魔女の箱庭③
好きな人ができた。私は真っ先に、魔女に相談しに行った。
私の家の隣には、魔女が住んでいる。正確には、魔女と名乗っている外国人の女の人なのだが、私は彼女のことを魔女と呼んでいる。本人に向かってそう呼ぶのではなくて、心の中で呼んでいる。
「今日はいる日かな?」
何度か話をするうちに仲良くなって、私は悩みがあると魔女に相談するようになっていた。私の家とお隣とを分ける塀に手を乗せて、庭にいる魔女に声をかけるのだ。塀を挟んで話をすると、魔女は私にお花をくれる。
「こんにちは」
学校帰りに塀の向こうへ声を出してみたが、魔女はいなかった。彼女は何の仕事をしているのか、いる日といない日、現れる時間もはっきり決まっておらず、一週間に三日会えれば多い方だった。
今日はいない日のようである。私は踵を返して、明日を待った。
その翌日も、魔女はいなかった。
その翌々日も、いない日だった。
花壇の側の壁にデュランタの花が咲いた。紫色が広がって、緑の庭に映えている。
待っている間に相談したいことが日に日に増えていく。私は余程運が悪いのか、全く魔女に会えず、とうとう一週間が経過した。
「お母さん。隣の女の人、最近見ないね」
夕飯のとき、お母さんにそっと話を振った。お母さんは魔女の話を好まない。彼女の話題を出すときは慎重に話さなくてはならない。お母さんは無表情でサラダをつついていた。
「そうなの? 気にしてないから気づかなかったけど、そういえば見ないわね。引っ越したんじゃない?」
私に何も言わずに? とは、お母さんには言えなかった。
それから一週間経っても、魔女は現れなかった。
魔女の庭が荒れていく。花畑のような庭を、魔女は丁寧に手入れしていた。それが荒れるということは、魔女がもう何日も帰ってきていないということだろう。
「これじゃお花がかわいそう」
私は魔女の庭に侵入して、手入れをすることを決意した。お母さんの目を盗んでこっそりお隣に不法侵入し、雑草を抜いて魔女の育てる花に水をやるのだ。
彼女の庭に入ろうとして正面の門に回ったとき、初めて気がついた。
門に張られた、立ち入り禁止の黄色いテープ。
「魔女?」
思わず、声が洩れた。
「魔女、どこへ行ったの?」
菜園にミントが蔓延っているが、葉がボロボロになっている。
「何してるの、美咲」
気がつくと、お母さんが後ろに立っていた。買い物に出かけようとしたところだったのだろう。私はお母さんにしがみついた。
「隣の魔女が帰ってきてない」
「ああ、それだけどね」
お母さんが思い出したように言った。
「この前、美咲が隣の魔女がいないって言ってたのが気になって、近所の人に聞いてみたのよ。そしたらね」
お母さんは、慎重に言葉を選んでくれた。
何週間か前に、警察官がやってきて、魔女をどこかへ連れていったそうだ。
魔女の正体は、やはり外国人だった。でも、ただの外国人ではなくて、不法入国の外国人だ。隣の空家にも、不動産会社を通さないで勝手に住み着いていたらしい。
「悪いことをしたから、ここでひっそりと暮らしているなのです」
魔女本人から聞いた言葉だ。彼女のことだから、荒れた空家の庭を見て不憫に思い、ここで園芸を始めたのだろう。
「それじゃあ魔女は、どこへ行っちゃったの?」
「さあねえ……」
きっと魔法の国へ帰ったのだ。と、私は思った。
魔女は魔女ではなかった。
でも彼女はたしかに、私に魔法をかけていた。それはお花を使った不思議な魔法で、私は彼女の思いどおりに突き動かされていた。
「ほらね、関わっちゃだめだって言ったでしょ」
お母さんは全て悟っていたかのように、それでいて優しく、私の頭を撫でた。
「本当だね。魔女は自分で言うとおり、悪いことをしてたんだ」
私は荒れかえった魔女の庭を見つめた。
「でも、悪い魔女ではなかったよ」
私は魔女の箱庭だった。
魔女には敢えて言わなかったけれど、私は気づいている。魔女がくれた花はすべて、花言葉に乗せたメッセージだったこと。
彼女に花言葉を植えられて、彼女の思い描くとおりに形作られていく。彼女に彩られた庭園は、きっとこれからも枯れることはないのだろう。
立ち入り禁止のテープと同じ、黄色い花が咲いている。あの花が咲くのを、魔女は楽しみにしていた。名前はたしか、フクジュソウ。




