いつまで繋ぐの。
『ごみ箱』
久しぶりの海外出張だというのに、その幼馴染みはわざわざそんなメールを送って寄越した。
外国の街は自国の街より蒸し暑く、人が犇めいていた。携帯の電波というものはこの中から俺を見つけたのか、と感心してしまった。
しかし、何だって?
『ごみ箱』
以上。
一瞬何のことかと目を疑ったが、空港で最後に交わした会話を思い出して、ああ、なんだそんなことかと俺は口の中で呟いた。
返信ボタンを押す。「こ」で始まる言葉で、まだ出していないものを考える。
本文。
「コルセット」
送信。
高い建物に囲まれた空を、俺の電波が急上昇する。
翌日再び、メールが飛んで来た。
『時計』
以上。
「椅子」
送信。
画面の中のメールのマークが飛んでいく。
その次の日は『鈴』。
「狡休み」と返す。
その次の日は『南風』。
「絶対零度」と返す。
その次の日は『読書』。
「商業区」と返す。
短い単語のやりとりのためだけに、メールは毎日遥か遠方の地を往復する。携帯電話は顔色ひとつ変えない。
『クリーム』
折角メールが長い道程を越えてきてくれるのだから、少し気の利いた話でも添えようかと思ったが、友達は元気でやっているかとか、そっちの生活はどうだとか、つまらない話しか思い浮かばなくて結局「虫」とだけ返した。
「たったの一文字だけ」
自分で言って、くす、と笑う。携帯電話は相変わらず表情を変えない。
たったの一文字。だけれど、その一文字で繋がっているつもりだ。
送信を押すと、見慣れたメールのマークがまた地元の街へと飛んでいった。
山盛りに積まれたメッセージよりも、細い糸の方が簡単だ。
ふとそんなことを考える。
「電子メールの無駄遣い、じゃあないよなあ」
呟いてみた言葉は、受け止められることなく空気に溶けた。




