玖
翌日、オレたちは二人仲睦まじく学校へと向かった。中身の同じ弁当、誰にも見せられない。
異世界だとわかって改めて見る学校の様子は、一言で言うと〈混沌〉。オレたちの様に人型をしている者もいるが、四つ足のもものいれば、手足すらない者までいる。
こんな状況に目を背け、これが普通であると自分自身を納得させていたのだから、オレも大概なものだと我ながら感心する。
「鬼東、お前、やっぱ野球部なんだろう? 期待してるから頑張ってくれよ」
隣の席のヤツが声を掛けてくる。角が一本ある、一つ目の鬼だ。オレたちの他にも鬼は数人いる様だが、煌火に言わせると同じ鬼でもランクが違うらしい。
「ウチらは日本の生粋、正当の血を継いだ鬼なんじゃ。その血には五系統あって、〈東の雷鬼〉〈南の炎鬼〉〈北の水鬼〉〈西の鉄鬼〉〈央の土鬼〉。その名を名乗れるんは、その系統じゃ一人だけなんじゃ。つまり、親父さんが亡くなり〈東の雷鬼〉の名を継ぐんは雷児しかおらんゆう事じゃけぇ、雷児はきばらんといけんのじゃ」
「じゃあ煌火も?」
「ほーじゃ。ウチも父ちゃんがおらんよぉになったけぇ、〈南の炎鬼〉名乗っとるんじゃ。今じゃ、鬼ゆうても、人間の血ぃ混じっちょるもんや他のバケモンの血が混じっちょるモンもおるし、外国の鬼とのハーフもおるけぇ、ウチらは希少価値があるゆうわけじゃ。それに血は濃けりゃ濃いほうが、よーけぇ鬼としての力出せるけぇのぉ」
でも何でバケモノが野球を? なぜ甲子園を目指す? その疑問もさりげなく煌火に聞くと、驚いたような顔をした。ちなみに甲子園、こっちの世界では〈坑死園〉と言うらしい。
「野球は世界中が注目する、生死を賭けた真剣勝負じゃろう? 坑死園で優勝するゆうんわ、死に抗い敵を倒し、バケモノの恐ろしさを世の中に知らしめる事なんじゃ。人にいびせー思われんようになったら、バケモノは終わりじゃけぇのぉ。いびせーゆうんわ、恐ろしいゆう意味じゃ」
要は野球とは、人にバケモノの恐ろしさを知らしめる、ものらしい。
正直、そんな煌火の言葉を聞こうと、オレはこの世界の野球の恐ろしさについて甘く見ていたのかもしれない。それは後々、嫌というほど思い知る事になるのだが。
授業とは名ばかりのウンザリするような時間をようやく終えると、オレは教室を飛び出しグランドへ向かった。もちろん、同じクラスの煌火も一緒だ。
昨日も思ったのだが、学校のグランドには大きな石が転がり、とてもじゃないけれど野球をする環境ではない。仕方なくオレはバケツを見つけるとグランドの石を拾い始めた。それは手に取ってみると、とても危険そうに先が尖ったものばかりだった。
怪我したらどうするつもりなんだ?
オレが一生懸命石を拾っていても、煌火は手伝おうともしない。それどころか、オレの拾った石を自分のユニフォームのポケットに突っ込むと、嬉しそうに笑った。
「武器にしようゆぅんじゃろう? 雷児もなかなかエゲツないのぉ」
「そんな事、するわけないだろう!」
そんな所へ先輩たちが授業を終え、グランドに姿を見せた。
「ちわーっす!」
「何してるんだ、鬼東?」
「グランドの石を拾いました。危険だったので」
「えーっ! 困るよ、せっかく撒いたのに」
「撒いた?」
「そうだよ。どれだけ酷い状況でも対応出来るように、日頃から練習しておかないと。こういった落ちている武器はいくらでも利用可能だから、みんな試合の時はわざと仕込んでるもんなんだ。あたり前だろ?」
結局、せっかく拾った石は再びグランドに撒かれる事となり、オレの苦労はまったくの無駄足だったわけだ。
武器か。結局、煌火の言う通りだったわけだ。
「よし、では鬼東、鬼南来い」
「はい!」
ウォーミングアップを終えたオレと煌火は、金髪ブライアン先輩に呼ばれた。
「現在、うちにはピッチャーはお前たちしかいない。昨日、鬼南がエースも兼ねていたキャプテンをぶっ殺してしまったし、控え投手だった滑川はパテキシュスキーに吹っ飛ばされて入院中だし。そこで、今年の夏の坑死園を目指すチームのエースを、お前たちのいずれかから決めたいと思う」
「ほーか、そりゃええ。じゃが、誰がおってもエースはウチか雷児じゃ。のぉ雷児?」
「あ、うん」
ブライアン先輩は周りを見回し、声を掛ける。
「よーし。誰か四方さんの代わりにキャッチャーをやってくれないか?」
誰も答える者がいない。昨日の煌火のボール見せられたんじゃ、当たり前の反応かも。
「おい、誰もいないのか? 川原、飛猿、やってくれないか?」
「冗談よして欲しいわー。俺を殺す気ぃですか? あないな球を捕った日にゃ、俺なんか木っ端微塵になってまいますわー」
「まいったなぁ。そうだ、パテキシュスキー、お前捕れ」
「グモォ?」
「いいか、ピッチャーが投げた球を捕るだけだ。簡単だろう?」
そういってブライアン先輩が巨人にむかってボールを投げてみた。ボールは巨人の腹にボスッと鈍い音を立てて当たった。緩いボールだったが、巨人は突然大声で叫ぶと、ブライアン先輩に突進していった。
「グモモモォォォォーー!」
「うわぁーーっ!」
しばらく二人の追いかけっこが続き、オレたちはグランドの外に退避していた。そんな事がいい加減続くと巨人は疲れ果てたのか、グランドに大の字に伸びてしまった。
「はぁはぁはぁ。やっぱり、知能の低いヤツにキャッチャーは無理だな。しかし、キャッチャーがいない事には試合にもならないぞ。あ、そうだ!」
何かを思い出したのか、ブライアン先輩はオレたちを連れ、グランドからは少し離れた場所にある、今はとても使われている様には見えない、古い用具室へと向かった。