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トータル・ネットワーク  作者: 佐々木遥斗
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LINE02:Genius 1

 リビングのTVから夕方のニュースの音声が流れている。

 役人や専門家などが何やかんやと最近の事件について所感をコメントしている。床では遥が寝そべり、漫画を片手にポテトチップスを食べながら足をバタバタさせている。


「ほらほら、床で食べるんじゃないの。テーブルに行きなさい」

「えー」


 半年ほど前、僕は家の前で倒れていた遥を拾った。

 裸の女の子を抱えて帰って来た息子を見て母さんは卒倒しかけた。

「大雨の中裸で倒れている記憶喪失の幼女」という危ない事件の匂いしかしない異常事態だったが、母さんは名前も覚えていないこの子に遥という名前を与え、施設送りは可哀想だという事で半ば無理やり遥を松前家の一員にしてしまったのだった。

 親父はまぁいいんじゃない、と呑気なものだったが、こんな怪しすぎる状況から警察の事情聴取やら行政の児童保護やらを丸め込んで遥を引き取ることを納得させてしまった母さんの手腕は見事だったという他ない。

 もし僕が一人で説明していたらおそらく未成年者略取だとか小児誘拐の疑いで逮捕されていただろう。

「しゅー君、ジュース取ってー」

 こいつはこいつでとても記憶喪失とは思えないくらい図太くウチに馴染んでいる。

 姉ちゃんが結婚して出ていってから母さんは家庭で女一人の状況が続いており、遥が可愛くて仕方ない様子で端から見てもかなりの甘やかしぶりだ。

 それにしてももう少しくらい遠慮があっても良さそうなものだが。


「あぁもう、床にポテチこぼさないの!」


 遥ははーい、と返事をしてウェットティッシュでスナック菓子の破片がこぼれたフローリング床を適当に拭いている。

 僕は冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出し、コップに氷を入れてからゆっくりと注いでテーブルに置く。

 なんで僕がここまでしてやらないといけないんだか……。


「じゃあ遥、僕はテスト勉強あるから部屋に戻るからね。ちゃんとコップは片付けてゴミは捨てろよ?」

「ほーい。しゅー君、勉強みてあげようか?」


 漫画をパラパラとめくりながら遥が言う。さらに怪しいことにこの子はいわゆる「ギフテッド」というやつらしい。生まれつき超高IQを有しているらしく、大学レベルの問題でも簡単に解いてしまう。

 春から通わせている中学でもそこそこ上位の成績を修めている。IT企業でプログラマをしている親父は遥がウチに来てから非常に仕事が捗っているようだ。

 プライドというほどのものではないが、流石に中学1年生の妹に勉強を教えてもらう兄というのは情けない絵面だと思ってしまう。


「日本史の勉強だからお構い無く」

「げ、歴史無理。がんばれー」


 ただし遥の得意科目は理数系に限るようだ。暗記科目や知識量で勝負するような科目は主に本人のやる気の問題で人並みかそれ以下のため、学年1位を取るというようなことは無いらしい。

 周りの友達や学校側にもIQのこと、記憶のこと等は伏せてあり、表向きは親戚の子を事情でウチで預かっていることになっている。

 親父は数学オリンピックにでもエントリーしてみれば、などと無責任なことを言っていたが、こうやって列挙するだけでも怪しい肩書きのバーゲンセールなのだから目立つのは避けた方が無難だろう。

 僕はそう思うし、母さんも遥には普通に育って欲しいと思っているようだ。しかしこの通りずぼらな性格なのでロクに勉強もしないし、今のところ能力だけで何とかなってしまっているこの子の将来が兄としては心配である。


「あ!ここ行きたい!しゅー君日曜日ここ連れてってー」


 漫画に飽きたのか、遥がTVのチャンネルを変えるとスイーツ特集が流れていた。

 芸能人が大袈裟にリアクションしながら美味しい!と舌鼓を打つ。抹茶のケーキがいかにも美味しそうだ。

 だがテスト期間中だって言ってるだろう、というか君もテスト前ですよね?君と違ってお兄ちゃんには勉強が必要なのだよ。


「はいはい、テスト終わったらね。遥も勉強しなさい」

「ぶー」


 まったく。姉ちゃんから見たら小さい頃の僕もこんな感じだったのだろうか。

 リビングを出て階段を上って自室に向かい、机に座り2日ほど電源をつけっぱなしのPCに向かう。

 歴史の勉強は嫌いではないし得意な方だ。

 しかし「歴史は常に勝者が創る」と言うように、僕らが今学んでいる歴史が真実とは限らない。偉い人や強い国が都合のいいように解釈した歴史を正史として学んでいる可能性は大いにあるのだ。

