それはある放課後
音楽室から音が聞こえる。凛として響く、ピアノの音だ。
その不思議な魅力に、気がつくと足が誘われていた。
夕日の色に満たされた放課後の音楽室を覗き込むと、演奏者はひとりで佇むようにピアノと向き合っていた。その姿に、俺は思わず声をかける。
「宮本さん……?」
ピアノの音が止まり、演奏者が振り向く。
「初島くん」
「ごめん、邪魔したか」
「ううん」
驚いた、同じクラスの宮本さんだ。教室では比較的地味で目立たないタイプの、おとなしい少女である。彼女と会話を交わしたのは、これが数回目といった具合だ。
俺は音楽室に入って、宮本さんの傍に立った。
「宮本さんって、ピアノ弾けるんだな」
「ちょっとだけ」
彼女はゆっくりとピアノの輪郭を撫でた。
「ちっちゃい頃、習ってたの。最近、音楽の授業で先生がピアノ弾いてたから、懐かしくなっちゃって」
彼女はまた、そっと鍵盤に触れた。ぽろん、と心地好い音が響く。
「今日は吹奏楽部がお休みだから、音楽室使えるなって。まさか初島くんに見つかっちゃうなんてね」
少し頬を染めて、恥ずかしそうにはにかむ。
俺は黙って聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あのさ。さっきの曲……」
ちら、と宮本さんを見る。それから少し、目が泳いで下を向いた。
「続き、ある?」
宮本さんも、照れくさそうに目線を逸らした。
「うん」
恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに、宮本さんはピアノを奏ではじめた。
ピアノに寄りかかりながら、俺はいつの間にか、その音にうっとりと聴き入っていた。
「ピアノって、いい音だよな」
「……うん」
夕日に染められた音楽室は、演奏者とたったひとりの客を、静かに包んでいた。




