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やっぱり君だけだったんだ

「見えてるんだよね?」

「見えないよ」

 君とこの応酬をしたのは、十年ぶりだったろうか。

「嘘つき。見えてなかったらそれ、ひとり言だからね」

 夜中の俺の部屋でそう言って、ニヤリと笑ったのは、間違いなく怜子ちゃん本人だった。

 彼女の葬式に参列した、その日の夜のことである。死に顔を見た直後だというのに、彼女は平然と俺の元へ姿を現した。

「怜子ちゃん、死んでるの自覚してるんだったら出てこないでくれる?」

「いいじゃん、今こそ霊感体質の使い時でしょ?」

 分かっている上で、彼女は僕の元へやってきたのだ。辟易する俺を他所に、怜子ちゃんは勝手に切り出した。

「成仏できない」

「は?」

「嘘」

 怜子ちゃんは俺のベッドに腰掛けた。幽霊のくせに、座れるらしい。

「ごめんごめん、ほんとはね、ちょっと話を聞いてほしいだけ」

 生きているときと変わらない、温かみのある笑顔だ。少し、胸が痛くなってきた。

 怜子ちゃんが、がっくりと項垂れる。

「遺書書くの忘れてた。だから遺されたパパに言っときたいことあるから、伝えといてほしいのよね」

 あまりに自然に話すので死んでいることを忘れそうだ。

「サボテンに水をあげる頻度に気をつけてほしいの。休眠期にあげすぎると腐っちゃうから」

「そんなこと?」

「そんなこと」

「マジかよ」

 つい笑いが零れた。怜子ちゃんも笑った。

「だって大事にしてたんだもん、サボテン」

「他に言っとくことはある?」

「うーん、そうね」

 床に視線を落として、考えだす。

「今言っとかないと、もう言えないんだよね」

 ずき、と また胸が痛んだ。

「けどもう思いつかない。サボテンだけかな。ありがとう遠野くん、お願いね」

「うん」

 何が痛いかは、分かっていた。

 でも言ったらいけないんだ。

 伏せた俺の目を見て怜子ちゃんは、優しく言った。

「ごめんね遠野くん。私、そろそろ行くね。このままここにいたら、ここを離れたくなくなっちゃいそう」

 彼女の純真な瞳は、まっすぐに俺を見つめていた。

 俺から伝えてもいけないし、彼女も伝えてはくれない。曖昧なままにしておけば、お互いを縛るものは何もない。

 俺は彼女から目を逸らすことしかできなかった。

「やっぱり、霊なんか見えてもろくなことない。死んだ奴なんかどうでもいいし、見えることがばれたらバカにされるし」

 こうして、話をできても。

「あんたが戻ってくるわけじゃないんだしな」

「うん、悲しいね」

 怜子ちゃんは幽霊のくせに涙を流した。

「ずっとママのところにいきたいって思ってたのに、今度は遠野くんと離れたくないの。おかしいよね」

 泣くなバカ。死んだのどっちだよ。

「でも地縛霊になっちゃったら、ずっと遠野くんにまとわりついちゃうから。そんなのって迷惑でしょ? だから曖昧にしておこうね」

「うん。曖昧にしておこう」

「悲しい思いをさせてごめんね」

 怜子ちゃんは制服の袖で涙を拭った。泣いた顔なんて初めて見たし、彼女にはあんまり似合っていない。

「でも、怜子ちゃん」

 俺は彼女の止まらない涙を眺めていた。

「悲しいだけじゃ、なかったんだよ」

「え?」

「俺の体質、バカにしなかったの、怜子ちゃんが初めてだったから」

 帰り道を追いかけてきた無邪気な笑顔が。

「地縛霊にでも悪霊にでもなればいいよ。そしたらずっと俺のところにいればいい。やっぱり曖昧にはしておけない」

 逸らしていた目線をしっかり怜子ちゃんに向ける。彼女はまだ目を潤ませて唇を噛んでいた。

「好きだよ、怜子ちゃん」

 俺の声は部屋の冷たい空気に溶けた。怜子ちゃんがまたひと粒、涙を流した。

「本当の本当に?」

 昔から変わらない口癖が鼓膜を擽る。

「本当の本当に」

 俺は彼女の頬に手を差し出した。


 触れようとした肌を通り抜けて、俺の手は宙をかいた。

 そこに彼女の幻影なんかはじめからなかったみたいに、空っぽの闇に戻っていた。

 これが、成仏って奴か。

 俺の言葉が最後まで聞こえていたのか、分からない。

 でも、最後に見せた彼女の微笑みだけは、たしかに俺の網膜に焼きついていた。

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