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嵐のように走り去っていった麗しの侵入者を見送ったユエラは、結局、その侵入者について誰にも報告することはなかった。

誰かに問い詰められることになるかもしれないと思わなくもなかったが、何故か誰もあの美少年について触れてくることはなかった。

強いて言えば、父から、いつも髪をまとめていたリボンがないことを指摘されたことくらいだろうか。

血相を変えて「どうしたんだ!?」と追及されたので、「気付いたらありませんでした」ともっともらしくしょんぼりしてみせた。娘がいかにも落ち込んでいる姿に、父はそれ以上何も言わなかった。

「俺の娘らしい」と溜息まじりに苦笑され、そういえばあのリボンは、無骨で仕事人間の父がはじめてプレゼントしてくれたリボンだったことを思い出した。父には悪いことをしてしまったと、今更ながらに少しだけ後悔したものだ。

そうして、次にくだんの美少年と出会った……つまりは再会を果たしたのは、それから数日後のことだった。


「あ、あああああのっ」

「はい?」


いつものようにリファルディの園の薔薇の世話をしていたところ、唐突に声をかけられた。

そちらを見遣れば、いつぞやの、きらめく金の髪と、どこまでも澄んだアクアマリンの瞳を持つ、記憶していたよりももっとずっと美しく麗しい少年が、顔を赤くして、大層緊張に強張る面持ちで、じっとこちらを見つめながら立っていた。

おやまあこれはこれは、と、とりあえず老いた薔薇を切ろうとしていたハサミを下ろし、高貴なる身分にある存在に対する礼を取ると、ハッと息を飲む声が聞こえてきた。

それからしばらくして、「か、顔を上げてほしい」と、おずおずと命じられ、ユエラはその通りに顔を上げる。

嘘でも幻でも幽霊でもなく、やはりそこには天使のような美少年がいる。


「ぼぼ、ぼ、ぼぼぼくのことっ! その、お、覚えている?」

「はい。先日、紫の薔薇を……」

「そう!! それ!!」


忘れようにも忘れられない鮮やかな印象を残していったこの美少年のことを、どうして忘れられようか。だからこそ頷いた訳なのだが、皆まで言い切る前に、食い気味に身を乗り出され、思わず口をつぐむ。

ユエラの戸惑いに気付いたらしい美少年は、慌てたように姿勢を正して、しょんぼりと肩を落とした。


「あ、ご、ごめん……驚かせちゃって……」


かわいい盛りの仔犬が叱られているかのような反応である。別に叱っているつもりも怒っているつもりもないし、なんならいじめているつもりなど更にないのだが、はたから見たらおそらく自分が悪役にされるのだろうな、と、ユエラは冷静に判断した。

あと、驚いているというよりは呆れているのだけれど、と内心で呟きつつ、それを表に出さないように気を付けながらユエラは口を開いた。


「また忍び込まれたのですか? 流石に私も、今度こそ貴方様を衛兵に引き渡さねばならないのですが」

「そ、それ、それは、大丈夫だから! きょきょきょきょ今日、は、父上にも母上にも、ちゃんと許可を頂いている、からっ」

「然様でございますか」


それは準備のよろしいことで。その『父上』様と『母上』様にわざわざご許可を頂いてまでやってくるとは、今度はいったいどんな用だと言うのだろう。また薔薇をご所望なのかもしれない。

さてはて? とユエラが首を傾げると、ようやく意を決したらしい美少年は、握り締めた両手を震わせながら声を張り上げた。


「あのっ!」

「はい」

「この間は、本当にありがとう!!」

「……はい?」


ぱちり、とユエラは大きく瞬きをした。それから遅れて理解が追いついてきたものの、理解したからこそ余計に解らなくなる。

え、言うに事欠いてそれ? こんな子供の庭師相手に、高貴なる身分の者がお礼を言うためにわざわざこの庭園にやってきたの?

