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この時代のプログラマーのバイト時給はそこまで高くないけどバイト希望者が来てくれて嬉しい

 さて、株式会社を設立したことで、SAGAやフェニックスの取引先名義をゲーム制作部から株式会社ライジングへ変更したわけだが、その途中で会長はSAGAにたいしてジュエルスとセット販売にしている本体のSAGAマーク3に関して、そのバックマージンをくれるかジュエルスの支払割合の増加を求めたらしい。


「そういうのは当然ではありませんか。

 売れたのは明らかに私たちが作ったソフトが有ったからですわ。

 現在までのジュエルスの売り上げはSAGAマーク3で250万本、パソコンゲームでも35万本、アーケードのインカムも相変わらず絶好調でこちらの収入も合わせて50億を突破しましたわ」


「まあたしかになぁ。

 こっちで50億ならSAGAはもっと儲けてるはずだろうし」


 この時期はゲームセンターがもっとも多くて全国で26000軒もあり、しかもデパートなどのゲームスポットやドライブイン、ホテルのロビーなどにもゲーム筐体が置かれてるからな。


 そしてSAGAとしてはどうするか悩んだらしいけど、本体の爆発的な販売数の増加は明らかにジュエルスによるものでもあったので、ジュエルスの売り上げでSAGAに支払ってるロイヤリティを1割減らしてその分の1割を支払いに充ててくれたらしい。


「うふふ、これだけでもだいぶ違いますわね。

 50億から75億に増えましたもの」


「たしかに1割違えばだいぶ違うよな……」


 まあ、SAGAとしてはこれを拒否して俺たちがやっぱホムコンソフトを優先しますとか言い出しても困るだろうし、損して得取れということなんだろう。


 今年は風営法改正によるゲームセンターの営業時間短縮が行われて、今までは24時間やってるゲームセンターも少なくなかったが、営業は原則夜の0時までとなり、16歳未満の入場は18時まで、18歳未満は午後10時までとなって、さらにゲームセンターの営業について公安へ届出、許可をもらうことが必要となり、これによりどんどん増えていたゲームセンターが減少するに至り、ゲームセンターの歴史でも、このときが一番大打撃を受けたと思われるくらいだ。


 だからこそSAGAマーク3本体の販売数の増え方やSAGAが開発販売しているゲームソフトもそれなりに売れてることを考えればテレビとかの宣伝費にかけるより断然安いと思うけど。


 この頃はテレビCMにかかる費用も多額になっていて、日本の広告費は70年には7560億円、75年には1兆2375億円、80年には2兆2783億円、85年には3兆5049億円となって、バブル末期の89年には5兆715億円と右肩上がりに増えていっているが、一つのCMの宣伝を15秒流すのに100万とかかかるから、総合で10億円以上かかるのもざらだしな。


 後、正式に求人誌でアルバイト募集をしながら会員制のゲームサロンのビラ配りなども許可申請をとったうえでやり始めた。


 ゲームサロンの会員はテストプレイ要員にもなってもらうつもりなので、その時は契約を結んでテストプレイしてもらう代わりにその情報を漏らさないようにしてもらう。


 ちなみに今年1985年の大卒初任給は平均14万円で実はそこまで高くないし、バイトの時給もおそらく思われているほどは高くない。


 これは1日8時間で21日、土曜に4時間出勤してそれが4日分働いたとして、単純計算でいけば時給は約760円だ。


 土曜日が半日出勤でなくなるのは昭和60年代後半からで完全週休2日の企業はまだ少ない。


 もっともバブルが弾けた1993年には大卒初任給は19万円を突破してるし大手ならほぼ完全週休二日制になってる。


 現状では東京の最低賃金は488円で500円を下回っていたりするんだけど。


 で、この時代のバイトの時給は書店販売員や一般事務の内勤、スーパーのレジうちなど安いもので500円ぐらいからでファーストフードも基本はそのくらい。コンビニや喫茶店では600円、証券会社の事務は700円、居酒屋などで800円、ガードマンは850円、キャンペーンガールが850円、安い塾講師で900円、引越しのバイトも900円、新聞のセールスで1100円くらいだったから下手な正社員より時給的には高かったりもする。