 アカシックレコード的なものが本当にあればいいのにな、この世界のすべての事象を観測・記録している媒体にアクセスできれば真実を知ることが出来るのに、とくだらない妄想をしてみる。

 マヤ文明は何故消滅した?ヴォイニッチ手稿には何が描いてある?織田信長は本能寺で死んだのか?下山事件の真相は?分からないことが多すぎる。

 だからこそ想像や解釈の余地があり、歴史の勉強は楽しいのかもしれないが。

 こればかりは天才的頭脳を持ってしても解き明かすことは出来まい。その頭脳でタイムマシンでも作るというのならば話は別だが。


 一時間半ほどかけてテスト範囲を大方浚ったので、休憩がてらSNSアプリのLINKを立ち上げてクラスのトークルームを覗く。

 皆テスト勉強とは関係無い話で盛り上がっているようだった。真面目に試験勉強してるのは僕だけか……。とりあえずログを遡ってみる。


「竹村恵が一週間ほど学校に来ていない」

「既読は付くがメッセージに返信がない」

「商店街で立ってるのを見かけたので声をかけたが携帯をいじっていて気付かれなかった」


 今日の話題はこんな感じらしい。

 竹村はやや大人しめだが暗くはなく、クラスに馴染んでいる女子という印象の子だ。

 僕はそれほど仲良くはないが、LINK内で遊べるゲームの攻略法を教えてもらって助かったのを覚えている。ピンポン、と受信通知音が鳴り、新メッセージが届いた。


「松前の家から恵ん家近いっしょ?ちょっと様子見に行ってきてあげたら?」


 赤坂梨香が僕らに言う。

 赤坂は竹村とは対照的に見た目は派手だがこの二人は仲が良い。彼女は面倒見が良く、クラスの中でも頼りになる子だ。

 少し前に僕が用事で遅くなったとき、見事に遥をファーストフードで餌付けして面倒をみてくれた。その後遥がハンバーガーにハマってしまったのにはしばらく悩まされたが……。


 じゃあ明日オレも付き合うわ、放課後よろしく、と本間優斗から絵文字つきのメッセージが届く。明日は付き合ってくれるようだ。

 優斗と僕は中学から同じ学校でまぁ、親友になるのだろう。僕と違ってスポーツ万能型で体育祭などで良く女子にキャーキャー言われている。テスト前でバスケ部の活動が休みのため暇なのだろうが、勉強しろよ、と心の中で突っ込む。

 正直僕は明日もテスト勉強に時間を使いたいので竹村の見舞いに行くのは少し面倒なのだがこう頼まれてしまっては仕方がない。分かった明日よろしく、とだけ返信しておいた。

 あ、遥ちゃんは元気?今度また遊びに行くって言っといてね、と赤坂梨香。餌付けの効果なのか、赤坂は遥のお気に入りらしい。

 元気すぎるくらいだよ、多分遥も楽しみにしてるからまた遊んでやってね、と返信する。

 しかし遥の奴は知らない人に食べ物で釣られてついていかないか心配だ。

 流石に中学生だしそれは無いとは思うが、年齢については遥の自己申告に基づいているし、そもそも常識感覚がかなり世間ずれしている点がどうにも心配だ。


 さてそろそろ母さんも親父も帰ってくる時間だ。テーブルを片付けたりと夕食の準備をするべく僕はリビングに降り、ソファに目をやると遥が横になって眠っていた。


「これから夕食だってのに本当にフリーダムだなこの子は……やれやれ」


 スースーと寝息を立てている遥の顔の横には小さなメモ帳が転がっており、文系の僕には到底理解出来そうにない数式かプログラムのようなものが走り書きしてある。

 そう言えば遥のプログラムは無駄や癖が極端に少ないらしく、芸術的なコードだと親父が絶賛していた。

 風邪を引かないよう毛布を掛けてやると遥はごはん、と寝言を発した。はいはいごはんはこれからだよ。まったく、本当に怪しくて変な子で大切な家族だよ君は。


 ドアの開く音がして、ただいま、と声が聞こえる。母さんと親父が帰って来た。僕がお帰り、と言うと遥も半分寝惚けながら「うーん……おかえり」と言った。

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