捌
その後、オレは母さんとコウカと色々と話し、少しずつこの世界の事がわかってきた
まずオレ自身、木藤だと思っていた苗字は、鬼に東で鬼東らしい。キナミコウカは鬼南煌火、やっぱり名前に鬼がある。
鬼として、その苗字に鬼の字を持つのは、こちらの世界ではかなり名誉な事らしい。
しかし、現実と全く異なる世界の割には、ずいぶんと似た部分も多い。それが、なんとも紛らわしい。
親父がオレが生まれた日に死んだ事、オレが中学に進学するタイミングで東京に出てきた事、父方にも母方にも頼れる様な親戚は誰もいない事など、共通している事は多い。
混乱するオレをよそに、今、母さんと煌火は仲良く晩飯の用意をしている。
「どう、味見してみて。うちの鳥のから揚げ、口に合うかしら? 雷児の大好物なのよ?」
「ぶち美味いですぅ。これからウチもちぃとはテゴしぃーますけぇ」
「いいのよ、あなたたちには野球に専念して欲しいから」
二人が、仲睦まじく台所に立つ姿を見ていると、微笑ましくはある。しかし、優しい母さんに角の生えているというビジュアルが、どうにも馴染めない。
とにかく、ずっとこのままこの世界で暮らしていかなければいけないのか、また元の世界に戻れるのか、不安は尽きない。いまだに夢なのではとさえ思う。
とにかく、こんなワケのわからない今日が早く終わり、何事も無かったかの様に明日を迎えられる事を願い、食事を終えるとそそくさと自分の部屋へと向かい、さっさと眠りにつく事にした。
布団をかぶり少しウトウトとし始めた時、扉が開く音が聞こえ、パジャマに着替えたコウカが部屋に入ってきた。
「ど、どうしたの?」
「今日は、一緒に寝かせてくれんかのぉ?」
「い、一緒に? で、でも」
「なぁ、ええじゃろう?」
オレの返事を聞かないまま、コウカは布団に潜り込んできた。大胆な行動にそぐわない、少し恥ずかし気な様子に思わずキュンとなってしまう。
オレは股間を隠す様に、横を向いた。背中越しにコウカの体温を感じる。
「ウチな、こんまい時からすーっと雷児の事聞かされちょったじゃろぉ? じゃけん、中学生になった頃どんなやっちゃって、ぶち気になってぇのぉ。矢も楯もたまらず、試合見にいってしもぉたんじゃ。そこで雷児のインフィニッティサンダーボールに出会おーたんよ」
「いんふぃにてぃさんだーぼーる?」
「あがーな凄いボール、ウチかてよぉー投げんわ。それ以来、雷児に会えるんの、ぶち楽しみにしとったんじゃ」
「どんなボールだったの?」
「まるで天から落とされた雷じゃ。ウチ、ほんまブチ痺れたんよぉ!」
「オレは、そんな球、投げられないよ」
「何ゆーちょる? ウチ、見たんよ。リトルシニアの全日本選手権。決勝戦、0対1で負けてしもぉたが、えー試合じゃったぁ」
そう、確かにオレは決勝で負けた。0対1、サヨナラ負け。こっち世界のオレも、やっぱり負けたのか。
「ほいで、雷児の顔見て思い出した。ウチらもっと昔に…」
「昔?」
「その事は雷児は覚えとらんじゃろうから、まぁえーわ。ぶっちゃけ、ウチ、雷児に惚れてしもぉたんよ。じゃけん、ウチらの事を結び付けてくれた父ちゃんにゃ感謝しちょるし。でもな、そいでもな…」
「え、何?」
「ウチ、負けんのはイヤなんじゃ」
「負ける?」
「雷児はブチ凄いピッチャーじゃぁ思う。じゃがウチもエースの座欲しいけぇ、本気でやっちゃる。雷児とガチンコ勝負になってまうが、ウチ本気でやるけぇ、雷児も手ぇ抜かんで勝負して欲しいんじゃ」
「エースの座? オレが君と争うの?」
「ほーじゃ
」
煌火は真っ赤な瞳で俺を見つめる。
口元に光る牙が気になるものの、見た目は小柄で普通に可愛らしい少女にしか過ぎない。あのゾンビ先輩を葬った炎のボール、こんな小柄で可愛らしい少女が投げたとは今も信じられない。
けれどそれは実際にこの目で見た事実、そしてオレはそんなボールを投げる煌火とエースの座を賭けて争わなければいけないという。
オレはおもむろに自分の頭にある、二本の角に手をやった。
もしかして、オレの頭にもあるこの角、コイツがあればオレもあんなボールが投げられるのかもしれない。
その考えは、少なからずオレを力づけた。
煌火が言っているじゃないか。この世界のオレは、インフィニッティサンダーボールなる凄いボールを投げたんだと。
「わかった、オレも本気で君と戦うよ。エースの座を賭けてね。あれ?」
コウカはいつの間にか、寝入っていた。少し口を開け、オレがいくら呼ぼうが、体を揺すってみても、目を覚ます気配がない。部屋まで連れて行こうと体を持ち上げてみたら、小柄な割にその体のなんと重い事。どうやっても持ち上げる事が出来ない。
仕方なく、オレは生まれて初めて女の子と同じベッドで寝るハメとなってしまった。もっともその当人はオレの気も知らずに爆睡状態。
オレはモンモンとした気持ちを抱えたまま、中々眠りにつけなかった。