魔女の箱庭①
隣の家に魔女が引っ越してきた。春が始まったばかりの暖かい日のことだった。
箒で飛ぶわけでも、喋る猫を連れているでもない女の人だったが、自分で自分を魔女だと名乗った。
二十代そこそこの、若い女の人だった。
隣の家は、私が生まれた頃には既に空き家だった古い洋館で、今まで人が住んでいたところは見たことがない。酷く荒れ放題のその庭で、魔女は園芸を楽しんでいた。
お母さんは、きっと魔女は変な人だから、関わるなと私に言った。私も関わりたくはなかった。でも、空き家だった頃に空き家だからいいと思って、庭に隠し物をしてしまっていたのだ。せめてそれは回収したい。
魔女の留守中にこっそり侵入しようかと思ったが、庭に入ったところで、ちょうど戻ってきた魔女に見つかってしまった。
「あなたは隣の家の……美咲ちゃん、でしたね?」
魔女が聞いてきた。
「そうです、勝手に入ってすみません」
「別にいいのです、私は人を怒る権利ないです。だって私は魔女なのです」
少しカタコトの、癖のある話し方だった。
「どうして魔女だなんて言うの?」
「魔女なの。悪いことをしたから、ここでひっそりと暮らしているなのです」
悪いこと。何だろう。
「それよりあなたは、何の用があったですか」
「あ、あの。実はこの庭に、隠し物をしているの。勝手にごめんなさい」
「何を隠したですか? 私も探します」
余計なお世話だった。けれど、彼女の敷地に入るのだから、文句は言えなかった。
「テスト……です」
「テスト?」
「算数のテスト」
「どうして隠したですか?」
「点数が悪かったの。お母さんに見つかったら、怒られるから」
勉強したのに、十八点しか取れなかった。魔女がふんわりと笑う。
「それなら見かけました」
庭の隅っこの小屋に回って、魔女が私のテスト用紙を持ってきた。仕方ない、こっそり処分しよう。そう思いながら、用紙を受け取る。と、同時に、魔女は私の手に植木鉢を持たせた。
「これ、何?」
聞くと、魔女は相変わらずにこにこと笑いながらこたえた。
「秋に球根を埋めました。正直者にしか咲かせられないお花の球根です。あなたの花が見たいですので、咲かせてください」
やっぱり、変な人だ。
その日、私はお母さんにテストを見せた。
点数が悪かったことも怒られたけれど、それ以上に隠していたことをみっちり叱られた。
その数日後。魔女から貰った球根から、白いアネモネが咲いた。