陸
オレは部活の帰り道、すっかり意気消沈していた。
今まで必死で頑張り手にした野球の名門高校での生活。それが野球とは名ばかりの意味のわからない練習。最後までボールにすら触らせてもらえず、ずっと格闘技の真似事をやっていただけだった。挙句に初日から突然人殺し?の片棒を担がされるとは、酷いにも程がある。バケモノ扱いまでされて。
やっぱり変だ。今さらだけど、絶対に何か変だ。
「なぁ、ウチの野球部って何か変だよな?」
「ほぅかのぉ。ウチは普通じゃ、思うがのぉ」
帰り道が同じ方向なのか、コウカは肩を並べ歩いている。同意を求めてみても、ただ不思議そうに首を傾げるだけだった。
「それに相手チームが殴ってくるとか、そういうイメージトレーニングも大事だと思うけど、防御の練習? そんなもの、いる? 野球だぜ? なんで野球がそんな危険なものになっているんだよ?」
「どがーしたんじゃ、雷児? アンタのほうがえーっとおかしいわ。野球ちゅーたら、そがーなもんじゃろ。油断したら命も危い、それが野球じゃろうが?」
「マ、マジで言ってるの?」
「まぁーええわ。家着いたし。ここじゃろ、雷児ん家?」
「あ、うん、そうだけど」
いつの間にか家に着いていた。しかし、この子、何でオレの家知ってるんだ?
まだ色々とコウカに言いたい事はあったが、オレは「じゃぁまた明日」と、とりあえずサヨラナを告げると、家のドアを開き母さんに声を掛けた。
「ただいま」
母さんは朝が早い分、オレが帰る頃には帰宅している。オレに出来立ての暖かい晩御飯を食べさせたいからと、パートのシフトを早い時間にしているからだ。
いつもオレが帰ると、決まって玄関先まで顔を出す。案の定「おかえりー」と声を出しながら、廊下の奥の台所から母さんが出てきた。
「えーーっ?」
オレは母さんが、まるでコウカのような角を頭に付けているのにギョッとした。
「ど、どうしたの、その角?」
「角? それより、野球部どうだった?」
「あ、いや、うん。どうもこうもないよ。聞いてくれよ、それがさぁ」
「あらぁー、一緒だったのね。もう雷児、ちゃんと言わないとダメじゃない。久しぶりね、煌火ちゃん! さぁ上がってちょうだい」
「お邪魔します」
驚いた事に、コウカはいつの間にか玄関に入っていて、母さんはまるでコウカを昔から知っているかの様に、家へ上げようとしている。
「え、ちょ、ちょっと? かあさん、この子知ってるの?」
「何言ってるの、一昨日あなたに話したじゃない。鬼南煌火ちゃん、あなたの許嫁よ」
「い、許嫁―ぇ? 聞いてないよ、オレ!」
突然の母さんのセリフに、オレはただただ驚いた。
「あれ、そうだったかしら? でも、もう仲良くなっていたのなら良かったわ。これからうちで一緒に暮らすわけだし」
「い、一緒に暮らす?」
「そうよ。あれ、この事も話したハズだけど?」
ちょっと待ってくれ、何か、全然頭がついていってない。俺とコウカが許嫁で、これから一緒に暮らすだと? しかも、オレだけがそれを全く知らなかったようで……。
「煌火ちゃんの荷物、お部屋に入れてあるからね」
「ありがとうございます。これからよろしゅお願いします」
「いいわよ、堅苦しい挨拶は。でも、これからよろしくね。あと、雷児を末永くよろしくお願いね」
「部屋は、雷児と一緒……じゃろうか?」
「あら、一緒がよかったかしら? でも、まだ高校生で子供でも出来たら大変だと思って、別々の部屋用意したんだけど」
「ウチ、子供はぶち好きじゃけぇ、一緒でもええです」
おいおい、オレをさておき、なんていう会話をしているんだ?
「イヤイヤイヤ、待ってって、おかしいでしょ? 突然同じ部屋で暮らすだなんて」
「そんなに照れなくてもいいのに。まぁ、最初のうちは野球の事もあるし、とりあえず別々の部屋にしましょうか。いい、煌火ちゃん?」
「あ、はい」
本当にコウカはうちで同居する様だ。
しかし、許嫁だなんて話は初めて聞くし、今までコウカの事なんて、これっぽっちも聞いたことがない。オレはいつの間にか、オレの知っている世界から離れ、まるで別の世界に迷いこんでしまったかの様だ。
ここにいるオレはオレであってオレでない、そんな世界。それって、巷でいう所の異世界ってやつじゃないのか?
オレはもしやと思い、慌てて洗面所に駆け込んだ。
そして、見てしまった。オレの頭にもある、青く光る二本の異様な角を。