんか先生っぽいこと言ってる」


 「私は、キミの担任教師なんだが」


 「あ、そっか」


 「キミの好きな体育会系で言えばな、昭和50年代の第1期長嶋監督時代、巨人は勝てなかった。それが王監督に代わった途端、勝つようになったそうだ。

  これは、長嶋時代に育成していた若手が、監督が代わった後に芽吹いた、という見解がある」


 「センセー、野球なんか見んのか?」


 「私は見ないが、そういう話は知っているということだ。

  ともかく、何が正しいのかなど、後になってみなければわからないのだから、その時その時最善を尽くせ、ということだ」


 そう。逃げちゃったことは、もう取り消せないんだから、今できることを。


 「ふうん」


 「バスケ部だって、県大会に向けて頑張っているんじゃないのか。休日も練習していると聞いているぞ」


 「まあね」


 「帰りは遅いのか?」


 「ん~、6時くらいには終わるよ。7時までに学校出なきゃなんねえから」


 「そうか、気を付けて帰れよ」


 「大丈夫だよ。男襲う奴なんていねえって」


 「馬鹿者、交通事故などにだ。反射材などを身に着けた方がいい。車から見やすいかどうかというのは重要だ」


 ちょっと気を付けてよ。事故とか遭ったら、あたし泣いちゃうよ。


 「あ、そっか」


 「ほれ、そろそろ戻らないと休み時間が終わるぞ」


 「いけね」





 部活は6時に終わるのね。なら、マンションに帰ってくるのは、7時から7時半ってとこかしらね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほぼ毎日会うわ、家は近所だわ、忘れられる要素がない!(笑)
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