なんとまあもの好きな……もとい、奇特なお方である。

唖然としているユエラを前にして、美少年は懸命に言葉を紡ぐ。


「母上はとても喜んでくださった。最近お身体の調子を崩されていて、なかなか外に出れないから、とても嬉しいと。き、きみの、きみのおかげだ!」


だからありがとう、と続けて、美少年はようやく黙る。

なるほど然様でございますかどういたしまして、と、ユエラが頭を下げようとすると、それを制するように美少年は「それから!」と叫んだ。なんだまだあるのか。


「そ、それで、ぼ、ぼぼ、僕の名前はっ」

「存じ上げております。エリクシル・エナ・ルゥ・アルレイシャ・シャンザイム王子殿下」

「えっ」


なぜ知っているのかと言いたげに、美しいアクアマリンの瞳が瞬く。そのきらめきを見つめながらユエラが口にした名前、それは、この国の王太子の名前である。

今年で御年十歳になられる王子殿下は、父君たる国王陛下ゆずりの才覚と、母君たる王妃殿下ゆずりの美貌、ご両親ゆずりの慈悲深さ。恥ずかしがり屋で緊張しいで少々気弱、加えて泣き虫なのが玉にキズだが、そんなところもご愛嬌。

そして何より、その癒しの魔力。高位の魔力持ちとして生まれた王子殿下の青き魔力は、民の怪我や病気を治癒へと導く尊きもの。

一日のほとんどの時間をリファルディの園で過ごすユエラだからこそ、当初は幽霊疑惑の天使めいた美少年が王子殿下であると気付くのに遅れたが、気付いてしまえばどうということではない。

先日、そして本日、ユエラの目の前に現れた金髪碧眼の『王子様』は、正真正銘、マジモンの王子様であった訳だ。

聞けば、あの日、シーツを被って王宮を移動する王子殿下の姿は各所で目撃されており、このリファルディの園に侵入する様子も、国王陛下と王妃殿下のはからいの元、「黙って見逃してあげるように」といえお触れがひっそりと出されていたらしい。

母君であらせられる王妃殿下のために奔走する幼い王子殿下の姿を、誰もが微笑ましく見守っていたのだそうだ。

王子殿下が紫の薔薇を王妃殿下にプレゼントしたという一件はまことしやかに王宮中、はては城下町まで広まることとなった。おかげであの日以来、ユエラはやたらと王宮仕えのメイドや衛兵達から、「いい仕事をしたな」とお褒めの言葉を頂いている訳である。我が国の王子殿下は誰からも愛され慕われていらっしゃる。

相手がこの王子殿下であったからこそ、ユエラはリファルディの園の薔薇を勝手に提供したことを咎められずに済んだのだ。むしろお褒めのお言葉ばかりを頂いている。父には「肝が冷えたぞ」と呆れられたけれど、結果オーライというやつだ。

さて、とにもかくにも、こちらが下手に無礼を働いてしまう前に、とっとと王子殿下には退散していただきたい。だが、その王子殿下は、一向に、ちっとも去っていこうとはしない。

まだ何かあるのか。ええ、正直面倒くさい。ぶっちゃけやだなぁ。


「き、きみの、名前を、教えてほしい」

「……名乗るほどの者では」

「きききき、きみ、きみは僕を知ってるのに、僕がきみを知らないなんて、そんな、そんなの、ふ、不公平じゃないか!」


ええー……。そんな理不尽な……。

そう思う自分は間違っているのだろうか。

そもそも、本来ならば口を聞くどころか、こんな風に直視することすら許されないお相手だ。自分のような使用人のことなど捨ておけばいいのに、何をそんなにもこの王子殿下はこだわっていらっしゃるのだろう。

