既に俺の個人的な人間関係が”死ぬ前”とはだいぶ変わってきてるようだ
さて、俺と斎藤さん、それにそれぞれの母親と一緒に高校の学校説明会に行った後、俺の母親と斎藤さんの母親はかなり仲良くなったみたいだ。
斎藤さんのお父さんは生命保険会社の部長さんで、お互いの旦那の年収が同じくらいといううえに、大雑把なくくりで言えば、どちらも金融系職業だから悩みでも同じようなところが話が合うらしい。
「今年のお盆前の夏休みの家族旅行は、斎藤さんのお家と一緒に鴨川へ行きましょう」
朝食を食べていると、母さんがそう俺に言ってきたので俺は首を傾げた。
「あれ? いつも行ってる上総一宮とか銚子じゃないの?
外房なのは一緒だけど」
母さんはニコニコしながら言った。
「今年はちょっと違うところにしたいと思ったのよ」
「よくわからないけど俺は別にいいよ、船橋から特急なら鴨川までの移動の時間もそんなにかかんないだろうし」
「あら電車の中でゆっくりお話してもいいんじゃない?」
うーむ? そもそも夏休みに斎藤さんと一緒に勉強をしたり、プールに行くようになった時点で“前”とはだいぶ違うんだよな。
そもそも、“前”の斎藤さんは確かに小説の話や貸し借りをする仲の良いクラスメイトではあったけど、高校は一緒じゃなかったし。
逆に今田くんとは高校は一緒だったんだよな。
そして、お互いに家族ぐるみで“お付き合い”するようなことも当然無かった。
ただ、イザナミ様は「神産み」「国産み」の神様でもあり、「縁結び」「夫婦円満」「安産」「子孫繁栄」「出世開運」「商売繁盛」「家内安全」「無病息災」「病気平癒」「厄除け」「豊作」「大漁」などのご利益があると言われている神様でもある。
いや最後には別れて罵り合いになるのに何故と言われそうだけど、イザナミ様とイザナギは日本最初の夫婦とされてるし、イザナミ様が生きている間はラブラブだったようだしな。
なおイザナは「誘」つまり誘う、誘惑するの語源で、イザナミ・イザナギは誘い合う男と女を意味するらしい。
ただイザナミ様は、イザナギとの初めての契りの際、溢れる想いを止められず「あなたはなんて良い男でしょう」と、イザナミが先に告げて主導権をとってしまったことで、最初に淡路洲(淡路島)、次に蛭児を生んだらしい。しかしながら、蛭児が三歳になっても脚が立たなかったため、天磐櫲樟船に乗せて海へ流したとされている。このような始祖となった男女二柱の神の最初の子が生み損ないになるという神話は世界各地に見られ、特に東南アジアを中心とする洪水型兄妹始祖神話ではこれらが多いが、これは流産もしくは死産を意味するのかもしれないし、潮の満ち引き次第で海へ沈んでしまう島のようなものであったのかもしれない。
その後、イザナギから声をかけ、イザナミ様は多くの神である子を産むが、炎の神であるヒノカグツチを産んだ時の火傷がもとでイザナミ様は死んでしまうのだよな。
これは子供を産んだ時に傷ついた産道からの出血が元で母体も死ぬことは珍しくなかったからそういう事が起こったのかもしれないし、火というかおそらく鉄のなどの金属の精錬技術が中国大陸からはいってきたことで争いが増えたことを示してるのではないかと思う。
まあそれはともかくおそらくイザナミ様は俺と斎藤さんを縁結びしようと思ってるんじゃなかろうか。
まあ、俺にやらせたいことを考えると当然なのかもしれないけどな。
「鴨川シーワールドホテルに泊まって、鴨川シーワールドのショーを見たり、海水浴をしたり、美味しい海の幸をたべたり、ホタルをみたりもしたいわね」
「あ、うん、母さん、今年はなんか随分と楽しそうだね」
「そうね、貴方に彼女ができるのはいいことだもの」
「え? 彼女?」
「え、そういうわけじゃないのかしら?」
「うーん、斎藤さんは彼女なのかな?」
「周りからはそう見られてると思うわよ」
「ああ、うん、それはわかる」
「いい娘さんじゃないの?」
「うん、話も合うし一緒に勉強をしたりプールに行っても楽しいよ」
「それで彼女じゃないの?」
「う、うーん、なんかよくわかんないや」
俺ってはたから見たらヘタレなのかなぁ?
彼女と気の合う仲のいい異性の友達の境界がいまいちよくわかんないんだけど。
あと中高生の間で不良・ヤンキーがあんまりモテなくなり、モテるのは頭の良い子、スポーツで目立つ子、お金があってなんでもしてくれる優しい男の子になりつつある時代でもあったんだよね。
金持ちの「○金」(まるきん)と貧乏な「○ビ」なんて言葉も出たくらいなのでバブル期だからとみんなが豊かになったわけじゃないのだけど。
まあそれがエスカレートして、本命ではないキープくん、具体的には女の子の送り迎えをするアッシー、食事をおごるだけのメッシー、お金やブランドのバッグや衣類をあげたりする、ミツグ君、音楽をテープにダビング編集だけやらされるテープ君になっていったりもすることでこれも結婚できない男性を増やす原因となった気がするんだけど。
そうなったのは校内暴力でそういう暴力的な破壊行為がはっきり問題になったこともあるんだろうけど、刑法犯少年の数がピークを迎えたのは1983年で、この年は尾崎豊が15の夜でデビューした年でもあったりする。
その後は刑法犯少年の数が減っていくのだけど、それに伴い、真面目な学生と不良学生がはっきり分かれていく時期でもあるんだよな。
それはともかくこの時代スマホはおろか携帯電話やPHSなどもなくて、家に一台固定電話があればいいほうだから、誰かに連絡をとろうとすれば手紙か固定電話か、直接自転車であいに行くくらいしか無いし、待ち合わせには駅の掲示板を使うしかない。
そのかわり割と他人の家に直接行くことに対しての忌避感みたいなものはなくて、それは異性であってもあまり変わらなかった。
それにこの時期はまだLINEのようなSNSや携帯電話のメルアドみたいな、子供同士が個人でやり取りできるツールがないから親もあんまり心配はしてないんだよね。
「誕生日とか聞いてちゃんと彼女にプレゼントくらいとかもしなさいよ」
「え、誕生日プレゼント?」
「当たり前でしょう?」
「そうかなぁ……うん、そうするけど誕生日ってどうやって聞けばいいんだろう」
謎のカッコ
「そのあたりは旅行の時にうまく聞き出してあげるわ。
ああ、でも、結婚とかは大学を出てちゃんと働いてからにしなさいね」
「あ、うん、それはそうだよね」
確かに会社を立ち上げることと、結婚も並行して考えたほうがいいのかもしれないな。
女性が働いていても結婚や子育てができるようにするのも将来的には多分大事なことだろうから。




