5 まだ忘れられないけど… (SIDE:雄樹)
「おう、トミー、や~っとエンジンかかってきたみたいだな。春休み明けから妙に気の抜けたプレイばっかだったが、やっと吹っ切れたか」
「別に、吹っ切るとか、そんなん…」
「隠すな隠すな、カノジョにフラれました~って顔に書いてあったぞ」
いやそんな…とかもごもご言ってごまかしたけど、たしかに新学期入ってからは集中できなくてボロボロだったからな。
春休み、ナンパから助けた女が俺の部屋に上がり込んできて、そのまま……なんつーか、そういうことになった。
美弥子さん、いつのまにかコンドーム買ってたみたいで、テーブルの上に開封したての箱が残ってた。
10個入りで9個残ってたんだから、新品だったのは間違いない。
向こうから抱きついて、キスしてきて、自分から脱いで…。さんざん「好き」とかなんとか言ってたくせに、朝起きたらいなくなってた。
…んなの、ありかよ。
はっきり言って、俺はモテる方じゃないし、女と付き合ったこともない。
あんな美人から「好き」なんて言われたら、舞い上がったって仕方ないだろが。
初めてキスして、裸の胸見て、揉んで…。
美弥子さん、ホントに俺のこと好きなんだって思ったんだ。
「好き」「好き」言いながら、あんなにしがみついてきて、そりゃ、俺だってその気になっちまうだろよ。単純で悪かったな。
アカウント交換して、ちゃんと付き合って、初めての彼女になるんだって思ってたんだ。
いっそ夢なら諦めもついたのに、残ってた空き缶やコンドームの箱が、現実をこれでもかって見せつけてくれた。
たぶん、俺は遊ばれたんだ。
いや、あれもナンパから助けたお礼のうちだったのかも。
どこに住んでっか聞いてもはぐらかされたしな。
まあ、遊ばれたったって、いい思いはさせてもらったんだから、損はしてないのかもしれないけどよ。
悪い先輩に言えば、きっと後腐れなく遊べてよかったとか言われただろうし、逆に自慢してんのかって言われるかもしんないけどな。
けど、なんかこう、もっと青春な感じでもいいんじゃないか?
そりゃ、裸は見たいし触りたいけどよ、女と付き合うってそれだけじゃないだろ!?
2人で遊園地行くとか、なんかそういうのないのかよ。
なんて思ってたら、部活で気の抜けたプレイになって怒られてたんだ。
正直、まだ吹っ切れたとは言えないけど、とりあえずやることはやらないとって切替だけはできてきた。
美弥子さん、どこかは知らないけど、あの辺に住んでんだから、買い物とか出た時に会えるかもしんないもんな。
今度会ったら、ちゃんと話をする。今はそれでいいや。
「今日はここまで」
4月に赴任してきた京先生は、いい噂と悪い噂が半々だ。
なんか、マンガに出てくる教育ママとかヒステリー教師とかってイメージまんまの三角メガネにダサい髪型。神経質にメガネの位置を直すのがまたそれっぽい。
授業のたびにプリントを配るんだけど、それを生徒に取りに来させるのが、また嫌がられてる。社会科準備室って、校舎の端っこで遠いしな。
三十何人分のプリントとなると、それなりに厚みもあってかさばるし、うっかりすると床にぶちまけることになるからだ。
誰が取りに行くんでも構わないってことで、うちのクラスは席順で1人ずつ行くことになった。
今日は、俺が当番だった。
キョー先生はアラサーって話だけど、ホントは何歳なのかわからない。
「いつも思うけど、キョー先生、よくこんなに毎回プリント作れるよね。全部のクラスでしょ?」
「君たちの理解が深まる一助になってくれれば、作った甲斐があるというものだ。
歴史というのは、人の営みだ。
年表として覚えようとすれば苦痛だが、人の織りなす物語と思えば興味も湧くだろう。
三国志など、教科書の記述ではほんの数行でしかないのに、壮大な物語として描かれ、長い間読み続けられているだろう。
まぁ、君達は、受験のために必要な範囲の流れとして捉えられるくらいに理解してくれればそれでいい。
大学に進んだ後で、歴史そのものに興味を持ってくれる生徒が1人でも出れば僥倖だ」
あ~、シミュレーションゲームとかやってる奴が戦国大名にえらく詳しいのと同じ理屈か。
考えてみりゃ、このプリント、キョー先生が作ってんだもんな。あんなん作るの、結構な手間だよ、絶対。
それを作ってんだもんな、わざわざ。案外仕事熱心なのかもしんねえ。
せっかく作ってくれたもん、余らせて捨てんのも、あんまいい気分じゃねえよな。
おし、次からは俺が取りに行くか。
「キョー先生のプリント、俺が行くわ」