面倒ごとは嫌いだ。厄介ごとも。

面倒と厄介の権化のようなこの王子殿下に、これ以上関わりたくない。ならば。


「恐れ多くも、花咲か娘、と呼ばれ……」

「それは知ってる。母上が教えてくださった。でも、でも僕は、呼び名じゃなくて、きみの名前が知りたいんだ」


チッと思わず舌打ちしたくなったがなんとか耐えた。

だが王子殿下は、そんなユエラの不穏な気配を敏感に察知したらしい。アクアマリンの瞳に、透明な膜が張る。


「む、無理にとは、言わないけれど、でも、あの」


潤むアクアマリンがじっとこちらを見上げてくる。

ユエラは早々に白旗を上げた。こんなの勝てるはずがない。


「――誠に光栄にございます」


改めて深く、王子殿下に礼を取る。


「申し遅れましたことをお詫び致します。わたくし、ユエラ・シーヴィスと申します。恐れ多くも、このリファルディの園の管理を任せていただいております」

「ユエラ、ユエラって言うんだね?」

「はい」

「ユエラ、ユエラ、ユエラ……うん、覚えた! ありがとう!」


何故かお礼を言われてしまった。光栄にございます、と先程と同じ台詞を内心で繰り返すユエラの前で、王子殿下は先程までの今にも泣き出しそうな様子が嘘であったかのように、きらきらとまばゆい笑顔を浮かべている。

白いかんばせが紅潮しているさまの、なんと美しく愛らしいことだろうか。こんな顔をされたら、誰もがこの王子殿下の言うことを聞いてしまうのだろう。

実際に周りはちやほやともてはやしているらしいのだけれど、既に王族としての自覚がめざましい王子殿下は、きちんとその辺りのことを律して行動しているらしいのだからご立派なものだ。

だからこそ余計に周囲は、王子殿下の気を引きたくてたまらないらしいが。

うーん、やはり美しさとは力であり罪。そううんうんと頷いていると、王子殿下が「それから」と口火を切った。まだ何かあるのか。


「この庭園の世話をしているなら、じゃ、じゃあ、きみは、いつもここにいるの?」

「よほどのことがない限りは」

「そ、それじゃあ、また、その、来てもいい?」


おずおずと問いかけられ、思わず目を瞬かせてしまった。それはユエラではなく国王陛下と王妃殿下で決めることなのではなかろうか。

だが、この王子殿下は、既にお二人のご許可を頂いているという。ならばユエラが口を出すべきところではない。


「いつでも、お好きな時に、いらしてくださいませ」

「!」


その瞬間、ぱあっと王子殿下の花のごときかんばせが華やいだ。まばゆいばかりの輝きに、ウッ! とめをそらしたくなったが、流石に無礼が過ぎるのでなんとか耐えた。

また「ありがとう!」と礼を言って、心から嬉しそうに笑う王子殿下に、ユエラは一礼することで答えるにとどめた。

それからだ。

ことあるごとに、王子殿下がリファルディの園にやってくるようになったのは。

まさかここまで頻繁にやってくるようになるとは思わなかった。しかもおともも付けずにたった一人でなんて、何がどうしてそうなったのか。

だがしかし、ユエラは突っ込むような真似はしなかった。突っ込んだら負けな気がした。面倒と厄介が手と手を取り合ってワルツを踊りながら迫り来る予感がしたからだ。

いつまで経っても王子殿下は、何やら緊張した様子でリファルディの園を訪れる。いつも顔を赤らめていらして、お話しされるときにどもってしまわれる頻度は最初とちっとも変わらない。

ユエラが言うのも何だが、疲れないのだろうか。幼いながら王族としての責務で御身を忙しくされているというのに、どうやら暇を見つけては足しげくやってきてくださっているようだ。

そんなにも魔力で花を咲かせる『花咲か娘』が珍しいのか。国王陛下からご許可を頂いて、王妃殿下へのお土産にするのだといつも薔薇を持って帰られる王子殿下のせいで、ユエラは今まで以上にこのリファルディの園のお世話に気合を入れるようになった。

それはいいのだが、それにしてもこの王子殿下、実は暇なのかもしれない。

一度、「せっかくのご休憩ならば、もっと別の場所で過ごされるべきでは?」と進言したことがある。あの時は酷かった。王子殿下は、それまで赤らめていた顔を真っ青にして、涙を潤ませ、「ユ、ユエラは、僕が来るの、め、め、迷惑……?」とふるふると震えながら問いかけられる羽目になった。

