死神
「死神?」
夏休みが明けて数日目の、蒸し暑い日の帰り道だった。
「そう、死神!」
細くて静かな住宅街を歩く。脚に軽く鞄をぶつけながら、田山は興奮気味に言った。
「多分見たんだよ、俺」
この幼馴染みは、昔からたまに変なことを言う。それも突然。付き合いの長い俺でもいまいち慣れない。疑う俺の目をよそに田山は続けた。
「朝さ、交差点のところで事故あったろ。俺、ちょうどそれ見たんだ」
田山が言うには、事故に遭ったお爺さんの背後をついて歩く、黒服の男がいたのだという。その男は事故が起こる前からお爺さんの跡をつけていて、お爺さんが車と衝突すると、男は駆け付けた周りの人々に混ざって佇んでいたそうだ。
「それで?」
「それでって?」
「死んだの? その爺さん」
「それは知らないけど」
「じゃあなんで死神だって言えるんだよ」
俺の質問に、田山は何か言おうとして、結局言葉を詰まらせた。俺は更に畳み掛ける。
「大体、黒服って、あのローブみたいな奴だろ。そんな奴いたら目立つんだから、皆が変だと思ってるよ」
すると田山は首をこっちに向けて、真顔でこたえた。
「それがさ、普通だったんだよ。タロットカードで見るみたいな黒い服じゃなくて、スーツにネクタイ。その辺の人たちも全然気にしてなかった」
「何それ。それさ、ただのサラリーマンじゃないの」
むしろどうしてその人が死神だと思ったんだ。
「それだけじゃないんだって!」
田山は少し声を大きくした。
「俺も普通の人だと思ったし、全然気にしてなかったんだ、最初は」
彼は早口に喋った。
「でも思い出したんだ。小さい頃、海に連れていってもらったとき、同じ人を見たことがあったって」
「スーツの男を?」
「そう。今思えば明らかにおかしい」
住宅街を抜けて河原に出る。歩行者のために引かれた白い線の中を並んで歩いた。
「ライフセーバに助けられて浜に上げられた女の人が、救急車に乗せられたの見たんだけどさ」
田山のすぐ脇をダンプが通り過ぎた。こんな狭い道にも車って入ってくるんだな。あ、だから白線があるのか。ぼんやりそんなことを思う。田山は暑苦しく捲くし立ててくる。
「救急車にね、その女の人の彼氏も一緒に乗ったの。それなのにあの黒服の男も一緒に救急車に乗ったんだよ」
田山がちらと俺を見た。
「そんで俺、子供ながらに変だと感じてさ。母ちゃんに『あの人誰?』って聞いたの。そしたら『ああいう人もいるんだよ』って適当にあしらわれて……俺もなぜかそのときは、ああそっか、って思った」
きっとそれだけ人に意識されないようになってるんだ。見えてるのに誰も気にしないみたいな。と田山は呟く。
「で、その女の人、死んじゃった?」
聞くと、田山は俯いて言葉を濁した。
「いや、それは知らないけど」
「だから、なんでそれで死神だって言うんだよ。死んだか分からないんだろ?」
「だけどさあ、明らかにおかしいだろ。絶対デートじゃん、なんで男がもうひとりいて、まるで同伴者かのように救急車に乗るんだよ。彼氏っぽい人はすごく慌ててたのに、スーツの男は無表情でスッと乗った。それに真夏の海なのにスーツ着てたんだぞ」
なるほど、たしかに妙ではある。
「で、なんでそいつ、田山は死神だって思うのに周りの他の人たちは気にしないの? 田山にだけ見えてるとかじゃないんでしょ?」
「それが分からないんだよね」
田山は鞄を両手に抱えてため息をついた。
「たまたま意識が向いたから気づいた……の、かもしれない。俺には分からないよ」
分かれ道に差し掛かるところにオレンジ色のカーブミラーがある。ずんと背の高い鏡に、俺たちが歩いてきた道がやや歪んで映っていた。
「ねぇ田山」
俺たちは、カーブミラーの下を通り過ぎた。
「その死神って、どんなだった?」
「だから、スーツにネクタイの……」
「黒いスーツ?で、ネクタイも黒か?」
「うん、そうだよ。それで、男にしては長めな黒髪」
「他には?」
田山は目線を右上に向けた。人間が何かを思い出すときの仕草だという。
「ええと、異様に脚が長くて背が高かったな」
それからすぐ、俺に向き直ってニヤリと笑う。
「なんだよ。さっきまで全然信じてなかったくせに」
ああ、と粗忽な生返事をしたら、奴は余計嬉しそうに、肘で俺を突いた。
「俺の死神の話、怖かったんだろ。ここまで食いついてくるなんてクールぶってるお前には珍しいな」
「ん、まあね。そんなにつまんない人間でもないさ。それでさ、見つけたときの対処法とかないの?」
「おいおい随分興味津々じゃん!」
田山はげらげらと笑った。俺もははは、と渇いた笑い声で返事をした。
そりゃあ、気になるさ。
カーブミラーに映っていたスーツの男が、ずっとついて来ているんだもの。
それも、車道側を歩く幼馴染みをまっすぐ見つめて。