 ただし新聞のセールスには契約ノルマがあったけど。


 タイピストやプログラマーは810円なので結構高い方、アニメーターは作業量にもよるけど650円くらいでこの頃から安かった。


 高い方ではパチンコ屋のバイトでは時給1000円だったり、交通調査員の日給が15000円だったり、中卒鳶職の日給が2万、工事現場の監督なら日給7万やら10万やらだったり、ホテルラウンジのウエイトレスなら時給1500円、風俗嬢で月給200万円、高級ソープなら月給400万円、銀座の高級クラブのナンバーワンホステスなら月給1000万円とかも珍しくなかったりもするので、それこそピンきりだが、中卒や高卒だと平均月給は12万円だから、時給のいいバイトのほうが稼げたりするんで、この頃からフリーターがもてはやされたりもした。


 もっとも1970年代のアルバイトの時給は300円ぐらいが平均だったのでこれでもかなり上がっているのだが。


 で、待望のバイト希望の大学生が来たのだ。


「千葉大所属2年の島津昭久(しまずあきひさ)だ。

 プログラミングや関数計算などが得意なので役に立つと思う。

 本来はロボット関係の職が志望だがプログラミングという意味ではゲームも共通しているところもあると思う」


 メガネを掛けていて見たままの理数系インテリ大学生って雰囲気の人だがめっちゃ助かる。


「それは助かります。

 筑波万博のロボットはすごかったですよね。

 時給は1000円でいいですか?」


「ああ、確かに万博には最先端技術の数々が展示されていて少し驚いたな。

 時給は1000円ならかなり高いがむしろいいのか?」


「千葉大の家庭教師や塾講師なら時給で2000円とかしますからね。

 でもまあこれくらいならやってもらえるかなと」


「いや、十分だ。

 それに塾講師や家庭教師は実際には、授業時間の倍程度の準備時間や生徒の答案の添削時間があるんで実際の時給はそんなに高くないよ」


 あ、この人も家庭教師とかやったことあるみたいだ。


「ああ、学校の先生が部活とかの顧問をやったり、家でテストを作ったりしても給料にならないのと同じですね」


「ああ、そういうことだな」


 というわけでようやく俺以外のプログラマーがはいってくれた。


 俺は一応マルチロールになんでもできるが、斉藤さんと明智さんは明らかに文系、会長も金に関しては詳しいけどプログラミングとかはさっぱりだ。最上さんは絵、朝倉さんは音楽担当だから芸術家気質でプログラミングはできなかったから、プログラミングができる人がぜひとも欲しかったんだ。


「ちょっとまってくださいませ。

 部活の入部希望でも聞いておりますし、バイト希望の方には当然聞かせていただきますが、貴方はどのようなことができてそれをどうやってお金に変えられるのですか?」


「ああ、じゃあ作ってきたソフトを見てもらおうか、パソコンを借りるよ」


 彼はフロッピーディスクを取り出して、パソコンにそれを差し込んでソフトを起動させた。


 で立ち上がってでてきたのは将棋の画面。


「将棋の画面ですわね、これがどうかしましたの?」


 会長がそう聞くと彼は言った。


「誰か将棋を指せる人に実際に指して試してほしい」


 そう言われて最初に手を挙げたのは明智さん。


「なら自分がやるっす」


 というわけでまずは明智さんが将棋ソフトに挑戦。


 ちなみにパソコンなどで打てる、コンピュータ将棋は、いわゆる“人工知能(AI)”研究との関連が深く、チェスやオセロ、囲碁などでも同様にコンピューターゲーム化と共にAIの開発が進んでいる。


 詰将棋については指将棋に先行して、1968年には詰将棋を解くプログラムを発表しているがこれは決まった攻略法がある詰将棋のほうが楽だからで、一般的な盤面と指し手を目標としたプログラムの開発が始まったのは、1970年代中ごろすなわち10年前くらいから。早稲田大学のプロジェクトチームによって、1975年に完成したものが、世界で最初のコンピュータ将棋だが、序盤を過ぎると目を覆いたくなるような解説のしようがない手を連発して実用的とはまだまだ言えない代物だった。