ユエラだって鬼ではない。未来の国王陛下がこれで大丈夫なのかといささかどころではなく我が国の将来が不安になりつつ、王子殿下を慰めるのに腐心する羽目になった。

そんなある日のことだ。

いつものようにリファルディの園にやってきた王子殿下は、いつになく慌てていた。いや慌てているのはいつものことかもしれないが、その『いつも』よりももっとずっと慌てていらしたのである。


「どどどどどどっ! どっ! どどっ!」


言葉にならない言葉で何かを訴えかけてこようとする王子殿下の背を撫でながら、ユエラは水筒を差し出した。


「はい。落ち着いてくださいませ、王子殿下。まず息を吐いて、それから吸って、そう、ゆっくり、お上手ですよ、はいもう一度。落ち着かれましたら、よければこちらのお水をどうぞ」


王子殿下は水筒を受け取るが早いか、一気にその中身をすべて飲み干してくれた。ああ、私の午後のための水分が……とユエラが内心で溜息を吐いていると、喉を潤しようやく多少なりとも冷静さを取り戻したらしい王子殿下は、涙目で叫んだ。


「どうしよう、ユエラ!!」


何がだ。そう首を傾げるユエラの両手が勢いよく掴まれる。戸惑うユエラの両手をそのままぎゅうううううと握り締める王子殿下の花のかんばせは、いつもは赤らんでいるというのに、なぜか今日はいつぞやのように真っ青だ。


「ぼ、僕、エデルワンの療養院に行くことになっちゃったんだ!」

「まあ、然様でございますか」

「それだけ!?」

「と、仰られましても……」


他に何を言えと言うのだろう。

エデルワンの療養院といえば、重い病にかかっていたり、大怪我を負ったりしている民が最後の綱として訪れる病院として有名な国営の療養院だ。

そこに王子殿下が公務として赴かれるということは、つまり。


「それはいわゆる、慰問というものでしょうか」

「う、うん。そうなんだ。い、いい、いくら僕が癒しの魔力を持つからって、そんな、そんな、僕なんかじゃ……」


いや、大喜びされると思うけれど。我らが愛すべき王子殿下がやってきた! と、怪我人は傷の痛みを忘れ、病人は病の苦しみを忘れて、ベッドの上でタップダンスを……とまでは言わないが、そう言いたくなるほど、我らが王子殿下の人気は、とんでもなく高い。ストップ高である。

それなのにこの王子殿下ときたら、ちっともその自覚がない。

とびぬけた美貌と才覚を持ち合わせていながら、そんな自分に気付けず、いつまで経っても自信がないのだ。


「僕になんて言えっていうんだろう……お大事に、なんて、そんなの当たり前じゃないか……もっと、もっとちゃんと、上っ面だけじゃない言葉で、勇気付けてあげたいのに……どうしようぜんぜん思いつかない……なめだやっぱり僕なんかじゃ」


以下省略。まだまだぐだぐだと王子殿下は悩み苦しみ呻いていらっしゃる。

そろそろこの手を放していただきたいのだが、たぶん今声をかけたとしても聞こえていないだろう。

まったく、これだからこの王子殿下には困るのだ。何が『僕なんかじゃ』だ。まだ十歳の少年が療養院へ慰問するなんて、そんなの、適当に笑顔を振りまいておくだけで充分ではないか。この天使のような美貌なら、それだけでこの上ない癒しとなるに違いないのに。それなのに。


「生真面目すぎるお人好し……」

「えっ?」


吐息にもひとしい小さな呟きに、聞き取れなかった王子殿下は何を言ったのかと首を傾げる。未だユエラの手は掴まれたままだ。

じっと掴まれた手を見下ろすと、ようやく気付いてくれた王子殿下が「うわあああっ!」と悲鳴を上げて手を解放してくれる。まるで痴漢にでもあったかのような反応だ。いやそれ、私がすべき反応ですよね。

