お嬢様の我儘
「ねえ」
ソファにだらんとだらしなく腰掛けていた僕は、彼女の声に慌ててかつ自然に姿勢を正した。
「いかがなされましたか、お嬢様」
お嬢様は、ソファに座ったまま頭だけそちらに振り返った僕に微笑みかけた。
「お茶をいれたの」
彼女の持つ盆にはティーカップがふたつ乗っていた。使用人である僕がいながら、彼女が自らいれたようだ。
「これは失礼いたしました。お茶でしたら、私がおいれしましたのに」
「いいのいいの! 一人前のレディになるためには、お茶のひとつくらい、いれられるようにならないと!」
お嬢様は気さくに笑うと、僕の前のテーブルに盆を置いた。
「ね。飲んでみてよ」
お嬢様が向かいのソファにぽんっと腰掛け促す。僕は彼女に言われるまま、カップをとった。
「ではいただきますね」
お嬢様はわくわくした目でそれを見つめて、しきりに「どう!?」と調子を尋ねた。カップから口を離し、僕はお嬢様に笑んだ。
「とても美味しいですよ」
「わあ! 嬉しい!」
お嬢様も自分のカップを手にとり茶をひと口啜り、それから眉間に皺を寄せた。
「ちょっと薄くない? なんかアドバイスとかある?」
「そうですね……もう少し蒸らすと、紅茶の本質的な味が出てきますね」
「そうなんだ! 今度やり方教えて!」
無邪気に喜ぶお嬢様を眺め、僕はにこりと口角を上げる。もうひと口紅茶を啜り、その熱を舌に馴染ませる。
「ところでお嬢様、これ砂糖どのくらい入ってます?」
カップから口を離して尋ねると、お嬢様はきょとんとして首を傾げた。
「お砂糖? 入れてないよ?」
「え? 何となく甘いようですが……」
「ほんと? じゃあ……甘いんだ。あの睡眠薬」
僕は思わずカップを置いた。
「お嬢様……その、睡眠薬と申しますと?」
冷静を装おうとしたけれど、先程までの和やかな眼はできなかった。
「お父様は私のこと大好きだから、欲しいものはなんでも送ってくれるの」
なんだか、頭が重い。
「使用人のあなたが欲しいって言ったら、それはだめって言うの。だからね」
ふらついた頭を支えるために、僕は額に手のひらをつく。
「そのための手段だったら、お父様は助けてくれるかなって」
「お嬢様……」
前髪が指に絡みつく。
「ん、なあに?」
お嬢様がニヤリと笑った。
「もう効いてきたんだ、すごいなあ」
お嬢様はソファから立ち上がると、うとうとする僕の横に座った。
頭のどこかでお嬢様の声を聞いた気がした。
大人になったなあ。
小さい頃はかわいかったのに。僕の育て方が悪かったか。
後悔に似た何かを頭の中で回しながら、僕は完全に意識を手放した。