 そして1980年前後には大学間でそれぞれが開発したコンピューターのプログラム同士での対戦も行われるようになっているが、このころのコンピュータの処理速度では、一つ対戦が終わるまでに日が暮れるどころか年が変わると言われていた。しかし、それもコンピューターの性能が上がるに連れて解消されていった。


 ホムコンでも1985年には将棋ソフトが発売されている。


「うわ負けたっす」


 どうやら明智さんが負けたらしい。


「じゃあ俺もチャレンジしますね」


「ああ、試してみてくれ」


 将棋にはある程度の定石があり、俺はそっちに関しては専門じゃないがそれでもかなり強い方に入ると思うがこのコンピュータ将棋のAIには結構苦労した。


 ちなみに、2009年まではプロ棋士対コンピュータの対局ではコンピュータが負けることが多かったものの、2010年以降はコンピュータ側の勝率が9割を超えたりしていてその発展はすさまじいものがある。


「よし、王手」


 なんとか俺は勝ったけどな。


「うーん、素人の高校生に負けるとはまだまだだったか」


「いえいえ、かなり強かったと思いますよ。

 それにしてもこれだけのAIを作れるなんてすごいですね」


 俺がそう言うと明智さんも頷いて言った。


「いやほんとびっくりっすよ?」


「まあ、大学の間でAI同士に将棋の対戦させることはよく行われてるからね」


 島津さんはそんなことを言っていたがそこへ会長が言う。


「で、これがどうお金になるんですの?」


 それに対しては俺が答えた。


「ああ、これを応用すれば将棋だけじゃなくて、たとえばジュエルスのシステムを弄ってコンピュータとの対戦や場合によっては二人での対人で対戦したりもできるし、モノポリーとかをコンピュータゲームにしても複数人設定でもプレイヤーは一人で後はコンピューターに動かさせて遊ぶこともできるようになると思うよ。

 もちろん普通のボードゲームやトランプみたいなカードゲームにもいろいろ応用は可能だと思う」


 俺がそう説明すると会長は納得したようでおおきく頷いた。


「なるほど、作れるゲームの幅が広がるというわけですのね。

 では、採用しましょう」


「履歴書とかは見てもらわなくてもいいのかな?」


「履歴書に書かれてることよりも、実際にあなたが作ってきたゲームソフトのほうが大事ですわ。

 どこの学校を卒業してどこに在籍しているかよりも、実際にどんなことができてそれがどのようにお金になるかですわね」


「なるほど、それはそうかもしれないね」


 こうしてAIに強いプログラマーの島津さんが俺たちの仲間に加わることになった。


 CPU対戦時に、AIを作る必要があるゲームは大変なので今まで手を出してなかったけど、これでいろいろ作れそうだ。


「あ、島津さん。素での計算が得意な人で計算式をプログラムに組み込むのが得意な人やデバッグが得意な人が知り合いにいたらぜひ誘ってください」


「それはいいがなんでだい?」


「RPGを作ろうとしたらどうしてもデータが複雑になりますからね。

 それにデバッグにはめちゃくちゃ時間がかかりますし」


「なるほど、じゃあ何人かに声をかけてみることにするよ」


 RPGはアドベンチャーゲームに比べても基本的なプログラム自体はさほど難しくはない。


 しかし、物語に必要なセリフ、マップや街、ダンジョン等のデータが多く、戦闘に関しても敵に複数の攻撃手段があればAIも組み込まないといけない。


 さらに作り上げた後にその全てを隅々までプレイしてバグを潰さなくてはならないし、レベルアップに対してのバランスの良いデザインをきちっとやる必要がある。


 フィールド型RPGで最初の敵が倒せない、最初の町から次の街まで行けないなんていうクソゲーだって沢山あったしな。


 テストプレイはともかくそういったものをプログラマ一一人でやると時間がかかり過ぎそうだし、ぜひとも優秀な人を紹介してほしいものだ。

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