まったく、これだから困るのだ。何が『勇気付けてあげたいのに』だ。本気で言っているのだからタチが悪い。

そんな風だから、これだから、力になってあげたいと、そう思えてしまうのだから。


「あ、あああの、ユエラ」

「王子殿下」

「は、はいっ!」


なぜか姿勢を正されてしまった。さっきまで真っ青だった顔色を今度は真っ赤にしてこちらをうかがってくる王子殿下を後目に、ユエラはおもむろに、すぐそばの花壇へと歩み寄った。

慌てて追いかけてくる王子殿下の気配を感じながら、花壇を見渡し、手頃な一輪を選ぶ。まだつぼみの薔薇だ。どんな色の花が咲くか解らないそのつぼみに、両手をかざす。


「『さあ、どうかわらって』」


光がこぼれる。薔薇の花弁が咲きほころぶ。

淡く輝くその色は、鮮やかな青。目が覚めるような美しい青だ。

大輪の青の薔薇が、輝くように咲き誇る。


「――――なんて、見事な青なんだろう」


ほう、と、感嘆の吐息とともに呟かれた言葉に、なんだか無性にこそばゆくなる。

けれどそれを表に出すのはどうにもこうにも恥ずかしい。

懸命にそしらぬ澄まし顔を取り繕いながらユエラは答えた。


「私が魔力を込めて咲かせますと、何故かこのように鮮やかな青になるのです」


普段『花咲か娘』として咲かすために行使する魔力は、薔薇が自ら咲こうとする力をほんの少しばかり後押ししてやる程度のものだ。わざわざこんな風に、花弁のひとひら、ひとひらに、魔力を込めるような真似はしない。


「存在しないとされる青い薔薇の花言葉は『不可能』と申します」


手を伸ばし、咲いたばかりの青薔薇の茎に、そっとハサミを入れる。ぱちん、と、あっけない音を立てて断ち切られた花は、それでもなお美しい。


「ですが、もしも存在するのだとしたら、その花言葉は『奇跡』。そして、『夢叶う』でございます」


そしてユエラは、青薔薇を、両手で、誰よりも優しい王子殿下に差し出した。


「王子殿下のその慈悲深き御心こそ、傷付き病に伏していらっしゃる方々の希望になりましょう。この薔薇が、そのお力添えになりますよう、心よりお祈り致します」


差し出された青薔薇を、ほとんど反射的に受け取ってくださった王子殿下は、しばし何も言わなかった。

白磁の肌は相変わらず紅潮し、大粒のアクアマリンの瞳は、惚けたように青薔薇を見つめている。

そうしてようやく、その瞳が、ユエラへと向けられる。


「ね、ねえ、ユエラ」

「はい」

「エデルワンに行くときにも、この青い薔薇を用意してほしいんだけ、ど」


だめかな? とおずおずと問いかけてくる王子殿下に、ユエラは粛々と答えた。


「かしこまりました、王子殿下」


その瞬間、王子殿下のかんばせに広がった、その手の青薔薇のように輝かしく美しい笑みを、いつまで経っても忘れられなくなってしまうなんて、その時のユエラは生憎気付けなかった。

後日、王子殿下はエデルワンの療養院での公務を、それは立派に成し遂げられたと国中で話題になった。そのアクアマリンの瞳と同じ、深く澄んだ海のような魔力に触れた患者達は皆、快方に向かっているのだという。

以来、王子殿下は、ここぞという公務の際には、必ず青薔薇を胸ポケットに抱くようになった。おかげでユエラは、毎回青薔薇を王子殿下のために用意しなくてはならなくなった。

王子殿下からだけの〝お願い〟ならば断ることもできなくもなかったのだろうが、国王陛下と王妃殿下から、「王子のためにぜひ」と命令されてはもう逆らいようがない。

こうして、花咲か娘のお役目として、青薔薇の栽培が増えたのである。

そして王子殿下は、胸で咲き誇る青薔薇からなぞらえて、国内外を問わずに、『青薔薇王子』と誉れ高く呼びそやされることになった。

こんなはずではなかったのに、というユエラの後悔も知らずに、その後も王子殿下は、足繁くリファルディの園にやってくるのだった。

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